第119話 告白
放課後になり、星川に声をかけようと席から立ち上がる。その時、俺の周りを数人の男子たちが囲んできた。
「なあ、悪道、美少女幼馴染に見捨てられたからって今度は慈愛の聖女と呼ばれる愛乃さんにまで手を出すつもりかよ」
「何言ってるんだ?」
慈愛の聖女? 愛乃さんに手を出す? 訳が分からない。俺にそんなつもりは全くない。
「しらばっくれるな。お前が自分で言っただろう。愛乃さんに呼び出しを受けた、と」
何だ、昼休みのことか。なるほど。どうやらこいつらは勘違いしてるらしい。
「まあ、呼ばれたけど告白とかじゃないぞ。他愛もない話だ」
「だが、愛乃さんに呼ばれたことに変わりは無いのだろう?」
佐藤の傍にいた眼鏡の男子が声をかけてくる。
「いや、まあそうだけど……」
「それだけ分かればお前に嫉妬するには十分だ」
そう言うと同時に、俺の周りをクラスメイトの男子たちが囲んでいく。
「お、おい……早まるな! 俺は何もしてない! ただ呼ばれただけなんだ! 話したことだって大した内容じゃない!!」
「お門違いだということは分かっている」
「我々は所詮、後一歩を踏み出す勇気の無い臆病者」
「それでも、毎日勇気を出して挨拶したり、声をかけたりと頑張っている」
「だが、お前は愛乃さんに対しては特に何もしていない」
「我々は納得できないんだ」
「それでも、愛乃さんがお前を選ぶというなら我々はそれに従わざるを得ない。だから、せめて少しでも納得できるよう……」
「「「このやりきれない思いをお前にぶつけさせてもらう!!」」」
「ただの八つ当たりじゃねえか!!」
一斉に俺に襲い掛かって来る男子たち。俺はその隙間をかいくぐって、教室を飛び出す。
「「「待てやああああ!!」」」
ちくしょう……!! 星川とのんびり帰る予定だったのに!!
***
クラスメイトから必死に逃げ、校舎裏の木の影に隠れること三十分。気付けば俺を追いかけるやつらはいなくなっていた。
放課後だから、多くの奴らが部活や塾にでも行ったのだろう。
「はぁ……疲れた」
何はともあれ、これで漸く帰ることが出来る。そう思い、木陰から出ようとした時、校舎裏に一組の男女がいることに気付いた。
しかも、その女の子の方は星川だった。
咄嗟に木の陰に隠れ、こっそりと様子を伺う。
放課後、男女二人きり、校舎裏。
ここから予想されることは一つ。
そう、告白だ。
「えっと……隣のクラスの畑中君だったよね? 大事な話って何かな?」
星川が問いかけると畑中という少年は顔を赤くしながら深呼吸を一つする。それから、覚悟を決めた表情で口を開く。
「あ、あの……!! 俺、星川さんが好きです! よかったら、付き合ってくれませんか!!」
畑中という少年が勢いよく頭を下げ、手を星川の前に出す。
それを見た星川は、そうなることが分かっていたのか、困ったような顔で微笑む。
それから、申し訳なさそうにゆっくりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
その一言を聞いた瞬間、ホッと一安心した。
「そ、そうですよね……。あの、やっぱり悪道って幼馴染と付き合ってるんですか?」
「「え!?」」
やばい! 思わず声が漏れちまった!!
予想外だったのは星川も同じだったようで、星川も驚いた表情を浮かべていた。
恐る恐る畑中君と星川の様子を伺うが、どうやら二人は俺の存在には気付いていないようだった。
「あ、あっくんと私が? 付き合ってる……?」
「は、はい。そういう噂があったので……。違うんですか?」
「違うよ! あっくんとは、ただの幼馴染!」
首と手をブンブンと横に振って否定する星川。
いや……あの、そんなに否定されるとショックなんだけど……。
「そ、そうだったんですね」
「う、うん。それじゃ、私は行くね」
「ちょっと待って!」
気まずそうにしながら立ち去ろうとする星川を畑中君が呼び止める。
「あの、アイドル目指してるんですよね?」
「うん」
「お、応援してます!!」
「ありがとう!!」
星川は笑顔を畑中君に向けた後、その場から離れていった。
星川が離れていってから少しして、畑中君もどこかへ歩いて行った。
それを確かめてから、俺も木の影から出て教室に鞄を取りに行く。
教室に戻ると、星川が一人椅子に座っていた。
「あ、やっと戻って来た。あっくんの鞄まだあったから、待ってたんだ。もう夕方だし早く帰ろうよ」
俺に気付いた星川が笑顔を浮かべながらそう言う。
「そっか。待たせて悪かったな。なら、帰るか」
「うん!」
***
「星川って好きな人いるのか?」
帰り道、ふと気になって星川に問いかける。
「好きな人? どうしたの急に?」
「いや、何となく気になってな」
「好きな人はいないかなぁ。あんまり恋愛感情って分かんないんだよね。でも、アイドル目指す以上恋愛ソングとかを歌う機会もあるだろうから、恋愛してみたいとは思うよ。あっくんはどうなの? 気になる人とかいないの?」
覗き込むように星川が俺を見る。
その目は何かを期待しているように見えた。
「いるよ」
「え……? ほ、本当に!?」
俺の言葉を聞いた途端に星川の目が輝きだす。
その目からは不安も緊張も感じ取れない。
それを見て、やっぱり星川は俺のことを幼馴染としか見てないと再認識した。
「もう、あっくん好きな人がいるなら言ってよ! 幼馴染だって言うのに水臭いじゃん! で、誰なの? 誰なの?」
俺に詰め寄る星川。
脳裏によぎるのは、光里さんとラブリン、そして星川に告白していた畑中という勇気ある男の子。
光里さんの言う通り、思いは伝えられるときに伝えなくちゃいけない。
ラブリンの言葉を信じるなら、星川が誰かに恋をすれば星川の力になる。
何より、星川が告白される姿を見て思った。
星川がずっと俺の傍にいる保証なんてどこにもない。
星川はアイドルになる。
そうだろう。その通りだ。
アイドルになった星川に恋人の存在は邪魔になってしまう。
確かにそうだ。
だが、何で俺はそこで星川の恋人に俺がなれると思っている?
全く持ってバカな話だ。俺は碌に星川に思いも伝えていないくせに、星川が今までずっと傍にいてくれたからという理由だけで、それはこれからも変わらないと思っていた。
永遠に変わらないものなんてあるはずないのに。
どっかの誰かが、『何かを掴むことが出来るのは何かを捨てる勇気のある人間だけ』みたいなことを言った。
その通りだ。
だから、俺は今日大事なものを一つ捨てる。
「星川明里」
「……へ?」
星川は目を丸くして、間抜けな声を上げる。
「俺の好きな人は、誰より可愛くて、誰よりも笑顔が素敵な女の子。星川明里、お前だ」
ドキドキと高鳴る心臓の音がやけに大きく聞こえる。
夕焼けのせいか、それとももっと別の何かのせいか、少なくとも俺には星川の頬が赤く染まっているように見えた。
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