第3話 か弱い女子を拳銃で脅すような下衆は、死んだら地獄に確実に落ちるなと、自分でも思う。
誰かが動こうとする気配で目が覚めた。
毛布の中から、体を動かさずに時計を見ると、午前8時。もう少し寝ておきたいかなぁ……と思うのだが、仕方ない。
寝たふりを続けながら微動だにせずに、感覚だけを研ぎ澄ませていると、昨夜の女子高生が、忍び足で移動しながら、体で隠すように、背中向きにあちこち探っている。
ここに連れてくるのに手は拘束したが、足はしていないために、なんとか自由になる足で動き回り、脱出ルートを確保しようといったところか。
先に断っておくと、彼女がここから脱出する術は無い。
この部屋を出たところで、玄関のロックは解除できないし、玄関を通り抜けられたとしても、この敷地から出ることは出来ないのだ。
目を閉じていても、気配で行動が分かる。
彼女の後ろに回った手が、リビングの出入り口のドアに触れ、ノブを握った。
音をさせないように、ノブを慎重に動かして、解除し、ドアを動かした。
“よし、いこう”
俺は拳銃を握ると一気に体制を起こして彼女に向けた。
「動くな! 逃げても無駄だ」
「ううううー! 」
彼女は首を横に振り続け
「違う! 逃げようとしたんじゃない」
と、でも言いたげなアピールをしている。
俺は、その状態の彼女を捕まえて、再びソファに座らせる。
彼女の手を確認すると、親指同士が真っ赤に鬱血していた。恐らく、目が覚めてから無理矢理もがいて、親指を抜こうとしたのだろう。
俺は納戸からニッパーと縄を2本出すと、まずは縄で女子高生の足首を縛り、ニッパーで結束バンドを切断した。そして、次の瞬間、彼女の上半身から腕にかけてを縄で縛り上げ、再び後ろに手を回した。
このままでは親指が骨折しかねないので、結束バンドからは解放するが、拘束はしたままだ。
当然ながら、見知らぬ人間を簡単に信用するような奴は、少なくともこの業界に生きている中には1人もいない。
目の前にいる女子高生が、本当に女子高生で、俺に襲い掛かって来ないという保証は、現段階では無い。
俺は、やかんに水を入れ、コンロに掛けると、階下に降りて玄関から、新聞を取ってくる。
今更ながら、玄関は1階だが、居住スペースは2階以上だ。なので、朝はいつも1度下に降りなくてはいけない。
注文住宅で、自分で間取りを決めたのだが、我ながら抜かったなぁ……と、いつも思う瞬間だ。
リビングに戻り、ドアを開けると、女子高生は大人しくしている……ように見えた。
見えただけだ。今まで暴れていたのは、ソファの座面に敷いているマットの乱れ具合で分かるし、彼女の表情でも分かる。大方、縄を緩めようと暴れて、余計縄が喰い込んで、その痛みで苦悶の表情になっているのだ。
俺は彼女の前に立つと、ガムテープを一気に剥がした。ここで大声を出しても、外には聞こえないというのと、訊き出したいことがあるからだ。
「……っててて」
小さな声で言った女子高生は、俺を潤んだ目で見上げながら言った。
「助けて! お願い」
こういう状況に追い込まれた人間の言う台詞は、大抵同じだ。
だが、助けてやったところで、大抵の人間は、警察に駆け込む。それは、普通に考えれば至極当然なのだが、普通に生きていない俺のような人間からすれば、看過できないのだ。
なので、こういう時は突っ込んで問いただす。
「なんで助けて欲しいんだ? 」
「だって、殺すつもりでしょ? 私、死にたくないよ! 」
「なんで殺されると思うんだ? 」
「だって、私、おじさんのヤバいところを見ちゃったから」
「ヤバいところって? 」
「おじさんが、ライフルで、向かいのマンションの人を撃ったところ」
しっかりどこがヤバいのかを、当人が自覚しているようだ。
次の瞬間、俺は拳銃を取り出して、彼女のこめかみに突きつけると撃鉄を引いた。
女子高生は、目を瞑って震えながら絞り出すように言った。
「だから、助けて! お願い。見たことは誰にも言わないから! 」
「信用できない」
「信じて! 私、忘れっぽいんだよ。本当だよぉ……」
「でも、警察署の受付に行ったら、不思議なくらい思い出すだろ」
すると、女子高生は、小さく首を左右に振りながら言った。
「私、警察には行けないんだよ。行くと連れ戻されちゃうから、だから、信じてよ」
俺は、それを訊いて拳銃を仕舞った。
あんな時間に、女子高生が雑居ビルの屋上にいたことが、とても不自然だと思っていたが、これで説明がつく、コイツは家出中なのだ。だから、警察に駆け込むことが出来ないと言うが、家出が終わったら、そんなことは言っていられないだろう。
彼女について、調べてみる必要があると思った。なので訊いてみた。
「お前、身分証……学生証は何処だ? 」
「縛られてたら、出せないよぉ」
と、女子高生は体を捩りながら、縄を解くようジェスチャーで訴えてくるため
「調子に乗ると、またコイツの出番だぞ。在処を言え、俺が出す」
と、懐に手を入れ、銃を出すジェスチャーをすると、素直に持っていたリュックの中にあるというので、財布ごと取り出してみると、北海道の地名の書かれた学生証が出てきた。
なんにしても調べてみる必要があるだろう。コイツの言う事が、嘘か本当かを知るには、当人を問い詰めるよりも、まず正確な情報だ。
ふと時計を見ると午前8時35分。
ちょうどいい、普段なら、そろそろアイツが来る頃合いだ。
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