第97話 悪道善喜が築いたもの

 権力も武力も知力も金も無い人間が最後にすることは何か。

 それは、助けを求めることである。

 しかしながら、考えて欲しい。

 何も持っていない人間を助ける人がいるだろうか?

 助けたところでメリットは何もない。それでも助けるという人がいるなら、その人は相当なお人よしか、助けを求めている人がどうしようもないくらい好きな人だけだろう。



「助けてええええ!!」


 そして、俺はそんなどうしようもないお人よしか俺のことが大好きな人がいると信じて叫び続けていた。

 しかしながら、人の声は愚か足音さえも聞こえない。

 それでも、諦めるという選択肢は無い。イリス様を守ると決めたのだから。


「助けてえええええ!!」


 全力で叫ぶ。

 喉が潰れても構わない。それくらいの気持ちで。


「アイ……ッ!」


 そんな俺の気持ちが誰かに届いたのか、遠くで確かにイヴィルダークの下っ端の声がした。


「ここだあああ! 頼むから助けてくれええええ!!」


 更に声を張り上げて叫ぶ、俺の独房の前にイヴィルダークの下っ端たちが姿を現した。


「アイ! アイアイ!!」


 下っ端の一人がそう言うと、少し遅れて斧を持った下っ端がやって来る。


 ま、まさか……その斧で俺を殺す気か!?


「ちょ、ちょっと待て! 話し合えば分かるはずだ! あれだぞ、俺を殺したら酷いことになるぞ! 常時、お前の身体からありとあらゆる体液が噴出し続ける呪いをかけるぞ! いいのか!?」


 しかし、俺の脅しを恐れることなく斧を持った下っ端は俺に歩み寄る。そして、その斧を振りかぶった。


 く、くそっ!

 絶対に恨んでやる!!


 しかし、俺の予想と違い振り下ろいされた斧は俺の身体ではなく、俺の右腕に繋がれた鎖を断ち切った。

 更に、左腕、右足、左足に繋がれていた鎖も次々と断ち切られていく。


「……お、おお!! いやー信じてたよ! 呪ったりしない! お前は俺のベストフレンドだ!」


 拘束から解放された俺が笑顔を浮かべながら、下っ端たちに握手を求める。


「「「アイ……」」」


 下っ端たちは「無いわー」とでも言いそうな雰囲気を出しながら、俺にジト目を向けてきていた。


「「「……ナイー」」」


 かと思えば、小さな声で、無いって言いやがった。


 ……ん? アイ以外の言葉を喋ることが出来る?

 まさか、こいつらは……。


「お前ら、イリス教徒か?」


「「「アイー!!」」」


 俺の問いかけに元気よく返事を返す下っ端たち。

 なるほど、通りで俺を助けてくれたわけだ。ありがたい。


「助かった。ありがとう。ところで、出口がどこか分かるか?」


「アイ!」


 こっちです! と言うように下っ端の一人が進むべき方向を指差す。

 時間もない。急がないとな。


「助かるぜ! よし、行くぞ!!」


「「「アイ!!」」」


 下っ端たちと供に基地の出口に向かって走る。

 基地の出口に着くと、そこには大きめのワゴンカーが用意されていて、その運転席には下っ端が一人乗っていた。


「アイアイ!」


 そして、一人の下っ端が俺に一枚のフリップを見せる。


『乗れ。安全な場所に逃げよう』


 そのフリップにはそう書いてあった。


 ……なるほど。こいつらは、本当に俺を助けに来てくれたんだな。


「悪い。俺は逃げるわけにはいかない。イリス様を守りに行かないと」


 俺がそう言うと同時に下っ端たちが一斉に俺を囲む。

 そして、一人の下っ端が別のフリップを出す。


『ダメだ。お前が言っても無駄死にするだけ。逃げよう』


「「「アイ……」」」


 懇願するようにジッと俺を見つめる下っ端たち。

 ここまで言うってことは、イリス様の下にはこいつらが逃げるしかないと思わせる強大な敵がいるということだろう。


「……なら、尚更行かないとダメだろ。お前たちにだって分かるだろ。俺たちはイリス教徒だ。イリス様を守り、愛する存在。イリス様を助ける時は今だ。俺は行くぞ」


 俺はそう言うと、フリップを持った下っ端の横を通る。

 だが、直ぐにその下っ端に腕を掴まれた。


「……違う」


 えええええ!?

 喋れたの!? まじで!? じゃあ、フリップ使うなよ!


