第8話 凄腕ソルジャーで、拷問の名手でもある弟子が、女同士であることを武器に、捕虜の心の中に入り込んで、俺に出番が無い件
燈梨は、舞韻の脅しがかなり効いたのか、素直に名前と、北海道から家出をして来ていること、そして、家を出てから半年ほど経っているため、本来であれば3年生だという事も話した。
ただ、恐らく半年も不登校の期間があると、3年生への進級は出来ていないだろう。
そして、今までの経緯として、あちこちで泊めてくれそうな男の家に泊めて貰って、その代償に身体を差し出していたという話も訊かされた。
それを訊いて、俺は非常にイラっとする感覚に襲われた。
まぁ、この事態を招いたのは、安易な方法に逃げて、働く努力を放棄しながら家出を継続しようとした燈梨の甘えにあるのだが、それを利用して、自己の性欲のはけ口に使った汚い大人が、燈梨をこんな娘にしてしまったという現実にイラっとしたのだ。
例えは悪いが、憧れた車を予算の関係で中古車で手に入れた時に、以前のオーナーが明らかに愛着持って使っていなかったのがありありと見られ、それが故に調子を崩していた時に、同じようなやるせなさを感じるのだ。……少なくとも俺は。
ただ、何故、家出したのかの理由についてだけは、頑なに口を開こうとしなかった。
色々訊き出そうとはしてみたのだが、ある時は乾いた笑いで誤魔化され、そして、またある時は沈み込んで口を閉ざし、一切を語ろうとはしなかった。
これについては、舞韻にナイフで脅されても頑なに話そうとせず、結果、燈梨の伸びた髪を、舞韻が1センチほど短く綺麗に切り揃える事になった。
最後には、舞韻の闘争心に火がついてしまい
「指、何本切り落とせば喋るのか、見物系ねぇ~」
等と、不穏な空気が漂い始めたので、舞韻には、取り敢えず銃の手入れを頼んで、しばらく席を外してもらった。
舞韻を防弾ガラスで囲われた区画に追いやると、俺は燈梨に顔を近づけて、本音を言った。
「言いたくない事は、言わなくてもいいんだが、理由によっては、追っ手がいるとか、捜索願いだとかの心配をしなくちゃならんのだ。だから、舞韻は訊き出そうとしてるんだ」
燈梨も、学生とはいえ、その辺のことが分かる年代だろう。
その燈梨に、ただひたすら吐け吐けと迫ったところで、心を閉ざしてしまうだろう。
だから、敢えて舞韻を引き離してぶっちゃけたところを説明し、引き出せる限界まで情報を引き出す心理戦だ。
舞韻が拷問の名手と呼ばれる理由は、ただ対象を痛めつけるだけではなく、飴と鞭の塩梅に非常に長けているところや、心理戦を使って、対象に自分は味方だと思わせる話術や戦術が上手いところにもあるのだ。
今回の場合は、燈梨がいくら脅しても吐かない事から、敢えて自分は追い払われて、敵に回り、俺が燈梨の味方として訊き出す戦術に切り替えたのだ。
作戦は狙い通りにいき、燈梨は舞韻からこちらが見えないのを確認すると、椅子に縛り付けられた体を限界まで前に屈めて言った。
「あのマインって女、怖いよ~」
「そりゃそうだ。アイツは1人で10人の部隊を全滅させたこともある凄腕ソルジャーだ。舐めてたら、本当に指が全部無くなっちまうぞ」
「そんなぁ……」
「だったら、話せる範囲でだけでも情報を出すんだ。そうすれば、舞韻の奴も納得する」
燈梨は、色々考える仕草を見せながら、言葉を選ぶように言った。
「捜索願いは出てないと思う。か……家族は、私がいなくなって良かったって思ってるから、探されてもないよ。だって、今をもって私が連れ戻されてないんだからさ、それが何よりの証拠でしょ」
俺は黙って訊いた。こちらが掴んでいる情報は、現段階で燈梨には伏せておいている。余計な事を教えて、燈梨が『家に帰る』とか、言い出しても困るし、これだけ家族に対して不信感を持っている燈梨に教えることがプラスに働くようには思えないからだ。
そして、不意に俺は言ってしまった。
「それで、これからどうするんだ? 」
「えっ!? ここで縛られたまま過ごすんじゃないの? 」
燈梨は、驚いたような表情で言った。……コイツは、ここで縛られ地蔵になるのが確定で良かったのか。
俺は、下手に逃げられるチャンスがある、と思われるのも癪なので
「仮に、今縄を解かれて、自由にしていいって、言われたらどうするつもりなんだ? 」
と言うと、燈梨はあちこちを見回してから
「取り敢えず、ここを出たら……お金もないから、近くで誰か泊めてくれそうな人を探して」
あぁ、コイツの性根は全く変わっていないようだ。そのせいで命が危ないというところまで来ていたのに……だ。
俺は思わず吐き捨てた。
「お前な、まだ判らんのか? それを繰り返していく先にあるのは、クスリが手放せなくなる将来か、どこかの山中で、白骨死体で発見されるかの、どっちかだ。お前は遠くない将来『事故る』」
「そんな……」
「じゃあ訊くが、今まで泊めてくれた奴に、まともなのはいたのか? 何も要求せず、期限も切らずに泊めてくれたようなのは1人として存在しないだろう。まぁ、まともな思考の持ち主なら泊めてもくれないだろうが」
「う……」
燈梨は、一言唸ると下を向いた。
「ハッキリ言っておく、お前を泊めてくれるような人間は、大なり小なり人間のクズだ。今までのお前は、ラッキーな事に桁違いの人間のクズに会わなかっただけで、これから出会わないなんて確証はない。そうなった時にどうなるか、考えたらそういう答えは出てこないと思うがな」
「でも、帰るところないし……」
燈梨は、暗い表情で下を向くと、答えた。
縄を解けと喚いていた時とは打って変わって、声も小さく、弱気な感じだ。
「帰るところがないからって、悪い大人を頼って良いって道理にはならないぞ。それが回り回っていくうちに『クスリくらいやっても構わない』になるぞ」
「そんな事にならないもん! 」
「お前の論理だと既になってるぞ。『悪い大人を頼る→クスリを覚えさせられる』これはセットだ」
「なにそれ? 意味分からないんですけど」
燈梨は、そんなことは無いと言いたげだが、それは素人の希望的観測だ。
俺は世の中の日陰ばかりを見て過ごした男なので、燈梨のような少女の行く末など腐るほど見てきている。
行く末は、反社の事務所で昼間からラリって、商売道具としても使い物にならなくなって、ある日クスリの量を間違えてあっけなく死亡。
処理に困って、山中に遺棄か、下手すればゴミ捨て場に放置だ。
この膠着状態をどうしようかと、考えていた時、向こうから舞韻が、コルト357を持ってやって来た。
そして、燈梨に銃口を向けると言った。
「オーナー、考える必要ない系ですよぉ。そんな先の心配するより、今ここで、この小娘の脳天に鉛弾撃ち込めばいいんですからぁ」
ああ、ここで話をややこしくする張本人が登場してしまった。
舞韻は、続けて言った。
「大体、なんでこの小娘を解放する前提の話になってる系なんですか? 確かに、オーナーのお願いで、始末はやめた系ですけど、しばらく監禁して衰弱死させるんじゃない系ですか? 」
「なにそれ? 結局殺すんじゃん! サイテーなんですけど」
「何言ってる系? 殺すのと死ぬのは違う系よ。死ぬのはあんたが勝手に死ぬの」
「いや! 死ぬのは嫌、放して、帰してよ! 」
舞韻が、ぐちゃぐちゃに話を引っ掻き回したおかげで、燈梨は混乱して喚き出した。
すると舞韻が、コルト357を燈梨のこめかみに突きつけると言った。
「かえしてですって? あんたさ、家には帰りたくないんでしょ。今さっきまで、クスリ漬けにされても構わないって、啖呵切ってたのに、私に銃突きつけられたら、かえしてですって、ポリシー無いのも程がなくね? 」
