第41話 くじ引き

 水曜の午後二時。

 多くの学生が眠気と戦いだす時間。そんな時間にも関わらず、体育館に集まった私立矢場沢学園二年生の全員がその目を開けていた。

 その理由は一つ。


「えー。では、これから再来週に迫った修学旅行の班決めをしようと思う」


「「「YEAHHHH!!!」」」


 これから修学旅行の班決めがあるからだ。


***


「あーはい。一回大人しくなれよー」


 その場で小躍りしていた数十名の男子を先生が窘める。そして、先生が一枚の紙を懐から取り出した。


「皆も分かっていると思うが、この矢場沢学園は修学旅行の班決めはくじ引きで行われる。各自でくじを引き、そのくじを担当の先生に渡す。その後、担当者がくじの結果を集計する。最終的に、同じ番号の四人が修学旅行二日目を共に過ごす班になるというものだな」


 先生の説明を全員が真剣な表情で聞いている。


 つまり、今回俺がイリス様と共に修学旅行二日目という重大イベントを過ごせるかどうかは全て運次第というわけだ。

 この日のために、ありとあらゆるくじのハズレを引いた。運気の調整はバッチリ。

 更に、積極的にボランティアに参加したり困っている人に手助けをした。徳も十分に積んでいる。

 後は神に祈るのみ。周りの人間がニヤニヤと不気味に笑っているのが気になるが、まあ放っておこう。


「それでは、これからくじ引きを始める。くじを引いたものは各自、そのくじを持っておくように。担当の先生にくじを渡せるようになるのは十五時からだ。それまで、くじを間違っても失くさないようにな」


 先生は、「失くさないように」という言葉をやけに強調した。


 なんだ……? 何かがおかしい。先生の言ってることにおかしなことは一つもない。だが、何かが引っかかる。

 俺は転入生だ。当然、他の生徒に比べ学校行事については詳しくない。

 もしかして、俺が知らないだけでこのくじ引きには何かがあるのか……?

 いや、たかがくじ引きで考えすぎか。


 考え込んでいるうちに俺がくじを引く番がやってきた。心の中で神に祈りを捧げてからくじを引く。そして、番号を見る。


 十一か。まあ、これだけでは意味がない。重要な番号はイリス様の番号だ。


「えー! カノッチとイリちゃんも同じ十一番なんだ!」


 イリス様の番号を確認しに行こうと思ったタイミングで少し離れた位置にいた星川の声が耳に入る。


 なんだと……? 嘘じゃない、よな。


「な、なあ。三郎。さっき、星川ってイリス様たちの番号が十一番って言ってたよな?」


 平静を装い、三郎に話しかける。だが、口から出た声は震えていた。


「ああ。そうっしょ」


「そ、そうか。ありがとな」


 いよっしゃあああ!!

 勝った! 後は失くさないように気をつけるだけだ。失くすことなんてあり得ないとは思うが、万が一がある。

 万が一を失くすために、人ごみを避け体育館の隅にいよう。そこで、十五時まで待つ。十五時になれば担当の先生にダッシュで渡しに行けばいい。


「ちょっと待つっしょ」


 ルンルン気分で体育館の隅に向かおうとする俺の肩を三郎が掴む。


「もしかして、善道の番号は十一番だったっしょか?」


 鋭く俺を睨みつける三郎。その目からは嘘は許さないという強い意志を感じた。

 三郎は俺の友達で、同じイリス教徒だ。隠し事なんてしたくない。


「いや、違うよ。悔しいけど、仕方ないよな。こればっかりは運だしな」


 爽やかな笑みを浮かべて、俺はそう言いきった。そして、そのまま体育館の隅に向かった。


 友達? 同じイリス教徒? そんなこと関係ない。俺がイリス様たちと同じ班ということを知った三郎が、嫉妬で俺のくじを奪いに来る可能性だって無いとは言い切れない。俺がこのくじを失う可能性は少しでも排除しておく。


