第三章 タマタマ教の進撃
第55話 とある少年の穏やかな一日
修学旅行から帰って来て、最初の土曜日。
俺は久しぶりにイヴィルダークの基地にやって来ていた。
「久しぶりだな」
「そうだな、兄貴。あ、これお土産」
カバンの中から、兄貴のために買ってきたお土産を出して、渡す。
「な、何だこれは……? 千味ビーンズ? お菓子か?」
「ああ。凄く人気のお土産らしいぜ。一つ食ってみてくれよ」
「分かった」
兄貴は箱から一粒ビーンズを取り出して、一度臭いをかいでから口に放り込んだ。
「げぼらぁっ!!」
「兄貴!?」
そして、吐いた。
「な、何だこれは!? 毒か!?」
もの凄い形相で俺を睨みつけてくる兄貴。
「ち、違う! 美味しいグミだって書いてあったんだけど……まさか! これだ! 兄貴見てくれ!」
慌てて兄貴が食べていた千味ビーンズの箱の中にあった商品説明を見ると、そこには恐ろしいことが書いてあった。
「……『千も味があれば一つくらいは不味さを追求したものがあってもおかしくないよね! てへぺろ』……何だこれは」
「兄貴はハズレをたまたま引いちまったんだよ。もう一つ食べれば、多分美味しいやつが食べれると思うぞ」
箱を兄貴に差し出す。
だが、兄貴は首を横に振った。
「いや、いい。それで、今日の用はそれだけか?」
兄貴が椅子に座りなおし、俺に問いかける。
そうだった。今日の本題はこれじゃなかった。
「ああ、そうだ。タマモのことだよ。何であいつが外に出てるんだ? あいつはイリス様を手にかけようとして地下牢に閉じ込められてたはずだろ? あいつは、兄貴が出してくれたって言ってたぞ」
兄貴を強く睨みつける。ここでの兄貴の返答次第では、ここまで協力してくれていた兄貴とはいえ許すわけにはいかない。
「……俺だって嫌だった」
兄貴は苦虫を噛み潰したような表情でそう呟いた。
「どういうことだ? 兄貴が自分の考えで出したわけじゃないのか?」
「当たり前だろ。あんな危険な女、俺だって出したくなかった。だが、ボスが命令したんだ……。ボスも追い詰められて焦っているらしい。すまん。俺も脅されて、断ることが出来なかったんだ」
兄貴は心底申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
そうだったのか……。それなら、仕方がないか。兄貴はボスの忠実な部下だ。断りたくても断れなかったのだろう。
「……分かった。だから、頭を上げてくれ。つまり、兄貴はイリス様に危害を加えようとは思っていないんだよな?」
「それはそうだ! 本当は、ボスを止めるべきなんだが、俺には力が足りなくてな……くっ! すまない」
一度頭を上げたにも関わらず再び、頭を下げる兄貴。
流石に、こう何度も頭を下げる姿を見ると俺も理解する。
やっぱり兄貴はイリス様の味方か。疑ってしまって逆に申し訳ない。
「気にすんなよ、兄貴。その気持ちが分かっただけで俺は十分だ。ボスの件に関してはイリス様たちだっているし、何とかなるだろ。それより聞いてくれよ! 実はイリス様にチューされたんだ!!」
「なっ……!? そ、それは本当か……?」
目と口を開け、呆然とした表情を浮かべる兄貴。
まあ、いきなりこんな報告されれば誰だって驚くだろう。
「おう! ……でも、イリス様の思い人が誰かはまだ分かってねえんだよな」
俺がため息を一つつく。
すると、兄貴はバカを見るような目を俺に向けてきていた。
「そ、そうか……。まあ、とりあえず好感度が思ったより高かったのは良かったな」
「そうだよな! いや、ほっぺにチューされた時はイリス様の好きな人って俺かな? なんてことも思ったんだけどな~」
「それはない! それは絶対にないぞ!!」
食い気味に兄貴に否定された。
自分でも可能性は低いと思っているが、そこまで食い気味に来られると落ち込むんだが……。
「そこまで否定しなくてもいいだろ」
「いーや! これは否定させてもらうぞ。思いだせ。過去にお前が調子に乗って上手く行ったことがあるか? ああ!?」
とてつもない圧をかけてくる兄貴。
あ、唾かかった。汚いな。
「いや、それはないけどよ……」
「だろ! これはお前の為だ! そもそもチューなんてものはアメリカでは挨拶と同じだ!」
「いや、でもここは日本じゃねえか」
「甘い!!」
ビシッと人差し指で俺を指す兄貴。その表情からはどこか焦りが感じられた。
「イリス様が海外で育った可能性は否定しきれないだろう? あの髪色、美しさ、到底日本人とは思えん! そもそも、人間かどうかでさえ怪しいくらいだ!」
「た、確かに……!」
これは盲点だった。確かに、イリス様の銀髪は日本人にしては違和感があるし、イリス様の美しさなら人間じゃないと言われても納得だ。
まさか、イリス様は本当に女神だったのか……?
