第73話 大バカだろ

 星川と河川敷で出会った次の日の月曜日。

 俺たちのクラスには一つの異変があった。


「おい。善道。アカリンと前野さんって今日休みなのか?」


 朝礼が終わってすぐに太郎が俺の下にやって来る。

 太郎の言う通り、今日、星川とタマモは学校に来ていなかった。

 当たり前と言えば当たり前だ。

 更に、その二人がいないことでイリス様と愛乃さんの顔にも影が差している。普段なら響き渡る星川の明るい声が無い。

 それだけで、クラスの空気がいつもより暗くなっていた。


「……みたいだな」


「善道? お前、なんか変だぞ」


「変じゃねーよ。気にすんな。後、大丈夫だ。絶対に星川はまた学校に来るようになるから」


「……どういうことだ? お前、何か知ってんのか?」


「お前には関係ない。気にすんな」


「はあ? おい、善道! お前やっぱりおかしいって」


 太郎が俺を呼ぶが、俺は静かに教室を出る。

 星川が学校に来る可能性に賭けて、学校に来たが星川はやはり学校には来なかった。

 星川を見つけねーと。早く、早く何とかしねえと。


「待って」


 教室を出て、昇降口へ向かう俺の腕を掴んだのは愛乃さんだった。


***


 俺の腕を掴んだ愛乃さんは、俺とイリス様を連れて屋上に来ていた。

 教室から三人いなくなれば怪しまれるところではあるが、どうやらサトリンが持つ力を応用して、愛乃さんとイリス様が教室を抜け出していても違和感が無くなる様にしてあるらしかった。


「善道君は、もう知ってるんだよね? 今の明里ちゃんに起きてることも、私たちのことも」


 愛乃さんの言葉に頷く。

 情報共有はしておいた方がいい。俺は、昨日の星川と出会った時に分かったことと、今の星川が作られた人格であることを伝えた。


「何でそこまで知ってるのかは、今は聞かない。情報ありがとね。一つだけ聞かせて。善道君にとって、明里ちゃんはどういう存在なの?」


 愛乃さんが俺に問いかける。


 星川が俺にとってどういう存在か……?


「な、何で急にそんなことを?」


「明里ちゃんが、昨日のファイナル―ステージの時、そう言ってたの。今なら分かる。あれって、善道君に問いかけてたんだって。ねえ、善道君にとって明里ちゃんはどういう存在なの?」


 星川がそんなことを……?

 星川が俺にとって、どういう存在かなんて……そんなの、星川は俺にとって友達で、大切な存在だ……。そのはずだ……。


「善道君。私は昔、イヴィルダークに所属してた」


 悩む俺に対して、イリス様がそう言った。


「イリちゃん。それは……」


「花音。これだけは伝えたいの。私に明里の気持ちが全て分かるとは言わない。でも、明里がもう一度戻って来るには、善道君の声がいるから、伝えさせて」


「……うん。分かった」


 愛乃さんは、恐らくイリス様がイヴィルダークに所属していたことを知った俺がイリス様に悪感情を抱くことを懸念したのだろう。

 だが、既に知っていることだし、その程度で俺のイリス様に対する好感度はそう簡単に変わらない。


「イヴィルダークにいた私だけど、一人のバカが本気で私を愛してくれたおかげで、私は今ここにいることが出来ている」


 イリス様の言いたいことは分からんでもない。

 だが、それはそいつがイリス様を愛していたからだ。

 今回の場合、俺は星川を好意的に思っているが、星川の気持ちに応えられるわけじゃない。


「善道君は明里の気持ちに応えられないのかもしれない。それでも、あなたは本気で明里に向き合わないといけない。あなたの本心を明里にぶつけないといけない。本心だけなのよ……。暗い闇の中で、閉じこもっている場所に届くのは、どこまでも真っすぐで純粋な本心だけなの」


 イリス様は噛み締めるようにそう言った。


 ……本心か。


「悔しいけど、今の明里に一番響くのはあなたの言葉よ。明里がいつだか言ってたわ。あなたはバカだけど、真っすぐでどこまでも愛に溢れた人だって。明里が好きになったあなたは、こんな時どうするのかよく考えて」


 イリス様はそれだけ言い残すと、俺に背を向けて屋上の出口に向かう。


「私も、イリスちゃんと同じ気持ちだよ。今の善道君はらしくない。私が知ってる善道君はもっとバカで、単細胞。私たちは先に行くよ」


 愛乃さんもそれだけ言い残して屋上を後にした。


 残ったのは俺と、サトリンだけ。


「……まあ、ラブリンはお前のことなんかこれっぽっちも知らないラブけど、これだけは言えるラブ。お前はバカだ」


 真顔でサトリンはそう言い放った。

 そして、そのまま愛乃さんとイリス様を追いかけていった。


 俺一人になった屋上で考える。

 俺にとって星川はどういう存在なのか。

 正直に言えば、その答えはもう出ている。だが、それでいいのかと思ってしまう。

 頭によぎるのは、昨日の星川の言葉。

 俺のこの思いは、星川本人の幸せを潰しちまってるんじゃないのか?


