第68話 天国と地獄一歩手前

 セカンドステージが終わったところで、ステージ上に審査員たちの鼻血が飛び散ったこともあり、ステージの清掃と倒れた観客の回収のために十五分程度の休憩時間が設けられることになった。

 この休憩の間に薬を飲んで善道になろうと考えたのだが、少しだけ欲が出てきた。


 折角悪道としてイリス様と関われるチャンスだし、イリス様と一言でもお話しておきたい。


 幸い、時間もまだ余裕がある。

 思い切って、イリス様たちがいるであろう控室の方に近づく。善道の時にもらった関係者であることを示す証明があるため、あっさりと控室の近くには来れた。


「すいません。白銀イリスさんの関係者なんですが、白銀イリスさんとお話しさせていただけませんか?」


 控室の前で、待機している実行委員の一人に声をかける。

 その人は疑いの眼差しを俺に向けてきていた。


「悪道が来たと伝えていただければ、分かってくれると思います。イリス様が嫌だと言うなら、大人しく帰ります。伝えるだけでもお願いします」


 俺が頭を下げると、その人は「少しだけ待ってろ」と呟いて、控室の中に入っていった。

 そして、少ししてから、部屋の中からイリス様が姿を現した。


「悪道! 来てくれたのね」


「約束でしたから」


 部屋から出てきたイリス様は、俺とイリス様が初めてデートした時と同じ服装だった。

 一つだけ違うのは、髪を後ろで束ねていること。そして、髪を束ねるために俺がイリス様に渡した猫のキャラが付いたヘアゴムを付けていることだ。


「イリス様、それ……」


 思わず、ヘアゴムを指差す。


「そんな驚いた顔してどうしたのよ。あなたがくれたものじゃない。……どう? 似合うかしら?」


 ヘアゴムが見やすいように身体を少し捻って、俺に問いかけるイリス様。


「当たり前じゃないですか!」


 ファイナルステージは確か、私服姿で何かすると言うものだったはずだ。他意はないのかもしれないが、イリス様が選んだ私服が俺とデートした時のモノだったこと、そして、俺がプレゼントしてくれたものを身に付けてくれていることがたまらなく嬉しかった。


「それなら良かったわ」


 そう言うとイリス様は嬉しそうに微笑んだ。


 やっぱり可愛い。

 特に、最近は以前よりもずっと優しくて、柔らかな表情を浮かべるようになった気がする。

 イヴィルダークにいた頃はいつも張り詰めたような、追い詰められているような感じだった。

 でも、今は違う。

 きっと、イリス様は本当の意味で自分らしくいられる場所を、幸せでいられる場所を見つけたのだろう。


 イヴィルダークにいた頃、俺がイリス様の居場所になれなかったことは悔しいと思う。

 だが、それ以上にイリス様が自分の居場所を見つけられたことが心の底から嬉しい。

 あの日、イリス様の背中を押した俺の選択は間違っていなかった。


「最後も見ていくのよね?」


「最後は、ちょっと私用で見に行けれないんです。でも、お弁当も水着も滅茶苦茶良かったです! 特に、お弁当は是非食べたいって思いましたよ!」


 俺の言葉を聞いたイリス様は残念そうな表情を浮かべる。


 申し訳ないが、星川との約束もある。

 イリス様のことが好きとは言え、人として通すべき筋がある。


「そう……。なら、また今度デートしましょう」


「え!?」


 イリス様が放ったその一言に俺は耳を疑う。


 デート!?

 イリス様が俺を誘った……!? まじで!?

 いや、もしかするとこれは夢かもしれない。


「イリス様、俺の頬をぶん殴ってもらっていいですか?」


「安心しなさい。夢じゃないわ。私からお願いしているの。いつも、あなたばかり私にお願いして、あなたばかり私に気持ちを押し付けてるじゃない。たまには、私の思いを受け取りなさい。それとも、私じゃイヤ?」


 イリス様は微笑みながらそう言った。

 それに対して、俺は首がちぎれるんじゃないかというくらい、首を横に振る。


「そんなことないです! イリス様がいいです! 絶対に行きます!!」


「なら、決まりね。来週の日曜日、いつもの公園で朝の十時集合よ」


「はい!!」


「お弁当楽しみにしててね」


 イリス様は最後にそれだけ言い残して、控室に戻っていった。


 ふおおおお!!

