第99話 一つの物語の終わり
力を使い果たした悪道がゆっくりと倒れこむ。
「悪道!!」
倒れこんだ悪道の下へ、イリスはすぐさま駆け寄った。
名前を呼び、身体を揺するが悪道は目を覚まさない。
「いや! 悪道! 目を覚まして! お願いだから……目を覚ましてよ……っ!」
必死に懇願するが、悪道は返事を返さない。
イリスの瞳には涙が溜まっていた。
「イリちゃん、今やることはそれじゃないよ」
そんなイリスに、明里が声をかける。
その目は、真っすぐに未だ立っているガルドスを見据えていた。
「なんで……っ」
なんでそんなに冷静でいられるのか。
明里も悪道、もとい善道悪津ではあるがこの男が好きだったんじゃないのか。そう言いかけて、イリスは口を止めた。
明里が歯を食いしばって、涙を必死でこらえていることがその表情から分かったからだ。
「あっくんと約束したんだ。私たちが困っているときはあっくんが助ける。そして、あっくんがどうしようもないときは、今度は私たちがあっくんたちを守るんだって。私たちは、託されたんだよ」
明里は静かにそう呟いた。
「うん。私もそう思う。それに、悪道君はまだ死んでない。違う?」
花音の言葉を聞いたイリスは悪道の胸に耳を当てる。
トクントクンと、悪道の心臓は確かに動いていた。
「……そうね。明里と花音の言う通りだわ。今は、何よりもやらなくちゃいけないことがある」
そう呟くと、イリスは立ち上がり明里と花音の横に並ぶ。
三人が見つめる先には、力を使い果たしたせいか肩で息をしているガルドスがいた。
「はあ……はあ……! ふざけるなっ! またしても、俺はあの男に……あの男の血縁に負けるのか!? そんなこと、許されてたまるか! 愛情など不確かなものなど必要ない! 力! 知恵! 金! それらがあるこの俺が、頂点に立つべきなのだあああ!!」
ガルドスは咆哮を一つ上げると、その身体を一回り大きくした。
しかし、花音たちにはその姿はやけに小さく見えた。
「……あなたの思いは全て独りよがり。自分が、自分がっていう思いだけなんだね。ルシリンは、あなたと違った。ルシリンは少なくとも、自分じゃない誰かを思って戦っていた……! 自分の欲望一つの為に、世界を支配しようとするあなたには負けない! 負けるわけに、いかない!!」
花音の言葉と供に、イリス、明里、花音の三人が手に持ったステッキを構える。
「黙れええええ!! もういい! 全員まとめて消し飛べ!!」
ガルドスが再び雄たけびを上げ、そして大きく開いた口から漆黒の光線を放つ。
光も、希望も、愛情も全てを飲みこむ漆黒。
だが、ガルドスが否定し続けてきた愛に溢れた男に、ガルドスの全力の一撃を受け止められた時点で、この勝負は決着がついていた。
「「「ビッグバン・ラブレインボー」」」
「グアアアアア!!! バカナアアアア!!」
競り合うこともなかった。
ラブリーエンジェルたちの一撃はあっという間に、ガルドスが放った光線ごとガルドスを包み込み、ガルドスを倒した。
「やったー!!」
「さすが、俺たちのラブリーエンジェルだぜ!」
「ありがとー!!」
「ママー! 僕も、僕もいつかあんなかっこいいヒーローになりたい!」
ガルドスを倒したことで、市民たちから歓声が沸き上がる。
その声を他所にイリスは悪道の下に急いで駆け寄る。
「悪道……。終わったわよ。だから、早く目を覚ましてね」
そう呟いてから、イリス、明里、花音の三人は悪道の身体を抱えてどこかへ姿を消した。
***
「なんで、こんなことしたラブか……」
ラブリンは、コンクリートの上で仰向けになって倒れている、自らの先輩であり、憧れの人だったルシリンに問いかける。
「……さあな」
ルシリンはポツリと呟く。
「なあ、ラブリン。世の中は綺麗ごとで生きていけるほど甘くない。正しいことをした奴が糾弾されることもある。悪いことをした奴が、評価されることもある。そんな世界で、いつしか私は希望を、夢を失っていた。彼女たちは、何時まで夢を、希望をもって生きていられるんだろうな」
今度は、ルシリンがラブリンに問いかける。
その言葉にラブリンは少し間を置いてから口を開いた。
「知らないラブ」
ラブリンの答えにルシリンは何も答えない。
「……ただ、彼女たちは一人じゃないラブ。命を賭けるほど、愛してくれる人がいる。供に、辛く厳しい戦いを乗り越えた仲間がいる。きっと、彼女たちはかけがのない大切な人たちと繋がっている限り、この世界を希望をもって生きていけると、ラブリンは信じているラブ」
ラブリンは、最後まで愛のために生きた一人の男を想像しながらそう呟いた。
これから先、花音たちは厳しい現実に晒されて、いつか希望を、夢を見れなくなっていくかもしれない。
だが、彼女たちにはそんな時に支えてくれる仲間がいる。
その繋がりがある限り、彼女たちは大丈夫だろうとラブリンは思っている。
「……そうか。私もあの男のようにバカになれたらよかったのかもしれないな……」
ルシリンは空を見上げ、そう呟いた。
ルシリンには、ラブリーエンジェルたちと愛という少女の違いは、近くに一人のバカがいるかいないか、それだけのように思えた。
もし、自分があの男のようにバカでいられたら――。
ルシリンは、そう思い目から涙をこぼす。
「ラブリンたちは過去には戻れないラブ。だから、今を生きるしかないラブ。もし、ルシリンがそう思うなら、また、ここからやり直して、そして一人の人間を救えばいいラブ。一度失敗したら終わりなんてはずないんだから」
