第30話 波乱の幕開け

 昼時を過ぎて、十五時を回ろうかという時間になっても、依然として学園内の人の数は減る気配が無かった。

 全ては、十六時からのライブのためであろう。

 美術部所属の教徒たちによって製作されたポスターの完成度の高さ、更に、午前中のうちに星川がメイド服姿で客引きついでに自分たちのライブをPRしたことや、来場者の人がSNSでメイド服姿の星川を投稿したことなどにより、話が広がっていたのが大きかった。

 既に屋内ステージのチケットは完売、屋外は立ち見のためチケットこそないが、この様子だと多くの人が観に来ることは間違いないだろう。


『こちら、黒田。会場の準備も順調に進んでいます。予定通り、十五時十五分から屋内ステージの観客の入場を始めます』


「了解。後は、よろしく頼みます」


『はい!』


 屋内に関しては、各宗教の代表三名に任せている。俺は、外回りに集中しよう。

 そう考えていると、スマホに通知が一つ入る。


星川:あっくん。できたら、ステージ裏に来てくれない?


 星川からの通知。恐らく、イリス様と愛乃さんもそこにいるだろう。本音を言うなら、迷うことなく行きたい。

 だが、俺は仮にも今責任ある立場にいる。残念だが、そう簡単に持ち場を離れるわけには……。


「行けっしょ」


「三郎……。見たのか?」


「チラッと見えちゃったっしょ。責任感を感じることは大事だし、持ち場を離れようとしない、善道のそう言う真面目なところは良いところっしょ。でも、女神たちが待ってくれているなら、行くべきっしょ。総司令としての善道の代わりは俺でもできる。でも、悔しいけど、あの三人にとって、善道の代わりはいないっしょ」


 そう言うと、三郎は俺の頭からヘッドフォンとマイクを取った。シッシと手を振って、俺が座っていた席を奪い取る三郎。

 強引だが、その優しさが身に染みた。


「ありがとう。ちょっと、行ってくる」


 三郎は何も言わず、早く行けと言わんばかりに手を振った。

 その思いに応えるためにも、俺はテントを飛び出して、ライブ会場のステージ裏に向かって走り出した。


***


 ライブ会場である体育館の舞台袖。そこに、イリス様、愛乃さん、星川の三人はいた。

 イリス様は青、愛乃さんはピンク、星川は黄色の衣装を身に纏っていた。どこで入手したかは分からないが、衣装の繋ぎ目や完成度からプロが作ったものであろうことは想像できた。


 綺麗だった。その美しさに、思わず足を止めて見入ってしまうくらいには、三人の姿は美しく、キラキラと輝いて見えた。

 そして、その輝きはきっとイリス様がイヴィルダークにいる限りは生み出せないものだったんだと思った。


「あっくん! 来てくれたんだ!」


 俺に気付いた星川が駆け寄ってくる。


「……どうしたの?」


 心配そうな表情を浮かべる星川。どうやら、らしくもなく感傷に浸ってしまったらしい。

 イリス様には、見られてないみたいだ。

 これから楽しいライブだって言うのに、寂しそうな顔は似合わない。


「何でもねえよ。思ったより、三人が綺麗だったから見惚れてたんだ」


「でしょでしょ! この衣装すっごく可愛いよね! 丁度、今から三人で円陣組もうって話してたんだ!」


 時計を見れば、もう本番まで十分も無かった。


 三人の空間を邪魔するのも良くないか。


「そっか。頑張れよ。楽しみにしてる」


 それだけ言い残して、俺は舞台袖を後にしようとする。


「何言ってるの? あなたも来なさいよ」


 だが、そんな俺をイリス様が引き留めた。


「そうだね。善道君は最近転入してきたばっかりだけど、私たちのことこれまで支えて来てくれたもんね」


 愛乃さんが俺が入れるスペースを一つ開ける。


「うんうん! そうだよ! あっくんを待ってたんだよ! ほら、入って!」


 星川が、俺の手を引き円陣の中に招き入れる。

 まさか、入れてもらえると思ってはいなかった。


「今日のライブ絶対に成功させよ!」


 星川が手を前に出す。


「来た人が少しでも楽しんでくれるといいよね」


 愛乃さんが星川の手に自分の手を重ねる。


「思いを、届けましょう」


 イリス様も二人の手に手を重ねる。そして、三人が俺を見てきた。


 やばい……。何も考えてない。こんなことならちゃんと何か考えておくべきだった。

 どうする? 三人が待ってる。時間はかけられない。何かかっこいい言葉! 聞いただけで魂が震えるような素敵な言葉!!

 思い浮かばん! もういいや! ありふれた言葉でいこう!


