第74話 バカは開き直った時が一番やばい

「うおおお!! 夜空さぁぁぁああん!!」


 授業中にも関わらず、三年の教室に突撃する。


「な、何ですか!? 急に!」


 先生に叱られるが、今はそれどころじゃない。


「夜空さん! この授業が終わった後、いつもの場所に集合お願いします!」


「は……? いきなり何を言っているんだ。集会は、事前に告知をしておくのが通例だろ。それに、授業がある。せめて、昼休みか放課後にだな……」


「星川と俺たちの運命がかかった大事件が起きてるんですよ!」


「必ず行く」


「はい! それじゃ、失礼しました! いくぞ太郎! 次だ!」


 要件を済ませたら、直ぐに教室を出て行く。

 その調子で、次々とアカリン教徒がいるクラスに突撃して了承を得ていく。


 順調順調。いい調子だ。

 そう思っていたのだが……。


「善道ィ!! お前は授業中に何をしているぅぅううう!!」


「おかしい。何故、俺はアツモリに追いかけられているんだ?」


「当たり前だろ! 授業中に廊下を走る! あっちこっちの授業に乱入する!

 くっそおおお! この間、停学が解けたばっかりなのによおおお!」


 俺の横で供にアツモリから逃げる太郎が叫ぶ。


「廊下を走るなああああ!!」


「「はい!!」」


 廊下を走るなと言われたので、太郎と二人で早歩きで逃げる。

 アツモリもちゃんと早歩きで追いかけていた。


「おい! 太郎、おかしいぞ! 廊下を走るのをやめたのに、アツモリの奴まだ追いかけて来てるぞ!」


「お前はバカか! ああ、いやバカだったな! ちくしょう!」


「太郎、もしかして巻き込まない方が良かったか?」


「ああ!? そんなわけないだろ! アカリンとバカな親友のためなら、命に危険が無い限り付き合ってやるよ!」


 太郎は心底楽しそうに笑った。


 俺はいい友達を持った。

 心の底からそう思う。


「ありがとよ」


「気にすんな!」


「ごちゃごちゃ喋っていないで、止まれ!!」


 気付けばアツモリの声がさっきよりも近くで聞こえるようになっていた。


 まずいな。

 早歩きと言うのは、実は単純に走るよりもきつい。現に、俺も太郎も最初の頃よりスピードが落ちている。

 だが、筋肉オバケのアツモリはその速度が落ちる気配がない。


 俺はこの後、学園を飛び出すつもりでいる。だからこそ、先生たちに邪魔されない一手は既に打ってある。

 だが、肝心の返事がまだ来ない。

 今の俺にはアツモリを止める術がない。


「止まる気はないようだな……。容赦はせんぞ! 吾院先生!」


 アツモリがそう叫んだ瞬間、前方の突き当りからアインシュタインが姿を現す。


 は、挟まれた!?


「感謝しますよ。盛田先生。彼らとは因縁があるのでね」


 アインシュタインとアツモリがじりじりと詰め寄ってくる。


「おいおい。これは、やばいんじゃないか……」


 太郎のこめかみに冷や汗が垂れる。

 アインシュタイン、あるいはアツモリが俺たちを侮ってくれたならまだやり過ごせる可能性はあった。

 だが、アインシュタインとアツモリの二人の表情に油断なんてものは欠片も無かった。


 まさに絶体絶命。そう思った時だった。


 キーンコーンカーンコーン。


 鳴り響くチャイムの音。即ち、授業が終わった合図である。


「先生! 授業が終わったので、こうして廊下を歩いていても問題ないですね! それでは俺たちは急ぐので!」


 そう言い残して、アツモリの横を通り抜けようとする。

 だが、そんな俺と太郎の身体をアツモリは、その屈強な二本の腕を使って抱え込んできた。


「なっ!?」


「バカか。普通に、さっきまでの行為がなくなったことにはならんだろう。お前たちは一度きちんと指導する必要がある」


 そのままアツモリは俺と太郎を連れてどこかへ行こうとする。


 やばい……! このままじゃ、俺の計画が台無しになっちまう!


