第69話 とある星の限界

 シャーロンを探して体育館付近を走り回る。

 見つかって欲しくはなかった。

 タマモの言っていたことが嘘だったらどれほど良かったかと思った。だが、現実はそう甘くないらしい。


「シャーシャッシャッシャ! 久しぶりですねアーク。あなたへの恨みはたくさん溜まっていますよ!」


 案の定、シャーロンとその部下たちは体育館の裏にある山の中に潜んでいた。


「シャーロン……! 狙いは俺か?」


「まあ、そうですね。でも、あなたは前菜。メインは別です」


「まさかイリス様か?」


「いーえ、今日の狙いはイリスじゃありませんよ」


 シャーロンがニタニタと不気味な笑みを浮かべる。


 イリス様じゃない……?

 だとしたら、誰だ。こいつらが狙う奴がイリス様以外にいるとしたらラブリーエンジェルたちだ。

 そして、俺はイリス様以外にこの学園に彼女たちのうちの一人がいることを知っている。

 だが、それをこいつらが知っているのか? その情報は既にイヴィルダークに出回っているのか?


「思考の海に潜るのは素晴らしいことです。ですが、私の目の前では不用意ですねぇ」


 その言葉に顔を上げると、目の前にシャーロンが迫って来ていた。


「……っ!! あぶねえ」


 シャーロンが繰り出した拳を間一髪で躱す。


「ほう。相変わらず、身体能力は無駄に高いですね。ですが、もうあなたは逃げられませんよ」


 シャーロンが指を一鳴らしすると、直後に下っ端たちが俺を囲む。

 その下っ端たちはどいつもこいつも目の焦点が定まっておらず、口からは涎を垂らしていた。


「……また碌でもないことやってんのかよ?」


「碌でもないとはあんまりな言い方ですねぇ。私はただ、貧弱なモルモットたちを強化してあげようとしただけですよ。その代償に理性を失っただけですが、些細な変化でしょう?」


「外道が」


「あなたも私と同じ組織の一人。同じ穴の狢ですよ」


 互いに睨み合う。

 そして、風で揺れる草木の音が聞えた瞬間、俺と下っ端たちを率いるシャーロンが激突した。


***


 間に合え! 間に合ってくれ!!


 雨がポツリポツリと降り始める中、俺は体育館に向かって全力で走っていた。


 シャーロンたちとの戦いは想像以上に苦戦を強いられた。

 正直、あのまま続けていれば俺が負けていた。


『時間ですね。心残りはあなたが絶望するところを見れないことですが、まあ、いいとしましょう』


 だが、突然シャーロンはそう言い残して、下っ端たちを引き連れてその場を立ち去った。


 俺の予想が正しければあいつらの狙いは星川のはずだ。

 星川、頼む無事であってくれ!


 星川に会うために、薬を飲み込み姿を善道の方に変えておく。


『白熱した女神祭はこれにて終了! 皆さんありがとうございました!』


 体育館に飛び込んだ俺の耳に聞こえてきたのはアナウンスのそんな声だった。


 終わった……?

 もうそんなに時間が経ってたのか? いや、そうじゃない!

 それよりも星川を見つけないと!


 そのまま控室に飛び込む。


「星川! 星川はいるか!?」


 だが、控室の中にいたのは愛乃さんとイリス様だけだった。


「善道君? どうしたの急に?」


「愛乃さん! 星川を知らないか?」


「明里ちゃんなら、さっき環ちゃんと一緒に外に行ったけど……」


「ありがとう!」


 感謝の言葉を伝え、直ぐに外に向かう。


 星川がタマモと二人きり。

 嫌な予感がどんどん加速していく。間に合えという思いだけで走り続け、そして俺は見つけた。


 体育館の裏口付近。

 そこで星川は一人で立っていた。


「星川! 良かった……無事みたいだ……な……」


 星川に近づき、星川の表情を見た瞬間に俺は言葉を失った。

 星川の目から光が消えていた。


「何で……何で来てくれなかったの?」


 やけに低い声で星川がそう言った。


 いた。

 俺は会場に確かにいて、星川を見ていた。

 だが、善道悪津は来ていない。善道悪津は間に合わなかった。


「それは……」


「信じてた。約束したから、あっくんなら来てくれるって、今度こそ私を見てくれるって。でも、あっくんにとっては私との約束なんてどうでもいいものだったんだね」


「違う! 見てた! ちゃんと星川のことを見てたぞ! 星川の作った保温性の高い弁当も、星柄の水着も!」


 嘘じゃない。俺は確かに、あの会場で見てたんだ。

 姿、形が違っただけで、俺は確かにいた。


「ふーん。じゃあ、最後は。私が最後に言った言葉の返事、聞かせてよ」


 最後……?

 最後って何だ?

 まさか、ファイナルステージの話か?

 だとしたら、俺は聞いていない。シャーロンたちに襲われていたから、俺は、それを知らない。


「ほら。やっぱり見ていない。聞いてない。私の思いなんて、私の存在なんてあっくんには何も見えてないよ! イリちゃんばかり……。何でいつもイリちゃんばかりなの……? そんなのずるいよ」


