第118話 一般人にも出来ること

 ラブリンの話は非常に長かった。それを要約するとこんな感じだ。


 ラブリンは「愛の国」という愛が全ての世界から来た淫獣(妖精)。ラブリンと同じ「愛の国」出身の妖精がとあることがきっかけで人間界から愛を失くそうとしている。人間界の愛が無くなると、「愛の国」もやばい。

 そのため、人間界から愛を失くそうとする組織「イヴィルダーク」の野望を阻止するために愛乃さんと星川に協力を依頼した。


 話を聞いて、真っ先に思ったことは一つだった。


「なあ、その役目って星川と愛乃さんじゃなきゃダメなのか?」


 何故、女子高生にそんな世界の命運を託すんだ。

 だって、そうだろう。この地球には戦うことに特化した集団がたくさんある。彼らをおいて、何故こんな街にいる女子高生にお願いするのか意味が分からない。


「ダメラブ。この二人はラブリンが見てきた中でも一、二を争う愛の力の適合者ラブ。愛の力を使いこなせるものでなければ、イヴィルダークとは戦えないラブ」


「そうか」


 納得は出来ない。だが、俺はラブリンたちの言う愛の力だか何だかの事情を知らないため、それ以上追及することも出来なかった。


「星川と愛乃さんは納得してるのか? こんな思い役目を背負わされて……辛くないのか?」


 俺の追いかけに星川と愛乃さんは互いに顔を見合わせた後に口を開いた。


「辛いか辛くないかで言えば辛いよ。戦いの経験なんてないしね。でも、私にだって守りたいものがあるから、この役目を背負うという選択をしたことに後悔はないよ」


「まあ、私もそうかな。それに、かのっちやラブリンも支えてくれるしね。これからはあっくんも支えてくれるんでしょ? なら、私は頑張れるよ」


 二人はそう言って微笑んでいた。


 強いな、と思う。俺には無理だ。世界の命運を背負うことも、街の人々を守ることも出来ないと思う。

 俺に出来ることは、精々大切な人一人の幸せのために全力を尽くすことくらいだ。


「そうか。なら、俺は出来る限り二人を支えるよ」


「うん。よろしくね。それじゃ、話しはこれで終わりかな」


「あ、そうだ! 私ね、あっくんに一つだけ約束して欲しいことがあるの」


 話が終わったかと思ったが、どうやらまだ星川が俺に話しがあるようだ。


「何だ?」


「うん。これから、私はいっぱい危険な目に遭うと思う。でもね、その時に私を助けようとして、自分の命を投げ捨てるような行動はしないで」


 星川が俺の心を見透かすかのようにジッと俺の方を見つめてくる。


 幼馴染としての付き合いが長いからかもしれない。

 だが、星川がそこまで俺のことを見抜いていることには少しだけ驚いた。俺が星川を女として意識していることには気付いていないのに。


「……流石に、自分の命を投げ捨てるようなことはしねーよ。誰だって自分の命が大事なんだからな」


「うん! 約束だからね! 絶対、絶対に勝手にいなくなっちゃダメだよ!」


 星川が俺の手を握りしめ、何度も念を押す。その度に俺は星川に頷きを返した。


 大丈夫だ。流石に星川を庇って俺が傷つけば、星川が悲しむことくらい俺だって想像がつく。

 星川を悲しませるような真似はしない。

 まあ、星川が出来なくなるような状況に陥ることがあれば、話は別だけどな。


「それじゃ、そろそろ教室に戻ろっか」


「ちょっと待ってくれ」


 屋上を出ようとする愛乃さんに声をかける。

 俺には、まだ話しておきたい相手がいた。


「少しだけそいつと二人だけで話をさせてくれないか?」


 愛乃さんに抱えられているラブリンを指差す。


「ラブリンと?」


 愛乃さんの言葉に頷きを返すと、愛乃さんは俺の方にラブリンを差し出してきた。


「ちょ! 花音! ダメラブ! こいつはラブリンを亡き者にするつもりラブよ!」


「大丈夫だよ。悪道君もそんなことしないでしょ?」


「当たり前だ」


 確かに、俺は星川の胸元を見たこの淫獣を一度は葬ろうとした。だが、星川と愛乃さん、ラブリンの関係性を知ってしまった以上、こいつに手を出すことは出来ない。


「あっくんもこう言ってるしさ、ラブリンお願いできないかな?」


