第86話 デート①

 兄貴の目的やら、イヴィルダークとイリス様たちの最終決戦やらと考えなくてはならないことが多い。

 だが、今日は日曜日。


 そう! イリス様とのデートの日である!

 今日だけは全て忘れて、イリス様とのデートを楽しむぞ!!


 ウキウキと心躍らせながらいつもの公園に向かう。

 約束の時間は十時だ。

 しかし、イリス様とのデートが楽しみ過ぎて九時半には公園についてしまった。

 日曜の朝ということもあり、公園には家族連れで来ている人たちもチラホラいた。


 俺もイリス様と結婚したら、いつか子供を二人で育てたいものだ。

 二人の愛の結晶。考えただけで素晴らしい。


 そうこうしている内に約束の時間まであと十分となる。


 そろそろイリス様が来てもおかしくない頃だが……っ!? なんだ!?


 公園の入り口から神々しいオーラを纏った人物がこちらに向かってくる。


 あ、あれは……女神!? いや、イリス様だ!!


 白いTシャツに黒のロングスカート。

 清楚感が溢れ出た可愛らしい服装。

 だが、俺の目は騙されない。この服装は……俺を殺しに来ている!!

 まずTシャツというのがヤバイ。色白の二の腕の破壊力は言うまでもないが、真にヤバいのはイリス様の脇の辺りが見えてしまうかもしれないと言うことだ。

 もし仮に、Tシャツの裾から脇がチラ見えした日には、俺はきっと鼻から鮮血を飛び散らせ、出血多量で意識を失ってしまうかもしれない。


 くそっ!! 輸血パックを持ってきておくべきだった!!


 俺の存在に気付いたイリス様がこちらに小走りで駆け寄って来る。可愛い。


「ごめんなさい。待たせてしまったかしら?」


 そう言えば、初デートの日のイリス様の最初の言葉もこれだった気がする。

 あの時の俺は、初めて見るイリス様の私服姿に動揺し、本音と建前を逆にしてしまった。

 だが、俺がイリス様の私服を見る機会も増え、イリス様の私服への耐性もかなりついた。

 今日こそ、定番のあのセリフを見事言い切って見せよう。


「い、イリス様可愛いいいい!! 色白の二の腕超綺麗で好きいいいい!! (丁度さっき来たところです。ところで、その服装最高にオシャンで似合ってますね。まるで、ハワイのビーチのように眩しくて綺麗ですよ☆(ウインク))」


 おかしい。

 俺の口が思ったように動いてくれない。


 これにはイリス様もご立腹しているだろう。

 そう思いながらイリス様を見ると、イリス様は唖然とした表情を浮かべた後、口元を抑えて笑い出した。


「ふふっ。もう、初デートの時と同じじゃない。また、本音が出ちゃったのかしら?」


「あ、は、はい。そうです」


「ありがとう。あなたも、かっこいいと思うわよ」


 可愛らしくウインクを一つするイリス様。

 それと同時に俺の脳裏に走馬灯の様に、幼い頃の思い出が駆け巡る。


 初めてハイハイした時のこと。

 初めて大玉転がしをした日のこと。

 初めて生き物係になった日のこと。

 生き物係として初めて、メダカの死を目撃した日のこと。


 そして、身体に浮遊感を感じたかと思えば、俺の周りにたくさんの天使が姿を現す。


「逝きましょう」

「さあ、こちらへ」

「さあさあ」


 天使たちが指さす先は温かな光で満ち溢れていた。


 イリス様にかっこいいと言われたんだ。

 もう、逝ってもいいよな……。


 天使たちの手を取りかけたその時だった。


「「「パクパク!! (ダメだ!!)」」」


 突如、温かな光から十を超えるメダカたちが姿を現し、俺を取り囲む。


「パク(戻れ)」

「パクパ(其方にはまだすべきことがある)」

「パクパク(エサほしい)」


 よく見ればそいつらは、俺が生き物係をしていた頃にクラスで飼っていたメダカたちだった。


 お、お前ら……!


