第96話 悪道善喜の選択

 ガルドスによって独房に閉じ込められた俺は、一人己の中に沸き上がる憎悪と戦っていた。


『ニクイ』

『あの男のせいで全てを失った』

『大好きな親父も母さんもあいつが殺した』

『殺せ』

『俺にはその権利がある』


 頭の中に響くいくつもの俺の声。

 ああ。そうだ。

 目には目を、歯には歯を。大事な人を殺されたんだから、俺だってあいつを殺して復讐してもいいはず……。


 真っ黒な感情にその身を任せようとしたその時だった。


「まあまあ、落ち着けよ善喜」


 顔を上げると、そこには死んだはずの親父の姿があった。


「……は? 幽霊?」


「違う。俺はイマジナリー父さんだ!」


 親父はそう言うと二ッと不敵な笑みを浮かべる。


「い、いやいや。イマジナリー父さんって何だよ。俺が寂しくて心の中に親父を生み出したって言うのか?」


「おお! よく分かったな! そう! 俺はお前の心の中で生きる父さんの幻影。イマジナリー父さんだ! いや、ファントム父さんの方が格好いいか?」


「ミラージュ母さんもいるわよ」


「おお! ママ! ママはファントム父さんとイマジナリー父さんのどっちがいいと思う?」


「ふふふ。あなただったら、どっちでもかっこいいわよ」


「ママったら~」


 突如、現れた母さんの姿に困惑している俺を他所に、イマジナリー親父とミラージュ母さんがイチャイチャしだす。

 その姿は、紛れもなく生前の俺がよく知る両親の姿だった。


「親父、母さん……! 俺、俺……」


「あ、待て。今は時間ないからそういうのは後でな」


 感動のあまり、親父と母さんに抱き着きにいくが親父に止められた。てか、鎖が四肢を拘束していてまともに動けなかった。


「それで、悪津。お前はどうしてそんなに憎んでいるんだ?」


 親父が俺と目線を合わせ、そう問いかけてくる。

 俺がガルドスを憎む理由。そんなもの決まっている。


「親父と母さんがあいつに殺されたからだ……。俺の大好きな家族を奪ったあいつを、俺は許せない……っ! それだけに飽き足らず、あいつはイリス様を傷つけようとしてる。絶対に許せないし、許す気もない! 親父、悪いが止めても無駄だ……って、何でニヤニヤしてんの?」


 重々しい雰囲気で話す俺とは対照的に、親父と母さんは心底嬉しそうにニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 多くの人を愛してきた両親のことだから、てっきり俺の復讐は止められると思ったんだが……。


「いや~だって、ねえママ」


「ええ。あなた。悪津も立派な男に育ったわねぇ」


「いやいや。俺は復讐しようとしてるんだぞ? そんな人間が立派なわけないだろ」


 母さんの言葉に首を横に振る。

 復讐は良くない。復讐は何も生まない。そうやって俺は教えられて生きてきた。

 

「そんなことはない。人が誰かを憎むときはな、その人に自分の大事なものを傷つけられた時だ。お前がガルドスをそれだけ強く憎むと言うことは、それだけお前にとって父さんとママ、そしてイリスという女の子が大事な存在だってことだろ? 復讐がダメと分かっていながらも、復讐したくなるほど大切な人が出来ているというだけで、お前は立派に成長してるよ」


「そうよ。勿論、復讐という行為自体は良くないことだわ。でもね、復讐したいという思いも、誰かを憎むことも悪いことではないと思うわ。それは、それだけあなたにとって大切なものがある証よ」


 だが、親父と母さんは俺の憎しみを、復讐したいという思いを肯定した。

 それが肯定された瞬間、不思議と己の中にあった復讐心が揺らぐ。


 そう言えば、イヴィルダークをやめる直前にイリス様が言っていた。


『私たちがしていることは、彼女たちから笑顔を奪うことになるのかしら?』


 俺がしようとしている復讐を、親父と母さんは喜ぶだろうか?

 それをして、イリス様は笑ってくれるだろうか?


「親父、母さん。俺が復讐したら、嬉しいか……?」


 俺は俯きながらそう聞いた。


「お前はどうなんだ? それが善いことだと思うのか? それが、お前の大切な人を喜ばせることだと思うのか?」


 親父は優しい声で俺に問いかける。

 その答えを頭の中で必死に考える。


「分からない」


 答えは、出なかった。


「復讐は悪いことだと思う。でも、このままガルドスのやったことを許すことは出来ない。それに、ガルドスをぶん殴りたい気持ちだってある。復讐したいかしたくないかで言えば、したいと思ってしまう自分がいる」


「なら、そうすればいい」


 親父は笑いながらそう言った。


「相手を殺すことだけが復讐じゃない。復讐にも色んなやり方がある。お前が思う最善のやり方で、復讐をすればいい。だって、そうだろ? 悪道善喜は悪の道を行こうとも、自分が信じる善行を成して大切な人たちを喜ばせたいと思う人間なんだから。復讐が悪いことなんていう世間の目なんて気にするな。その道の先で、イリス様もお前も、そして俺たちも笑える未来を創ればいいだけだろ」


 親父はこともなげにそう言い切ってみせた。


「私もそう思うわ。大丈夫。悪津はあなた自身が思うよりずっと優しい子よ。あなたの選択を私たちは応援するわ。だって、親だもの」


 母さんは俺の頭を優しく撫でてそう言った。


 高校生にもなって、自分の心が生み出した両親に慰められるとは思わなかった。でも、おかげで迷いは消えた。

 俺は、ガルドスの兄貴に復讐する。


「……兄貴が道を間違えたら俺はそれを殴ってでも止めるって約束したんだったな。ガルドスの兄貴の企みを潰したら、兄貴は俺を恨むだろうな。でも、それでいい。ガルドスの兄貴の企みを一つ残らず潰す。そして、俺はイリス様と結ばれる。それが、俺が出来る兄貴への最大の復讐だ」


 覚悟は決まった。

 憎しみを抑えきることは出来ない。だが、それでいい。それを遥かに上回る、両親とイリス様への愛をもって俺はガルドスの企みを叩き潰す。


「ありがとな。親父、母さん。ああ、そうだ。そう遠くないうちにイリス様を二人に紹介するよ。凄く綺麗で、可愛い最高の女性だ。そして、俺の命の恩人だ」


「ああ。楽しみにしてる」

「ええ。待ってるわ」


 そう言い残すと、親父と母さんの姿は俺の目の前から消えた。

 それと共に、俺の頭に鳴り響く声が治まる。


 さて、とりあえず先ずはこの拘束をとって……。


 ガッ。


 おっと、俺としたことが力を込めることを忘れていた。

 ふんぬっ!!


 ガッ。


 ……おいおい。待てよ。こういう時は俺が新たな力に覚醒して、拘束を解く場面だろ!


「ちくしょう! 外れろ外れろおおおお!!」


 ガッ。


 いくら力を込めても、俺の四肢を拘束する鎖が音を鳴らすだけで、外れる気配も壊れる気配も無かった。


 …………ふっ。

 どうやら俺の覚醒の時はまだらしい。

 だが、安心して欲しい。まだ俺には切り札が残っているのだ。

 切り札を切るべく、俺は息を吸い込み胸を膨らませる。そして、口を開いた。


「助けてえええ!! 誰かあああ! この鎖を解いてくれえええええ!!」


 俺の秘策。それは、助けを呼ぶことである!

 いや、まじで。

 これで助け来なかったらここで詰みだから。


「誰かあああ! 助けてくれええええ!!」


 独房がある地下の廊下、階段に俺の叫びが響き渡った。

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