5. 体育倉庫


 結局、カラオケでの不貞因子ふていいんしを俺たちは見つけることはできなかった。あの日はたまたま利用がなかったと言うことだろう。


 そもそも順序を間違えていた。

 取り締まるなら、まず校内から監視しなければいけない。いきなりカラオケ店を見回りしてどうするんだ。


「不純恋愛が行われている場所には特徴があります」


 教壇の上に立って塩瀬しおせは言った。どうしても胸に目がいってしまう。昨日は水色だった。今日の下着は何色なんだろう。


「まず一つ、人の目につかない場所、であると言うことです」 


 そう言うと、塩瀬は黒板に校舎の地図を張り出した。


「へー、うちの校舎ってこんなに広いんすねぇー」


「はい、その内もっとも目にかからない場所は、校舎裏にある体育倉庫になります」


「なるほど。体育倉庫か。確かにここなら人は寄り付かない」


「実際に変態行為で停学になった生徒もいます。しかしこの場所での変態行為は後を絶っていません」


「ならば早速見回りに行こう。今も変態行為が行われているに違いない」


 こうしてはおれん、と立ち上がり体育倉庫を目指す。教室を出ると小依が俺の耳元でこそっとささやいた。


「今日は逃しませんよう」


 ふふふ、と笑って茶髪を揺らしながら歩いていく。相変わらず短いスカートだ。


 しかし甘い。甘いな。

 昨日の今日で俺が何の対策もしていないと思ったか。今日はパンツを4枚重ねにして防御力を上げてある。水泳用もサポーターもしている。さらにダミーの一物を粘土で作って本物の横に配置してある。


 完璧だ。


 これならば先日のカラオケ店の様な醜態しゅうたいを晒すこともない。


 これでもうお前の策は通じない。


「ふふふ。さあっ童貞喪失のお時間ですよぅー」


 案の定と言うべきか、体育倉庫に入った小依は塩瀬を放り出すと、内側から扉をロックした。


 ゴンゴンと塩瀬が外から扉をノックしている。


「珠木委員長ー? 小依さーん?」


「すいませーん。扉がロックされてしまったみたいですぅ」


「ああ、それは大変です。すぐに先生を呼んできますね」


 パタパタと駆けていく音がする。

 物音がしなくなって小依はニヤリと微笑んだ。


「これで邪魔者がいなくなりましたねぇ」


 すすすと近づいてきて身体を寄せてくる。体育用のマットの上に俺を押し倒すと満足そうに微笑んだ。


 ふん。想定通りの動きだ。


 大丈夫。

 全然、大丈夫。


 暗がりの中で小依は迷いなく俺の股間に手を伸ばしてきた。


「どこかなー? 先輩のカラーコーン♡」 


「阿呆め。もうその手は通じない。お前も諦めて真っ当な人間に戻れ。今ならまだ間に合う」


「身体は正直なんですよねー。ほら、見ーつけた」


 へっへっへっと笑って彼女はギュッと手に力を入れた。


 バカめ。それはダミーの粘土だ。


 粘土はあっけなくグシャリと潰れた。


「これは……」


「それはダミーだよ。残念だったな。俺の宝物は今4枚のパンツで守られている。どこにあるかなど探しようがあるまい」


「へぇ。色々と考えているんですね」


「昨日までの俺とは違う。お前に童貞はやらん。俺には塩瀬牡丹と言う子心に決めた女が……」


「せんぱあい」


 俺の言葉を遮って、小依は自分の制服のボタンに手をかけた。


「何だか暑くなってきちゃいましたあ」


 プッチンとボタンが外れて、まばゆいばかりに輝くピンクの下着が現れた。谷間も見える。深淵だ。


「バカ。下着が見えてる! 隠せぇ! 隠さぬかぁ!」


「見せてるんですよ」


「くっそおぉ。まさかここまでしてくるとは」


「私は最初から本気ですよぉー。そんな生ぬるいことで満足する訳じゃないですかぁ」


 小依は俺の手をつかむと、自分の胸の方に持っていた。これでは初日の二の舞だ。


 柔けえし、あったけえ。


「先輩なら、その先も見せても良いんですよ」


「その先だと。その先とは何だ!」


「言わせないでくださいよう。見たいですか? 触りたいですかぁ?」


 見てえし、触りてえ。


 しかしそれを言ってしまえば、俺が校門の桜に誓った童貞の契りはどうなる。こんな悪魔的ギャルに捧げるために守ってきたのか。いかんぞいかん。これでは塩瀬も幻滅だ。


 失った童貞は戻ってこないんだぞ。


 だがこの胸は。


「正直に言ってくださぁい」


 抗い難い……!


「ちくしょう。ちくしょう。手が勝手にぃい」


「あは。素直じゃないんだから」


「はぁ、はぁ、これは何だ」


「やだぁ。いきなりそんなとこ触るなんてぇ」


 これは何だ。

 俺は何を触ってるんだ。


「あん、あん、やぁーん」


 小依が甲高い声をあげる。

 わしわしすると手ごと溶けてしまいそうな感覚に襲われた。触れた箇所の弾力はまるでプリンをスプーンで突いた時に似ている。これが生命の真理か。俺はこの力で大きくなったのか。


 良い。


 とても良い。


 おっぱいとても良い。


「ふぅ、ふぅ、ふふ」


 くそう。何を笑っているんだ。そんな目で俺を見下ろすな。心がいかれてしまう。手が勝手に動いているんだ。ちくしょう。


 小依は舌舐めずりをして身体を下ろしてきた。ギュッとおっぱいを押しつけると、耳元で囁いた。


「じゃあズボン脱がしちゃいますねー」


 やめろ、と叫びたかった。

 しかし意識に反して声が出てくれない。一体何なんだ。この女、催眠術でも使っているのか?


 チャックをジーと下ろされる。


 うわあ。そんなところ妹にだって見せたことないのにぃ。


「わあ、本当にパンツいっぱいはいてるー」


 この日、俺の股間を守ってくれていたパンツは、湧き出た汗でムレにムレていた。


 それは、まるでラスボス戦に紙のよろいで挑んでしまったごとき所業だった。紙の鎧をいくら重ねても、それは紙の鎧。俺はそれに気がつくのがあまりに遅かった。もうHPもMPも残されていなかった。


 小依が俺のパンツに手をかける。


「いっちまーい」


 パンツがずりずりっとずり落ちていく。


 この女の前には全てが無力。あのおっぱいを見せつけられてしまっては、俺の精神はもう耐えきれない。圧倒的なレベル差を痛感しながら、俺は彼女がパンツを下ろすに任せた。


「にっまーい」


 2枚目の装甲ががれる。

 剥がしたパンツを自分の近くに持っていくと、彼女はそれをクンクンと嗅いだ。


「わあ、先輩の匂いがする。ムレムレじゃないですかあ、これえ。ここから先輩の汁が漏れているんですねえ」


「やめろ。やめてくれえ」


「さんっまーい」


「ぐおああああ」


 残す装甲は一枚。もはや全裸も同然。風前の灯火。象の前の蟻。水に濡れたアンパンマンだ。


「さぁ、先輩。はじめましょっか」


 小依が手を伸ばしてくる。


 今回ばかりはもうダメかもしれない。


  

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