6. もうだめだ


 小依によって最後のパンツががされる。

 これで残すは水泳用のサポーターだけになった。薄い布切れを見て、小依は暗がりの中で満足そうに微笑んだ。


「あはは。すごいことになっちゃってますねぇー。かわいそぉー」


 我ながら哀れと言う他ない。


 まな板の上の鯉。俺の上にまたがった小依を彼方に追いやることは、すでにできそうになかった。生脚が気持ち良い。女の太ももと言うのは、こんなにもすべすべしたものなのか?


 そして小依が動くのに合わせておっぱいが揺れている。はだけたシャツからピンクのブラジャーと谷間の深淵が見える。


「あ。ひょっとしておっぱい触りたいんですかぁ。やっぱり先輩はおっぱいは好きなんですねぇー」


 ニヤリと悪魔の様な笑みを浮かべた。


「は……はなせぇ……」


「おっぱいにはですねー。こう言う使い方もある訳なんですよぉー」


 そう言うと、ずしんと小依がのしかかってきた。


 うわあ。何も見えない。真っ暗だ。何が起きたんだ。この顔に触れる柔らかいものは一体何なんだ。


 俺は何を見ているんだ。


「……これは」


「おっぱいですよぉ。先輩のだぁいすきな」


 俺は深淵をのぞいている?


「どうです?」


 挟まれている、という言い方は正しくないのかもしれない。そんな生半可なものじゃない。包まれていると言ったほうが正しい。生命の土壌。その瞬間、俺の精神は赤子の頃にフラッシュバックした。


 ——————お母さん。


 成長と共に忘却した記憶が蘇る。そうだ。俺はこう言う風に大きくなってきたんだ。


「お。おかああさぁあん」


 俺は絶叫した。


 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。


「おっおっ、おかぁああさん」


 その深淵を俺は発見してしまったと言うのか? 俺は再び絶叫した。


 もうここがどこかも分からなくなってしまった。認識できるのは小依のおっぱいだけだった。まるで干したての羽毛布団のような柔らかさ。耳元で囁かれる優しい言葉も、俺をはるか記憶の彼方に連れていった。


「やだぁー。そんなに嬉しかったんです? 良いですよぉ、存分に堪能して」


「ふあーん。ふあーん」


「かわいいかわいいですねぇー」


 記憶の奔流と共に俺の身体もまた赤子に帰ってしまった。震える手のひらが母乳を探している。


「ダメですよう。まだ出る訳ないじゃないですかぁ」


「おかーさん、おかーさん」


「おお、よちよち。良い子でちゅからねー」


 頭を優しく抱きしめられる。


 知らず知らずのうちに涙が出てきた。情けないが、止めることができなかった。このおっぱいの前では誰もが等しく赤子だった。その気持ちを裏切ることは、生命に対して反旗をひるがえすに等しいことの様に思えた。


 さあ、め!


 揉むんだ!


「あぶう、あぶう」


「揉みたいんですねぇー。良いですよー。優しくしてくださいねぇー」


「あぶう、あんぶう」


「ふにふに触ってくださいねぇー」


「あんぶう! ぶう!」


 あぶ、あぶ。ばぶう。ぶう、ぶうぶう。あぶばぶ。ぶうぶううばぶばぶぶうばぶう。ぶう。ぶううぶう。あぶばぶ。ぶぶうぶ。ぶううばぶ。ばふ。あぶばぶ。ぶうう。ぶうう。ばっぶ。


「たまきいいんちょー? せんせいをつれてきましたー!」


 ばぶ?

 ばぶう。ぶうう。あっば。ぶうぶう。ああ。おぱおぱ。ぶう。ぶうう。ばっぶ。ぶう。ぶうう。ぶうう。


「おもったよりはやかったですねぇー。どうします? じゅんびばんたんみたいですし。さっさとやっちゃいます?」


「ばうう。おぱおぱ」


「たまごっちせんぱい?」


「あぶう。あんぶう」


「あららぁー」


 俺の記憶はそこで途切れた。


 次に目が覚めたとき、俺は病院の白いベッドの上にいた。

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