第98話 悪道善喜の愛し方


「「「ビッグバン・ラブレインボー!!」」」


 イリス様たちが放った巨大なハートが、イヴィルダークのボスの胸を貫くその瞬間、俺は陰からイリス様たちを見守るラブリンを見つけた。


 ……こいつだ!

 ガルドスは強い。鎖一つ引きちぎれない雑魚の俺ではコテンパンにされることは間違いない。

 ラブリンこそが、俺の覚醒に必要な最後のパーツ!


「や、やったラブか!?」


 余計な発言でフラグを立てるラブリンの首根っこを掴む。


「……うげっ! だ、誰ラブ!?」


「ラブリン。俺と契約しろ!」


 時間が惜しい。

 イリス様たちは力を使い果たしたのか、肩で息をしている。

 イヴィルダークのボスの姿は消えたが、俺には分かる。

 この戦いの後、必ずガルドスとの戦闘が始まる。


「お、お前は……! いや、何を言っているラブ? もう戦いは終わったから問題ないラブよ」


「まだ終わってない! いいから黙って俺と契約しろ!」


「……それが必要なことラブね?」


 ラブリンに必死に詰め寄る。

 俺の切羽詰まった様子にラブリンもただ事ではないということを理解したのか、真剣な表情に変わる。


「ああ」


「分かったラブ! 時間がないラブから、短期契約で行くラブよ!」


 そう言うと、ラブリンは己の体毛を数本抜いて、俺に差し出した。


「食えラブ!」


「……え? お前、もしかしてイリス様たちにもそれしたのか?」


「いや、普通の契約は時間をかけてするラブからこんなことしないラブ。これが一番早い契約方法ラブ」


「ならいい! 貰うぞ!」


 イリス様たちがラブリンの体毛を身体に取り入れていないなら一安心である。

 もし、イリス様たちにもこれをしていたら、このセクハラ妖精からボコボコにしなくてはならなかった。

 ラブリンの体毛を口の中に入れて、飲みこむ。

 気持ち悪かったが、仕方ない。

 そして、その体毛を食った瞬間に身体中に力が沸き上がって来る。


「それが愛の力ラブ! 本来の契約ではないラブだから、使える時間は十分だけ。それに、花音たちみたいに身体を守るコスチュームもないラブ!」


「寧ろあんなフリフリの衣装は着たくなかったから好都合だ! ありがとよ!!」


 ラブリンにそれだけ言い残して、俺は走り出す。

 俺が走り出すと同時に丁度ガルドスがイリス様たちの前に姿を現す。


「――。そして、さようなら」


 その言葉と供にガルドスがイリス様たち目掛けて、漆黒の光線を放つ。


「させるかあああああ!!」


 光線がイリス様たちを飲みこむ寸前に、イリス様たちの前でその光線を掴み、真上にぶん投げる。


「……なっ!?」


 己が放った光線が上空に飛んでいったことで、ガルドスが動揺し隙を見せる。


「このクソ兄貴が!! 歯、食いしばれ!!」


 その隙にガルドスとの間に会った距離を詰め、拳を振りかぶる。


「お、お前は――グハァッッ!!」


 俺の右ストレートが兄貴の顔面をきっちり捉える。

 全身全霊の俺の一撃を受けた兄貴は、とてつもない勢いで背後にあった建物に叩きつけられた。


 ……おお。

 愛の力のせいか知らんが、とてつもない力に覚醒してしまった。

 てか、強すぎじゃね? 大丈夫? 兄貴、死んでない?


