第132話 怪奇! 公園に現れたタコ男!

 休日の昼の公園には子供が溢れ返る。

 田舎ならいざ知らず、それなりの都市だと子供が自由に遊べる場所というのは減っているらしい。

 故に、数少ない子供たちの遊び場である公園に子供が集まるのは自然な流れといえる。


 さて、そんな公園に醜悪な見た目をした化け物が現れたらどうなるでしょう?


「きゃああ!」

「キモい!」

「こっちくんな!」


 答え。悲鳴を上げられ、心にもない罵声を浴びせられる。

 騒ぎを起こされると、ターゲットであるイリスという女性に近づけなくなる。今にも泣きだしそうな子供たちの前から素早く立ち去り、近場の公衆トイレの個室に身を隠す。


『くっ! あの子供たちめ……。見た目だけで触手を嫌うなんて許しておけない! 今すぐ戻ってあの子供たちに触手の快感を叩きこんでやる!』


 頼むからやめてくれ。


 触手を荒ぶらせるタコを止める。

 そんなことをしたら、それこそ本当の化け物扱いだ。


『どうして止めるんだい? 君はそれでも触手の伝導師なのかい!?』


 落ち着け。

 そもそも、今回の俺たちの目的はイリスという女性だ。


 そう。蛇男からの命を受けた俺たちは、蛇男の忠実な部下としてイリスと言う女性を抹殺……する気などさらさらなく、イリスという女性と交渉をしようと考えていた。

 俺の予想では、イリスという女性はまだ良心のある人だと思われる。故に、俺の事情を知れば協力してくれる可能性が高い。

 更に、蛇男の話ではイリスという女性は組織内で蛇男と同等の地位を持っているということが予想出来る。

 つまり、イリスという女性に匿ってもらい部下にしてもらうことが出来れば、俺は蛇男の呪縛から解き放たれるのである。


『組織から逃げるっていう選択はとらないのかい?』


 まあ、それも考えた。

 だけど、これから先も星川たちはこの組織と戦うということを考えると、組織に残って、内部から組織を潰す計画を練った方が星川たちの役に立つと思う。


『ふーん。それで、触手のよさを広める計画は?』


 あー、それはあれだ。

 この戦いが終わったらゆっくりやるよ。


『それじゃ遅いよ! こうしている間にも、さっきの子供たちの様に触手を嫌う人々が現れるんだよ! ほら考えろ! 今すぐ考えろ!』


 脳内でタコがやかましく喚き散らす。

 一応、このタコは俺を助けてくれた存在でもあるため、むげには出来ない。


 じゃあ、見た目をよくしようぜ。


『見た目? 今の僕の美しいフォルムを変えるというのかい!?』


 美しくないだろ。

 タコみたいな頭に、緑色に怪しく光る眼球。触手からは粘液が垂れてるし、口のような部位からは「ヒュー、ヒュー」と空気の漏れる音が出ていて不気味だ。

 おまけに身体は二メートル以上の大きさ。これを化け物と言わずして何と言うのだろう。


『し、失礼な! 言っておくけど、それは今の君の姿でもあるんだからな!』


 ぐふっ。


 タコからの手痛い反撃を食らう。

 そう、散々ダメ出しをしたが、この身体は俺の身体でもあるのだ。


 今思ったけど、俺って元の身体に戻れるのだろうか?


『戻れるよ。僕がいなくなればね』


 まじで? ちなみに、お前はどうやったらいなくなるの?


『僕が満足した時、即ち触手の素晴らしさが多くの人に伝わった時かな』


 難易度が高すぎる。

 いや、でも諦めるわけにはいかない。それなら、触手の素晴らしさを伝えるための活動を行わなくてはならない。


『だから、そう言っているじゃないか!』


 よし。

 なあ、タコ。


『何だい?』


 この身体の姿を変えるって出来るか?


『うーん。それは無理だな。ポーズを変えることは出来ても、姿を変えることは不可能だ』


 そうか……。

 なら、この姿のまま触手の良さを伝えるために、子供と遊ぶのはどうだ?


