第35話 学園祭二日目開幕!
波乱万丈の学園祭初日が幕を閉じた。
だが、学園祭はまだ終わっていない。何故なら、学園祭は二日間あるからだ!
そして、この二日目。俺には大事な用事が入っている。それは、イリス様からの呼び出しである。
本当なら、直ぐにでも呼び出しに応じて、学園祭デートと行きたいところだ。だが、それは出来ない。俺には午前中の間執事をするという仕事があるからだ。
「お帰りなさいませ。お嬢様。こちらの席へどうぞ」
着慣れない執事服を身に付けて、朝からせっせと働く。俺は一人暮らしで、料理も出来るため、ホールと厨房を行ったり来たりしていた。
「こちら、オムライスでございます」
「あ、ありがとうございます……」
オムライスを渡したが、お客様の顔がどこか浮かない。
おっと、俺としたことがあれを忘れていた。
「お嬢様。何でも書きましょう。何なりとお申し付けください」
ケチャップを構え、お嬢様の指示を待つ。
「い、いいんですか?」
「もちろんでございます」
「じゃ、じゃあ……ハートで」
「はい」
ハートなら簡単だ。ケチャップで大きめにハートを描く。
折角だし、あなただけの執事よりという言葉も付けておいた。
こんなこと、イケメンじゃないと出来ない。だが、善道悪津の顔はイヴィルダークの謎の力によってイケメンになっているため問題ない。
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうに微笑むお客さん。だが、これで終わりではない。
最後に、このオムライスに魔法をかける!
「はいはいはい!」
俺が手拍子と供に掛け声を出すと、店の中にいる執事たち――俺のクラスメイトの男子たちが手拍子を始める。
「いつも頑張るお嬢様!」
「「「いつも頑張るお嬢様!」」」
「あなたのために思いを込めよう!」
「「「思いを込めよう!」」」
「美味しくなーれ!」
「「「美味しくなーれ!」」」
「萌え!」
「「「萌え!」」」
「「「キュン!!!」」」
全員で両手でハートを作り、ウインクする。
「わ、わあ~。ありがとうございます~」
お客様は苦笑いで拍手していた。
イリス様がやった時はもっとトキメキがあったのに、何故俺たちがやると暑苦しさが増すのだろうか?
「ごゆっくりどうぞ」
お嬢様に一言告げて、俺は厨房へ下がっていった。
「お疲れ様」
厨房で休憩を取っていた次郎が声を掛けてくる。そこで、俺は次郎に気になっていたことを聞くことにした。
「お疲れ。なあ、次郎。俺たちの掛け声って需要あるか?」
俺の問いに対して、次郎はやれやれと言った表情でため息をつく。
「分かってないなぁ。今どき、ただの執事喫茶をやったところでインパクトが弱い。そんなことじゃ、ネットでバズらないよ」
「バ、バズる……?」
「そう。清潔感溢れる執事が野太い声でコールする。これは売れるよ。ふふふ」
よく分からないが、次郎が楽しいならそれでいいか。
不気味に笑う次郎を置いて、厨房でオムライスを作ることにする。ちなみに、俺たちのメニュー表には『執事の愛情たっぷりオムライス』と『漢の血と汗と涙たっぷりチャーハン』しかない。本当に売る気があるのだろうか?
「た、太郎ー!!」
注文されたチャーハンを作るために鉄鍋を振るっていると、ホールから誰かが倒れる音とともに、太郎の名前を叫ぶ声が聞こえた。
丁度、チャーハンも出来たところだったため、鉄鍋を置いてホールの様子を覗く。そこには、満足げな表情で倒れる太郎と、その太郎に寄りかかるクラスメイトの姿があった。
「おい、何があったんだよ」
近くにいる次郎に問いかけるが、次郎は唖然とした表情である方向を見つめていた。
その視線の先を追いかける。そこには、椅子に座りメニュー表を眺める女神たちの姿があった。
それを認識した瞬間に、俺はホールへ飛び出そうとする。だが、俺の腕を次郎が掴む。
「どこへ行くの? 善道君。厨房が必要なんだよ。ホールは僕が行くから君は厨房をしてよ」
ニコニコとした笑顔を浮かべているが、俺には分かる。
こいつも、イリス様たちの執事ポジションを狙ってやがる。
「いやいや。俺は元々ホールと厨房の兼任だったんだ。次郎はほら、厨房だろ? ホールには慣れていないだろうから、俺が行くよ」
「いやいや。ホールなら僕でも出来るよ。これでも、接客の経験はあるんだ。僕に任せてくれ」
その細身の身体からは想像できないほど強い力で俺の腕をギリギリと握りしめる次郎。
「ふおおおおお!!」
必死の攻防を続けていると、ホールから奇声が上がる。視線を向ければ、満足げな表情でイリス様たちの前で倒れるクラスメイトが一人。
おい、待て! あいつ、厨房だった奴だろ!
「オムライスとチャーハン注文入ります」
「あ、はい!」
「隙ありいい!!」
教徒ではなく、比較的イリス様たちへの耐性がある男子が他のテーブルからの注文を告げる。
そっちに気を取られた一瞬を次郎に出し抜かれた。
くそっ! やられた!
……まあ、いいか。俺はこの後、イリス様と二人で過ごす時間もあるし、今は他の奴に譲ろう。
とりあえず、今は厨房の奴が一人いなくなってしまった穴を埋める方が優先すべきだろう。
***
太郎と厨房の担当がそれぞれ気を失ってしまったようだが、後の者は何とか耐えきることが出来たみたいだ。
太郎と厨房の二人が倒れたことで心の準備が出来たのが良かったのだろう。
「善道君。ご指名だよ」
「ん? まじか。何番テーブル?」
「五番」
次郎に呼ばれ、五番テーブルに目を向ける。一瞬、イリス様に呼ばれたかと期待したが、そこには切れ長の目をした、和服姿の美人が一人いた。
どこかで出会ったかな?
