第40話 美少女転入生あらわる

 イリス様に遭遇すると言うビッグイベントの翌日の月曜日。いつも通り、俺は善道悪津として私立矢場沢学園に登校していた。

 いつもと変わらない教室。いつもと変わらないクラスメイト。だが、いつもと違うことが一つだけある。

 それは、普段は何もない俺の席の隣に机と椅子が一組置いてあるということだ。


「おーい、座れー」


 担任の先生が教室に入ってきて、全員が自分の席に戻っていく。


「今日は転入生を紹介する」


 先生のその言葉でクラスメイト達がまたざわつきだした。


 転入生、か。薄々そんな予感はしていた。だが、この時期に転入とは、俺も人のことは言えないが随分と怪しい。


「それじゃ、入って来てくれ」


「はい」


 どこか色気を纏った綺麗な声。

 その声と供に教室に一人の女性が入ってくる。

 毛先が紫色の黒い長髪に、こちらを挑発しているかのようなつり目。そして、目を引く大きな胸。

 妖艶な笑みを浮かべる、とんでもない美女だった。

 

 まあ、イリス様ほどではないけどな!


「前野たまきと申します。どうぞよろしく」


 その言葉と供に、前野さんは俺の方に視線を向けて、柔らかな笑みを浮かべた。


 俺……か? いや、でも気のせいかもしれない。


 一応、自分の後ろを見る。誰もいなかった。自分の前の席を見る。三郎がいた。


 三郎……か?


「や、やべえっしょ。完全に、俺の方向いてたっしょ……」


 三郎もそれっぽい呟きをしている。三郎だな!


 そう思ったが、周りを見ると、殆どの男子が顔を俯かせて頬を赤く染めていた。


 おいおい。微笑みを向けられたのは三郎だろ? 勘違い男子ほど恥ずかしいものはないぞ。

 まあ、彼らも思春期というやつなんだろう。


「それじゃ、前野の席は、あそこの空いている席だ」


 先生がその言葉と供に、俺の隣にある空席を指さす。


「はい」


 短く返事を返した前野さんが俺の隣の席までやって来て座る。そして、俺の顔に顔を近づけてくる。

 何となく嫌な予感がして、大きく上半身をのけぞらせる。


「あら、つれないのね」


「初対面で距離が近すぎると思っただけだ」


「初対面? 忘れたの? 先週、わざわざあなたに会いに行ったのに」


 悲しそうな表情を見せる前野さん。前野さんの言葉で俺は思いだした。


「もしかして、学園祭の時に俺を指名した人か?」


 あれから一週間たっていたし、イリス様と出会うというイベントも会ったため完全に忘れていた。


「正解。会いたかったわ――あら」


 前野さんが笑顔で俺に両腕を伸ばしてきたが、俺はそれを椅子から飛び降りて回避した。


「ふふ。ガードが堅いのね」


「悪いが、俺はそこまであんたに興味はないからな」


 互いの視線がぶつかり合う。


 前野さんの目的は謎過ぎるが、二度目の対面でいきなりスキンシップを図ろうなんて、怪しすぎる。何か裏があるとしか考えられない。

 そもそも、俺はイリス様一筋。どんな美女だろうが、靡くつもりは無い。


「おーい。青春するのはいいんだが、そろそろ先生の話聞いてもらえるか?」


 先生に声を掛けられ、前野さんが残念そうにため息をついた後、席に座る。それを確認してから、俺も席に座った。

 何故か、星川からめちゃくちゃ強い視線を向けられていた。


 星川、転入生が気になるのは分かるが前を向いた方がいいぞ。


 そんなこんなで、朝のSHRは終わった。

 その直後は、まあ凄かった。


「前野さん。俺は田中三郎っしょ! よろしく!」

「おいらは村本って言うんだ! よろしくな!」

「私の名前は佐山です。困ったことがあればいつでも言ってください」


 前野さんの机にうじゃうじゃと寄っていく男子たち。


 おい待て。俺の時は全然来なかったじゃないか。俺は覚えているぞ、転入初日に星川に話しかけられるまで俺がボッチだったとことを。


 余りの人の多さに、居場所を失った俺は席を立ってトイレへ行くことにした。


「あっくん、おはよー!」


 トイレへ行こうと教室から出ると、後ろから星川に話しかけられる。


「おっす」


「いやー転入生の前野さん、凄い人気だね! 何か、あっくんは知り合いみたいだったけど仲良いの?」


「別に仲良くないぞ? ただ、学園祭の時に店に来た人で、少し話したことがあるだけだ。まあ、あっちは俺のことを知ってるみたいだったけどな」


「そ、それって、昔のあっくんを知ってるってこと……? そんな、イリちゃんだけでも強敵なのに……」


 ぶつくさと小さな声で星川が呟いている。

 ところで、こいつはいつまで俺についてくるのだろうか? もう、目の前は男子トイレというのに。


「星川。トイレ行きたいんだけど」


「あ! ご、ごめんね!」


 慌てた様子で星川が教室に戻っていく。


 トイレに行きたかったわけじゃないのか?