『ほう。確かにそれはいいかもね。さっき、公園で「高い高い」なるものをされて子供たちは喜んでいたしね。僕らなら、もっと高い場所に彼らを連れていけるよ』


 他にも、触手のぷにぷにした感触を楽しんで貰ったりもいいかもな。


『確かに! そういえば犬に頬を舐められて喜んでる子供もいたよ。それなら、僕の触手もきっと喜んでくれるに違いない』


 よし。じゃあ、行くか。


『そうだね』


 タコとの話し合いを終えた俺は、トイレの個室を出る。

 トイレにいた男性に驚かれたが、「コスプレ……」と呟いたらそれ以上特に何も言われなかった。

 この国がアニメや漫画、コスプレに理解のある国でよかった。


 そして、俺は公園に向かいイリスという女性が姿を現すまでの間、子供たちと戯れることに決めた。



***



「ママ―!!」

「いやあああ! 怖いよー!」

「放して! 放してよおおお!」

「うわああああん!」


 平和な公園。

 そこに現れた一体の奇怪な姿をした化け物。そいつは薄気味悪い笑みを浮かべると、楽しく過ごしていた子供たちを捕まえ始めた。

 そして、悲鳴を上げる子どもたちを高々と持ち上げる。

 その光景に、捕まっていない子供たちは逃げ惑い、我が子を捕らえられた親たちは顔を青ざめる。


「は、放して! うちのたっくんを返して!」


 その場にいた親の一人が叫ぶ。

 その叫びを聞くと、化け物は目じりを下げ、歪んだ笑みを浮かべた。そして、周りの木々を遥かに超える高さに掲げている子どもの身体を、その場で解放した。


「いやああああ!!」


 重力に従い落下していく我が子を見た親の悲鳴がその場に響き渡る。

 子供が地面に激突する。その直前に、子供の身体を化け物はその触手で再び掴んだ。目に涙を浮かべ顔を青ざめて震える子供。


「あ、あは……はは……」


 子供の口から出たのは渇いた笑いだった。生きていることへの安堵、そしていつ殺されるか分からないという恐怖、あまりにも大きすぎる感情を受け止めるには、その子供は余りにも幼過ぎた。


 化け物は、その子供を一瞥した後に、我が子が助かったことに安堵している親に視線を向ける。

 「これで満足か?」とでもいうような目だった。

 その目を見た瞬間に、この場にいる全ての人が理解した。

 今、あの化け物に捕らわれている子どもたちの生死はこの化け物に捕まれている。自分たちが、少しでも化け物の気分を害す行動を取れば、この化け物はいとも簡単に、それこそ遊びかのように子供を殺すだろう、と。

 

 圧倒的な力を持つ強者、それを前にして弱者の出来ることは少ない。あるものは、更なる強者に助けを求めるべく、電話をどこかへかける。

 またあるものは、自分がまきこまれないように逃げ出した。

 そして、己の大切なものを強者の手に握られているものは、必死に頭を垂れ、願った。


「お願いします。子供だけでも解放してくれませんか」



***



 なんでこうなった?

 眼前の、怯えながら頭を下げる人々を見ながら考える。


『ははは! ほら見てよ! 子供たちが泣きながら喜んでいるよ! さっきの紐無しバンジーをした子も笑って泣いてるし、きっとこれには触手の好感度も爆上がりだよね!』


 脳内に響く高らかな笑い声。

 

「お願いします……! どうか、どうか……娘の命だけは……」


 耳から入る涙交じりの嘆願。

 

 おかしい。俺とこのタコはただ子供たちを喜ばせようと思っただけだ。なのに、どうしてこんなにも人々は俺たちを恐怖の対象として見てくるのだろう。


 いや、現実逃避はやめよう。そりゃ、そうだよね。

 気味悪い格好の化け物に捕まえられたら、襲われたって思うよね。殺されるかもって不安になるよね。


『あはははは! ほら、見てくれよ! この僕を泣きながら崇めてるよ! それもこんなにたくさんの人が! やっぱり触手は最高だね! 触手万歳!』


 世間知らずなのか、それともバカなのか分からないが、タコは未だに状況を全く理解していなかった。


 バカ。寧ろ、好感度爆下がり中だし、崇めるどころか恐怖の対象としか見られてないぞ。


『バ、バカな!? でも子供たちはこんなにも泣いて喜んでいるよ!?』


 ちゃんと顔をよく見ろ。恐怖に表情を歪めてるだろ。後、触手に捕らえられて涙を流すほど喜ぶような、洗練された子供は多分この世界にはいない。


『嘘だろ!?』


 現実を受け入れることが出来ず、呆然としているタコを放って、触手で捉えている子どもたちに目を向ける。


「「ひっ……!」」


 俺と目が合った子供たちが小さな声で悲鳴をあげる。子供たちはほぼ全員今にも泣きだしそうだった。


 うん。これはもう好感度上げるのは無理だな。


 諦めて、早々に子供たちを解放してあげよう。

 そう思った時だった。


「タッコン、そこまでにしなさい」


 声のする方に視線を向ける。

 そこは、昨日と同じ痴女スタイルで俺を睨みつけるイリスさんがいた。

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