第92話 波乱の幕開け
イリス様とのデートの翌日、俺はイヴィルダークの基地にやって来ていた。
これが本当に最後だ。
兄貴と協力し、ボスを止める。そういう手はずになっている。
「来たか」
基地の奥へと続く通路で兄貴は待っていた。
兄貴の後ろには兄貴直属の下っ端たちが整列していた。
「すぐ行くのか?」
「そのつもりだ。ついて来い」
そう言うと、兄貴は下っ端たちと供に奥の通路へと歩き出す。
俺も兄貴のすぐ後ろについて歩く。
「そろそろどうやってボスを止めるのか、その説明をしてくれてもいいんじゃないか?」
通路を行く途中に兄貴に尋ねるが、兄貴は「まだだ」と小さく呟き、階段の方へ進む。
階段?
ボスのいる部屋は地下じゃないはずだが……。
「地下に行くのか?」
「ああ。地下ならば誰にもバレないからな」
兄貴の話し方を不審に思いつつも、兄貴に付いて行く。
そして、地下の独房がある部屋に着いたところで兄貴が足を止めた。
「そう言えば、お前の家族は事故で死んでたな」
突然、兄貴は俺に背を向けたままそう呟いた。
「そうだが……俺は兄貴にそんな話をした覚えはない。その話は、イリス様でさえ知らない話だぞ」
「イヴィルダークは愛を憎む組織だ」
俺の話を無視して、兄貴はゆっくりと語りだす。
「俺は昔から愛情や友情などといったあまりにも不確定で、利益にならないものが嫌いだった。学校の先生共は、優秀な俺に周りの人に勉強を教えてあげなさいと言った。理解が出来ない。何故、俺が努力して得たものを周りに与えなくてはならない? それをすれば俺に金が入るのか? 俺の地位が上がるのか? 違う。そんなことをしても俺は変わらない。俺の周りが少し優秀になるだけだ。俺に得などない。そうして、俺は友達も恋人も切り捨てて生きてきた。取引仲間は作るが、情だけで行動はしない。損得をきっちり秤にかけて行動する。俺は結果を残し続けてきた。何時だって一番だった。だが、それをあの男が邪魔した」
そこで兄貴、いや、ガルドスは言葉を区切り、俺を睨みつける。
「悪道
ガルドスの言葉に息を呑む。
どういうことだ……?
ガルドスは、俺の親父を知っている?
「人を愛し、人に愛される。特段、仕事が出来る男だったわけじゃない。ただ、あの男の周りには人が溢れていた。そして、上司は会社で一番仕事が出来る優秀な俺より、あの男を選んだ。意味が分からなかった。どいつもこいつも何も分かっていない。俺に任せれば会社はでかくなる。俺の力なら、効率を重視し確実に利益を上げることが出来る。それにも関わらず、あの上司は、「お前のやり方では、お金は手に出来ても信頼は手に入らない」そうほざいた。許せなかった。どいつもこいつも愛情やら友情やら信頼とかいう不確かな感情論に踊らされている。だから、それらが無い世界を望んだ。そして、俺はイヴィルダークに入った」
そこで、兄貴はニタァとした嫌らしい笑みを浮かべる。
「さて、話を戻そう。お前の両親は事故死。そう思っているのだろう? だが、実際は違う」
ここまで来れば、兄貴の言葉が何となく予想できる。
俺の両親は、まさかこいつに……。
歯ぎしりを一つして、拳に力を込める。
こいつが、その名を放った瞬間にぶん殴る。そう決めた。
「お前の両親を殺した人間。いや、正しく言えば、殺すように指示をした人間か。それは――」
その時には既に拳を振りかぶっていた。
だが、俺の拳は他でもない俺の手によって止まることになる。
「イリス様。お前が愛している女だ」
兄貴の言葉は俺の思考と動きを停止させるには十分すぎるものだった。
「今だ! かかれ!!」
「「「アイー!!」」」
頭が真っ白で動けない俺を下っ端たちが取り押さえる。
「がはっ……! くそ……っ。ガルドス、てめえ……!!」
床に押さえつけられた状態で、ガルドスを睨みつける。
「くはは! まさかここまで上手くいくとは思わなかった。お前のことだから、あっさりと俺の嘘を見破ると思ったぞ」
「嘘……? 嘘だと……!?」
「当たり前だろう? イリスに人を殺す度胸なんてない。イリスはやめろと言ってきたよ。まあ、そんなことは無視したがな」
兄貴は俺の頭を踏み付けて、そう言ってくる。
くそっ! こんなくそ野郎の嘘に一瞬でも動揺した自分が情けない。
イリス様が人を殺すような人じゃないって、分かっていたはずなのに……!
「だが、部下である俺を止められなかったということを考えれば、上司であったイリスの責任かもしれないな。結果的に、俺を止められなかったイリスがお前の両親を殺したと言っても過言ではない。俺の言っていることも嘘ではないかもな」
「ふざけんな……っ! お前が悪いだろ……!」
「なら、イリスに聞いてみるか。あの女はどう思うかな?」
そんなの、気にするに決まっている。
イリス様は優しい人だ。今だって、誰かのために戦うような人だぞ。
ガルドスに、そんないい方されたら責任感を感じないはずがない。
「やめろ……っ! それだけは、許さね――がっ」
発言の途中で、兄貴が俺の頭を踏み付ける足に更に力を込める。
「悔しいか? 悔しいよなぁ? だがな、俺はお前ら親子に散々邪魔されてきた。お前があの男の子供だと知ったのは本当に最近だが、納得したよ。俺の邪魔をしてくるところも、気持ち悪いくらい人を愛しているところもな、実にそっくりで、いつもイライラして仕方なかった」
兄貴はそう言ってから俺の頭を強く蹴りぬいた。
「ぐはっ……」
「さて、それじゃあイリスをゆっくりといたぶりに行くか」
意識が消えそうな中、兄貴の声がはっきりと頭に響く。
兄貴の好きにさせるわけには行かなかった。
いや、それ以上に、両親を殺したこいつが、イリス様を悲しませようとしているこいつが憎くて仕方なかった。
「ガルドス、てめええええ!!」
身体を起こそうとした、その時だった。
トスッ。
背中に針が突き刺さる。
「アイー!」
下っ端が叫ぶと同時に、全身に激痛が走る。
それと共に、頭の中にいくつもの声が響き渡る。
『ニクイ』
『許すな』
『あいつのせいだ』
『復讐しろ』
『『『殺せ!!!』』』
それと共にどす黒い感情が心を覆いつくしていく。
これは、ダメだ。
この感情に呑まれちゃいけない。
「まだ、耐えるか。シャーロンに作らせた憎しみを増幅させる薬品を体内に投与されたはずなんだがな。まあ、いい。知っての通り、俺たちのボスは憎しみを糧にしている。それは、ボスの契約者である俺も同じだ。より強い愛は、より強い憎しみにも変わる。お前の憎しみが俺たちを強くする。これからもお前の体内に薬品は投与され続ける。やがて、お前の思考は憎しみに支配されるだろう。精々、そこで俺を憎しみ続けてくれ」
ガルドスがそう言うと。俺の四肢が鎖でつながれ、独房に閉じ込められる。
そんな俺を一瞥して、ガルドスは背を向ける。
「ふざけんな……! 許さねえ……絶対に許さねえぞ! くそ野郎がああああ!!」
俺の叫びを聞いたガルドスは薄ら笑みを浮かべて、階段を上がっていった。
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