第66話 手作りのお弁当
「はい。普通の弁当ですけど、お願いします」
名前を呼ばれた愛乃さんが、前に出て審査員たちの前にある机の上にお弁当箱を置く。
そして、お弁当の蓋を開けた。
「「「おお……」」」
三人の審査員たちから声が漏れる。
そして、スクリーンにも愛乃さんの手作り弁当が映し出された。
唐揚げ、ハンバーグといったお弁当の定番のおかずに加え、ミニトマトやポテトサラダなど野菜類もしっかりと入っている。
普通と言えば、普通のお弁当。だが、それがより一層手作り感を高めていた。
「見た目は普通でござるな」
「アンパンと牛乳以外なら何でもいいよ」
「味が大事だぜぃ!」
「「「いただきます」」」
三人の審査員が各々でおかずを分け合い、口にした。
「美味い! 美味いでござる! 冷えているにも関わらず柔らかなハンバーグ! ご飯とよく合う、少し濃いめの味付けの唐揚げ! 素晴らしく美味しいでござるぅぅぅ!!」
「うぅ……アンパンと牛乳以外の昼ご飯……なんて素晴らしいんだ!!」
「トマトの酸味がたまらねえぜ!!」
三人の審査員はかなりの高評価だった。
『これは高評価です!! 素晴らしいお弁当でした! 愛乃さん、一言お願いします!』
「え、えっと……ありがとうございます」
感謝の言葉を口にしてペコリと頭を下げる愛乃さん。
普通の反応。だが、それがいい。
「「「カノッチー!! 良かったよー!!」」」
カノッチ教徒たちも嬉しそうだった。
『さあ、どんどん行きましょう! 続いては星川さんです!』
「はーい! 一生懸命作ったから、たくさん食べてね!」
審査員たちにウインクを一つ飛ばしてから、星川が机の上に弁当を置き、蓋を開く。
審査員たちはウインクを飛ばされたことに照れながらお弁当の中身を覗き見た。
「「「こ、これは……!!」」」
審査員たちの顔が驚愕に染まる。
『これは、魔法瓶型のお弁当です!! 近年になって非常に勢力を伸ばしてきている、保温性能が高いお弁当箱! お弁当は冷たいものという概念をぶち壊した革命的な商品! 愛乃さんのお弁当が古き良き伝統がつまったお弁当だとするならば、星川さんのお弁当は今という時代を表す革新的なお弁当!』
星川のお弁当は保温性能の高い魔法瓶型のお弁当だった。
おかずはスパゲッティやハンバーグ、唐揚げなどを中心とした男の子の好きなおかずを詰め込んだ夢のようなラインナップ。
更に、コンソメスープが付いていた。
愛乃さんのものと比べると栄養バランスに偏りが見えるが、十分すぎるほど美味しそうなお弁当だ。
「「「いただきます」」」
そして、三人の審査員が星川のお弁当を口にした。
「あったかいでござるぅぅぅ!! 胸いっぱいに広がる温もり! えもいわれぬ!!」
「あったかい! いつもの牛乳もせめてホットミルクになればもっと楽しめるのにっ!!」
「スパゲッティのトマトソースがたまんねえぜ!」
『高評価! 高評価です! お弁当界の革新児は十分に通用することを証明して見せました!!』
「「「流石、アカリーン!!」」」
「イェーイ! 皆ありがとー!!」
声援に応えるように星川がピースをする。
星川が料理が出来るのは少し意外だった。
いや、ダンスも陰ながら努力していた星川だ。もしかすると、練習していたのかもしれない。
『いいですね! 会場のテンションも上がってきました! では、次は前野さんお願いします!』
「ふふふ。お願いしますね」
前野さん、もといタマモが弁当を審査員の前に置く。胸元を見せながら。
味見澤以外の二人は弁当そっちのけで、タマモの胸を凝視していた。
