第54話 あなたの目に私は……

***<side 星川明里>***


 修学旅行が終わった翌日、私は駅前のカフェに来ていた。

 店内を見回すと、私を呼び出した張本人が手を振っていた。私も手を振り返し、その席に座る。


「ごめんね。待たせちゃったかな?」


「いいえ。私もさっき来たばかりだから安心して」


「それで、話って何かな? タマちゃん」


 私を呼び出した張本人であるタマちゃんは、ニコニコとした笑みを浮かべながら、私を見つめていた。


「話の前に、飲み物だけ注文しましょ」


***


 店員さんに頼んだミルクティーが私とタマちゃんの前に置かれる。


「明里って悪津君のことが好きなのよね?」


 思わず口に入れたミルクティーを吹き出しそうになってしまった。


 お、落ち着こう……。未来のアイドルがこんなみっともない姿を見せるわけにはいかないよ。


「バ、バレてたの……?」


「やっぱり。USNも二人でデートしてたし、修学旅行二日目の夜もこっそり電話してたわよね?」


 USNはまだしも、あの夜のこともバレてたなんて……。


「……うん。私は、あっくんのことが好きなんだ。タマちゃんは? あっくんのことが好きなの?」


 これは私がずっと気になっていたことだ。転入初日からあっくんにアプローチしたり、修学旅行の初日にはあっくんと腕組みしたり……正直、あっくんのことが好きだとしか思えない。


「ええ。好きだったわ」


 タマちゃんはニコニコとした笑みを一切崩さずにそう言い切った。


「今は嫌いよ。だって、彼、一切私を見ようとしないんだもの。胸を当てても、誘惑しても、いつもイリスちゃんのことばかり見てる。最低じゃない? 目の前にいるのは私なのに。あんな男、好きになっても不幸になるだけよ」


 タマちゃんの言葉に、私は視線を下げる。


 タマちゃんの言う通り、あっくんの目にいつも写ってるのはイリちゃんだ。私を見てくれる時もあるのかもしれない。でも、いつもその先にはイリちゃんがいる。私を通してイリちゃんのことを考えている。


「そう思わない? 明里ちゃんは必死にアピールしてるのに、それに全然気づかない。バカでクズでどうしようもない、最低最悪な男よ」


「そんなことない」


 手に力がこもる。

 タマちゃんの言う通りかもしれない。でも、あっくんは最低最悪な男なんかじゃない。


「あっくんは、確かにイリちゃんのことばかり考えてるけど、一生懸命で、真っすぐで……私を助けてくれる。私たちを支えてくれる、かっこいい人だよ。あっくんを、悪く言わないで」


 タマちゃんの目を真っすぐ見つめる。

 タマちゃんは意外にも、私の言葉を聞いて嬉しそうに微笑んでいた。


「本当に好きなのね。あっくんのこと」


「あ、いや……うぅ」


 顔が熱い。多分、私の顔は凄く赤くなってる。


 こ、これも全部、あっくんのせいだ! 


「でも、尚更残念。こんなに可愛い明里ちゃんがいるのに、悪津君は明里ちゃんを見てくれないんだもの」


 タマちゃんがため息をつく。


 それは……私も少しだけ思う。

 あっくんがイリちゃんのことを好きなのは分かってる。あっくんが私よりイリちゃんのことを見てしまうのも仕方ない。

 でも、だとしても……もう少し私を見て欲しい。イリちゃんじゃなくて、あっくんの目の前にいる星川明里という一人の女の子を見て、その上でイリちゃんか私か選んで欲しい。

 今の私は、あっくんの中で選択肢にすら入っていない。


 だからこそ、極まれに考えてしまうことがある。

 もし、イリちゃんが――。


「いなければ良かったのにね」


 私の心を見透かしたかのようなタマちゃんの言葉に、私は顔を上げる。

 タマちゃんはいつもの柔らかな笑みとは違う、妖艶な笑みを浮かべていた。


「そ、そんなわけないよ! イリちゃんは私の友達で、大事な人なんだから……」


「それがどうしたの?」


「ど、どうしたって――」


「だって、そうでしょ? 彼女がいなければ悪津君はあなたを見てくれているはずよ。イリスちゃんさえいなければ今頃、あなたは悪津君と付き合っているかもしれない。修学旅行も二人で楽しめたかもしれない」


「やめて!」


 思わず、テーブルを叩いて立ち上がる。

 私の声が想像以上に大きかったのか、店内にいる人の視線が私の方に向けられる。


「す、すいません」


 頭を下げてから、椅子に座る。


「私はイリちゃんに出会えてよかった。イリちゃんは私の友達なの。だから、そんな話するのはやめて」


 タマちゃんを強く睨みつける。

 いくらタマちゃんでも、イリちゃんがいなくなった方がいいなんて言葉許せない。


「言い過ぎたわ。ごめんなさい。でも、私も悲しいの。電話の時なんて、明里ちゃんが遠回しな告白までしてたのに、悪津君が明里ちゃんを視界に入れたいないことがね」


 あのことまでバレてたんだ……。

 でも、あっくんの中で私が視界に入ってないのはイリちゃんのせいなんかじゃない。私のアプローチが足りないからだ。


『本当に?』


 思わずタマちゃんの顔を見る。タマちゃんは不思議そうに私を見ていた。


 一瞬、誰かの声が頭に響いた気がするけど、気のせいだよね……。


『本当に私のアプローチ不足?』


 今度ははっきりと脳内に声が響く。その声は私の声によく似ていた。


『考えてみて。観覧車の時に、私は告白しようとした。でも、それを遮ったのはあっくん。でも、あっくんがあの時声を出すきっかけを生み出したのは誰?』


 ……。


『言いたくないのなら、私が言うね。イリちゃんだよ。あっくんの視界に入ったイリちゃん。あの瞬間、観覧車の中で私とあっくん二人だけの世界にイリちゃんが入ってきた。

 イリちゃんがいなければ、告白できた。イリちゃんがいなければ私とあっくんは――』


 テーブルを叩いて立ち上がる。

 突然私が立ちあがったことで、タマちゃんは驚きの表情を浮かべていた


「タマちゃんの気持ちは嬉しいけど、私は大丈夫だから安心してよ。ごめんね。ちょっと、今日は体調悪いからここで帰るね」


 今日の私はおかしい。悪気が無いにしても、これ以上タマちゃんの話を聞いていると頭がおかしくなりそうだ。


「そう。気を付けてね」


 タマちゃんは心配するように私に微笑みかけた。

 タマちゃんに申し訳なさを感じながら、私は何かから逃げるように店を出た。


 暫く歩くと、私の頭の中で響いていた誰かの声は聞こえなくなっていた。


 何だったんだろう……さっきの声。

 私の声によく似てたけど、もしかして私が心のどこかで思っていることだったり……。


 ま、まさかね! 気のせいだよ! 私はあっくんのことが好きだけど、イリちゃんのことも好きなんだから!

 イリちゃんにいなくなって欲しいわけないよ!


 それより、今度こそあっくんに見てもらえるようにアプローチ頑張らなきゃ!


 私は気合を入れて、家に帰った。


 その日の夜は、空を雲が覆っていて、いつも輝いている星が一つも見えなかった。


***<side end>***

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