「パク(人間は嫌いだ。我らを狭い世界に閉じ込め、自由を奪った)」

「パクパ(だが、其方は時に我らに絵本なるものを読み聞かせてくれた。その時間は楽しかった)」

「パクパク(エサくれ)」

「「「パクパクパ(その恩を今こそ返す時!!)(エサくれ)」」」


 そう叫ぶとメダカたちは天使たちに立ち向かっていく。

 メダカたちの生臭さを嫌ったのか、天使たちはそのまま光の中へ消えていった。


 そして、俺の意識は元に戻った。


「悪道? 大丈夫かしら?」


「はっ! す、すいません。イリス様にかっこいいと言われたことが嬉しすぎて昇天しかけてました」


 意識を取り戻すと、目の前にはイリス様の美しい顔。

 そこで、俺はあることに気付いた。


「あ。イリス様、その髪留め、また付けてくれてるんですね」


 それは俺が初めてイリス様に渡した猫の髪留め。

 こうやって見返すと、大人びた服装をよくするイリス様には可愛らしい猫の髪留めよりも、もっとイリス様の服装にあったプレゼントがあったかもしれない。


「イリス様の格好を考えると、俺が渡した猫の髪留めは安っぽいかもしれないですね……。その、無理して付けなくてもいいんですよ?」


 そう言うと、イリス様はジト目を俺に向けてくる。


「嫌よ。あなたが何と言おうとこれは私のお気に入りなの」


 イリス様はそう言うと、俺に背を向けて公園の外に向かう。


 え……? もしかして怒らせてしまった?

 

「何してるのよ。早く行きましょう。今日は、デートでしょ?」


 イリス様が振り返り、そう言う。

 その表情を見る限り呆れはしているが、怒ってはいないように見えた。


「は、はい!!」


 返事を返して、イリス様の隣に駆け寄る。


 楽しいデートが幕を開ける。


***


 公園を出て、二人で並んで歩く。


「イリス様、あのどこに向かってるんですか?」


「着いてからのお楽しみよ」


 イリス様は楽しそうに微笑みながらそう言った。

 イリス様がそう言うなら、俺は楽しみにしてイリス様について行くだけだが、この道には見覚えがあるんだよなぁ。

 俺の考えが間違いじゃなければ、この道を行くと……。


「着いたわよ」


 イリス様が足を止める。

 そこは俺とイリス様が初デートの日に来た猫カフェの前だった。


「いらっしゃいませー!」


 店内に入ると同時に猫たちがイリス様に近寄って来る。


「あー! 白銀さん、また来てくださったんですね!」


「はい。今日もお願いします」


 イリス様と店員さんが仲良さげに会話する。

 猫たちもイリス様に懐いているようだし、もしかしてイリス様はあの日から頻繁にこの店に来ているのだろうか?


「そちらがお連れの方ですね……っ! あ、あなたは!!」


 別の店員が俺の方に近寄って来て、驚きの表情を浮かべる。


 こ、こいつは!


 店員の顔を見た瞬間に、俺は一歩下がり構えを取る。


「……久しぶりですね。あなたの姿は見なかったから、てっきり、白銀さんには嫌われたと思っていましたよ」


「お前の方こそ、今度は何が狙いだ」


 その店員はかつて俺と争った店員だ。

 イリス様の泣き顔と笑顔、どちらが至高かで彼女とは争った。勝負はイリス様が猫耳を付けてくれたことで落ち着いたが、あのまま激突していたら俺の敗北もあり得た。

 それくらい、この女は危険だ。


「失礼ですね。何も怪しいことなど考えていませんよ。さて、あなたは仮にもお客様ですから。席に案内させてもらいます」


「待て。イリス様は何処へ行った?」


 気付けばイリス様と、イリス様と話していた店員の姿が消えていた。


「彼女なら、先に行きましたよ。さあ、あなたもついてきてください」


 そう言うと、店員はこちらへと俺を案内し始める。

 イリス様がいないことに一抹の不安を抱きつつも、俺はその店員について行った。

 

 店員が俺を見て、ほくそ笑んでいることに気付かずに。

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