「三人なら、きっと皆を楽しませることが――」


 そこまで言って、何かが違うと思った。


「あっくん?」


「違う」


 そうだ。思いだせ。俺たちの原点は、俺の原点を。


「皆のためにライブをするのは凄く素敵だ。でも、俺は星川の、愛乃さんの、そして、白銀さんの笑顔が見たい。三人が笑顔でいてくれるなら、俺にとってはそれが最高のライブだ」


 はっきりと、三人の顔を見て言い切った。

 僅かな沈黙。


「そうだね! あっくんの言う通り、私たちが楽しまなきゃだったね!」

「いっぱいお客さんがいて、私たち少し硬くなってたかもね」

「ええ。私たちは、私たちが思うがままに楽しくやりましょう」


 おお! 何か知らんがいい感じの雰囲気だ! よかった! 沈黙出来て気まずかったから、本当に良かった!!


「ほら、あっくん。手出して」


「お、おう!」


 星川に言われて、イリス様の手の甲に触れる。

 やっべ! 手汗大丈夫かな?


「それじゃ、皆も私たちも、そして、あっくんも、最高に楽しもう!!」


「「「「オー!!」」」」


 四人で手を上に挙げる。

 笑顔だった。星川も愛乃さんも、イリス様も。そして、俺も。


「行ってこい」


「「「行ってきます」」」


 舞台に上がる三人を舞台袖から見送る。きっと、いや、間違いなく最高のライブになると思った。


「うし! 万が一を無くすために、気合入れるか!」


 頬を叩き、三郎が待つテントに戻ろうとする。


「ん? こんな人形あったか?」


 その途中、隅にチョコンと置かれているネズミの様な、クマのような手のひらサイズの人形を見つけた。


 イリス様たちの所有物だろうか? いや、だとしたらこんなとこに置かない気がする。

 誰かの落とし物かもしれない。確か、俺が指示を出すテントの横に落とし物ボックスがあったはずだ。そこに置いとくか。


「……え!?」


 人形を掴んだら、変な声が聞えた。まさかと思い人形を見るが、当然動かない。

 

 恐らく気のせいだろう。それより、早く三郎の下へ行かないとな。


 ライブを見たくて焦っているであろう三郎の下へ、俺は走って向かった。


***


「A班、問題はないか?」


『超絶可愛いアカリーン!! アカリンが可愛すぎて数名倒れましたが異常なしです』


「B班、報告を頼む」


『カノッチー!! こっち向いて―!! カノッチが可愛すぎますが、異常なしです』


「C班」


『オーレーの! イリスー!! 異常なし』


 ライブが始まって三十分。ここまではそこまで問題も無く、来ている。強いて言えば、教徒たちが数人、感動で気を失ってしまったくらいだ。

 まあ、ライブが盛り上がっているという証拠でもあるし問題も無いだろう。

 この調子で無事に終わって欲しいところだが、現実とはそう甘くないらしい。


『こちら、外回り中のQ班! 校門付近に怪しげな恰好をした集団を発見! 不審者の可能性大です!』


「了解した。全ての班員に告げる。現在、校門付近で不審者が発見された模様。N、M班は先生方に連絡。Q、S班は校門付近で不審者を牽制。それ以外は近場の観客たちを守るためにディフェンスフォーメーションΩだ!」


『YES! Sir!!」


 運営をすることは七夕先生を通じて、先生方からも許可を得ている。とはいえ、不審者が出たとなれば話は別。先生方への連絡は必須だ。

 それにしても、集団か……。


 俺の指示は、現状では最善手に近いと思う。だが、嫌な予感がいつまでたっても拭えない。

 ……あり得ないとは思うが、もし仮に不審者の集団が奴らなのだとしたら、俺には奴らを止める手段は一つも無いことになる。


 そして、嫌な予感とは当たるものである。


『こ、こちらQ班! 不審者たちが持つ謎の針で刺された仲間の様子が可笑しい! くそっ! どうなってんだ!!』

『こちらS班! 総司令! ダメです! こいつらに襲われたら、大事なものを失う――』


「おい!! Q班!? S班!? 応答しろ!」


 通信が途絶えた? いや、違う。


『……ゲロゲロ。――が言ってた通り、ここにはかなりの愛が溢れてやがる。全く、忌々しいぜ……』


 S班の通信機から、聞こえた声。

 よく聞きなれた、一人の男の声。


『さて……。確かここにイリスがいるんだったよなぁ。ゲロゲロ。全て奪いつくしてやるよ。なあ、イリス』


 機会が壊れる音がして、通信機の音はそこで途絶えた。

 手に自然と力が入る。


 あの粘着質ストーキングカエル野郎が……!