「あ! こんなところにいやがった! お前何してんだよ!」


 そんなことを考えていると、太郎が屋上にやって来た。


「太郎?」


「お前が全然戻ってこないから心配して様子見に来たんだよ! 朝から何か悩んでるみたいだしよー。ちっ。まだしけた面してんじゃねえか」


 そう言うと、太郎は俺の隣に腰かけた。


「話せよ」


「え?」


「何か悩んでんだろ? もしかして、アカリンに告白でもされたか? そんで、お前は贅沢なことにアカリンの告白を断ろうと悩んでんだ。だって、お前は白銀さんが好きだもんな」


 冗談めいた口調で太郎がそう言った。

 太郎の核心を付いている言葉に、俺は言葉を失ってしまっていた。


「……え? 当たり?」


 太郎の言葉に俺はスッとそっぽを向いた。


「てめえええ!! ぶち殺してやるうう!!」


「ぐおおおお!! 首絞まる絞まるって!!」


 恐ろしく素早い動きで俺の首を絞めにくる太郎。


 やべえ! こいつ、マジで殺しに来てる!


「ちっ。てめえが死んだらアカリンが悲しむから見逃してやるよ」


 太郎はそう言って、俺の首から腕を放した。


 あ、あぶねえ……死ぬかと思った。


「で、アカリンに告白されたの?」


「ま、まあ、そんなところだけど、よく分かったな?」


 俺が問いかけると、太郎は苦笑いを浮かべながら空を見上げた。


「まあ、正直気付いてたよ。お前がアカリンとUSNでデートしてるとこも見たし、アカリンはお前と話してる時明らかに楽しそうだったしな」


 そうだったのか。

 太郎も星川の気持ちに気付いてたのか。


「で、返事したの?」


 太郎の言葉に首を振る。


「そうか。返事は決まってんだろ?」


「ああ。でも、それでいいのかって思ってんだ。俺が星川を振れば、少なくとも星川は不幸になる。もっといい方法があるんじゃないかって、星川も俺も幸せで終われるそんな方法が――」


「ねえよ」


 太郎ははっきりと、俺の目を真っすぐに見つめてそう言った。


「ねえよ。そんな夢みたいな方法はない。もし仮に、お前がここでアカリンの思いに一時的にOKを出したとしても、意味がない。お前がイリス様とアカリンの二人を愛せるなら別だけどな」


 太郎の言葉に少しだけ考える。

 俺が、星川とイリス様の二人を平等に愛する。


「……多分、無理だ」


 星川のことも大切だ。でも、俺の中でイリス様の存在は余りにも特別すぎる。二人を選んでも、きっといつか星川に寂しい思いをさせることになる。


「だろ? お前の皆を幸せにしたいって考えはさ、良い考えだぜ。でもよ、絶対にどっちかを選ばないといけない時が来るんだよ。思いだせよ。修学旅行の初日の夜。男子たちは己の欲望のために女子風呂を覗くことを選んだ。でも、お前は男子たちに抗うことを選んだ。あの時もお前はちゃんと選んだんだ。自分の欲望、男子たちの幸せ、女子の思い。全てを天秤にかけて、お前が選んだものは何だったんだよ?」


 あの時、俺が選んだもの。

 イリス様たちを悲しませたくないと思った。

 だが、それはイリス様のためというよりは俺がそうしたいと思ったからだ。


「学園祭で不審者たちが襲ってきた時、ライブが中止になるかもしれなかった。でも、お前が身体張ってライブを継続させたのは何でだよ?」


 それも、イリス様にライブを最後までやって欲しいという俺のエゴからだ。


「お前がWOTEを潰した理由は何でだよ」


 WOTEの考え方が気に入らなかったからだ。


 そこまで言ったところで、太郎が俺の目を真っすぐに見つめる。


「俺の知ってる善道悪津は、いつだって自分のやりたいことのために、周りを巻き込んで突き進む奴だ。俺は、そんな真っすぐなバカだからこそ、これまで付いて行こうって思ってたんだ。ぶっちゃけ、アカリンに告白されたお前は死ぬほど羨ましいし、その告白を断ろうとしてるお前は八つ裂きにしたいぜ。でもな、アカリンが惚れた善道悪津はそういう奴なんだ」


「お前がアカリンに不幸になって欲しくないって気持ちは分かるぜ。でもよ、お前の本心が出した答えがあるんだろ? なら、それを選べ。アカリンはお前がいなくなったからって何もかも失って不幸になっちまうほど弱い女じゃねーよ」


 太郎の言葉に、頭をぶん殴られた気分だった。

 俺は、大事なことを見失っていたのかもしれない。


「太郎、一発ぶん殴ってくれ」


「おらあ!!」


「ほげえ!?


 太郎の拳はノータイムで繰り出された。

 そのせいで、いまいち身構えが出来てなくて滅茶苦茶痛かった。


「この大バカ野郎がよ。いつも通り、てめえの我儘を貫き通してこいよ」


 そう言う太郎の顔は笑顔だった。


 たく。激励の仕方が過激なんだよ。


「ああ。じゃあ、早速俺の我儘に付き合ってもらうぞ太郎」


「え?」


 間抜け顔を浮かべる太郎の腕を引いて校舎を駆け回る。


 俺はバカだ。

 一番大事なことを忘れていた。だから、一瞬で終わることを無駄に長引かせちまった。

 星川が私を見てって言ってた理由は、純粋に俺と向き合って欲しかったからだ。

 だから、俺は最初っから星川に真っすぐ俺の気持ちをぶつけるべきだったんだ。


 結論はもう出た。

 やるべきことも分かった。

 教えてやるよ。


 俺にとって星川明里がどういう存在か、俺が、星川明里の何なのかをな!

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