第95話 終わりと始まり

 もしも過去に戻れるなら。

 その考えが無駄だと分かっていてもルシリンはそれを考えずにはいられない。

 愛は偉大なものだ。

 ルシリンはそう信じていた。だが、ルシリンは愛の業の深さを知らなかったのだろう。

 愛することで傷つくこと、愛が深ければ深いほど、それを失った時の絶望が大きいこと。

 そして、その絶望は容易に人を追い詰めること。


 全て、一人の少女から学んだことだ。


 だが、ルシリンはもう一つ大事なことを学んでいる。


 それは――。



***



 何だったんだこの男たちは。

 目の前で横たわる太郎、次郎、三郎の三人を見てルシリンはそう思った。


『ぐあああ!! アカリンに栄光あれええええ!!』

『うわあああ!! カノッチにもっと出番をおおお!!』

『っしょおおお!! タマタマ様よ永遠にいいいい!!』


 自信満々で立ちはだかってきた割りには、三人とも、そんな断末魔を上げて僅か数秒で倒れていった。

 だが、この三人を倒した今となってもルシリンは三人を見つめていた。

 結局、この三人が最後まで絶望することは無かった。ルシリンを憎むことも無かった。

 相当に強い愛を抱いていた三人であったが、三人とも一切の歪みが無く、真っすぐな思いを抱き続けていた。

 その姿がルシリンには眩しかった。

 もし、こいつらがあの少女の近くにいれば……。

 そう考えてしまうくらいには、ルシリンはこの三人を敵ながら認めていた。


 いや、たらればを言いだしたらきりがない。

 ルシリンは彼らのような誰かのために動ける人間の愛を消してでも、愛によって不幸になる存在を消すことを決めたのだ。

 プラスは無い。でも、マイナスもない。

 それが正しいと思うわけではない。だが、その世界で確実に救われる人がいると信じて、ルシリンは歩き出す。


「「「待ちなさい!!」」」


 だが、背後から聞こえたその声に、ルシリンは直ぐに足を止めた。

 恐る恐る振り向いたルシリンの視線の先には、ルシリンが倒したはずのラブリーエンジェルたちの姿があった。


 そんなはずはない。

 彼女たちは確実に仕留めた。邪魔をされないように、愛を根こそぎ奪ったはずなのだ。

 頭の中でそう考えるが、目の前の光景がそれを否定している。

 理由は分からないが、彼女たちは復活して再び自分を倒しに来た。


 それを認識したルシリンの動きは早かった。


虚無の世界ゼロ・キングダム


 世界から色が無くなり、ルシリン以外の全ての動きが止まる。

 この技で一度はラブリーエンジェルを倒した。復活したならばまた倒せばいいだけ。

 ルシリンがこちらを見ている三人のラブリーエンジェルたち目掛けて腕を伸ばす。

 その指がラブリーエンジェルたちに触れるその瞬間、その指はラブリーエンジェルたちの手に抑えられる。


「バカな!? この世界で動けるのは私だけのはず……!!」


「ルシリン……もうやめて。あなたが大好きだった愛ちゃんもこんなこと望んでないと思う」


 動揺するルシリンに花音が優しく語り掛ける。


「何故その名を……!?」


「あなたと触れ合って、あなたの思いも過去も知ったよ。だから、私たちはあなたを助けたい」


「……助ける? 調子に乗るなよ。私など助けられる必要はない! この世界には、私なんかよりもっと助けられなくてはならない存在が数多くいる! 愛がその代表だ! 愛を救えなかったお前らに助けられる必要はない! 私が、この私が愛のような人間たちを助け出すのだ!」


 花音の言葉を聞いたルシリンは、目を見開き怒りを露わにする。


「愛があるからこそ、裏切られたときに傷つく! ならば、最初からそんなもの失くしてしまえば誰も傷つかない! 誰かの不幸が前提となる世界ならば、幸福も不幸も消してしまえばいい! イリス! お前なら分かるだろう!」