 驚愕して頭の中が混乱している俺を他所に、下っ端は俺の腕を掴む手に更に力を込める。


「俺たちはお前について行ってたんだ! 勿論、イリス様にも恩義はある。だが、俺たちはそれ以上に、愛を知りたいと思えるきっかけをくれたお前に感謝してるんだ。お前が好きだから、お前が俺たちの恩人だから、お前に死んでほしくないんだ! こんなこと言ったら、お前は怒るだろうけど……イリス様より俺たちはお前の方が大切だ!」


「「「アイ」」」


 俺の腕を掴む下っ端の言葉に、周りの下っ端たちも頷き同意を示す。


 正直、驚いた。

 俺みたいな男を慕う人間がいるなんて思ってもみなかった。

 だが、俺の腕を掴む下っ端の声が、俺を見る下っ端たちの目が嘘ではないことを示していた。


「……嬉しいもんだな。人に慕われるってのは。ありがとよ。そこまで言ってくれて」


「な、なら……!」


「なら、尚更俺はイリス様を置いて逃げられない」


 俺を見つめる下っ端たちの期待を、その一言で断ち切る。


 こいつらは知らない。

 こいつらが慕う俺がイリス様に出会ったことで生まれた俺であることを。

 両親が死んでからの俺は、こいつらに慕われるような人間ではなかった。

 だが、そんな俺をイリス様が変えた。今の俺があるのは全てイリス様のおかげなんだ。


「イリス様がいるから、今の俺がいる。イリス様を愛している俺だから、お前らは俺を慕ったんだろ? ここでイリス様のために動けないような俺は、お前らが知っている俺じゃない。違うか?」


 俺の言葉を受けた下っ端たちが黙り込む。


「……死ぬかもしれないぞ」


「愚問だな。知ってるか? 俺はイリス様のためなら命を賭けられるんだぜ」


 俺の言葉を聞いた下っ端たちが笑う。


「……そうだよな。お前は、そういう奴だよな。おい! 行先変更だ! アークをイリス様の下に連れていくぞ!」


「「「アイ!!!」」」


 そう言うと、下っ端たちは俺の身体を抱えてワゴンカーに乗り込んでいく。


「……ありがとな」


「お礼なんていらない。約束しろよ。イリス様を助けて、そして、お前自身も生き残ると」


「当たり前だろ」


 暫くしてから、ワゴンカーが急停止する。


「くっ! どうした!?」


 窓の外に目を向けると、ワゴンカーの前に瓦礫が落ちてきており、それ以上前に進めなくなっていた。

 だが、少し離れた先にイリス様たちの姿が見えた。


「ここまでで十分だ! 後は走っていく! ありがとな!!」


「ちょっと待て!」


 ワゴンカーを飛び降りた俺に下っ端が声を掛ける。

 そして、下っ端たちは互いに目を合わせた後、口を開ける。


「イリス様は超かわ!」


「「「イイー!!」」」


「アークは世界で一番カッコ!!」


「「「イイー!!」」」


「そんな二人はお似!!」


「「「アイー!!」」」


 そう叫んだ。

 時間がないっていうのに、こんなことのためにわざわざ時間を使うなんて、本当にバカな部下たちだ。

 でも、それをどうしようもないほど嬉しいと感じる俺はもっと大バカだけどな。


「全く、バカな部下を持っちまったぜ。でも、最高の部下だ。ありがとよ! またな!!」


 それだけ言い残して、俺は走り出す。


***


 道を行く途中で倒れている三人の男と、彼らの横で彼らの身体を揺する二人の少年の姿を見つけた。


「お、おい! 兄ちゃんたち、しっかりしろよ!」


 てか、それはよくイリス様と出会う公園で遊ぶガキ大将だった。


「どうした?」


「うわっ! ……お、お前は変態! 何しに来た!」


「いや、何しにって、人が倒れてるから来てみたんだけど……って、太郎に次郎、三郎じゃねえか! どうしたんだよ、おい!」


 太郎たちに近づき、身体を揺するが反応がない。

 どうやら完全に気を失っているらしい。


「オ、オレが弱かったから……兄ちゃんたちはオレをかばって……」


 ガキ大将はそう言いながら泣いていた。


 ……なるほど。

 こいつらもまた、誰かを守るために戦って散っていったのか。


「泣くな。ガキ大将」


 俺はガキ大将の頭をぐりぐりと強めに撫でる。


「こいつらはお前に泣いて欲しくて戦ったわけじゃない。お前が笑える未来のために戦ったんだ。だから、お前は笑顔でいろ。いつもみたいにガキ大将として皆を守ってやるんだって胸を張れ。お前が泣いてたら、あいつも不安になるぞ」


 俺はそう言いながら、ガキ大将の近くにいた子供を見つめる。その目からは涙が零れ落ちていて、その背中は弱弱しかった。

 それにガキ大将も気付いたのか、目元を強く拭ってから子供のもとに駆け寄る。


「あ、安心しろ! 兄ちゃんたちは眠ってるだけだ! これからはオレがお前を守るぞ! 何て言ったってオレはガキ大将だからな!」


 ガキ大将は必死に笑顔を作りながら、子供に声を掛ける。

 その姿を見ながら、俺は太郎たちの身体を安全な場所に移動させた。


「太郎、次郎、三郎……ありがとな。後は、任せろ」


 そう言ってから、俺は三人とガキ大将たちに背を向けてイリス様たちがいるであろう場所に向かって急ぐ。


 太郎たちの口から直接聞いたわけじゃないが、こいつらのことだ。大方、星川や愛乃さんたちを守りたかった、もしくは彼女たちが暮らすこの街を守りたかったってところだろう。

 なら、俺に出来ることはその思いを引き継ぐことだけ。

 イリス様が笑える未来に、星川も、愛乃さんも、この街も欠かせない。

 だから、太郎たちの思い全部まとめて、勝手に背負わせてもらおう。

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