第42話 人は変わる
班決めは終わった。
これまで俺はどちらかといえば恵まれた立場にあった。イリス様たちと同じクラス。イリス様たちと友人。休日にイリス様たちと出かけたこともある。
だからこそ俺は勘違いしていたのだ。この物語の主役は俺で、メインヒロインはイリス様。この修学旅行も当然、俺とイリス様は同じ班で過ごせるに違いない……と。
だが、蓋を開けてみれば俺とイリス様は同じ班にはなれなかった。それどころか、俺は太郎、次郎、三郎といういつものメンバーと同じ班である。
これでは完全にサブキャラ。修学旅行でも同じかよと言われる系の四人一組の仲良しサブキャラクターズだ。
きっと、修学旅行二日目はイリス様たちメインの話が展開されるのだろう。だが、俺はそこにいない。知らぬ間に話が進み、俺の知らないところでイリス様の今後に関わる運命的な出会いがあるかもしれない。
最も俺が恐れていることは、修学旅行先でイリス様が好きな人と再会する展開だ。そうなれば俺はもう何も出来ない。
それは、絶対に嫌だ。
「聞いてくれ。お前ら」
俺の言葉に太郎、次郎、三郎が顔を上げる。四人とも班決めで負けたことに落ち込んでいたが、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
「俺は、どうしても修学旅行二日目もイリス様たちと楽しみたい。太郎は星川、次郎は愛乃さん……三郎は、イリス様と前野さんもかもしれないが、俺と同じような気持ちのはずだ」
「だが、俺たちは敗北者だ。同じ場所を選ぼうにも、三人の話し合いを盗聴するわけにもいかないし、当日にストーカーするなんて絶対にダメじゃないか?」
太郎の言う通り、犯罪行為は完全にアウトだ。だが、犯罪行為を働かなくとも、イリス様たちと修学旅行二日目を楽しむ方法が一つだけある。
「偶然行く先が同じだったら、イリス様たちと楽しめるかもしれないっしょ」
三郎がポツリと呟く。
「偶然? 何を言ってるのさ。僕らが良く修学旅行先は京都だ。電車を使えば大阪だって範囲内に入る。観光名所は山ほどある。その中でたまたま目的地が、同じ時間に重なるなんてあり得ると思う?」
次郎の言うことは尤もだ。普通ならあり得ない。
「それでも、それに懸けるしかない」
俺の言葉に次郎が押し黙る。
次郎も分かっているのだ。イリス様たちと合法的に修学旅行二日目を楽しむためにはそれしかないと。
「はあ……。仕方ねぇ。修学旅行初日、縁結びのお守りたくさん買っておかねえとな」
「後、運気を高める努力も忘れちゃダメっしょ」
「……そうだね。バカらしいけど、やるかやらないかの二択ならやるだ。僕も出来ることはするよ」
「ありがとう」
太郎、次郎、三郎と強く握手する。一人だけが運気を高めても意味がない。四人が供に運気を高めることにより、とてつもない力が発揮される。その力がきっと奇跡を起こす。
この世界の主役が俺ではないとしても、俺の人生の主役は俺だ。まだ諦めない。修学旅行二日目、イリス様と楽しんでみせる。
偶然を装うとは言っても、イリス様たちが何処へ行くかを予測することは大事だ。
「やはり金閣寺には行くんじゃないか?」
「俺もそう思うっしょ。でも、問題はどのタイミングで金閣寺を訪れるかっしょ」
「確かに、それが分からないと意味がないね」
知恵を寄せ合い、
「海遊館!? 金閣寺からは離れているっしょ! 金閣寺をメインに据えるなら海遊館に行く可能性は低いっしょ!」
「で、でも! アカリンたちと実質水族館デートしている気分を味わえるんだぞ!」
「それは太郎の願望でしょ? そもそも、カノッチたちが海遊館に行く可能性は低い。もっとデータに基づいた発言をしてよ。私情に流されないで欲しいね」
時にぶつかり合い、
「抹茶飲みたくね?」
「飲みたい!」
「八つ橋も絶対いるっしょ!」
「当たり前だろ!」
時に思いを共有しあった。
そして、俺たちの修学旅行二日目のプランが決まった。
先ずは金閣寺へ行く。そこで、抹茶団子を食べる。次に、電車で清水寺を目指す。京都に行く以上、やはり清水寺には行っておきたい。外すわけにはいかないのだ。そして、伏見稲荷大社を目指す。たくさんの鳥居はロマンチックで、幻想的な雰囲気を味わえる。
「うん! いい感じだろ! よし! じゃあ、京都を満喫するぞー!!」
「「「おおー!!」」」
互いに笑いあいながら話し合いを終わる。
いやー京都楽しみ! 何か大事なことを忘れているような気がするけど……まあ、いいか!
***
修学旅行二日目の話し合いが終わって、放課後になる。多くの生徒は部活動に行き、教室に残っているのは数人の生徒だけだ。
「善道、時間あるっしょ?」
カバンに荷物を詰めていると、三郎に声を掛けられる。三郎はやけに深刻な表情を浮かべていた。
「ああ。大丈夫だけど、どうかしたのか?」
「場所を変えるっしょ」
三郎について、教室を後にする。向かった先は屋上。
屋上には、三郎以外にも十数人の生徒の姿があった。
こいつら……イリス教徒か?
その生徒たちは皆、イリス教徒だった。
「善道君、君も来たのですか」
その中には、黒田先輩の姿があった。
「黒田先輩も? 今から何があるんですか?」
「いや、私もただ来て欲しいとお願いされただけで、何があるのかは分からないんですよ」
黒田先輩と顔を見合わせ、首を傾げる。
三郎は俺と黒田先輩の二人を呼んで何をするつもりなのだろう。
そう思っていると、三郎を含めた十数人のイリス教徒たちが床に正座した。
「イリス教教祖の善道、代表の黒田先輩。本日をもって、俺たちはイリス教徒から脱退させてもらいたいっしょ」
三郎は声を張り上げて、そう告げた。
「だ、脱退……? 本気ですか……?」
黒田先輩が動揺を露わにする。無理もない。先日までともに戦ってきた仲間がいなくなるのだ。驚くに決まっている。
「三郎。理由を聞かせてもらえるか?」
「善道は知っていると思うけど、この間うちのクラスに前野環様が転入してきたっしょ。彼女は……俺の女神っしょ。イリス様を裏切ることになるのは分かっているっしょ! でも、でも気付いてしまったらもう無理っしょ! 前野様と話すだけで頭がポーっとして気持ちよくなるっしょ! 前野様と目を会わせていると、胸がドキドキと高鳴るっしょ! だから、俺はもうイリス教徒ではいられないっしょ……」
どこか寂し気に三郎はそう言った。
やはり、そうか。何となくそんな気はしてた。ここ数日、三郎は前野さんによく話していたし、三郎の口からも前野さんの名前が出ることが多くなっていた。
人は変わる。
ずっと同じものを好きでいることは難しい。そして、ずっと変わらないということも難しいのだ。
同志が減ってしまうことは悲しい。だが、これは仲間の新たな門出だ。
「……他の皆も三郎と同じなのか?」
俺の言葉に三郎の後ろにいる人たちが頷く。
「身勝手なことを言っているとは分かっているっしょ! でも、今の俺たちじゃ逆にイリス様に失礼っしょ! だから、だから俺たちは……!」
「それ以上、言わなくていい」
声を絞り出すように喋る三郎の方に手を添える。
「別れは悲しい。でも、お前らは新しく自分が信じたいと思える女神様を見つけたんだろ? お前らの新しい幸せを見つけたんだろ? なら、別れを悲しむより、それを祝福しようじゃねえか。黒田先輩も、それでいいですよね?」
「ええ。私たちにとってのイリス様が、君たちにとっては前野さんという女性だったというだけです。ならば、前野さんをしっかりと愛し、支えなさい。それをきっとイリス様も望んでくださる」
「善道……! 黒田先輩……!! ありがとうっしょ……!」
三郎たちが涙を流し、頭を下げる。そして、屋上を後にした。
「はあ……。まさか、脱退願いとは思いませんでしたね」
「その割には、嬉しそうじゃないですか」
黒田先輩がため息をつく。その顔は残念そうではあったが、嬉しそうでもあった。
「そりゃそうですよ。わざわざ私たちに挨拶するくらいです。彼らの思いはきっと本物なんでしょう。善道君。私はね、何かに本気で全力な人が大好きなんですよ。君のようなね」
黒田先輩はそう言うと、俺の肩をポンと一叩きして屋上を後にした。
後日、私立矢場沢学園にタマタマ教という新しい宗教が出来た。まだ設立したばかりで、三大宗教に教徒数では劣るが、この時の彼らの思いは本物だった。
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