さくら花咲く

koto

さくら花咲く

 今年、桜は咲くだろうか。それは受験生の私にとっては切実な問題だった。

 最近は寒さに震えながら、冴え冴えとした星の出る時間に塾から帰るので、お月さまとは仲が良い。それならば私に雪月花揃って見せてほしい、なんて思ったのが間違いだったのかもしれない。

「降ったよ……」

 よりによって試験当日に。「すべる」「ころぶ」などの受験生忌み言葉が頭をよぎってしまい暗澹たる気持ちになったが、天のなすことに人の身では抗えない。

「とにかく学校に行かなきゃどうにもならないよね」

 予定より早めに家を出て、受験する学校へと向かう。電車もバスも遅れていたので、歩けるところは必死に歩いて距離を稼いだ。その甲斐あって時間的に十分ゆとりをもって目的地までたどり着くことができた。

 校門前には同じように鼻や頬を染めている受験生が何人もいて、文字通り辛いのは私だけではないのだという気持ちになれた。そこから生まれた余裕が、周囲をより広く見回させるきっかけになったのだろう。校門の脇に大きな樹が一本、風雪に耐えて枝を伸ばしているのが目に入った。

(大きな樹だなぁ)

 何の樹だろう、その答えは雪を運ぶ風によってもたらされた。

「桜吹雪?」

 樹の周りを吹き抜けた風は雪をまとって私の元へと届いた。雅やかで美しい、白く霞むその光景は春の風物詩そのものだった。


 ああ、この樹はきっと桜だ。桜が自己紹介してくれたんだ。


 とても優美な幻を見せてもらった気がして、自然と笑みが浮かんだ。吹雪が樹をかすめていっただけと言えばそれだけだが、私にとっては一足早い春を運んでもらった気がしたのだ。

「頑張ろう、この樹に花が咲くところ、見たいもの」

 私は止まってかじかんでいた足を動かして、校内へと足を踏み入れたのだった。


 花の便りが届くころ、校門をくぐることができたのは、あの日雪と桜のくれた招待状を受け取れたからだと、密かに思っている。


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※ 頂いたお題「桜の木に雪ぞ花となる」

オマージュ:「雪月花 一度に見する 卯木かな」松永貞徳

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さくら花咲く koto @ktosawa

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