4. どじょうさん


 不純恋愛対策として俺たちはまず見回りから始めることにした。今回、目指したのは学校近くのカラオケ店。ここでの不純恋愛が店側から学校に報告されている。


 カラオケ店で催すとは何事だ。けしからん。


「て言うか何で私までいないといけないんですか」


 スマホをいじりながら、小依が不満そうに言った。


「お前も風紀委員になったんだよ」


「はぁー、まぁ暇だから良いけど。とりあえず何歌います?」


 ピコピコとリモコンをいじって、マイクを俺に渡した。


「阿呆め。俺たちは歌いに来たのではない。不純恋愛対策だ。早速見回りすんぞ」


「つまんねー。塩瀬パイセンは?」


「皆さんが歌うのであれば」


 俺たちが歌えば歌うのか。

 良いじゃないか。


「おい。小依」


「何すか」


「どんぐりころころ」


「はいはーい」


「この店にはドリンクバーがあるそうです。お飲み物は必要でしょうか」


「私、カルピスぅー」


 分かりましたと立ち上がって、塩瀬は部屋から出て行った。

 その姿を見送って、小依はずいっとこっちに寄ってきた。


「先輩の好きな人って塩瀬パイセンですよね」


「貴様には関係ないだろう」


「あれは無理っすよ。無理。大人しく私とヤリましょー?」


「大人しくだとう。男子たるもの最初のみさおは心に決めた女に捧げるものだ。覆らん」


「昨日はあんなに興奮してた癖にぃー。童貞よこせよー」


 マイクを持った俺の側にちょこんと座った。

 俺の腕をギュッと挟むとおっぱいを押し付けてきた。


「ほら、先輩の好きなおっぱいですよー」


 イントロが始まった。マイクを持ち歌い始める。


「どぉんぐりぃいころころぉお」


 腕のところでおっぱいがプニプニしている。


「やーん、先輩うっまーい」


 小依が更に距離を縮めてくる。

 マイクを持ちながら俺の心はおっぱいで埋め尽くされていた。この女、何を考えているんだ。塩瀬が帰ってきたらどうするんだ。しかしこの胸抗い難い。


「ころころぉおお」


 いかんいかん。

 あらん限りの声を張り上げて、右腕を救出する。危なかった。そのまま反対側の席に逃げる。


「どぉおんぐりぃい」


 しかし相手も相手。それで諦める後輩ギャルではなかった。ニヤッと笑って俺に抱きつくと、マイクをおっぱいの間に挟んだ。


「ほら、こんな事してあげますよぉ」


「おぉおいぃけにぃい」


「歌で意識をそらそうとしているのバレバレなんですよぉー」


 そう言って彼女はうっとりとした顔でマイクをすりすりした。


 何だあの手つきは。

 エロい。エロいじゃないか。マイマイクもあんなになってしまうのか?


「はまぁあってぇえ」


 しずまれ。


 鎮まれぇ!


「ふふ、反応してるー、かっわいー」


 不覚。

 歌に意識を集中しすぎたせいで、小依が距離を詰めてきているのに気がつかなかった。


 さぁ大変だ。


 彼女は服の上から俺の胸をピンと弾いた。


「あぁああ!」


「かっわいー」


「どっどっどっじょうがぁああ」


「先輩のどじょうさんみぃーつけーた♡ この際、塩瀬さんにイチャイチャしてるとこ見せちゃいます? いやむしろ3人でやっちゃいます?」


 3人。

 俺の理性は崩壊した。ぱつんぱつんと脳内スライドショーが展開した妄想はソファの上に寝転んだ塩瀬と小依の姿だった。


 そこに俺がマイクを持って近づく。


『やー、先輩のマイクすっごーい』


『珠木委員長……すごいですう』


『100点満点ー。ビブラートも完璧ですぅ。ぶるんぶるん』


 あああ。

 正気に戻れ。戻るんだ。


「こんにちはっ、はっ、はっ」


 正気に戻ったところでもう遅い。小依の手はずるずると下に下がっていている。


 手を動かしながら上目遣いでこっちを見ている。


 いかん。


 童貞がどうとか言う場合じゃない。堤防が崩壊しそうだ。ダクダクと早くなる心拍。俺のマイクは音量全開だった。


「ああもう、先輩のマイクがハウリングしちゃってますよう。早く楽になっちゃいましょう……?」


 いざ遥か彼方のイスカンダルへ。俺の脳内悪魔は囁いた。


「くっ! あああぁあ!」


 指に爪を食い込ませ痛みで悪魔をはらう。


 間一髪。


 ここで耐え切ったのは校門の前の桜の木との約束があったからこそ。こんなところでいく訳にはいかない。何のために俺は童貞を守ってきたんだ。やめろ。ここでいくは一生の恥ぃ。


 ギリギリの攻防の最中、ガチャガチャと扉が開いて塩瀬が入ってきた。


「カルピスをお持ちしました」


「おっおっおっ」


 転倒。

 股間でうごめく後輩ギャル共々、塩瀬に倒れかかる。


「ぬおー!」


「きゃー!」


 パッシャンと塩瀬が持っていたカルピスが宙を舞う。バランスを崩したまま、どたどたと床に崩れ落ちる。


 カルピスが降ってきて、ぼたぼたと小依と塩瀬にかかった。


「あいたたた」


 小依は床にうつ伏せになってうめいていた。太もものところにカルピスがかかってしまっている。


「あぁ、もう服がベトベトです」


 塩瀬のシャツが白い液体でにじんで下着が透けて見えている。


 水色だった。


 俺のどじょうさんはとても満足した。

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