 正に絶体絶命。そう思った時だった。


「盛田先生、二人を解放していただいてもよろしいでしょうか?」


「……七夕先生?」


 アツモリに声を掛けたのは、アカリン教副代表の七夕先生だった。


「理事長から直々の辞令がありました。七夕教諭を監督として、善道悪津と彼の仲間を連れて課外活動に出るようにとのことです」


「なっ!? そんなふざけた辞令が通るというのですか!?」


「通るも何も、これは既に決定されたことです。校長、教頭も承認しています。諦めてください」


「くっ……」


 盛田先生は、悔しそうに歯ぎしりを一つしてから俺と太郎を解放した。


 ふう……。どうやら、ギリギリで俺が用意しておいた一手が効果を発揮したようだ。

 俺がしたことは、至って単純だ。

 理事長にお願いしただけ。

 今日の授業を俺とその他数十人が抜け出しても問題ないようにしてくださいとな。

 修学旅行でのイリス様の写真を対価にした甲斐があったぜ。


「善道君。私の立場からして、あなたを褒めるわけにはいかないし、私はあなたを叱る必要があるわ。でも、それは後にします。今は何か急ぐ理由があるのでしょう?」


 険しい表情を浮かべながら七夕先生はそう言った。

 先生としては、俺の行動を容認するわけにはいかないという葛藤があるのだろう。それでも、今は俺の行動を尊重してくれている。そのことが素直にありがたかった。


「はい。時間が無いので、急ぎましょう。それと、本当にありがとうございます。全部が終わったら煮るなり焼くなり、好きにして下さい」


「ええ。盛田先生とじっくり話し合わせてもらうわね」


 ニッコリとした七夕先生の笑顔を見て、不安な気持ちになったが、罰を与えられても仕方ないことをしている俺が悪い。

 だから、見逃してもらっている今のうちに、悔いが残らぬよう暴れさせてもらおう。


 七夕先生と太郎の二人と供に、俺はアカリン教徒がいるであろう地下二階へと向かった。


***


 地下二階には既に夜空さんを始めとしたアカリン教徒たちが揃っていた。

 アカリン教徒全員がいるというわけではなかったが、それでも数十人はいるだろう。


「善道、ようやく来たか。それで、俺たちを呼んだ理由を早速話してもらおうか」


 夜空さんの言葉に頷きを返し、俺は一つ一つ事情を説明しだした。


 イヴィルダークという悪の組織があること。

 星川明里はその組織によって、本来の姿を見失ったこと。

 星川明里を元の状態に戻したいということ。


 星川たちがラブリーエンジェルということは隠しつつ、星川が変わったきっかけが俺への恋心ということも含めて丁寧に話した。


「……なるほど。随分と、信じがたい話だが、結局お前は何がしたいんだ? 俺たちを集めたのは理由があるんだろう?」


 俺の話を聞いたアカリン教徒たちがざわつく中、夜空さんが一歩前に出て俺に問いかける。


「星川を元に戻すとは言ったが、実際のところ俺たちに出来ることは星川を呼ぶことだけです。俺たちの思いを星川にぶつける。これは俺のただの我儘ですけど、星川を呼ぶ声は俺だけじゃなくて、アカリン教徒たちの分も欲しい。星川を本気で慕っている皆の声を星川に聞かせたい。先に言っておきます。これからすることは、星川への押し付け。決して、星川のためになるとは限りません。俺たちの行動が星川の運命を良くも悪くも帰るかもしれない。それでも、今の星川に自分の思いを伝えたい人だけ来てください」


 俺の言葉を聞いたアカリン教徒たちが静まり返る。


「……僕は降りる。正直、君の話は信用できない」

「……俺もだ。俺はアカリンに恋していた。アカリンがお前を好きという事実を知ってしまった以上、俺はもうアカリンを好きではいられない」

「……すまないけど、僕も受験生という立場がある。授業を抜け出すほどの価値があるとは思えないや」


 その場にいる三分の一程度の人が地下室を後にする。

 残りの人たちも神妙な顔で迷っている。だが、その中で太郎が声を上げる。


「俺は行くぞ」


 その言葉に全員の視線が太郎に集まる。


「アカリンのためじゃない。善道のためでもない。これまで、俺はいつもアカリンの前に立つと緊張して、自分の思いを伝えられなかった。だから、伝えたい。声にしなきゃ伝わらないんだ。俺は教室で笑顔を振りまくアカリンが好きだから、そのアカリンが消えちゃいそうなら、消える前に思いを伝えたい」


「……俺も乗ろう」


 夜空さんも太郎の言葉に賛同する。


「で、でも……無駄かもしれないじゃないか!」


 誰かが声を上げる。

 その通りだ。無駄に終わるかもしれない。


「それがどうした?」


「よ、夜空代表……」


 声を上げた人に言葉を返そうとする俺より先に、夜空さんが口を開いた。


「この世の中で、伝わらない思いがないと思っているのか? 告白すれば百パーセント付き合えるのか? 誰かを心配してかける忠告がその人に伝わるのが当たり前だと思っているのか?」


「そ、それは……」


「無駄になるんだ。親がいくら子供を心配して注意しても、その思いが伝わらないこともある。友人の忠告を素直に受け取れず、自分が嫌われていると思い込む人だっている。いくら俺たちが好きだと思っていても、その思いが実らないことなんてしょっちゅうだ。俺たちが出した声は、たくさんの人の思いは無駄に終わるんだ。それでも、俺たちは声に出す。届けたい思いを叫ぶ」


 声を上げた人は、どうしてそこまでするのか理解できないと言った表情だった。


「声に出さなきゃ絶対に伝わらないんだ」


 夜空さんの言葉に、その場にいる全員がハッとした表情を浮かべる。


「自分たちの思いが伝わらないことはとても悲しい。辛い。それでも声に出すのは、本気で伝えたいからだ。何度も何度も繰り返す同じことを喋る理由は、それだけそのことを伝えたいからだ。俺は絶対に伝えたい思いがある。だから、俺は行く。特別な能力はいらない。優れた容姿も必要ない。好きだと言える口がある。好きだと書ける手がある。あと必要なのは、アカリンを思う気持ちだけだ」


 夜空さんが話し終わり、その場が静まり返る。

 夜空さんはああ言ったが、実際はそこに覚悟も入る。

 相手がどんな反応をしても、それを受け入れる覚悟が。


「もう時間がありません。俺と太郎、夜空さん七夕先生は行きます。皆さんはどうしますか?」


 これが最後のチャンス。

 アカリン教徒にとって、行くか行かないかを選択できるチャンスであり、下手すると、この人たちが慕ってきた星川明里という少女に声を届けられるラストチャンスだ。


「行く……! 俺は行くぞ!」

「僕もだ……。僕も行きたい! 行かせてくれ!」

「俺もだ!」


 次々と声が上がる。

 その全員の目に強い意志が宿っていた。


 夜空さんの言葉がよっぽど効いたらしい。


「よし。行くぞ。星川明里っていう一人の女の子に、俺たちの思いをぶつけるぞ!!」


「「「おう!!」」」


 準備は整った。

 後は、星川の下へ向かうだけ。


 後はお前だぜ。星川。

 俺たちの思いを聞いて、お前がどうするか。全てはお前にかかってる。

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