 ルシリンがイリスを指差す。

 ルシリンは知っている。イリスが彼女の両親から捨てられたことを。

 他でもないその境遇のイリスを救ったのがルシリンなのだから。


「……あなたの言う通り、愛が無ければ私は傷つかずに済んだでしょうね」


「そうだろう!」


 イリスの言葉にルシリンが勝ち誇ったように笑う。


「だけど、愛が無ければ私は花音にも明里にも出会えなかった。私に愛を教えてくれた人がいたから、私は今幸せだと胸を張って言える。両親に裏切られた時は絶望した、憎んだ、悲しくて胸が痛かったわ。それでも、愛が理由で傷ついた私の心を満たしてくれたのも、愛だった」


 自らの胸に手を置いて、イリスはルシリンに語り掛ける。

 愛に裏切られた経験や裏切られた人たちを知っているイリスやルシリンにしか分からない傷がある。

 だが、それと同じようにそこから立ち直ったイリスにしか分からない愛の素晴らしさも確かにあるのだ。


「人を愛することは難しいわ。だから、人を傷つけてしまうし、傷つく人が出てしまう。それでも、人を愛することで、愛されることでしか得られない幸せがあることも事実よ。確かに、愛のある世界は辛いことがあるかもしれない。悲しむ人も多いかもしれない。それでも私は、誰かを愛して、誰かに愛されて、そうやって笑いあえる世界がいいわ!」


 そう言うとイリスは一歩前に出る。


「私もイリちゃんに賛成かな」


 イリスの言葉に賛成を示したのは明里だった。


「愛が無い世界なら、誰かに恋をして、その人にフラれて胸が痛くなることも、誰かに嫉妬しちゃうことも無くなると思う。でもね、楽しい時間も無くなるくらいなら、私は辛い思いをしたっていい。私は胸を張って言い切れるよ。私の恋は実らなかったけど、その恋をした時間は一つも無駄じゃなかった。何度やり直しても私は同じ人に恋をする。フラれるって結末が分かっているとしても、結ばれることが無いとしても、好きでいたい。愛の無い世界だったら、きっとこんなに素敵な感情を誰かに抱くなんて出来なかった」


 明里はそう言うと、笑顔を浮かべながら一歩前に出る。


「……っ! 黙れ! それはお前たちが恵まれていたからだ! 世の中にはそうじゃない人間たちがいる! たまたまお前たちが幸せだったからといって、不幸になっていい人間がいてもいいと言うのか!」


「それでも、他人の幸せを奪っていい理由なんてないよ。ねえ、ルシリン。あなたが大好きだった愛ちゃんが最後まで誰かを憎んだりしなかったのはどうして?」


「そ、それは……」


 その言葉にルシリンは動揺する。

 花音の言う通り、愛という少女は誰かを憎むことが無かった。いっそ、誰かを憎んでいれば、彼女はその憎しみを原動力に生きることが出来たかもしれない。

 それなのに、そうしなかった理由。

 それをルシリンは誰よりもよく理解していた。


「ルシリンの言う通り、愛があるから生まれる悲劇もたくさんあるんだと思う。でも、それと同じくらいたくさんの幸せも生まれてる。なら、私はいつか愛によって生まれる悲劇で出来た傷が、愛によって生まれる幸せで癒える世界になって欲しい!」


「そんなことは……綺麗ごとだ……!」


「それでも、私は信じ続けたい。そして、私たちがそうしていく! あなたが大好きだった愛ちゃんと同じように、誰かを憎まずに愛し続ける。そうすれば、愛される喜びを知った人がまた誰かを愛してくれる。その輪がいつか、この世界に広がると信じて、私たちは生きていく!!」


 花音はそう言うと、イリスと明里の横に並び立つ。

 花音の言葉は、耳触りのいい綺麗ごとだ。

 この世界にどうしようもないほど悪にまみれた人間がいることを知っているルシリンからすれば、甘いとしか言えない。

 それでも、ルシリンもまたその世界を想像して、その世界がいいと思ってしまった。


「……ならば、私を止めてみろ」


 ルシリンは呟く。

 彼女たちの覚悟が如何ほどか、それをルシリンは知らない。

 だが、少なくとも、数多の憎しみを取り込み、この世界から愛を奪おうとしている自分を止める程度のことが出来なければ、彼女たちの望む世界を創り上げることなど到底不可能だとルシリンは知っていた。