「あ、悪道……?」


 そんなことを考えていると、背後にいたイリス様から声を掛けられた。


「はい。イリス様。あなたの騎士が駆けつけましたよ」


 そう言って、俺はイリス様に爽やかな笑みを浮かべる。

 俺の表情を見た、イリス様は少し恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。

 そして、俺はイリス様の傍に歩み寄り、そのまま二人の顔が近付いていって――。


「ククク……。ハハハ! そうか……。出て来たか。だが、丁度良かった。どうせだからな。お前は、この手で叩きつぶしてやりたかったんだ」


 ――あと少しでキスできそうというところで、ガルドスの声に遮られた。


 ……まあ、そうなるよな。


「すいません。イリス様、続きはまた後で。今は、ガルドスと決着を付けないといけないので」


 そう言い残して、俺はガルドスに向き直る。


「さっきぶりだな。進むべき道を間違えたお前をぶっ飛ばしに来たぜ」


「ぶっ飛ばす? さっきの一撃で調子にでも乗ったか? 言っておくが、俺にさっきの攻撃は欠片も効いていない」


 ガルドスが笑いながら、俺の方に一歩ずつ近づいてくる。


「そうかよ。なら、百発くらい食らわせてみるか」


 言葉を発しながら俺もガルドスの下へ歩み寄る。

 イリス様たちは、疲労困憊で動けないように見える。なら、イリス様たちからは距離を置いて戦う方がいい。

 そして、互いに近づいて行き、互いが互いの間合いの中に入った。


「殺す」

「やだね」


 その瞬間、ガルドスの拳が俺に迫る。

 それをしゃがんで躱し、ガルドスの懐に潜り込む。


 俺とガルドスの違い。それは体格にある。

 ライオンのような頭をしたこいつは見た目に反さずに大きな体を持っている。その分、リーチはガルドスに軍配が上がる。

 だが、こうして懐に入れば有利になるのは俺だ。


「オラァ!!」


 先ずは右で一発。

 だが、ガルドスは余裕の笑みを浮かべている。


「その程度――グフッ! お、おま――ガハッ! いいか――ゲフッ!」


 ガルドスが何かを言おうとしているが知ったことじゃない。

 一発で効かないなら何発も打ち込む。

 ボディブローは後からじわじわと効いてくるんだ。休むな。打ち続けろ。


「くっ! いい加減にしろおおお!!」


 ガルドスが叫び声を上げると同時に、ガルドスの身体を中心に黒い渦が巻き起こり吹き飛ばされる。


「はあ……はあ……。お前、いつの間にここまでの力を……」


 お腹を押さえながらガルドスが問いかけてくる。その表情からは余裕が消えていた。


「これが愛の力だ」


 俺の言葉にガルドスが苦虫を噛み潰したような顔になる。


「だとしても、お前ごときの愛の力は俺の力より下だ! なのに、何故お前の攻撃が俺に当たる……っ!」


 ガルドスの言葉に俺は思わずため息をついてしまう。


「バカなのか? 俺は組織の下っ端として殆ど現場で戦っていた。だが、お前は上官のような立ち位置で俺たちに指示を出すばかりだった。一撃はお前の方が強いだろう。だがな、単純に戦闘技術で俺はお前に負ける気がしない」


 実に単純な話だ。

 確かに、ガルドスは強い。だが、ガルドスは殆どまともに戦場には出ていなかった。

 こいつの強さは、あくまでも力だけ。技術が伴っているわけではない。

 高火力でごり押しされる遠距離戦では勝ち目が無いか、技術が必要となる近接戦に持ち込めば、俺にも勝ち目がある。


「ぐっ……! そういうことか……。なら!」


 ガルドスはそう言うと、イリス様たちに腕を向ける。

 まあ、そうなるよな。


「くらえええ!!」


 ガルドスが黒い光線をイリス様たち目掛けて放つ。

 そして、俺はその光線からイリス様たちを守るべく、彼女たちの前に立つ。


「ぐおおおお!!」


 ガルドスがそうするのが分かっているからと言って、それを事前に防ぐ手段を用意できるわけではない。

 俺にとっての優先順位はガルドスを倒すことより、イリス様たちを守ることだ。

 ガルドスがイリス様たちを狙うなら、俺はイリス様たちを守るだけ……なのだが。


「ぐっ……!」


「ははは! これが俺の力だ!!」


 正直、舐めていた。

 ガルドスが今放っている光線は、最初に俺が軌道を逸らしたものより遥かに威力が高い。


「あ、悪道! 私たちはいいから、ガルドスを倒しなさい!」

「そうだよ! 私たちなら平気だから!」

「私たちは気にしないで!」


 イリス様、星川、愛乃さんが声をかけてくる。


「嫌だね」


 だが、答えは決まっている。


「俺はイリス様を守る騎士だって言ったでしょ。イリス様を、イリス様の大切な人たちを守るために俺はここに立ってるんだよ」


「ハハハッ! バカな男だ! ならば、精々守ってみるがいい!!」


 笑い声と供にガルドスが放つ光線の威力が増す。

 それを、俺は腕を交差してバリアの形を作り守る。


「さあさあ、いつまでもつかな? 言っておくと、今は五割だ。そして、これが八割だああああ!!」


「ぐああああ!!」


 更に一段と俺を襲う光線の威力が増える。

 そして、徐々にではあるが俺の身体後ろに押されていく。


「悪道!」

「あっくん!」

「悪道くん!」


 後ろにいる三人が俺に声をかける。

 あれ? 愛乃さんに名前教えたっけ? てか、星川に至ってはあっくんって……。それは、善道悪津の方じゃねえのかよ……っ!


