第31話 何がためにそこに立つ

「観客の避難を最優先だ! 各自、ディフェンスフォーメーションα! 事前に配布した刺股の装備も許可する! 至急、校舎に観客を叩きこめ! ライブに熱狂している奴はライブ映像を一時的に消して、移動型のテレビでライブ映像を流して誘導しろ!」


『『『YES! Sir!!』』』


 観客たちの方はこれでいい。後は、カエル野郎たちを止めなくてはいけない。これは、あいつらをよく知る俺がやるべきことだ。


 刺股を二本持って、Q班、S班の通信が途絶えた場所へ急ぐ。


 現場に着いた時、そこには生気の無い目で地面に膝をつく大量の教徒と先生方で溢れていた。


 おかしい……。Q班とS班だけしか被害は出ていないはずだ。それにしては、被害者の数が多い。


「くっ! お、お前ら何かにアカリンの邪魔をさせるかあああ!」

「カノッチの笑顔を奪わせてたまるかああああ!」

「イリス様の加護が僕にはついているんだあああ!」


 そこにいたのは、万が一のために支給していた刺股を持ち、イヴィルダークの戦闘員に突っ込んでいく教徒たちの姿だった。


 あいつら! 独断で不審者たちを止めに来たのか!?


「「「アイー!!」」」


 突っ込んでいく教徒たちの刺股を華麗な動きで躱し、すれ違い際に注射のようなものを教徒に突き差す戦闘員。


「「「ぐああああ!!」」」


 その針を刺された教徒たちは、桃色の液体のようなものを吸い出され、地面に倒れた。


「ゲロゲロ! こりゃいい。どんどん愛情ってやつを奪うことが出来る。一気に邪魔なもんを消すことが出来るぜ」


 下卑た笑い。

 低く、不愉快な声が耳に入る。その声を出している奴は、俺たちの同士である教徒たちの身体を椅子にして座っていた。


「さて、そろそろ一番愛が溜まっているあそこへ行くか」


 ゲロリンが睨みつけるのは、ライブ会場である体育館。


 そこに行かせるわけにはいかない。見せてやるぜ、町内会やり投げ大会、予選敗退の実力をな!!


「おらあ!!」


 持っていた刺股をゲロリンの身体目掛けて投げつける。


「ごはあっ!?」


 ゲロリンが完全に油断していたせいか、刺股はきっちりゲロリンの腹を捉えた。

 それと同時に俺は走り出す。


「「「ア、アイ!?」」」


 周りの戦闘員たちも自分たちの部隊長が突然吹っ飛ばされたことに驚いている。


「て、てめえ……」


「おらあ!!」


「ゲロォ!!」


 起き上がろうとするゲロリンの腹を刺股で押さえつける。戦闘員たちは動揺して動けずにいる。ここで、こいつを戦闘不能にすれば指揮を失う戦闘員たちを倒すことは、恐らく出来る。


「ゲ、ゲロゲロ……。やっぱり、てめえはここにいたんだな。好都合だぜ。メインの前に、きっちり前菜を食っとかねえとな!」


「なっ!?」


 刺股で動きは止めていた。

 だが、長い舌を使ってゲロリンは俺の身体を巻き付け、そのまま投げ飛ばした。

 受け身を取り、直ぐに立ち上がる。

 既にゲロリンは起き上がり、俺を睨みつけていた。


 刺股を構え、周りを見渡す。正面にはゲロリン。周りには、俺を囲むように十人を遥かに超える戦闘員たち。

 勝ち目は、ほぼない。それでも、諦める気はさらさら無かった。


「……その目、うぜえな。諦めてない奴の目だ。訳の分からない幻想に捕らわれて、何でもできる気になっているバカの目だ」


 自分の身体を抑えていた刺股を投げ捨てて、ゲロリンが呟く。


「何でも出来はしねえよ。出来ることは、大事な人を守ることくらいだ」


「そういうのが、うぜえって言ってんだよ!!」


 ゲロリンが突っ込んでくる。

 リーチはあっちに分がある。だからこそ、刺股を準備した。一本目は奇襲用、二本目は正々堂々と戦う用だ。


 ゲロリンが俺の顔目掛けて舌を伸ばす。その舌を刺股で弾き飛ばす。ゲロリンの顔に動揺はない。舌がダメならとその拳で俺を殴り掛かる。

 だが、肉弾戦はこちらの望むところだ。

 振り下ろされるゲロリンの拳。その拳をしゃがんで躱す。目の前にはよく膨らんだ、無防備なゲロリンのお腹がある。


「貰ったあ!!」


 ボヨン。


 ゲロリンの腹目掛けて、全力で拳を振るった。だが、俺の耳に届いたのは、ゲロリンの悲鳴ではなく、俺の拳を受けたゲロリンの腹が波打つ音だった。


「……今、何かしたか?」


 その言葉と供にゲロリンの拳が俺の腹に突き刺さる。


「かはっ……」


 自分より一回り大きなゲロリンの一撃に、意識が飛びかける。


「おいおい! 誰が寝ていいって言ったよ!!」


 ゲロリンの舌が俺の身体を絡めとる。


「おら! この! ゲロリン様に! 逆らったことを! 後悔するんだなあああ!!」


 宙に浮いた身体が地面に叩きつけられる。そして、再び宙に浮き、叩きつけられる。

 何度も、何度も、ゲロリンの気が済むまで。


 意識が朦朧とする。地面に倒れ伏したまま、指一つも動かせない。かろうじて、息はあった。

 ここが校庭でよかった。コンクリートの上だったら、確実に死んでた。


「はっ。動かなくなったか。やれやれ、つい前菜如きに熱中しちまった。おら! てめえら、さっさとメインに行くぞ!!」


 ゲロリンが戦闘員たちに指示を出す。


 ダメだ。あいつらを行かせるわけにはいかない。

 指一つ動かせない?

 違う。無理やりにでも動かすんだよ。意識があるなら、まだいけるだろ。


「……おい、待てよ」


 ふらつく身体に鞭打って、立ち上がる。

 全身が痛い。気を失っていた方がきっと楽になれた。

 だが、俺はそれを許さない。約束した。誓った。イリス様が幸せになれる未来を生み出す手助けをすると。全員を、守り抜くと。


「おいおい。嘘だろ? お前、本当に人間か?」


 初めてゲロリンに畏怖を含んだ表情が浮かび上がる。


「……俺は、女神様を守る騎士ナイトだよ」


「あーなるほど……。納得した。お前がどうしてこんなに俺をイラつかせるのか。どうして、俺がお前だけは叩き潰したいと思うのか。この俺が、一瞬でもお前を怖いと思ってしまったのか」


 ふらつく身体を必死に動かす。思い通りに動かない。だが、一歩ずつ、確実にゲロリンに歩み寄る。


「簡単なことだった。お前が、あの男に、アークに似ているからだ」


 腹がダメなら、顔だ。拳に力を込める。

 残っている力を振り絞り、ゲロリンに殴り掛かろうとした。


「ぺっ!」


「……っ! これは……!?」


 だが、俺の身体はゲロリンが吐き捨てた唾液に捕まった。


「てめえら! 全員でこいつの身体に針を突き刺せ! もう二度と、立ち上がれないように、こいつの根元にある大事なもんを奪いつくせ」


 ゲロリンの言葉と供に、戦闘員たちが俺の身体に針を突き立てる。


「ぐああああ!!」


 奪われていく。イリス様への思いが。俺の生きる希望が、戦う理由が。

 ふと、思いだすのはライブ開始前のイリス様の笑顔。


 俺の愛が奪われて、ライブ中に襲撃されたらイリス様は悲しい顔になるのだろう。

 イリス様が漸く見つけた、心の底から笑える居場所を邪魔されていいのか?

 いいわけがない。

 こんな針ごときに、たかだか数十本程度の機械で……奪われる?

 ふざけんな……!


「俺のイリス様への愛を、舐めんじゃねえええ!!」


 全身からあふれ出すイリス様への愛。その愛を俺の体表付近に留める。誰にも奪わせやしない。俺のイリス様への愛も、イリス様の今の居場所も、笑顔も、誰にも奪われていいもんじゃねえ!


「「「アイー!?」」」


 俺の周りにいた戦闘員たちが吹き飛ばされる。

 俺の『全てを超える愛ラブイズオーバー』によって、溢れ出る愛のオーラに、真の愛情を知らぬ戦闘員たちは耐え切れなかったようだ。


「ば、バカな……! 愛が奪えないだと? そんな人間がラブリーエンジェル以外にいたというのか?」


 動揺しているゲロリン。僅かではあるが、ゲロリンに隙が生まれた。


 『全てを超える愛ラブイズオーバー』には、身体能力を高めるとか、ボロボロの身体が回復するとかいう特殊な能力はない。

 ただ、覚悟が決まるだけ。

 自分の命に代えても、イリス様愛する人を守るという覚悟が!

 そして、その覚悟が俺の身体に最後の力を宿らせる!


