第56話 不穏
修学旅行が終わって一週間が経過した。
俺は久しぶりに学園に登校することになった。
何故一週間が経過したかというと、その理由が学園祭二日目にある。
早い話が、俺と太郎、次郎、三郎の四人はアインシュタインを気絶させたことと、規則をやぶったことの二つから一週間の停学処分を受けたのだ。
ぶっちゃけ、このことに関して俺から一切文句は言えない。俺は、太郎、次郎、三郎に死ぬほど謝った。
三人は「これも思い出だ」と言って笑って許してくれたが、死ぬほど申し訳ないことをしてしまったと思っている。
そんなわけで一週間ぶりに、登校したのだが……何かがおかしい。
まず女子たち。イリス様たちの方をチラチラと見ているが、概ね普通な気がする。
前野さんに群がる男子たち。いつもより多い気がするが、これも普通な光景だ。
星川、愛乃さん、イリス様の三人。普通……じゃない!
僅か、本当に極わずかだが俺には分かる。
イリス様の表情に影が差している。
何故だ!? 俺がいない一週間の間で何が起きたんだ!?
いや、だが気のせいという可能性もあるし、単純に今日の朝の占いが最下位で落ち込んでいるだけということだって考えられる。
とりあえず今は様子を見よう。
そんなこんなで一日、イリス様の様子を眺める。
そして、あることに気付いた。
イリス様を見て、こそこそと話をする男子生徒が多い。
だから、放課後になっても残っている男子グループの一つに思い切って声をかけることにした。
「何話しているんだ?」
「ん? ああ。善道か。お前も裏切られて大変だよな」
そう言うと、グループの男子たちは同情するような視線を俺に向けてきた。
「裏切られる? 何のことだよ」
「おいおい。知らないのかよ? そういや、お前は一週間停学処分だったっけか。これ見ろよ」
そう言うと、グループの男子たちはスマホの画面を俺に見せる。
そこに写っていたのは、イリス様が俺(悪道)のほっぺにチューするところだった。
「ぶっ!!」
「うわ! きったねえ!」
「おい、ふざけんなよ」
「ああ、悪い」
頭を下げつつ、口元を拭く。
いつの間に写真を撮られていたんだ? そもそも、誰が……?
とりあえず、一枚欲しいな……じゃなくて!
「その写真はどうやって手に入れたんだ?」
「さあ? いつの間にかグループチャットで回って来てたんだよな」
「誰がその写真を送ったかは分からないか?」
「うーん。誰だったかなあ?」
グループの他の男子たちにも聞いたが、全員写真の出所は理解していないようだった。
うーん。誰が送ったかは分からないが、一先ずこの写真が出回っているということは分かった。
男子たちが言っていた裏切られたというのは、イリス様が特定の男のほっぺにチューしていたことを言っているのだろう。
いわゆる、イリス様に本気で恋している奴らが、失恋のショックから裏切られたと感じている……といったところか。
「善道君! よかった。ここにいたんですね」
考え込みながら廊下を歩いていると、前方から切羽詰まった表情を浮かべる黒田先輩がやって来る。
「黒田先輩。久しぶりですね。そんな慌ててどうしたんですか?」
「いいから、一先ず来てください!」
黒田先輩に引かれて、俺は黒田先輩のクラスに連れていかれる。黒田先輩のクラスには、まだ数人人がいたものの、殆どの人が帰宅しているようだった。
「これを見てください」
そう言って、黒田先輩が俺に差し出してきたのはたくさんの紙束。
「……脱退届」
その紙の束にはどれもこれもそう書いてあった。
「イリス教徒の脱退届です。この一週間の間で、激増しているんですよ」
黒田先輩が悲しそうに呟く。
だが、そこまで俺は深刻な状況ではないと思っていた。
「確かに、同士が減ることは悲しいですけど、人は変わっていくものです。仕方ないといえば仕方ないんじゃないですか?」
「……私もそう思っていました。これを見るまでは」
そう言って黒田先輩が新たに一枚の紙を取り出す。
そこには『白銀イリスは男を誑かす悪女。男を毎日の様にとっかえひっかえしている。裏切られた。最低なクズ女だ』と書いてあった。
「こ、これは……」
「今日の昼休憩の時に、飲み物を買おうと思って二年生の下駄箱付近の廊下を歩いていたところ、イリス様の下駄箱の前でこそこそしている男たちがいたんです。気になって後から見たら、この紙が入っていました」
紙を持つ手が震える。
何だよこれ……。誹謗中傷にも程がある。確かに、俺とイリス様がほっぺにチューをしたところの写真はあるかもしれないし、それで裏切られたと感じたのかもしれない。だからといって、これは言い過ぎだ。