「止めてみせるよ。そして、ルシリンにもう一度愛の素晴らしさを教えて見せる! 行こう! 二人とも!」


「「ええ(うん)!!」」


 花音たち三人の思い、そして彼女たちを応援する人々の思いが彼女たちのもとに集まり、そして三人の姿を変えていく。

 それは、ヴィーナスフォームと呼ばれる姿よりも更に神々しさが増した姿。彼女たちの背には純白に輝く翼が生えていた。


「これは……! この力! そうか、お前たちが立ち上がれた理由は、この街の人間たちの思いのおかげか」


 しみじみとルシリンは呟く。

 その表情はどこか悲しげであり、そして嬉しそうでもあった。


「これで、最後にしよう。くたばれえええ!!」


 ルシリンの叫び声と供に、ルシリンの腕から黒い光線が三人目掛けて放たれる。


「「「行くよ! ビッグバン・ラブレインボー!!」」」


 三人の持つステッキから巨大なハートが放たれ、ルシリンの放った黒い光線に直撃する。

 ハートと黒い光線がせめぎ合う。


「「「……っ」」」


「その程度か……っ!」


 僅かにルシリンが放つ黒い光線がハートを押し始める。

 このままルシリンが押し切るかと思われたその時、その場に市民たちの声援が響き渡る。


「いっけええええ! ラブリーエンジェル!」

「頑張れー!!」

「負けるなあああ!!」


 一度は逃げ出した市民たち。

 それでも、彼らは自らの街を守ってくれた彼女たちを応援するために再びここにやって来た。

 そして、その声援が彼女たちの背中を押す。


「「「いっけええええ!!」」」


 最後の力を振り絞り、彼女たちがステッキに力を込める。

 その瞬間、黒い光線に押されていたハートがより一層大きくなり、一気に黒い光線を飲みこんでいく。


「……見事だ」


 そして、そのままそのハートはルシリンの胸に届く――はずだった。


「諦めたなら、あなたのそれは全て頂くぞ」


「……っ!? がはっ」


 ハートがルシリンに届く寸前。突如、姿を現したガルドスがルシリンの胸に腕を突っ込む。

 それと同時にルシリンの姿が見る見るうちに萎んでいき、結果として、ルシリンの胸付近に直撃するはずだったハートは空を通過していった。


「え……? 何が起きたの……?」

「あの敵は倒されたん……だよな……?」


 その場にいる人々はひたすらに困惑していた。

 それは、花音たちも例外ではない。


「私たちの攻撃は当たってない……」

「一体誰が……うっ」

「イリちゃん! 大丈夫……? って、私もちょっと限界かも……」


 力を使い果たした三人の姿が通常のフォームに変わっていく。

 三人とも、もう限界を迎えていた。


「……ガルドスッ!」


「妖精の癖にやけにでかいと思っていたら、やはり集めた憎しみで身体をでかくしていたのか。本体はちっぽけな妖精。安心しろ。あんたの憎しみは全部俺が貰った」


 ガルドスの指の先にはラブリンと同じくらいの大きさの妖精の姿があった。


「まあ、こんな簡単に奪えるとは思っていなかったがな。最後の最後であなたは力を抜いた。大方、ラブリーエンジェルたちに敗北を認めたってところだろうが、それが隙になったな」


 それだけ言い残すと、ガルドスはルシリンを地面に投げ捨てる。


「貴様ァァアアア!!」


 投げ捨てられたルシリンが怒りのままにガルドスに襲い掛かる。だが、ルシリンの身体はガルドスが人払いしただけで簡単に吹っ飛んでいってしまった。


「ボス。一応感謝を言っておこう。あなたのおかげで俺の計画は完遂できそうだ」


 不気味な笑みを浮かべながらそう言うと、ガルドスは疲労困憊と言った様子のラブリーエンジェルたちに近づいて行く。


「さて、ラブリーエンジェルの皆さん。改めて自己紹介しよう。俺が、この世界の新たな支配者ガルドスだ。そして、さようなら」


 ガルドスがラブリーエンジェルの三人に向けて人差し指を向ける。

 そして、その先から先ほどのルシリンが放った黒い光線を遥かに上回るほどの威力を持った漆黒の光線を放った。

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