7. 生還した


 2週間のメンタルケアを施されて俺は退院した。今年小学5年生になる妹の話によると、病院のベッドで俺はうわごとの様に「お母さん」とつぶやいていたらしい。


「もうっ、心配させないでよっ」


「すまん。母は?」


「買い物ー。じゃあね、私はミキちゃんの家に遊びに行くから」


 俺が大人しくベッドに寝転んだのを見届けて、妹は部屋から出ていった。思春期も入りたてなのにわざわざ付き添ってくれていた様だ。なかなか可愛げがある。今度ご褒美に水族館でも連れていってあげよう。


 医者によると俺の記憶は混濁状態にあるらしい。どうも2週間前に体育倉庫で転んだらしいのだがピンとこない。頭の打ちどころが悪かったのか、と言っていたが傷らしい傷も見当たらないので医者も首を傾げていた。


 何か素敵な夢を見ていた様な気もする。


 思い出したい気持ちもあったが知らぬが仏ということもあるだろう。布団に寝転び、穏やかな遠いアルプスの風景と再生されるエロ動画に想いを寄せていると、玄関のインターホンが鳴った。


 モニターで確認すると、羊を狙う姑息こそくな狼の如き笑みを浮かべた小依がいた。


「おひっさしぶりでぇーす。たまごっちせんぱぁい」


 全部思い出した。

 そうだ俺はこいつにおっぱいを押し付けられて精神を崩壊させられたんだ。くそっ。


「何しにきた帰れ」


「何って。お見舞いですよぉー」


「悪の元凶が何を言っている。貴様に家の敷居はまたがせん」


「えぇー。塩瀬さんも来てるのにぃー」


 何だと。

 慌てて階段を駆け下りて玄関へと向かう。扉を開けるとそこに塩瀬の姿はなく、相変わらず短いスカートの小依が立っているだけであった。


「塩瀬は?」


「うっそー。いる訳ないじゃん。おっじゃましまーす」


「くそが。帰れぇ」


「するりっとな」


 その豊満な身体のどこにそんな敏捷びんしょうさがあるのか。小依は俺の家の中に侵入してきた。


「わあ、先輩の匂いがするぅー。くんかくんか」


「住居不法侵入だ。通報するぞ」


「先輩の部屋、どっこかなぁー」


「待てぇ。またんか」


 俺の静止の声を聞かず小依は一目散に駆け出した。鼻をすんすん動かしている。匂いで俺の部屋を当てようというらしい。


「この部屋、先輩の匂いが一番濃いなぁ」


「やめろ。やめてくれぇ」


「あ。図星だぁ。おじゃましまーす」


 ガチャリと扉を開けると、小依は早速俺のベッドの上にダイブした。ゴロリとあおむけに寝転ぶと物欲しげに俺のことを見た。


「さぁ、先輩来てください」


「嫌だ」


「えー、この前体育倉庫であんなに盛り上がったじゃないですかぁ。先輩可愛かったでちゅよー。ばぶうばぶうって」


「俺はそんなことしていない。絶対にしていない」


 あの胸の物体が動くたびに叫びたくなる衝動に駆られる。まるで頭をハンマーで叩かれている様だった。小依がゴロンゴロンする度にブルンブルン揺れる。


「せ・ん・ぱ・い」


 ハッと我にかえる。

 身体が勝手にベッドまで近づいてきていた。小依が俺の服の袖口をつかもうとしている。


「くっ。近づくなぁ」


「あらぁー。どうしたんですかー、警戒し過ぎじゃないですかぁー?」


「俺は、絶対に、俺を精神を崩壊させる女に、童貞を捧げるわけには、いかんのだ」


 小依から距離を取る。ゼェゼェと息が切れている。


 たかが会って数分しか経ってないのに疲弊はピークに達していた。まるで冬眠前の大熊と真正面から向き合っている様だった。隙を見せればやられる。後ろを向こうものなら胸の物体が背中に飛びついてくるだろう。


