第四章 星川明里と善道悪津
第70話 好きな人を手にするために、私は闇堕ちする
***<side 星川明里>***
ファイナルステージ。
そのステージの上に私はいた。あっちこっちを見回して、ひたすらただ一人を探す。探し続ける。
私の脳裏をよぎるのは、控え室でのタマちゃんとの会話。
『あっくんが来ていないって、どういうこと……?』
『どうも何も言葉通りよ。悪津君は来ていないらしいわ』
『そ、そんなことないよ。だって、イリちゃんだっているし、来ない理由がないじゃん……』
『でも、田中三郎君から聞いたら悪津君は確かに来ていないと言っていたわ。酷いわね。明里は約束してたんでしょ? 彼は裏切ったのよ』
『そ、そんなことないよ。あっくんは、そんなことする人じゃない!』
『なら、ファイナルステージで貴方の目で確かめたら?』
タマちゃんはああ言ってたけど、あっくんは約束を破るような人じゃないと私は信じている。
だから、お願い。いて。いてくれるだけでいい。見てくれるだけでいい。
だから、だから――。
『さあ、星川さん! 一言アピールをお願いします!』
アナウンスの言葉が響いてハッとする。
そうだ。今は、ファイナルステージの途中。
ファイナルステージは私服姿で登場。最後に、一言伝えたいことを伝えて終わりだった。
私が、伝えたいこと。今一番、問いかけたいこと。
「私は、星川明里はあなたの目に映ってる?」
「あなたの心の中にいる?」
「教えて。私は、あなたにとって――」
あっくんにとって、星川明里は――
「――なに?」
観客席からいくつもの声が聞こえる。アイドルだとか、映ってるよだとか、たくさんの言葉が耳に入る。
でも、一番聞きたい声は私の耳に届かない。
一番、答えを返して欲しい人は、会場中のどこにも見つからなかった。
そして、あっくんが主催した「女神祭」と呼ばれるイベントは終わった。イベント終了直後、タマちゃんに呼ばれて、私は体育館の裏口付近に来ていた。
「ほらね。彼にとって、あなたとの約束はその通りだったのよ」
「違うよ……。あっくんは、そんな人じゃない」
「なら、本人に聞いてみれば? 少なくとも、今日、会場に善道悪津君はいなかったわ」
タマちゃんはそう言うと、体育館の影に姿を消す。
それから、間もなくしてあっくんが私の前に姿を現した。
「違う! 見てた!」
何で私を見てくれなかったのかという私の問いに対するあっくんの答えはそれだった。
何らかの事情に巻き込まれて行けなかったと言ってくれたらどれだけ良かっただろう。
なのに、よりにもよってあっくんは嘘をついた。
あっくんがいなかったのは紛れもない事実なのに、あっくんは私に嘘をついたんだ。
「じゃあ、最後は。私が最後に言った言葉の返事、聞かせてよ」
嘘じゃないなら、答えられるよね?
あっくんは狼狽えてばかりで何も言おうとしなかった。いや、何も言えないみたいだった。
ほらね。やっぱり、見てなかったんじゃん。
『結局、彼は私を見ない。彼が見るのはイリちゃんだけ』
もう聞こえなくなったはずの声が私の頭に再び響きだす。
『何でイリちゃんだけ? 彼女は今日も自分の思い人にわざわざ来てもらえたと言ってた。あっくんの視線も独り占めしてるのに、イリちゃんばかり幸せになってる。おかしいでしょ?』
声がどんどん大きくなっていく。
私の心をどす黒い感情が支配していく。
これ以上はダメだ。抑えなきゃ、抑えなきゃ。
イリちゃんは悪くない。イリちゃんを憎んでもあっくんは喜ばない。
必死に抑え込む。自分の中の黒い感情を。
でも、いつの間にか私の中にいる黒い感情は、私が思う以上に大きくなっていた。
「いなかったら良かったのに!!」
そして、私は絶対に口にしてはならない言葉を口にした。
『あなたの出番はもう終わり。ここからは彼女と私が新しい星川明里を作っていくよ。あなたはそこで寝てて』
その瞬間に、頭にあの声が響く。それと同時に、私が沈んでいく。心の奥底に、消えていく。
やめて! そんなこと望んでない!
そんなことしてもあっくんは喜ばない!
『それで? でも、私は幸せだよ。あっくんと一緒にいられる。邪魔なイリちゃんを消せる。私が幸せならそれでいいの。あなたは私の邪魔。大人しく眠ってて』
黒い感情が私を押さえつける。
視界にいるあっくんが遠くなっていく。このままあっくんに二度と会えなくなる。
たすけてよ……あっくん。
その声は光さえ飲み込む闇の中に消えていった。
***<side end>***
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