第131話 痴女
下っ端たちが部屋から出ていった後、残ったのは俺だけになった。
いや、正確には俺とタコだ。
とはいえ、タコが実際にここにいるわけではない。タコがいるのは俺の心の中である。
『それにしても、相変わらずこの部屋は気味が悪いね』
俺の心の中にいるタコの言う通り、蛇男の部屋には毒々しい色をした薬品や、実験の成れの果てと思える異形のモルモットの死体が散らばっていた。
科学の進歩に犠牲はつきものとは言うが、それを目の当たりにして気分がいいとは言えない。
『まあ、君の気持ちは分かるが落ち着きなよ。それより、先ずはこの部屋を出て情報収集と行こうじゃないか』
情報収集?
『ああ。この組織は悪の組織だ。ここから今すぐ飛び出してもいいが、簡単には逃がしてくれないだろう。逃げるにしても入念な準備がいる。出来れば協力者を見つけられるといいけど、それも含めて情報収集をしないとね』
なるほど。
確かに、情報を集めることは大事だな。じゃあ、とりあえず部屋を出るか。
『そうだね』
蛇男の命令は「大人しくしていろ」というものだった。
その命令に背けるか不安だったが、俺の身体はしっかりと俺の思い通り動いてくれた。
そのことに安堵しつつ、部屋の扉を開けて外に出る。
部屋の外には一本道の長い廊下が続いていた。人気は少なく、薄暗い。
迷った末に左へ行くことにした。
ぺたぺたと音を鳴らしながら廊下を歩く。
行くあてもなく歩いていると、向かいから歩いてくる人の姿が見えた。
足を止めて、その人を見る。
徐々にその人が近付いてきて、その姿が明らかになる。
肩まで伸びた透き通るような美しい銀髪。
ほっそりとした手足に、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという抜群のスタイル。
そして、身体のラインが浮き彫りになる黒のボンテージに黒のブーツとロンググローブ姿の美女がいた。
「キエエエエ!?(変態だあああ!?)」
『うっひょ! 美少女来たああああ!!』
思わず奇声を上げる。タコは俺とは対照的に歓喜の声を上げていた。
それと同時に、こちらに歩いて来た痴女はビクッと肩を震わせ、俺に警戒の眼差しを向け、身構える。
「誰かしら? 名を名乗りなさい」
痴女が距離を置いた状態で問いかけてくる。
名前、名前か。
『愛と触手を救う天下無双の触手少年・タッコン! でいいんじゃない?』
絶対やだ。
『何でさ! ここはかっこよく名乗りを上げて彼女の好感度を上げるところだろ!』
別に上げなくていいし。てか、どうせ全部「キエエ」に変換されるし。
『ん? いや、そんなことは無いと思うよ。少なくとも君は覚えていないかもしれないけど、君はちゃんと言語を喋れている時があったよ。片言だったけど』
まじで?
なら、試してみるか。
「ショクシュ……ショウネン…………タッコン……」
八本の触手を器用に使い、決めポーズもばっちり決める。だが、実際に放たれた言葉は片言で、しかもかなり省略されていた。
「タッコン? それが、あなたの名前なのかしら?」
痴女の言葉に頷く。
「そう」
会話が止まる。
折角だし、何か一つでも情報を聞き出したいところではあるけど……。
そう思っていると、タコが俺に声をかける。
『ここは僕に任せてくれ』
そう言うと、俺の口が勝手に動き出す。
「ショクシュ……スキ?」
「触手が好きか、ということかしら?」
壁の文字を呼んだ痴女が怪訝な目で俺を見つめてくる。
俺の身体が頷く。
唐突な訳の分からない質問に、目の前の痴女は困惑しているように見えた。
てめえ、どうでもいいこと聞いてんじゃねーよ!
『どうでもよくない! 触手の素晴らしさを広める触手少年にとって、目の前の女性が触手を好きかどうかは大事だろ!』
どうでもいいよ!
そんなことより、もっとこの組織のこととか聞くこといっぱいあっただろ!!
内心でタコと言い合いをしている内に、痴女に動きがあった。
「どういうつもりかは知らないけど、質問に答えればいいのかしら?」
その言葉に俺の身体が頷く。
というより、タコが頷かせた。
「そうね……。好きでも嫌いでもないわね。興味が無いわ」
『興味が無い……!?』
ある意味、最も残酷な返答にタコは放心状態になった。
まあ、放っておこう。
タコを放って痴女と新たなコミュニケーションを取るべく、意識を目の前の女性に向ける。
俺の目の前にいる女性は俺の身体をジロジロと見回した後、おもむろに口を開いた。
「あなた……。以前からシャーロンが議題に上げていた改造人間というものかしら?」
その言葉と供に痴女から憐れみの視線を向けられる。
シャーロンというのはあの蛇男のことだろうか?