***


 静かに息を潜めて待ち続ける。永遠のように感じられた時間もついに終わりの時が来た。


「よし。これからくじの回収をするぞ。各自、渡しに来てくれ」


 くじを回収する先生が呼びかけ、生徒たちが続々と動き出す。イリス様、愛乃さん、星川も無事にくじを渡して体育館を出て行った。


 俺は人ごみを避けた結果、くじを回収する先生がいる位置からかなり離れた場所にいる。誰もいなくなってから最後に行こう。そう思っていた。


「善道が十一番のくじを持っているらしい」


 だが、俺のその計画は三郎の呟きによって破綻した。


「「「善道くぅぅん!!」」」


 素早い動きで俺を取り囲む男子生徒たち。その目は血走っていた。


「そうなんだ。君が持っていたんだね善道くぅぅん。ほら、そのくじを俺に見せてよぉ」


 見知らぬ男子生徒が俺に詰め寄る。


「ち、違う! 三郎のデタラメだ! 俺は十一番じゃない!」


「なら、見せてくれていいよねぇぇええ!!」


 男子生徒のダブル壁ドンで逃げ場を奪われた。


「こ、こんなのダメだろ! 人のくじを奪うなんて! 先生! 助けてください!!」


 先生の方に視線を向ける。だが、先生はこちらに視線を向けようともしない。


「くくくっ。バカだなぁ。先生の説明を聞いてなかったのか? 先生は一度も人のくじを奪うななんて言ってないぜぇ?」


 男子生徒の言葉にハッとする。


 そういうことか。ずっと気になっていた何か。それがようやく分かった。

 このくじ引きは、決して運だけで決まるようなものでは無かったんだ。このくじ引きの真意。それは、自らが欲しいもののためにどこまで本気になれるかだったんだ。

 だから、くじ引きをした後に時間がわざと与えられる。己が望むくじを奪う、もしくは守り抜くための時間が。


「さあ! 大人しくてめえのくじを寄越しなぁ!!」


 男子生徒の頭突きが俺の頭に直撃する。

 揺れる頭。そして、倒れる……俺の目の前にいる男子生徒が。


「悪く思うなよ」


 俺の目の前で白目を向く男を一瞥する。


 何でもありだと言うなら、俺は全力をもって、このくじを守るだけだ。

 このくじを全員が欲しがるのは当然のこと。ルールがそれを許容するのであれば、俺はこいつらに奪うななんて言えない。

 立場が違えば、俺がそっち側だったのかもしれないのだから。


「なっ……!?」

「まさか……石頭ダイアモンドヘッド・石田を倒すとは……」

「やはり、十一番を引き当てるだけのモノを持っているということか……」


 俺を囲む男たちの間に、僅かに動揺が広がる。だが、それも一瞬だった。直ぐに、全員が目をギラつかせ俺のポケットの中にあるくじを狙う。


「さあ、来い。お前らを倒し、俺がイリス様と同じ班に相応しいことを証明してやるよ」


「「「うおおおお!!!」」」


 一斉に襲い掛かってくる男たちに俺は立ち向かった。


***


「はあ……はあ……あと、少しだ……」


 体育館の床を這いつくばりながら進む。回収担当の先生までは残すところ三メートルだ。


 ありとあらゆる罠を操り、最後は自らの罠にはまり倒れた『罠の支配者トラップルーラー・罠民』。猫を操り、俺の身体からくじを奪おうとした『猫の王キャッツ・キングダム・猫又』。行く先々が全て晴れになるという晴れ男の『晴天ハレルヤ・晴田』。他にも一筋縄では敵わない数多くの強敵がいた。

 だが、ボロボロになりながらも勝ち残ったのは俺だった。


「せ、先生……。これが、俺のくじです」


 やっとの思いで先生に俺のくじを渡す。


「ご苦労さん」


 先生が俺のくじを受け取った。これで、俺の勝利だ。

 ホッと安堵のため息をつく。


「じゃあ、金満。ほらよ」


 だが、次の瞬間に先生は俺のくじを俺の背後から来ていた金満という男子生徒に渡した。


「ありがとうございます」


「なっ!? 何をしているんですか!」


 詰め寄りたいが、身体がボロボロで立ち上がることも出来ない。


「ふふふ。本当に皆バカですねぇ。最初から、こうやって先生を買収しておけばいいんですよ。まあ、買収に一千万円かかったのは意外でしたがそれも三女神と同じ班を組めると思えば安いものです。お疲れ様です。善道君。ですが、君はここでゲームオーバー。さようならですよ」


 両手を広げ高笑いする金満。

 そうか……! 罠民や猫又、晴田を始めとした強敵たちが皆倒れていくときに、金満に気を付けろと言っていたのはこう言うことだったのか……!

 『大富豪・金満』。こいつの財力の前には、俺たちは無力……!!


「ちくしょおおお!!」


「ははは! はーっはっはっは!!」


 金満の高笑いが体育館にこだまする。俺は、敗北者だった。


「じゃあ、金満。お前は二番の班だな」


「「は……?」」


 金満のくじを受け取った先生の言葉に金満と俺の声が重なる。


「バ、バカな! まさか善道、貴様は僕を騙したのですか!?」


 金満が俺を睨みつけるが、俺にも分からない。確かに、俺のくじには二本の棒が並べて書かれていた。


「いつ、くじがアラビア数字で書かれていると言った?」


 先生の口から出た言葉に、俺も金満も開いた口が塞がらなかった。


「このくじに書かれているのはローマ数字だ。つまり、二本の棒の並びはニだ」


「そ、そんなバカな……」


 金満が顔を青ざめさせて、膝をつく。

 だが、それは俺も同じだった。


 俺は……二番のくじのためにあれだけ頑張ったのか……?


「ちょっと待て。じゃ、じゃあ! 十一番は!? 十一番のくじは誰の手に?」


 もし十一番がまだ回収されていないなら、まだ希望はある。


「十一番は既に届けられている。四人目は前野環。転入生だ」


 先生の宣告は、戦いが既に終わっていたことを示すものだった。


 俺は……なんて無駄な時間を過ごしていたんだ……。


「それじゃ、金満が持っていたくじが善道のものだな。善道は四番の班だ。ほら、さっさと帰れ」


 こうして、俺の修学旅行二日目の班は決まった。

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