 雨が強くなっていく。

 顔を上げた星川の顔は雨で濡れていて分かりにくかったが、泣いているように感じた。


 もしも、ここで星川を抱きしめられたら。

 星川に好きだと言えたなら、どれほど良かっただろう。

 でも、それは俺の中にいるイリス様への思いを裏切ることで、俺がどうしても出来ないことだった。

 だから、俺は何も出来ずにただ突っ立っていることしか出来ない。


「……何も、言ってくれないんだね。そうだよね。だって、あっくんの一番は、イリちゃんだもん。イリちゃんが……」


「星川! それ以上はダメだ!」


 視界の端にタマモが写る。

 星川の言葉の先を言わせないように、手を伸ばすが、もう遅かった。


「いなかったら良かったのに!!」


 雨の中、星川の言葉が響く。

 その言葉が最悪の事態を引き起こす引金となった。


「そうよね。あなたは私と一緒。イリスを殺して、私と二人で彼を自分のモノにしましょう」


 視界の端にいたタマモが一瞬で、星川の背後に移動する。そして、次の瞬間タマモの姿が白い狐のようになったかと思えば、そのまま星川の身体に巻き付く。


「タマモ! てめえとの決着はイリス様との件で付けるって話だろうが!」


「ああ。あの話ならあなたの勝ちよ。腹立たしいけど、さっき三郎君から多くの元イリス教徒たちがタマタマ教から脱退してイリス教に戻るって言う連絡があったわ。良かったわね」


 タマモはクスクスと笑いながらそう言った。


「なら、てめえはもうイリス様にもその仲間にも手を出さないんじゃないのかよ!」


「契約書にはイリスに直接手を出さないとしか記されてないわ。だから、私が明里に手を出しても問題はない。それに、明里を利用してイリスを殺しても問題ないわよねぇ?」


 こいつ……!

 これを狙ってたのか! だから、賭けに負けてもこんなに余裕なのか。

 だが、その計画を知ったら星川だってタマモを受け入れないはずだ。


「星川! 聞いたろ? そいつは危険な奴だ。だから、頼む。俺の手を取ってくれ!!」


 まだ間に合う。

 ギリギリだが、星川が俺の手を取ってくれるなら希望はまだ残っている。


「ダメよ。明里。あそこで彼の手を取ってもあなたが悪津君を手にすることは出来ない。あなたが彼を手にして幸せになるには私と一緒になるしかないの。分かるでしょう?」


「タマモ……! ふざけんじゃねえ! たくさんの人を不幸にして得られる幸せでいいのかよ! 星川! お前はそんな奴じゃないだろ!」


「人間は誰だって、誰かの不幸のもとに幸せを手にしてるわ。どうして明里だけが我慢しないといけないのよ? そんなのおかしいでしょう。さあ、私の手を取りなさい。私ならあなたを幸せに出来る」


 タマモの言葉を聞いた星川が顔を上げる。

 その顔は笑顔だった。

 だから、俺の手を取ってくれることを期待した。


「あっくん……。結局、あっくんは名前で呼んでくれなかったね。……私は、あっくんが思うほど強くないよ」


 だが、星川はそう呟いて、タマモを受け入れた。


「ふふふ! そうよ! それが正解! 今のままじゃあなたは幸せになれないもの!」


「星川! ダメだ! 今のお前は嫉妬心をタマモに利用されてんだ! 普段の星川を思いだしてくっ――がはっ!」


 星川に手を伸ばす。だが、次の瞬間、タマモの尻尾に払いのけられる。


「普段の私って何……? 私は変わんないよ。あっくんが好きで、あっくんと付き合いたいって思うことがおかしいの!? 何としてもあっくんと付き合いたいって思う私は! 星川明里じゃないの!?」


 星川が叫ぶ。

 それは悲鳴の様だった。


 何も言えない。

 星川の言うことは何一つおかしくなんかない。一人の人間を本気で好きになって、何とかしてその人と付き合いたいと思うことが間違いだなんて、俺が一番言えない言葉だ。


「ふふふ。ああ……いいわあ。あなたのその悔しそうな表情。青ざめた顔。だから、言ったのよ。蒔いた種は刈り取れって」


 俺の顔を見て、心底楽しそうにタマモが笑う。


 今すぐにタマモをぶん殴りたい。

 だが、タマモの言うように今回の一件を巻き起こしたのは俺だ。俺が今一番ぶん殴りたいのは過去の自分だ。


「世界を守るために戦う戦士だろうと、まだ十代の女の子。自分一人の思いを我慢し続けられるほど大人じゃない。せめて、あなたがちゃんと向き合っていれば何とかなったかもしれないのにねぇ」


 悔しいが、タマモの言う通りだ。

 俺がもっと早く星川の気持ちに気付いていれば、もっと、星川と信頼関係を気付いていれば、そもそも、最初から善道悪津なんて人間を生み出さなければこんなことにはならなかった。

 星川という一人の少女を傷つけずに済んだ。


 だが、今更後悔しても何もかもが遅い。


「明里ちゃん!?」

「明里!?」


 星川が戻ってくることが遅いことに気付いたのか、愛乃さんとイリス様がやって来る。そして、星川の様子がおかしいことに気付いたようだった。


「……ごめんね。かのっち、イリちゃん……あっくんも。でも、もう分かんないの。この気持ちを抑えきれない。ただ見てくれれば良かった。フラれても仕方ないって思ってた。でも、見られずに終わるのはあんまりだよ」


 星川がそう呟き、タマモが星川の体内に入り込む。

 そして、星川の姿が変わっていく。

 ラブリーエンジェルの衣装に似ているようで、全く違う。

 色は鮮やかな黄色から、黒と紫が混ざった禍々しい色に。肌の露出が格段に増え、顔も色気漂うメイクがされていた。


「……ふふ。だから、決めたの。見られないなら私しか見れないようにすればいいんだって。あっくんの視界に入る悪い虫を一人残らず消しちゃえば、あっくんは私しか見れなくなるんだって」


「明里……?」

「明里ちゃん……?」


 動揺する愛乃さんとイリス様。

 その二人に星川が黒い杖の先端を向ける。


「だから、二人とも消えてよ」


 光さえ飲み込む漆黒が、愛乃さんとイリス様に襲い掛かった。

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