 そうなったら一巻の終わり。ベッドは相手のフィールドだ。俺は正気を保っていられなくなる。


「つまんないのぉー。じゃあ、エロ本でも探そっかな」


「そんなものある訳ないっ」


「ない訳ないじゃないですかぁー。だって先輩はむっつりスケベなんだからぁ」


 そう言って小依は押し入れを漁り始めた。


 バカめ。見つけられるはずがない。


 この部屋は妹も入ってくる。故にエッチなものはパソコンの外付けHDDの「勉強用」フォルダに入っている。たかが一介の子ギャルに見つけられるはずがないのだ。


 これで時間を稼いで母親が帰ってくるのを待とう。


「みぃーつけた」


「なにっ」


「外付けHDDの勉強用フォルダとか、ちょろ過ぎー、わろろん」


 この女はメンタリストか?

 カチカチとクリックしてエロ動画が再生されていく。俺のコレクションを見ながら小依はぴょんぴょん跳ねていた。


「やっぱり清楚系ばっかですねぇ。これを見ながら塩瀬パイセンを思い出して抜いているんですねぇ」


「違う。ただのイメージトレーニングだ」


「あれぇ、これ、何すかぁー? 最近ダウンロードしたんすか。いけないなぁ、違法ダウンロードは2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金ですよぉー」


「やめろっ。それを見るな」


 不覚。

 よりによってこいつに見つかるとは。


「生意気子ギャルを突撃棒で黙らせる3時間SP……あぁー」


 カチカチと動画を再生すると、小依はニヤニヤと笑った。


「どうしたんですかぁ、これ? 先輩? ギャルは嫌いじゃなかったんですかぁー」


「嫌いだ。嫌いだから黙らせたかったんだ!」


「ひょっとして私のことも黙らせたいんですかぁー?」


 小依は楽しそうにパソコンの音量を大きくした。


『やー、いきなりぬがすなんて、だいたぁーん』


 前回見終わったところから再生が始まる。ちょうど服を脱ぐところくらいだった。結局ここまでしか見ることができなかったんだ。


「あらあら。先輩ったらもう」


「イメトレだ」 


「ふーん。ねぇー、この子ちょっと私に似てません?」


「似てないっ。断じて似てないっ」


 そう思ったら罪悪感があるだろうが。


「お前よりこっちの女優の方が清楚なんだ。この子ギャルは生意気そうに見えて純情なんだ!」


「素直じゃないなぁ」


「お前が俺にしたことを絶対に許さないからなあ。人の心を赤ん坊に戻しやがって。おかげで可愛い妹に醜態しゅうたいを晒す羽目になったんだ」


「良いじゃないですかぁー。とっても可愛くて妹さんもキュンキュンきたと思いますよ」


 逆だ。すごく可愛そうな生き物を見る目を向けてきたんだ。


「あ。良いこと思い付いたぁー」


「うるさい早く帰ってくれ。俺はもう元気がないんだ」


「大丈夫ですよぉー。一回くらい自分でやったからって、元気がなくなる先輩じゃありませんからぁー」


「は? 何でそんなこと分かるんだ?」


「濃い先輩の匂いがするぅー」


「帰ってくれぇ」


「ねぇ、先輩。私とゲームしません?」


 再生されるエロ動画を止めると小依はニッコリと笑った。


「ゲーム? ゲームだと?」


「そうですぅ。もし先輩が勝ったら私は金輪際、先輩の童貞を狙いません」


「本当か? もう狙わないのか?」


「はぁい。もちろん」


 残念だ。

 という思考は捨てろ。俺は心を鬼にして修羅の道を進むんだ。俺が目指すのはこのおっぱいじゃあない。


「じゃあ、お前が勝ったらどうするんだ」


「うーん、じゃあ私と一緒にプールでも行きましょっかー」


 ふん。それはそれでご褒美。


「良いだろう。乗った」


「そしたらぁ。はじめまっしょっかー」


 小依は懐から黒い鉢巻きを取り出して高々と宣言した。


「あえぎ声当てげぇーーむ!」

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