「食らええええ!!」


「ゲロオオオ!!」


 地面を蹴りだし、ゲロリンの顔面に俺の拳を叩きこむ。それが、正真正銘、俺の最後の攻撃だった。

 俺の一撃は、ゲロリンをよろめかせたものの、そこまでだった。体勢を立て直したゲロリンが、俺を睨みつける。


「今のは効いたぜ……。てめえは、やっぱりぶち殺す!!」


 顔を真っ赤にしたゲロリンが、力を使い果たし地面に横たわる俺に殴り掛かる。

 避けることは出来ない。


 ああ……。くそ。

 せめて、イリス様たちが幸せでありますように……。


 諦めかけた、その時だった。


「「「アイー!!!」」」


 五人の戦闘員たちがゲロリンの身体を抑え込む。


「な、なんだお前ら! 裏切る気か……! 離れろお!!」


 直ぐにゲロリンに吹き飛ばされるが、五人の戦闘員は直ぐに立ち上がり、俺を庇うようにゲロリンの前に立ちはだかる。


「……っ! てめえら……。そうか。お前らは俺に裏切るんだな」


 五人の戦闘員は何も言わない。ただ、ゲロリンに敵対するという意志は、その構えから伝わってきた。

 そいつらの後ろ姿に、俺は懐かしさを感じていた。


 嘘だろ……?

 確かに、前に組織に行ったときは見ないと思っていた。いや、まだ分からない。でも、もしこいつらがあいつらなら。この質問で分かる。


「イリス様のカップ数は?」


「「「アイー!!!」」」


「そんなわけ?」


「「「ナイー!!!」」」


「イリス様はめちゃくちゃカワ!」


「「「イイー!!!」」」


「俺たちがっ、イリス様に抱く思いは!」


「「「アイー!!!」」」


 間違いない。こいつらは、イヴィルダークにいたイリス教徒で、俺の部下たちだ。


「バカ野郎……遅いんだよ。もう、ライブ始まってんぞ……!」


「「「アイ!!」」」


 目頭が熱くなる。


 イリス様のピンチに、イリス様のライブに駆けつけてくる。少しの間、見なかったけど、こいつらはちゃんとイリス教徒だ!!


***<side 下っ端>***


 憎い。


 愛が憎い。愛を受け取れる人が、憎い。愛を与えることが出来る人が、憎い。愛を語れる人が、憎い。


 奪わなくては。

 愛を奪うこと。それが、俺の仕事。それだけが、俺にできること。

 全員が愛を失えば、全員が平等になる。

 俺だけ、愛の無い人間にならずに済む。愛を欲しいと思うことも、きっと無くなる。


 だから、今日も愛を奪う。


『出来ることは、大事な人を守るくらいだ』


 誰だ、お前は。

 何故、立ちふさがる。何故、立ちはだかる。


『……女神様を、守る騎士だ』


 何故、そのボロボロの身体で立ち上がれる。

 女神とは何だ? お前の言う女神にはそこまでの価値があるのか?

 女神……? 何か、何か大事なことを忘れているような気がする。


『お前が、あの男に、アークに似てるからだ』


 俺たちの上司であるゲロリンが名前を出した人物。

 アーク。誰だ? 俺は、その男を知っているような気がする。

 いや、今はゲロリン部隊長の指示に従わなくては。

 この男からも愛を奪う。

 これだけ強い愛。

 憎い憎い憎い。

 奪わなくては。


 だが、その男から愛を奪えなかった。


『俺のイリス様への愛を、舐めんじゃねえええ!!』


 それどころか、俺はその男が内に秘めていた愛のオーラを前に吹き飛ばされた。

 その時、その男が持つ愛に触れた。


 これを、俺は知っている。

 イリス様という女神も、俺は知っている。


 バカみたいに真っすぐで、愛に溢れている男。その男に俺は惹かれていた。

 イリス教の教祖にして、俺が愛を知りたいと思うきっかけをくれた男。

 見た目も声も違う。

 だが、同じだ。

 ボロボロになりながらも一人の女性のために立ち上がる姿が。

 ただ一人を真っすぐに思い続けるその愛が。


 ……思いだした。

 こいつは、アークは死なせちゃならない男だ。


 気付けば、アークを殴ろうとするゲロリンの身体を全身で抑えていた。俺と同じように動く奴が四人いた。

 そうだ。あいつらも、俺と同じで元イリス部隊だった。


 忘れても、覚えている。

 忘れられるわけがなかったんだ。あんな大バカ野郎を。


***<side end>***

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