いや、別にそこはいい。もしかして、この人は俺がこうなっている事情を少なからず理解しているということか?
一先ず、女性の質問に答えるために頷きを返す。
すると、女性は更に質問を投げかけてくる。
「……あなたは、望んでその姿になったのかしら?」
その質問に対して、首を横に振る。
確かに、触手少年になることは自分で決めたが、なりたくてこの姿になっているわけではない。
今でも元の身体に戻れるならさっさと戻って星川とイチャイチャしたいところだ。
「……そう」
何か思うところがあるのか、目の前の女性はそれだけ言うと俺の横を通ってその場から立ち去っていった。
うーん。何というか、さっきの人は……。
『悪い人っぽくないね』
お、立ち直ったのか?
『まあね。いつまでも落ち込んでいられないよ。興味が無いなら、興味が出るように努力するだけさ。君と僕、二人でいつかあの人に触手のよさを叩きこもうね!』
お、おう。
タコに返事を軽く返して、思考を戻す。
そう、さっきの人は人々を襲う悪の組織の人らしくないような気がするのだ。
例えば、蛇男は分かりやすい悪の組織の人間だった。
罪の無い一般人(俺)をこうしてタコの怪人にして高笑いするような奴だ。少なくとも街の人にとっては悪そのものと言っていい。おまけに、自分たちの部下と思しき連中を平気で使いつぶそうとしていたしな。
その点、さっきの人は俺の姿を見て何か葛藤しているように見えた。
『まあ、悪の組織と言っても一枚岩じゃないのかもね』
それだ!
あの悩んでそうな人に俺の事情を説明して、協力してもらうのはどうだ?
『それはいい案かもしれないね。ついでに彼女と仲良くなって触手のよさを伝えることも出来るし、一石二鳥だね!』
触手のことばかり考えているタコの意見は置いといて、一先ず第一目標は出来た。
そろそろ蛇男も戻ってくるかもしれないし、一応部屋に戻るか。
まあ、もう遅いかもしれないけど。
***
部屋にはまだ蛇男は帰ってきていなかった。これはラッキーだ。
部屋の中にある椅子に座って待つこと数分、部屋の扉が開く。
「どうやら、ちゃんと命令通り大人しくしていたようですね」
部屋に入って来ると共に、椅子に座る俺を見て蛇男が満足げに首を縦に振る。
「さて、これからあなたにはやってもらう仕事があります」
そう言うと共に、蛇男は部屋の中にあるパソコンを起動し、一枚の画像を俺に見せる。
そこに移っていたのは、先ほど俺が見た痴女であった。
「こいつはイリス。私たちの組織に三人いる部隊長の一人です。実力は本物ですが、この女は甘い。悪の組織の癖に時々人間たちの生活に紛れ込んでいるという話も聞きますし、以前、調査した時には子供たちと戯れる様子も確認されたそうです。私たちを裏切る可能性を持った危険分子です」
蛇男は心底軽蔑するように画像の痴女を見ていた。だが、俺はそれを聞き密かに歓喜していた。
この人しかいない。
この人は、日曜朝のアニメとかでたまにいる悪の組織だったけど、なんやかんやあって悪の組織を裏切る系の人だ。
「そこで、あなたの出番です。あなたにしてもらうことは一つ。このイリスを始末しなさい。ただし、味方を始末したとなると、当然私たちの立場も危うくなります。だから、事故を装いなさい」
「ジコ……ヨソオウ……?」
「ええ。明日の昼にイリスは一般人のふりをして公園に向かうでしょう。そこが狙いめです。子供諸共イリスを始末してしまいなさい。それならば、一般人と間違えてイリスを始末したと言っても問題はない。ましてや、あなたは最近組織に入った新入り。イリスの顔を知らなくても、仕方ないですよね?」
お手本のような悪い笑みを浮かべて蛇男はそう言った。
「それでは、お願いしますよ。明日の昼までは隣の部屋で待機していなさい」
ポンと俺の肩を叩いてから、蛇男はそう言って部屋の奥に引きこもった。
俺は、蛇男の言うことを聞いているふりをして、部屋を出て隣の部屋に向かった。
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