燈梨は、目をぎゅうっと瞑って叫んだ。
「私、クスリ漬けにされても良いなんて言ってないじゃん! 」
「はぁ? 世界の裏社会に精通してるフォックスの言いつけを無視して、街中で男拾ってシケ込んで、泊まり歩いてれば、クスリ覚えるのなんて時間の問題っしょ。今日は、鉛飲んでも死ななかったけど、続けてれば確実に死ぬのよ。それと同じ、お・な・じ、だぞ」
舞韻は、後半で何故かおどけて可愛らしい声で言うと、燈梨の鼻の頭に自分の鼻の頭をくっつけて、目線を合わせた。
舞韻の目力は半端なく、燈梨は目線を逸らすものの、舞韻は、そこまで目線を追って行った。
「分かったよぉ」
燈梨が、絞り出すように言った。
舞韻が、耳に手をつけてジェスチャーすると、大きい声で言った。
「え!? 何が分かったの? 」
「……ここにいる」
「え~!? 聞こえなぁ~い」
「ここで縛られたまま過ごす! 」
舞韻は、俺にしか見えない角度で、サムズアップしてウインクした。
燈梨が外へと逃げて、元のような生活を繰り返させないために、敢えて自分をヒール役にして、徹底して追い込み、当面、ここにいるしかないと、自発的に思わせ、言わせたのだ。
確かに、これなら燈梨は、自由になったとしても、ここから逃げ出すことは無くなる。
更に舞韻は言った。
「はぁ? あんたさ、自分は縛られてるからって1日中昼寝できるとか思ってるんじゃないでしょうねぇ、そこはフォックスに『炊事、洗濯、夜伽、何でもしますから、縄を解いてください』って土下座するところでしょ? 」
炊事洗濯はいいとしても、最後の1つは、明らかにおかしいと思うのだが、舞韻の勢いに対して、燈梨は、ぽかんとした表情で俺を見つめると
「おじさん、なんでもしますから、家に置いてください」
と、頭を下げて言った。
俺は少し引っかかったので
「家に置くのは構わないけど、間違っても今までの連中に対してみたいに、身体で払おうとか思うなよ! それから、家に貢献する働きを何でもしろ! まぁ、当面の内容は舞韻の言った内容だな……夜伽以外」
と言うと、燈梨は
「うん! 」
と、ニッコリして言った。
俺は、燈梨という娘を、昨夜捕えてから、初めて見る笑顔であったが、正直、あまりに似合っているので、一瞬ドキッとした。
いい歳をして、小娘の笑顔に心を奪われてしまうなんて、初めての経験だった。
すると、舞韻が
「ちょーっと待ったぁー! 」
と叫んだので、俺と燈梨はビックリした。
舞韻は、燈梨の前で人差し指を立てて、チッチッチと、やると、続けて言った。
「私の師匠であり、崇拝の対象であるフォックスを『おじさん』呼ばわりは許せない系ですね! なので、燈梨とやらの最初の仕事として、明日の朝までに呼び方を考えておくように! 」
燈梨は、ぽかんとした表情で、舞韻を見ていたが
「うん」
と、言うと同時に頷いた。
そして、それと同時に燈梨のお腹が鳴りだした。
俺たちは全員が顔を見合わせた。
「そう言えば、この娘、いつから食べてない系ですか? 」
「昨日の朝」
「え!?」
俺と舞韻は、同時に訊き返した。
「昼に部屋から追い出されたからね。昼食はナシだったよ」
俺と舞韻は同時に言った。
「やっぱり、クソばっかりにしか会ってないじゃん! 」
舞韻は、燈梨を椅子から解いて、上へと連れて行った。
限定メニューの試作を3人分作っておいたのだそうだが、何故か燈梨の身体を縛る縄を解いていなかった。
そこには、舞韻流の燈梨への復讐が隠されていたことを、その時の俺は気がつかなかった。
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