ラブリンは、ルシリンにそう言った。
「……ああ。そうだな」
ルシリンが空を見上げる。
雲の隙間から差し込む、温かな太陽の光がルシリンを照らしていた。
******
戦いが終わった。
ラブリーエンジェルの正体が一度はバレたものの、ラブリンが愛の力を使うことで、ラブリーエンジェルの正体を一部を除き、人々から忘れさせることに成功した。
そして、一部が倒壊した街も徐々に活気を取り戻していき、正真正銘この世界に平和が訪れていた。
愛を奪うために暴れる悪の組織が無くなれば、悪の組織から人々を守る正義のヒロインとヒロインを支えるために人間界へ来た妖精の役目も自然と終わりを告げる。
つまり、ラブリンがいよいよ愛の国に帰る日がやって来た。
「それじゃ、ラブリンは行くラブ」
「……寂しくなるね」
「まあ、そうラブだけど、たまにこっちに来ると思うラブよ。それに、生きていればまた会えるラブ」
「そうだね」
別れを惜しむ花音たちの目には、少しばかり涙が滲んでいるように見えた。
「ああ。そうだ。一つだけ、皆に伝えなければならないことがあるラブ」
前置きを一つしてから、ラブリンはゆっくりと語りだした。
「悪道は、今回の戦いでラブリンと契約して戦ったラブ。後から、病室で寝ている悪道の身体を診たら、あるはずの愛の力を感知できなかったラブ。もしかすると、悪道はイリスへの愛情を失っているかもしれないラブ」
そして、その話を聞いたイリスと明里、花音は悲痛な表情を浮かべる。
「……あ、愛情を失っている場合、どうなるのかしら?」
声を震わせながらイリスがそう問いかける。
「イリスと出会ってからのことを全て忘れているかもしれないラブ。悪道の場合は、特にイリスが関わること全てにイリスへの愛情が関わっている分、多分、善道として過ごした時の記憶も無いかもしれないラブ……」
それを聞いたイリスと明里の表情に影が差す。
そんな二人を見たラブリンが、「ただ……」と言葉を紡ぐ。
「……戻る可能性はあるラブ。花音たちが、ルシリンに愛を奪われてからも立ち上がれたように、あの男も全てを思いだす可能性はあるラブ」
ラブリンはそう言った。
そして、ラブリンは愛の国へと帰っていった。
その数日後、悪道が入院している病院で悪道が目を覚ましたという連絡がイリス達に入る。
「最初は、イリちゃん一人で行きなよ」
悪道の病室の前で、明里がそう言った。
「え? でも……」
「いいからいいから! ほら、カノッチ。私たちはどっかで時間潰してからいこ!」
渋るイリスを置いて、明里は花音を連れてどこかへ行ってしまった。
***
「明里ちゃん、よかったの?」
病院の屋上についたところで、花音が明里に問いかける。
「んー? なにが?」
「何がって、悪道君がもし記憶を無くしてるなら、それは明里ちゃんにとって――」
――チャンスじゃないのか。
そう言おうとして、花音は口を閉じた。
いや、正しくは明里が花音の口に人差し指を当てて、花音の口を止めていた。
「あっくんが記憶を取り戻さなくていいなら、それでいいと思うんだ」
明里の言葉を受けて、花音はハッとした表情になる。
「でもね、あっくんはきっと記憶を取り戻す。根拠はないけど、イリちゃんを悲しませないためなら、あっくんはそれくらいすると思うんだ。それに、このまま私とあっくんの過ごした時間が忘れ去られる方がムカつくしね!」
そう言って、明里はニッと笑った。
その笑顔を見て、花音は、強いなと思った。
「……あーあ! ちょっと羨ましいな」
「何が?」
「そんなに素敵な恋してるとこ。イリスちゃんも、明里ちゃんも凄く可愛いよ。私も、そんな素敵な恋したいなぁ」
花音の言葉を聞いた、明里はキョトンとした顔を浮かべた後に微笑んだ。
「そうだね……。でも、オススメはしないよ」
「そうなの?」
「うん。だって、こんな恋愛しちゃったら、一生忘れられないもん。もしかしたら、私一生独身かも」
「確かに……それは困るかも。でも、私も悪道君みたいな男の子がいるって知っちゃったせいで、男性観壊されちゃったかも」
「なら、二人ともずっと独身だったら、あっくんに責任取ってもらわなきゃね!」
明里が冗談めいた口調で、そう言った。
「それ……うん。ありかも」
花音も明里の言葉に同意する。
そして、二人は顔を見合わせて笑った。
そんな二人を、温かな日差しが照らしていた。
***
二人に置いていかれたイリスは、ため息をつきながらも二人きりで会える機会を作ってもらったことに感謝していた。
だが、中々病室の中に入れずにいた。
……もし、悪道が私のことに気付かなかったら。
誰? 何て言われたら、イリスはその場で涙を流してしまうかもしれないとさえ考えていた。
知らぬ間に、白銀イリスはどうやら悪道善喜にベタぼれしていたらしい。
「でも、悪道は私に冷たくされても私を愛し続けていたのよね」
ドアの前でポツリと呟く。
イリスの脳裏に現れるのは、イヴィルダークにいた頃の悪道。どれだけ、自分に冷たくされても、自分を愛し続けていた一人のバカの姿。
……そうだ。忘れられているなら、今度は私が惚れさせればいい。それだけのこと。
決心を固めたイリスは、軽く自分の頬を叩いてからドアノブに手をかける。
そして、悪道がいる病室に足を踏み入れた。
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