 星川の行動を不審に思いつつも、トイレに入った。


***


 その後も授業の合間や昼休みで前野さんは大人気だった。

 当然、人気者の彼女はぼっち飯を心配することなどない。みんなと一緒に学食へ向かっていった。

 そして、昼が終わり。

 午後の授業中、何となく隣にいる前野さんの横顔を見る。


 何故、前野さんはあんなに人気なのだろうか?

 確かに、前野さんは可愛い。性格も悪くないと見える。だが、このクラスにはイリス様がいる。正直、今更前野さんくらいの美少女では驚くことは無いと思うのだが……。


 そんなことを考えていると、前野さんが俺の視線に気づいたのか、こっちを向いて微笑みかけてきた。


 可愛い。いや、どちらかというと綺麗か。


 その後、すかさずイリス様の横顔を見る。


 可愛ぃぃぃい!! 今日も美しぃぃぃい!!


 授業に集中するイリス様は今日も本当に美しい。だが、俺は先日やらかしてしまった。あの後、兄貴に相談したところ……『それ、セクハラだぞ』とだけ、凍てつくような声で言われた。

 善道としては上手く友人ポジションに納まることが出来た。だが、悪道としては恋人から遠のくばかり……。何とかしないとなぁ。


「今日の授業はここまで」


 そうこうしている間に授業が終わった。

 隣を見ると、そこには変わらず微笑みを浮かべる前野さんがいた。だが、何故かその微笑みから僅かに恐怖心を感じた。


 午後の授業も無事に終わり、残すところは放課後前のSHRのみ。


「皆も知っている通り、再来週から修学旅行だ。三日後に班決めをするから色々と考えておけよ。それと、誰か前野に学校案内をしてやれ。そいじゃ、さようなら」


 担任の先生はそれだけ言い残して教室を立ち去った。


「ま、前野さん! よかったら、俺が学校案内するっしょ!」


 真っ先に動いたのは三郎だった。

 少し、声を上ずらせながら前野さんに声を掛ける。


「そ、その……おいらも手伝うよ!」

「私も!」


 三郎の他に二人の男子が名乗りを上げる。


「ありがとう。よろしくね。それと、悪津君」


 一瞬、誰を呼んでいるのか分からなかったが、前野さんの視線が俺に向いていることから、今の俺の名前が悪津だったことを思いだした。


「……どうかしたのか?」


「良かったら、悪津君にも案内をして欲しいんだけどどうかしら?」


「人手は足りてるだろ? それに、俺も転入したばかりだ。そこまで学校には詳しくないから。悪いけど遠慮させてもらうわ」


「……そ、そうよね! 気にしないで! 転入生同士、仲良くやれたらなって思っただけだから……」


 悲し気に視線を下げる前野さん。


「おいコラ! 善道ィィイ!! 前野さんは転入初日で不安っしょ! お前、不安な前野さんの誘い断るんかい!? ええ!?」


「何か言ってみいや! ワレェ!!」


「チョーシのってんじゃねえぞオラァ!!」


 そして、俺に詰め寄る三郎たち。


 ええ……。別に俺、悪くなかったくないか? 割と普通なこと言ったつもりなんだが……。

 てか、三郎そんなキャラじゃなかっただろ。


「三郎君、いいの。ごめんね悪津君。急にお願いしたのが悪かったわよね。また、明日ね」


 寂しげな笑みを浮かべながら三郎を止める前野さん。その目の端には涙のようなものが浮かんでいた。


 嘘くせえええ!!

 学校案内を断られたくらいで涙が出てくるわけないだろ!!


 だが、前野さんのその表情を見た三郎たちは俺をキッと睨みつけ、俺の机に唾を吐き捨てた。

 そして、前野さんと供に教室を後にした。


 何だったんだあいつら……。

 何か、面倒な奴に絡まれちまったな……。


 俺は唾の付いた机を眺め、ため息を一つついた。

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