 恐らく、Q班とS班の連中は奴らが持つ、女神への愛を奪われたと考えるべきだ。今の教徒たちが行動する理由は女神への愛。

 それを奪われれば、教徒たちは行動不能になる。

 ラブリーエンジェルたちが来るまで時間を稼がなくてはならない。イリス様はライブ中。恐らく、来れない。

 期待できるのは桃色と黄色だが、ライブが中止になれば意味がない。


『善道君! 連絡受けたわ。確認に行った教師陣からの連絡が途絶えた。これはかなりの緊急事態よ。残念だけど、ライブは中止。観客たちもすぐ避難させるわ』


 無線から七夕先生の声が聞こえてくる。

 教師として妥当な判断だ。でも、そこで、「はい。そうですね」と言えるほど、俺は大人じゃない。


「観客たちを避難させる途中に被害が出る可能性があると思います」


『それは、教師陣で守り抜くわ』


「不審者たちの数は少なくとも二十はいると思います。教師だけで抑えきれると思いますか?」


『だとしても、これはもう子供の手に負える問題じゃないわ。あなたたちは守られるべき存在なの。大人しく安全な場所に避難しなさい』


 七夕先生の言っていることは正しい。俺たちは所詮子供だ。

 頭の中では、常に最強で、不審者にだって勝てる。

 でも、現実はそうじゃない。大人と取っ組み合いすれば負ける。熊どころか、一匹の蜂にさえビビってしまう。


 それでも、そうだとしても……!


「嫌です」


 俺たちにも譲れないものがある。


『なっ!』


「さっきも言いましたが、避難の途中に襲撃を受ける可能性が高い。なら、外へ逃がすのではなく、校舎の中や体育館に人を詰める。それなら、俺たち、青い鳥ブルーバードが役に立ちます。人の避難誘導、並びに校舎の入り口封鎖。警察に連絡して、警察が来るまでそれで耐え忍ぶ。そうすれば、ライブだって続けられますよね?」


『バカね……。現実はそう上手く行かない。ライブ何てしていたら音で、それこそ狙われかねないわよ』


 苦々しく、七夕先生が呟く。

 七夕先生だって、ライブを中止にしたいわけじゃない。だが、安全を考えてライブを中止にするべきだと言っているんだ。


「お願いします! 絶対に、ライブ会場に不審者は行かせません! バリケードだって、即興ですが作ります!」


『私からもお願いします。七夕先生』


 俺とイリス様の通信に新たな声が一つ入る。その声は、黒田先輩のものだった。


『話は全て聞きました。既に、即興ですが、長机などを持ち出しバリケードを作る準備は整っています。屋外のメンバーにも声はかけています。避難誘導はいつでも出来ます。お願いします。子供の我儘だって分かっています。でも、私はこんなところで楽しそうに歌って踊る彼女たちを止めたくありません!』


『七夕副代表、いや、七夕先生。アカリン教代表の夜空からもお願いする』


『生徒会長として、この判断は間違っているだろう! でも! カノッチ教代表の金剛寺として、僕もお願いします!!』


 黒田先輩、夜空さん、金剛寺さんの声も無線に飛びこんでくる。七夕先生は何も言わない。

 その考えは読み取れない。だが、ここで押し切るしかない。


「お願いします! 全責任は俺が取ります! 何かあれば退学でも、罰金でも、どんな罰も甘んじて受け入れます! だから、だから……!」


『バカね』


 その一言で七夕先生は俺の言葉を遮る。


『子供のあなたに責任が取れるわけないでしょ。……全く、これだから男子高校生は嫌なのよ。バカで、何でも出来るような気でいる。本当にガキ』


 顔が見えなくても、七夕先生が頭を抱えてため息をついている様子が鮮明に想像できた。


 くそっ……。やっぱりダメか……。


『でも、私は好きよ。あなたたちみたいな、真っすぐなバカ。善道君。ここで、あなたが好きにやって失敗したら、女神たちが悲しむことは分かっているわよね?』


「はい」


 もし俺が失敗すれば、きっとイリス様たちは自分たちを責める。だって、俺が無理を通そうとした理由が彼女たちの為なのだから。俺の独断だとしても、彼女たちのような優しい心の持ち主は自分たちを責める。


『それでもやるつもりなのね?』


「はい」


 迷いはない。ライブはする。観客たちの被害も抑える。成功すれば、イリス様たちが悲しむことはない。

 両方成し遂げる覚悟は、既に出来ている。


『なら、成し遂げなさい。失敗は許さない。あなたの、いや、あなたたちの全力をもって、全員を守り抜きなさい。全責任は私が負うわ』


「『『『はい!!』』』」


 この判断を下したということは、きっと七夕先生にとってデメリットしかない。

 俺たちの作戦が成功したとしても、教師としての七夕先生の判断を世間は許さない。それを理解していても、俺はイリス様を優先したかった。

 それを理解していて、七夕先生は俺たちの思いを尊重してくれた。


 思いは受け取った。絶対に失敗できない。あのカエル野郎をぶっ飛ばし、必ず全員が笑える未来を作り上げる!

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