「私からもお願い」


「二人がそこまで言うなら……まあ。いいラブ」


 星川と愛乃さんの嘆願もあり、ラブリンは渋々と言った様子で俺の方に近づいて来た。


「ありがとう。それじゃ、話しが終わったらこいつを連れて教室に戻るから、二人は先に戻っておいてくれ」


 俺の言葉に星川と愛乃さんは頷きを返し、屋上を後にする。

 二人が出て行った後、屋上の扉が閉まり、二人の足音が聞こえなくなったことを確認してから、改めて俺はラブリンに向き合った。


「残ってもらって悪いな。後、朝は身体を握りつぶそうとして悪かった。星川の身体を見たっていうことに嫉妬しちまった」


 そう言って頭を下げると、ラブリンは意外そうに俺を見てきた。


「ラブリンも、お前を嘘つきだと言ってしまったからおあいこラブ。それで、話はそれだけラブか?」


 ラブリンもペコリと頭を下げ、俺を見つめる。


 勿論、本命はラブリンへの謝罪じゃない。息を軽く吐いてから、ラブリンの目を見る。意を決して口を開く。


「星川と愛乃さんのために俺に出来ることはないか? 愛乃さんは分からないが、星川には夢がある。生半可な努力じゃ叶えられない、大きな夢だ。星川の負担を俺が肩代わりできるならそうしてやりたい」


 星川のラブリンに協力してやりたいという気持ちはよく分かる。星川は、目の前で笑顔を失ってしまった人の笑顔を取り戻したいと思ってしまう人間だから、誰彼構わず自分の幸せを分けることが出来るなら分けてあげたいと思う人間だから、きっと自分の身体がボロボロになってもあいつは止まらない。

 なら、せめて俺が、星川が受ける傷を肩代わりしたい。星川にはずっと笑顔でいて欲しいから、苦しむ役回りは俺だけでいい。


「肩代わりは出来ないラブ。いや、正しくは出来るラブけど、花音、明里ほどの適性をもたないお前じゃ、力を使えて一日程度ラブ。たった一日じゃ、お前の目的は到底果たせないラブよ」


「……そうか」


 ラブリンの言葉に肩を落とす。

 肩代わりしたくても出来ない仕事があるってことか。


「つかぬことを聞くラブが、お前は明里を愛してるラブか?」


「当たり前だろ」


 ラブリンの問いかけに即答する。これだけは割と自信を持って言えることだ。


「なら、明里と恋愛でもすればいいラブ」


「はあ? 何言ってんだ?」


「明里と花音は愛の力を使って戦うと言ったラブ。愛の力は明里が何かに抱く愛情が大きくなればより強力なものになるラブ。だから、お前が明里の力になりたいと言うなら、明里に愛を囁いて、明里を惚れさせればいい。まあ、愛情には色んな種類があるから恋愛じゃなくてもいいラブけどね」


「……マジで?」


「まじラブ」


 よし、落ち着こう。

 つまり、ラブリンの言うことを整理するならば、星川の中にある愛情を大きくすればいいということだ。

 その中の一つとしてラブリンは恋愛を上げた。だが、ラブリンの言う通り愛情にも友愛や家族愛と多種多様だ。

 何はともあれ、星川が抱く愛情を大きくすることが今の俺に出来ることのようだ。


「もし明里と付き合うつもりなら、お前は明里の気持ちを理解しなくてはいけないラブよ」


 ラブリンの言葉に首を傾げる。

 どうしてこんなにも当たり前のことを聞くのだろうか? 自分で言うのも何だが、俺は常日頃から星川のことを考えて行動しているつもりだ。


「まあ、ラブリンの言っていることは胸の内に留めておけラブ。それに気付けなかったらお前はいつか取り返しのつかないミスをするラブよ」


「いや、俺がミスする前に注意してくれよ」


「……む。ダメラブ」


「何でだよ」


「明里の本心を知っているのは明里だけだからラブ。ラブリンたちが勝手に代弁することはできないラブよ」


 確かに、ラブリンの言葉には一理ある。

 なら、星川に聞くべきか……。


 そうこうしている内に昼休みの終わりの時間が近付いていた。

 とりあえず、俺がするべきことは分かった。

 

「戻るか」


 ラブリンの身体を掴み、ポケットに入れてから屋上を出た。

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