第75話 届け
学校を飛び出て、走る。
星川がいる場所は、多分いつもの河川敷だ。
そこから、タマモが持つあの嫌な感じが流れてきている。
先行しているイリス様と愛乃さんは昨日、星川に敗北している。二人を信用していないわけではないが、厳しい戦いを強いられていることは間違いない。
出来る限り早く援護をしなくてはならないだろう。
だからこそ、俺はアカリン教徒たちに先に行くと伝えて、一人で先行することにした。
俺は元々イヴィルダークの戦闘員だ。本気を出せば、身体能力はそこらの人よりも遥かに上だ。
全力を出せば、すぐに河川敷に辿り着ける。
アカリン教徒たちも多少遅れるだろうがそこまで遅くはならないはずだ。あいつらが着いた時が勝負の時だ。
河川敷に近づくにつれて、何かと何かがぶつかるような音が大きくなっていく。
その音こそが、星川と先行した二人が争っている証拠だ。
そして、音の出所が視界に入る。
ピンクと青の戦士と、その二人に相対する黒の戦士。
その三人が何度も何度も激突する。戦況は黒の方が有利に見えたが、黒にも余裕があるようには見えない。
所々えぐれた地面が、戦いの激しさを示していた。
「邪魔をするなああああ!!」
「「きゃああああ!!」」
黒の戦士――星川が愛乃さんとイリス様を投げ飛ばす。
地面に叩きつけられる二人。
そして、切羽詰まった表情で二人の前に立つ星川。
「ふふふ。これで終わりだね」
「うぅ……。明里ちゃん……目を覚まして……」
「明里、こんなことしても彼は……善道君は喜ばないわ……」
「そのふざけた口も直ぐにきけなくしてあげる」
星川はそう言うと、両手から黒いリングのようなものを出した。そして、そのリングを次々と愛乃さんとイリス様に投げつける。
「んぐっ!? んんっ!」
「んん~!!」
黒いリングは愛乃さんとイリス様の四肢を拘束し、二人を×の形に拘束する。更に、二人の口もリングで塞がれ、二人は動きも喋ることさえも封じられてしまった。
ま、まずい……。
計画が狂った。
本当なら、愛乃さんとイリス様に道を切り開いてもらい、俺が星川に突っ込んで星川に言いたいことを至近距離で伝える予定だった。
だが、あの二人は戦闘不能に追い込まれてしまったため、俺一人で星川の下に突撃しなくてはならなくなった。
俺はバカだが、無謀なことをする男ではない。ここで正面から行っても、星川に捕らえられて何も出来なくなる可能性の方が高い。
星川の予想のしていないところから星川に近づくいい方法がないものか……。
「ふふふ。二人とも無様な姿だね。昨日は見逃したけど、今日は絶対に逃がさない。二人を始末すれば、私は幸せになれる」
気付けば星川は二人の傍に近づいて、イリス様の肌をゆっくりと撫でていた。
肌を撫でられるたびにビクッと震えるイリス様が可愛い……じゃない!
「どうしようかなぁ。普通に殺してもつまらないし、いっそその綺麗な顔にいっぱい傷をつけようかな? いや、裸にして人前に姿を晒しても面白そう。ねえ、イリちゃんはどれがいい?」
星川は不気味な笑みを浮かべながらイリス様の頬を優しく撫でる。だが、イリス様はそんな星川の脅しのような言葉にも決して屈することなく、星川の目に何かを訴えかけていた。
「なに、その目? まだ諦めてないの?」
星川が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
だが、その直後にいいアイデアを思い付いたのか、手をポンと叩いた。
「あ、そうだ。イリちゃんの好きな人いたよね。あの人を私のモノにしよっと。タマちゃんの力があればそれくらい簡単だし、そうすればイリちゃんも私の気持ちが分かるよねぇ?」
「んんっ!!」
イリス様は目を見開き、動揺を露わにする。
「ああ。安心して。私はあっくんにしか興味ないから、イリちゃんの思い人は遊び終えたら、ちゃーんとイリちゃんと一緒に殺してあげるからね」
「んんーっ!!」
イリス様の目に涙がジワリと滲む。
そんな中、俺はフツフツと湧き上がる怒りを抑え、星川に近づく方法を探す。
そして、見つけた。
あそこだ。リスクは高いが、あそこからなら確実に星川の不意を付ける。
ああ。
こんなにイライラするのは久しぶりだ。
ゲロリンの時だって、ここまでイラつくことは無かった。
タマモ、シャーロン。
お前らは、よりにもよって、星川明里というイリス様にとって大切な人の心を弄び、イリス様を傷つけた。
星川明里が、イリス様を悲しませるようなことをあんなに嬉々として言えるわけないだろう。
あんな発言を、どういう事情があったにせよ大事な友達にしてしまったという事実に、星川明里が心を痛めないわけがないだろう。
絶対に許さん。
覚悟が決まればその後は早い。
星川たちがいる河川敷の上。そこには橋がある。その橋まで走っていき、手すりの上に立つ。
下には星川の姿。
星川は依然としてイリス様の頬を撫でて笑っている。
人の目は前に付いている。
それ故に死角が存在する。目標は星川の真後ろ。死角から飛んでいき星川を捕獲。
その後、俺の気持ちを至近距離でぶつける。
俺は、イリス様のために命をかけることが出来る。
でもよ、星川。
星川明里の為に、橋の上から飛び降りることが出来るくらいには、俺はお前のことを気に入ってんだよ!!