おい。審査員大丈夫かよ。
『じ、重箱!! 何と前野さんがこの大一番に持ってきたのは重箱だあああ!!』
アナウンスの声で審査員たちも正気を取り戻したのか、ハッとした表情を浮かべてから、弁当に注目し始める。
タマモが用意した弁当は三段の重箱だった。
一段目には卵焼きや唐揚げ、ローストビーフなどを中心とした、お弁当の主役を張るおかずたち。
二段目には、多種多様なサラダを中心とした野菜類。
三段目には、四つの枠で分けられた場所に白米、明太子ご飯、チャーハン、オムライスが詰められていた。
とても一人の高校生が作ったとは思えないほどの完成度の高さ、一つ一つの具材の豪勢さ、とてつもないお金と手間がこの重箱に詰まっているということが一瞬で理解できた。
「で、では……いただくでござる」
歴戦の審査員たちも、自分たちの想像を遥かに超える重箱を前にして動揺を隠しきれていなかった。
「う、美味いでござる……!」
「うん。美味しい……」
「確かに、美味い」
『そ、それだけですか!?』
何故か、審査員たちの言葉は歯切れが悪かった。
「それだけしか、言えないでござる。ただ美味いしか言えない、自らの語彙力の無さを恨むことしか出来ないでござる」
「僕もだ……。アンパンと牛乳ばかり食べてきた僕じゃ、この料理の神髄をお伝えすることは出来ないよ」
「美味い。それだけしか俺からも言えることはないぜ!」
その言葉に会場にどよめきが起こる。
料理のレベルが低かったんじゃない。レベルが高すぎたんだ。
かの有名な芸術家、ピカソの絵画を一般人が見てもよく分からないけど凄いと感じるのと同じだ。
レベルが離れすぎていると、逆に何も分からないのだ。
「流石タマタマ様だぜ!」
「その辺の一般人とはレベルが違うぜ!」
タマタマ教徒たちが沸き上がる。
その中で、タマモは俺の方を見ていた。
これが現実。イリスに勝ち目はないわ。
その目は確かにそう言っていた。
だが、まだイリス様は料理を見せていない。残念ながら俺はイリス様の料理を目にしたことは無いが、イリス様なら大丈夫なはずだ!
『お、思わず審査員が語彙を失うほどのお弁当! 素晴らしい完成度でした! では、ファーストステージのトリを飾っていただきましょう! 白銀さんお願いします!』
アナウンスの声が響き、イリス様が審査員たちの前にお弁当を置く。
「……いつか食べてもらいたい人のために、作ったわ」
小さな声でイリス様はそう呟いた。
そして、弁当の蓋を開けた。
「「「これは……」」」
その場が静まり返る。
弁当の中から出てきたのは、お世辞にも美味しそうとは言い切れないおかずの数々。
料理に慣れていないということが一目で伝わる、不格好な盛り付け。
「ぷっ。何だよあれ」
「下手すぎだろ」
少数ではあるが、俺の傍にいた数人から嘲笑が漏れる。
野郎! ぶっ殺してやろうか!?
い、いや、落ち着け。これはイリス様の戦いだ。俺の戦いではない。
でも、万が一に備えてステージに近づいて行こう。
『見た目はあまり綺麗とは言えませんが、味はどうでしょう! 審査員の方々、お願いします!』
アナウンスの声が響き渡り、審査員がお弁当を口にする。
「ぺっ! 何でござるかこれは? 申し訳ないでござるが、拙者はこんな不味い弁当食べれたものでないでござる」
「……申し訳ないけど、僕もこれならアンパンと牛乳の方がましだよ」
駅田と出方が不愉快そうにそう言った。
それを聞いたイリス様は悲痛な表情を浮かべる。その時、俺の視界にイリス様を嘲笑うタマモの姿が映った。
……あいつ! まさか、何か仕組んでたのか!?