いや、和服姿の美人と言えば思い当たる人物は一人いるが、あいつは組織のボスに監禁されたはず……。
「お待たせしました、お嬢様。どうされましたか?」
「どうもしてないわよ。ただ、一緒にお話がしたくなっただけ」
ぽんぽんと自分が座っている席の隣の席を手で叩く美人。座れということだろうが、執事は主人の傍でいつでも動けるように立っておくものだ。
「失礼。俺は執事なのでこのままでいさせていただきます」
「そう。つまんないの」
唇を尖らせる女性。一つ一つの仕草が人の目を引く。そんな不思議な魅力があった。
まあ、イリス様には劣るがな。
「今、別の女の子のこと考えたでしょ?」
「なっ!?」
俺の反応を見て妖艶な笑みを浮かべる美人。
こいつ、エスパーか?
「ふふ。安心したわ。あなたが変わってないみたいで」
そう言うと、美人は席を立つ。そして、俺の耳元でポツリと――
「また会いましょう。私の愛しい人」
――そう呟いて、店を後にした。
何だあいつ。
訳の分からない女性だ。出会った記憶もないが、まあいいか。もう会うこともないだろう。
そう考え、俺は女性が使っていたテーブルをせっせと片付けた。
***
「終わったあああ!!」
「お疲れー」
時刻は十二時半。ここで、俺は交代だ。
着替えるのもめんどくさいので、執事服を着たまま外に出て、スマホでイリス様にメッセージを送る。
返信は思ったよりも早く来た。
十三時半に屋上に来て欲しい――か。
これ、まさか告白イベント? いや、でもそんな前兆は何処にもなかった。そもそもイリス様には思い人がいるはずだ。そして、それが俺ではないことは確か。
となると、何なんだろうか?
そんなことを考えていると、スマホにメッセージが届く。メッセージの送り主は、愛乃さんだった。
***
十三時。俺は屋上に来ていた。
目の前には、愛乃さんがいる。
「来てくれたんだ。イリスちゃんとの用事は?」
「この後直ぐだ。すぐ終わる話って聞いて来たけど、何の用だ?」
出来るだけ話は長引かせたくない。その俺の思いを察したのか、愛乃さんは早速本題に入った。
「昨日、イヴィルダークっていう悪の組織が学園を襲撃したの。その組織に善道君は立ち向かって、運よく生き残った。でも、死んでいてもおかしくない。ねえ、どうして善道君はそんな無茶をしたの?」
知っていたのか。
最初に抱いた思いはそれだった。だが、ラブリーエンジェルであるイリス様から話が伝わったのかもしれないし、七夕先生が話したのかもしれない。
伝わっていても不思議ではなかった。
それにしても、無茶をした理由か。そんなことを聞いてどうするというのか。
まあ、答えるけど。
「白銀さんがライブを楽しんでいた。そのライブを邪魔されたくなかった」
「それだけ……?」
愛乃さんが訝し気に俺を見つめる
それだけとは失礼な言い方だな。
「ああ。それ以外に理由が必要か?」
「……ううん。ただ、珍しいなって思っただけ。ごめんね。時間取らせて」
愛乃さんはそう言って、微笑んだ。
「話って、それだけか?」
「うん。あ、でもあと一個だけあった」
愛乃さんが俺に一歩近づき、頭を下げる。
「ありがとう。私たちのために頑張ってくれて。それと、君を認めないって言ったこと、撤回するね。でも、一つだけ。自分を大事にして。イリスちゃんを大事に思うなら、尚更ね」
そう言い残して愛乃さんは屋上を出て行った。
最近、いろんな人から自分を大事にしろと言われる。こう見えてもかなり大事にしている方だと思うんだけどなぁ……。
毎日、三食食べてるし。
運動も適度にしてるし。
睡眠もしっかり取ってるし。
まあ、いろんな人から注意されるってことは、まだ危機管理が足りないのかもしれない。これからはもう少し意識してやるか。
***<side 愛乃花音>***
屋上を出て、人通りの少ない階段を下りているとポケットの中からラブリンが姿を現す。
「あの様子だと、本人に自覚はないみたいラブね」
「うん。でも、それでいいんじゃないかな。善道君は私たちの戦いに巻き込むべきじゃないよ」
「うーん。勿体ないけど、そうラブね」
今日、私が善道君を呼び出した理由。それは、ラブリンにお願いされたからだ。
善道という少年を見定めたいと。
ラブリンは『愛の国』という国出身者というだけあり、その人が抱く愛がどんなものか見分けることが出来るらしい。
結果、善道君の愛は、異常なまでの愛情の深さ以外は健全なものだと判断したらしい。
「そういえば、ラブリンって善道君が誰かに似ているって言ってなかったっけ?」
「そうだったラブか? もう忘れちゃったラブ。それより、あの少年が悪い奴ではないことが分かったラブだし、たこ焼きというものを食べに行くラブよ!」
そう言うと、ラブリンはポケットから飛び出て飛んでいく。
「あーもう! バレたらまずいんだってば!」
能天気なラブリンを急いで追いかける。
善道君に関しては、悪い人じゃないということが分かっていれば、今はいいだろう。
***<side end>***
******************
モチベーションに繋がりますので、よろしければ下の♡やレビューなどを押していただけると嬉しく思います!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます