第6話 捕らえた獲物をどうしようが勝手だが、さすがにダシを取るとなると、ちょっと引いてしまう自分がいる

 「手が痛いよぅ」


 燈梨が、体を捩って俺に訴えてきた。


 「大人しくしてないからだ。もがけばもがくほど、縄が喰い込んで痛むぞ」

 「ちょっと緩めてよぉ」

 「ダメだ! 」


 俺は、新聞を読みながら、目線も動かさずに言った。

 大抵、こうなった人間の言う事は一緒だ。

 トイレに行きたいから、または、縄が喰い込んで痛むからという理由で、縄を緩めたり解いたりすることを求めてくるが、こっちはプロなので仕草で分かる。


 燈梨のそれは、3割は本当だが、7割は芝居だ。

 縄を緩めさせ、手の自由度を上げて、隙を突いて逃げ出そうという魂胆が透けて見えている。


 「なによぉ~、女の子が痛いって言ってるのに、無視なんてサイテーなんですけど! サディスト、変態! 」


 殺される心配が、取り敢えず無くなったからなのか、燈梨は悪態をつきまくっていた。

 これも、この手の人間のパターンだ。

 こちらを挑発して、精神の乱れを誘発し、根負けをして縄を解くのを狙っているのだ。


 それにしても、さっきからずっと騒ぎ続けている。

 この燈梨という娘、疲れたり、腹が減ったりしてないのかな? と、不思議に思う。

 

 さすがにずっと喚き散らされると、イライラしてくるので、俺は立ち上がり、テーブルの上のガムテープを手に取ると、燈梨の方へと歩みを進めた。


 「嫌、またガムテープ貼られるのは嫌。分かったよ、静かにするよぅ」


 燈梨は、抵抗すると自分の分が悪いことを悟って、静かになった。

 俺は、燈梨の背後に回ると、ソファにふんぞり返ったような姿勢になっている燈梨を抱えて、真っ直ぐに座り直させた。


 「正しい姿勢で居れば、縄が喰い込む事もなくなる。いいか、そうやって騒いでいると、お前は一生縛られたままだぞ」


 燈梨は、声を発すると、またガムテープを貼られると思っているのか、黙って頷いた。


 燈梨も静かになったところで、新聞に目を落としながら、燈梨について考えていたところに、舞韻が上がってきた。


 「オーナー、ちょっと」


 と手招きするので、店へと降りていった。

 俺が先に部屋を出ると、舞韻が燈梨に向かって


 「いい? 大人しくしてないと、後で鍋に入れてダシ取ってやる系だからね! 」


 と言って、燈梨に向かって舌を出して挑発していた。


 店に降りると、一面に美味しそうな匂いが漂っていた。


 「今回の限定メニューは、なかなかの自信作ですよぉ」


 と、言って表情をほころばせたのも束の間、厳しい表情になって言った。


 「鷹宮燈梨は、本人で間違いない系ですね。双子はいない系なので、写真で確認が取れました」


 舞韻が調べたところによると彼女は、結構その名が知られた会社の、先代社長の娘で、現社長の妹に当たるそうだが、学校も公立で、特にその家柄が感じられるものではない。


 「学校には、鷹宮燈梨は病気療養中で、別荘にいると言っているそうで、学校関係者や、児相にも燈梨と会わせていない系だそうです」

 

 俺は、それを訊いて反吐が出る思いに駆られた。

 なるほど、こっちのパターンの親か……と


 大抵、家出をする子供の親というのは2つのパターンに大分される。

 暴力をふるったり、ネグレクトをしたりする場合と、世間体を繕う事に必死で、子供と向き合う事をしない場合だ。

 燈梨の親は後者のパターンの典型だ。

 すると、舞韻が言った。


 「捜索願は出てない系ですが、2ヶ月ほど前から、彼女の行方を捜索している探偵がいる系です」


 一応、人を使って探してはいるようだが、あまり本気で探しているようには見えない。

 普通、プロであれば、大体の地方に当たりをつけたら、そこからローラー作戦を展開して、遅くとも半月以内にカタをつける。調査に時間をかけすぎると、違和感を感じた対象者が飛ぶ可能性が高いからだ。


 なのに、コイツはプロの探偵のはずなのに、2ヶ月経っても燈梨に辿り着いていない。

 舞韻が調べたら、燈梨の素性は1時間足らずでここまで収集できたのに……だ。


 「分かってると思う系ですが、探偵としてはヘボです。どうも、燈梨の兄の会社で雇われて、就職内定の際の調査なんかを主にやってる人間のようで、この手の調査には長けていない系です」


 しかも、自分の足跡も消せずに、舞韻に丸裸にされてしまっているレベルなので、プロではない。もし、本気で俺が潰しにかかれば、3日後には事故を装って、海に沈んだ車内から遺体で発見されるだろう。


 「取り敢えずぅ、そのヘボにうろつかれてもウザいんでぇ、鷹宮燈梨は、新宿から九州に向かう深夜バスに乗ったって、偽情報をばら撒いた系です。博多から、電車で鹿児島に移動して一泊、更に船で沖縄に行ったって筋書きにしてある系です。ビジホの人間も買収して、鷹宮燈梨が沖縄への行き方を訊いたって事にしてある系です」


 舞韻はあっけらかんと言って、けらけら笑うと


 「これで、1~2ヶ月は、あのヘボは沖縄旅行を楽しめる系ですよ。頃合いを見て、今度は宮古島に渡ったって事にしておく系ですから」


 と言った。

 舞韻の凄いところは、この素早い情報収集と分析、更にその対処の早さで、さすが俺の一番弟子だ、と言わざるを得ない素早い行動だ。

 ただ、そもそも俺の弟子は、舞韻しかいないのだが……。


 突然、舞韻が顔を近づけて、俺の顔をじーっと見ていた。


 「ど、どうしたんだ? 」

 「『どうしたんだ? 』じゃないですよ。あの娘の事、どうするんですかぁ? どうせ、調べさせたところからみて、殺っちゃう訳じゃない系でしょうけどぉ」


 俺が、答えに窮して、黙っていたところ


 「どうせ、オーナーの事だから『帰る所もないって言うし、しばらく面倒見てやろうよ』とか、言う系でしょ。分かってますよぉ」


 と、言って笑ったと思った次の瞬間、急にちょっと怖い表情になって言った。


 「でも、あの燈梨って娘、要注意系ですよ。ただの家出娘じゃない系ですからね。気を付けてないとみたいな目に遭いますからね」

 「ああ……分かった」


 舞韻が言うのも分かる。

 以前、俺は助けた人間に寝首を掻かれそうになったことがあるのだ。

 本当は、元々知っていて、襲わせたところを取り押さえて、色々訊き出そうとしたのだが、舞韻に先を越されてしまい、以後舞韻は、俺の行動にあれこれ口を出すようになってしまったのだ。


 「鷹宮燈梨については、私の方でも、もう少し突っ込んで調べてみます。もし、あの娘が、怪しいとなった時は……分かりますね? 」


 舞韻は、無表情で親指を立てて、それで首を切るようなジェスチャーをした。

 つまりは、容赦なく殺す……ということだ。


 そろそろ戻ろうか、と思った時、舞韻が


 「じゃあ、そろそろ戻りましょう」


 と、ほぼ同時に言った。

 よく分かってるなぁ……と、感心しかかった時

 “どすーん”という音が、2階から聞こえてきたので、俺たちは、急いで階段を上がってリビングのドアを開けた。


 すると、ソファの奥で、ひっくり返っている燈梨の姿があった。

 明らかに逃げようとして、縛られた足に躓き、ソファから落ちてひっくり返ったのだ。


 それを見た舞韻が言った。


 「この娘、鍋に入れて、ダシ取っちゃってもいい系ですか? 」

 「あぁ、頼む」


 俺は、自分の判断の甘さを、舞韻に見透かされたような気分になって、思わず下を向きながら言った。


 

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