「こんな弁当、こうしてくれるでござる!!」
突如、駅田が立ち上がり机の上の弁当を払い飛ばそうとした、その時だった。
「俺がまだ食ってんだろうが」
駅田の腕を味見澤が抑える。
「あ、味見澤……! こんあ弁当食う価値なんてないでござるよ!」
「そんなことない」
今までのテンションが高いキャラは何処へ行ったのか、真剣な表情で味見澤は駅田を睨みつける。
そして、駅田の腕を抑えたまま弁当の卵焼きを一つ口に入れる。
「……甘すぎる。白銀さん、この卵焼きはなぜこんなに甘い?」
「え……そ、それは、甘いものが好きだと思ったからよ……」
味見澤は誰がとは聞かずに、唐揚げを口に入れた。
「硬いな。衣も少し焦げている……」
「そ、それは……生焼けでお腹を壊して欲しくなかったからよ」
味見澤はイリス様の言葉に一つ頷いてから、観客たちを見た。
「俺は料理研究部部長だ。料理を数多くしてきた。だから、その人がどれだけ料理してきたかはその人の手を見れば分かる。白銀さんは料理を殆どしたことがない。違うか?」
「違わないわ……」
「料理経験のない白銀さんの弁当は正直、美味しいとはお世辞にも言えない」
味見澤の言葉にイリス様の表情に影が差す。
だが、俺は見守ることにした。
「それでも! 彼女は確かに誰かのために手作りで料理をしていた! このお弁当を食べさせたい誰かを想像して、自分の力で紛れもなく手間暇をかけて慣れないことに立ち向かった! このお弁当には、愛情が詰まっている。勿論、前の三人のお弁当にもそれぞれの思いが詰まっていた。だが、俺は一人の料理人として、誰かのために料理した白銀さんの料理は素晴らしいものだと思う。彼女のお弁当は称賛されることはあっても、バカにされるようなものではない!!」
味見澤の言葉に、会場は静まり返っていた。
「……すまなかったでござる」
沈黙の中、口を開いたのは駅田だった。
「白銀さんが、誰かのために作ったことは拙者にも分かったでござる。でも、その誰かが羨ましくて、妬ましくて、つい心にもないことを言ってしまったでござる!!」
涙を流しながらステージの上で頭を下げる駅田。
「僕も……言い過ぎたよ。味見澤君の言った通り、白銀さんの思いが詰まった素晴らしいお弁当だったよ」
駅田に続いて出方も頭を下げる。
そんな二人を見て、イリス様はただただ狼狽えていた。
「白銀さん、このお弁当は俺たちのために作られたものじゃないだろう。君の誰かへの大きな、本当に大きな愛を感じることが出来た。このお弁当は是非、その人に渡してあげてくれ」
味見澤がイリス様が作った弁当を持って、イリス様に差し出す。
「あ、う、いや……うぅ」
自分の思いの大きさを指摘されて恥ずかしかったのか、イリス様は顔を茹でられたタコのように真っ赤にして、お弁当を受け取った。
可愛い!!
でも、あのお弁当を受け取るであろう男は妬ましい……!!
「……確かに、手作りお弁当に大事なのは思いだよな」
「ああ。白銀さんの手見ろよ。絆創膏張ってあるぜ。何か、ああいうの俺好きなんだ」
「お前も? 俺もなんだよ……。白銀さんって結構、普通の女の子なんだな」
イリス様に対する好意的な声がチラホラと聞こえる。
流れが変わり始めていた。
『素晴らしい白銀さんの思いでした! それぞれの特徴がよく出た素晴らしいファーストステージでした! 今一度、四人に盛大な拍手を!!』
会場中を温かな拍手が包み込む。
味見澤……か。イケメンだったな。
誰かは知らないがあいつには感謝しないといけない。あいつがイリス様の純粋さを引き出してくれたおかげで、確実に流れは変わりつつある。
次の勝負は、水着審査だったっけ?
ふふふ……イリス様のスレンダーな姿に震えるがいい。
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