 よっしゃああああ!!

 来た来た来た! 俺の時代が遂に来た!


「随分と嬉しそうね」


 ルンルン気分で歩いていると、突然俺の前にタマモが現れた。


「まあな。ここまでは俺の思い通りの展開だからな。まあ、想像以上に嬉しいこともあったけど」


「へえ……」


 ファーストステージ、セカンドステージともにイリス様への好印象が続いていたにも関わらず余裕の笑みを崩さないタマモ。

 その姿に不気味さを感じる。


「はっ。まあ、精々余裕ぶっとけよ。次で決まりだ。イリス様は必ずお前に勝つ」


 嫌な考えを振り払うように、タマモにそう言い放つ。


「そうかもしれないわね」


 てっきり、言い返してくるかと思ったが、意外にもタマモは俺の言葉を肯定した。


「あら? どうしてあなたが驚いてるのよ。あなたが言ったことじゃない」


 確かに俺が言ったことだ。だが、それはタマモの敗北を意味することだぞ。

 何故、そこまで他人事かのようにふるまえる。


「ああ。そうだ。あなたに伝えとかないといけないことがあったの」


 タマモが思いだしたかのように、手をポンと叩く。


「何だよ」


 タマモの伝えたいことが碌でもないことであろうということは想像できる。

 だが、それでも聞かないわけにはいかない。


「小耳に少し挟んだんだけど、シャーロンが今日この辺で暴れるかもしれないらしいわよ」


「は?」


「本当かどうかは分からないわ。ただ、小耳に挟んだだけよ」


 不気味な笑みを浮かべながらタマモは控室の方に歩いて行った。


 シャーロンは兄貴、ゲロリン、タマモと並ぶイヴィルダークの部隊長だ。あいつもゲロリンと同じく、何かとイリス様にちょっかいを出してきていたので、よく覚えている。

 ゲロリンと違い、自ら手を下すことは滅多になく絡め手ばかり使う。

 怪しげな薬を作ることに没頭しており、自らの部下を平気で人体実験に利用する。

 イリス様に性転換の薬を飲ませようとした時は、マジでぶっ殺してやろうかと思った。

 イリス様が男になったらイケメン過ぎて、俺がメス堕ちするだろ!!


 そんなことは置いといて、シャーロンが近くにいるかもしれないのか。

 実際にはいないのかもしれない。だが、いた時に碌でもないことをすることは目に見えている。

 まだ時間もある。星川の出番までに戻ってこれればいい。

 一応、軽く見回りをしておくか。



***<side タマモ>***


 予想外だった。

 今の状況もそうだが、それ以上に審査員たちだ。

 料理に関しては、根回しはすんでいるはずだった。そもそも、私が用意した弁当は過去に私の玩具にした料理人に作らせたもの。学生如きが勝てるレベルではないはずだった。

 なのに、あの味見澤という審査員のおかげでイリスのお弁当が評価されていた。


 腹立たしい。


 水着もそうだ。男なんて露出が多ければ多いほど興奮する単純な生き物だと思っていたのに、スクール水着で興奮する人がいたのは計算外だった。


 流れが悪いことは私も理解している。恐らく、私はこの戦いで負ける。


 まあ、でも問題はない。そのためにスペアプランがあるのだから。


「明里。少しいいかしら?」


「うん! いいよ!」


 何も知らずにニコニコと笑顔を浮かべる明里。

 明里から既に話は聞いている。

 彼女は、アークが、善道悪津が彼女を見ていてくれると信じているのだろう。


「悪津君って、今日来ていないらしいわよ」


「え……?」


 だから、彼女の希望を打ち砕く。

 見ると約束した人が、最初から最後まで結局自分は見られていなかったことに気付いた時、どう思うかしらね。

 最初から絶望しかなければ、人間はその絶望を受け入れて耐え忍ぶことが出来る。出来てしまう。

 でも、一度希望を見せられたら?

 甘い幻想を抱いた後に、絶望を見せられたら耐えられるかしら?


 これが私のスペアプラン。

 いいわ。アーク。

 この場はあなたとイリスに勝利を譲ってあげる。

 でも、代わりに私は星川明里という女の子を貰うわね。


***<side end>***

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