「分かるか? 俺たちより遥かに上位な存在であるイリス様にとって、俺たちは愛玩動物と同じ! つまり、チューに大した価値などない!」
ガーン!!
頭を大きな石でぶん殴られたような衝撃が俺を襲う。
そ、そうだったのか……。つまり、このチューで漸く俺は、チューをする価値もない下等生物から、ほっぺにチューぐらいならしてやってもいい生物になれたということ……!
危なかった。調子に乗って、イリス様の思い人は俺でーす! なんて言ってイリス様に告白していたら、立ち直れないほどボロボロになっていたかもしれない。
「兄貴、ありがとう。おかげで俺は踏みとどまれたぜ」
「分かってくれたならいいんだ」
兄貴は心底ほっとした表情を浮かべていた。
そこまで俺の恋路を心配してくれるなんて……やっぱり兄貴は俺の兄貴だ! 裏切るなんてあり得ないぜ!
「あ、そうだ。元イリス部隊の下っ端たちってどこにいるんだ? お土産持ってきたんだけど」
「ギク!」
「ギク……?」
何だ? 兄貴から変な声が聞えたんだが……。
「いや、ギックリ腰だ。あいつらは全員ギックリ腰で休みなんだ」
「全員!? おいおい、大丈夫なのかよ。俺、お土産渡すついでにお見舞い行こうかな」
「いや、軽めだから。一日寝れば治るらしいから気にするな。お土産は俺が渡しておこう」
「んー。そういうことなら、お願いするか」
兄貴に下っ端たちに渡す予定だったクッキーを渡す。中には、下っ端たちに向けた手紙も入っている。しっかりと渡してくれるといいんだけどな。
しっかりと渡すものだけ渡した俺は、基地を後にして、とある場所へ向かった。
***
「久しぶりだな。親父。母さん」
そう呟き、俺は二人の前に修学旅行で買ってきたお菓子とペアストラップを置く。
線香の独特な香りが風に乗って、俺の鼻をくすぐる。
俺はこの香りが大嫌いだった。
「親父は相変わらずバカやってるか? 母さんは、きっと心配そうに見てるんだろうなぁ」
強い風が一つ拭き、木々のざわめきが僅かに大きくなる。
「あの時はさ、二人を恨んだ。特に親父をな。親父の行動が理解できなかったんだ。でもよ、最近になって漸く親父がやろうとしたことが分かって来たよ。親父が、命を懸けてでも諦めきれなかったものが分かった」
今度は木々のざわめきが少し小さくなる。
「また来る」
そう言って、俺は二人に背を向ける。だが、一つい忘れたことがあることに気付いて上半身だけ二人に向ける。
「ああ、そうだ。愛する人が出来たよ」
二人は何も言わない。
ただ、太陽の陽ざしが温かく俺を包み込んでくれていた。
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