「これと脱退する人の増加には関係があると私は思っています。考えたくはありませんが、脱退した元教徒たちの犯行かもしれない。善道君、これは深刻な問題です」
黒田先輩の言う通りだ。これには早急に対応する必要がある。
「明日、やめていった教徒たちを含めて人を集めましょう。流石にこれは見過ごせない」
黒田先輩がコクリと頷く。
こうして、俺と黒田先輩で教徒たちの下駄箱に明日の放課後に集まる様に髪を置いて回っていった。
そして翌日の放課後。
地下二階にイリス教徒たちが集結した。
「今日は集まってくれてありがとうございます」
イリス教徒たちの前で黒田先輩が話し始める。それをイリス教徒たち、特に脱退したイリス教徒たちは不気味さを感じるほど静かに聞いていた。
「……やめるのは構いません。ただ、このような誹謗中傷は許されない! 裏切られたと思うかもしれない。ですが、今一度思いだしてください! イリス様を愛していた気持ちを! 彼女の幸せを願っていた気持ちを!」
黒田先輩の演説が終わる。
その演説に応えるように俺は拍手をした。それに続いてチラホラと拍手の音が聞こえる。だが、それは少数派だった。
「綺麗ごと言ってんじゃねえよ」
誰かが、全員に聞こえる声でそう言った。
その声をきっかけに、徐々にイリス様を非難する声が大きくなる。
「そうだ。俺たちは裏切られたんだ!」
「俺たちは被害者だ!」
「これは制裁だ! 俺たちを裏切ったあの女へのな!」
「あの女に罰を与えろ!」
イリス様への悪意が膨れ上がっていく。
こいつらが集団であることが何よりも厄介であった。
「し、静かにしろ! お前らは自分が何を言っているのか分かっているのか!」
黒田先輩が叫ぶが、その叫びもかき消されるほどの罵詈雑言の嵐。
「くだらない話を聞かせやがって!」
「あんなクソビッチを誰が慕うかよ!」
収集が付かない。そんな中、地下二階の扉が開く。その先にいたのは三郎だった。
「話は終わったっしょ? それじゃ、これからタマタマ教の集会が始まるからイリス教徒は出て行くっしょ」
その言葉と供に、俺と黒田先輩を始めとした現イリス教徒の面々が捕らえられる。
逆に、元イリス教徒たちは三郎の方を向き、敬礼していた。
「お、おい! 三郎、どういうことだよ?」
「どうもこうもないっしょ。イリスなんていうクソ女より、タマタマたんという女神を多くのイリス教徒が選んだってことっしょ」
三郎は冷たい目でそう吐き捨てた。
こいつ……。本当に三郎か? 俺の知っている三郎はこんなに冷たい目をするような奴じゃなかった。
「ああ、そうだ。善道に一つ言っておくことがあるっしょ」
不気味な笑みを浮かべて、三郎が俺を見下ろす。
「タマタマ教はイリス教を潰す。三大宗教に名を連ねるのは、俺たちっしょ」
「おい……待て。まさか、今回の騒動の元凶はお前らなのか?」
「連れていくっしょ」
三郎のその一言で、俺の身体部屋の外へと引かれていく。
「おい! 三郎! てめえ、ふざけんなよ! 言ったじゃねえか! 蹴落としあいする必要なんかないって! てめえの女神はそれを望んでんのかよ!!」
「ああ。望んでるっしょ」
三郎は平然とそう言った。
そして、俺たちは地下二階から追い出された。
「く、黒田代表……。どうするんですか?」
「ぼ、僕たちはただイリス様を愛しているだけなのに……。このままじゃ、イリス様が!」
「分かっています!! 今何とかするための作戦を考えているところです!」
動揺を隠し切れないイリス教徒。そして、黒田先輩の表情も切羽詰まっていた。
予想外だった。元イリス教徒たちが、自分の気持ちを抑えきれないがために起きた事件だと思っていた。
だが、その裏には三郎たちタマタマ教が関わっていた。
目的は、自分たちの勢力を拡大すること。そして、イリス教を潰すことだと言っていた。
だが、何故そんなことをする? 三大宗教から四大宗教になればいいんじゃないのか? わざわざイリス様を標的にする理由は何だ?
いくら考えても埒が明かない。そんな時、向かいの校舎の三回の廊下から俺を見下ろす前野さんの姿が見えた。
「すいません。黒田先輩、ここは任せます」
「なっ!? ちょ、善道君!?」
その場を黒田先輩に任せ、走り出す。
三郎は自分たちの女神がイリス教を潰すことを望んでいると言った。なら、三郎たちが担ぎ上げる前野さんに話を聞けば、真意が分かるはずだ。
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