「「「負けないで!!」」」


「おらああああ!!」


 いや、今はそんなことはどうでもいい!

 イリス様たちからの声援があるなら、余裕で耐え抜ける!


 ガルドスが放つ八割の攻撃を凌ぎ続ける。

 それを見たガルドスが感嘆の声を上げる。


「ほお……。やるな。だが、遊びは終わりだ。これが、十割だああああ!!」


 光線がまた一段と太くなり、その威力を高める。


 ……っ。ふざけん……な!

 これは……やばいっ!


「悪道!」


 イリス様の声が随分遠くに聞こえる。

 意識が一気に持っていかれそうになる。


「ハハハッ! これが、この街を集めた憎しみの力だ! お前の愛の力など所詮、イリス一人に向けたもの! この俺の力の前には塵クズ同然だあああああ!!」


 そんな時、ガルドスの声がはっきりと耳に入った。


 俺のイリス様への思いが塵クズ同然?

 ふざけんなよ。俺の思いが、お前に負けるわけないだろっ!!


「舐めるなよ……っ! うおおおおお!!」


 全身に力を込める。


 しっかりしろ! 俺は、イリス様を、イリス様の好きな人たちを、イリス様が守ろうとしているこの街を、この世界を守るんだろうが!!

 この程度でへばってんじゃねえよ!


 自分の身体を支える両足に力を込め、踏ん張る。

 すぐ後ろにはイリス様たちが不安そうに俺を見ている。


「……な、何故まだ耐えられる? お、お前の愛はイリス一人へのもののはずだ! 人間一人の愛が、何故この街の憎しみを抑えられる!!」


「はっ。俺の近くにいたのに、兄貴は何も分かってないみたいだな」


「何だと……?」


「俺はな、イリス様を心の底から愛してるんだよ。イリス様が好きなものは俺だって好きでいたい。イリス様が守りたいものを俺だって守りたい。俺はイリス様を愛することを通じて、いつの間にかたくさんのものを愛して、大事に思うようになってたんだ。一人だけへの愛? ああ、そうだ。でもよ、本気で誰かを愛するってことは、その人だけじゃなくて、その人が抱えてるもんも一緒に理解しようとするってことだろうが! だから、俺のイリス様への愛が、街一つ分の憎しみで勝てると思ってんじゃねえ!」


 力強く叫ぶ。

 その叫びを聞いたガルドスが、その顔を怒りに歪める。


「黙れ黙れ黙れええええ!! この俺の完璧な計画が、お前如きに邪魔されてたまるかあああ!!」


 ガルドスの叫びに呼応するかのように、ガルドスが放つ光線の威力が一段と増す。


「悪道くん……」

「あっくん……!」

「悪道!」


「「「頑張れ!!」」」


 だが、俺の背中を押すイリス様たちの声が押す。


 ああ……。本当に、俺はバカだ。

 バカだから、可愛い女の子の声援一つで、好きな女の子の声援一つで何だって出来る気になる。


「舐めるなよ! 俺は、イリス様のことに関しては天下無双! 最強無敵の男だあああああ!!」



 漆黒の光線が俺の全身に激突する。

 そして、俺を中心にとてつもない衝撃が辺りに広がった。



 光線が止まり、衝撃が治まった先で俺は立っていた。

 そして、俺の背後には無傷のイリス様、星川、愛乃さんの姿。


「バ、バカな……」


「悪道!」


 耳に入るのは、ガルドスの信じられないという焦りを含んだ声。そして、イリス様の嬉しそうな声。


 ……ああ、そうだ。

 イリス様に、もう大丈夫って言わないと。じゃないと、イリス様が安心できない。


 イリス様の方に振り返ろうとして、そして、そこが限界だった。

 身体がふらつき、意識が遠のいて行く。


「悪道っ!!」


 ああ……。笑顔にするって言ったのになぁ。

 しくじった……。

 本当にダサい……。また、最後はイリス様たちに頼ることになっちまう。


「あと……おねが……い……し……ます」


 最後に見たイリス様の表情は、今にも泣きそうだった。

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