覚悟を決めて手すりを強く蹴る。
一瞬の浮遊感、直後に足にとてつもない衝撃が伝わる。
「なっ!? あっくん!?」
地面に着地した衝撃で星川が俺に気付く。だが、遅い。俺の着地点は星川までの距離一メートル以内の位置だ。
痺れる足で地面を蹴り出し、星川の身体を抱きしめる。
「やっと捕まえたぜ。さあ、じっくり俺の思いを聞いてもらうぞ星川!!」
「くっ! 放して!」
星川がもがく。だが、それを必死で抑え込む。
「星川、お前言ったよな。お前が幸せになれないなら、他人の幸せ壊してでも幸せを掴みに行くって。お前はそれでいいのかよ! 周りの人たちの笑顔を奪ってお前は幸せなのかよ!」
『うるさいわね。明里、こんな男の言葉に耳を傾けてはダメよ』
俺の腹を白く太い尻尾が貫く。
「がふっ」
『殺しはしないけど、黙ってもらうわよ』
タマモの仕業か。
そう思った直後、もう一本尻尾が俺の腹を貫く。血が流れる。意識が朦朧とする。
だけど、ここで気を失うわけにはいかない。
「星川! お前はそれでいいのかよ! 色んな人の笑顔奪って、その先でお前は笑えてんのかよ!!」
届け。
届け。
「善道、来たぞ!!」
タイミングよく、太郎を始めとしたアカリン教徒たちがやって来る。
「俺が掴んでるのが星川明里だ! お前ら、言いたいこと言いやがれ!!」
俺の言葉を聞いたアカリン教徒たちは、俺の腹を貫く尻尾を見て、一瞬顔を強張らせたものの、直ぐに切り替えて各々が叫び始める。
「アカリン!! 俺は教室でいつも笑ってるアカリンが好きだああああ!」
太郎が叫ぶ。
「アカリンはもう覚えてないかもしれない! でも、一年の頃毎朝おはようって言ってくれる君に元気を貰っていましたああああ!!」
アカリン教徒の誰かが叫ぶ。
「河川敷で、努力するアカリンを見た! その姿に元気を貰った! アカリンが笑うと、俺たちも嬉しくなる! アカリンは俺たちを笑顔にする世界一のアイドルなんだあああ!!」
夜空さんが叫ぶ。
受け止めて欲しいなんざ思っちゃいない。
ただ、届いて欲しい。
俺たちが思っている星川明里という少女の耳に、この思いが届いて欲しい。
「聞こえるかよ星川明里! お前は色んな奴に愛されてんだ! 色んな奴を笑顔にして来たんだ! お前の質問に今、ここで答えてやる!!」
考えていた。
星川明里は善道悪津にとって何なのか、善道悪津は星川明里の何なのか。
星川明里と初めて出会った日、学園祭、修学旅行、短く濃い時間を過ごした。
答えは初めから出ていたんだ。
「俺にとって、星川明里はいつも皆を笑顔にするアイドルで! 初めて出会ったあの日から、俺は星川明里のファンの一人なんだよ!!」
恋愛対象じゃない。
友人かもしれないけど、それも少し違う。
俺は星川明里を応援したいんだ。夢を追いかけている、笑顔で皆を元気にする星川明里という一人の少女を。
幸せになって欲しい。夢を掴んで欲しい。
多分、それだけなんだ。
「戻って来い! お前、言ったじゃねえか! 俺に名前を呼ばせて見せるって! 世界一のアイドルになるって! 許さねえぞ! 俺は、お前がその夢を諦めるなんて絶対に許さない! 俺に名前読んで欲しいなら、初めて会ったあの日みたいに、お前の世界を、皆を笑顔にする星川明里のステージを俺に見せてみろよ!!」
叫ぶ。
届け。その思いだけを込めて。
『くっ……!!』
暫くして、星川の身体から一匹の白い狐が飛び出す。
その狐は苦々しい表情を浮かべていた。
あれは……タマモ!?
てことは、まさか……。
希望を持って顔を上げる。
「ごめんね。あっくん、皆。お待たせ!」
眩しいほどに綺麗な笑顔を浮かべる星川明里がいた。
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