第25話 嵐の前の静けさ
学園祭に向けて、『
「A、D、G班は、一階のメインステージ周辺で観客を抑える係。H、E班は二階、Z、L班は三階だ。それ以外の班は、屋外での見回りと、警備員だな」
「「「いよっしゃああああ!!」」」
「「「くそがあああ!!」」」
屋内に選ばれた班員たちが拳を天高く突き上げる。逆に、それ以外の班員は床を悔しそうに叩いていた。
ライブを殆ど見れないとはいっても、女神たちと同じ空間にいれるというだけで十分なご褒美だ。皆、屋内が良いというため、班分けして、どこの班がどこの警備をするかくじ引きで決めているところだった。
「相変わらず、活気がいいなぁ」
その様子を横目に、ライブ中継するための機材を用意する。
「まあ、そうですよ。去年はこんなことはありませんでした。高校二年生のイリス様たちがこの学園にいるのは、今年と来年だけ。おまけに来年も彼女たちがライブをしてくれるとは限りませんからね。このライブは貴重な一回ですよ」
同じく、機材の用意をしている黒田先輩が話しかけてくる。黒田先輩は、工学系の進路を選択するつもりらしく、こういう機材にはある程度知識があり、俺の手伝いをしてくれていた。
「ところで、善道君は良かったのですか? くじ引きにも参加せずに、全体に指示を出す係になったんですよね? それも、ライブ映像が唯一見えないテントの中で」
黒田先輩が言う通り、俺は全体の指揮権を受け持つことになった。
「いいんですよ。言い出しっぺは俺です。なら、俺が一番のハズレを引き受けるべきでしょう。それに、ライブ映像は一応保存される予定ですから、絶対に見れないわけじゃありませんしね」
そう。どのみち理事長にライブ映像を渡す予定なので、見れないことはない。それでも、リアルタイムで見れないというのは割と、いや、死ぬほど悔しいが、それも仕方ない。
「ですが、せめてテント内に中継が見れる機材を置いてもいいのではないですか?」
「いや、ダメです。映像があれば必ず見入ってしまいます。映像に集中してしまって、指揮が執れなくなってしまう。だからこそ、指揮を執る人だけは映像を見るわけにはいかない」
黒田先輩は、そこまで言うならと言って、作業の続きを始めた。
「よーし。今日はここまでにしとこう」
時計を見れば、時刻は夕方の六時になっていた。そろそろイリス様たちも帰る頃だ。
俺の掛け声を聞いた「青い鳥」の面々が片付けを始める。俺も彼らと一緒に使っていた機材に布を被せたりしながら、帰る準備を整える。
すると、スマホに通知が入った。その通知は星川からだった。
「黒田先輩。すいませんが、俺、先に帰りますね」
「ええ。分かりました」
黒田先輩に一言告げて、俺はカバンを持ってその場を後にした。
その時、俺は俺の背中をジッと見つめる視線の正体に、この時はまだ、気付くことが出来なかった。
***
「「「よっしゃああああ!!!」」」
「「「くそがあああ!!!」」」
翌日の放課後も、学園祭のライブに向けた準備を進める。
「今日は、カメラマンを決めるジャンケンだっけ?」
「ええ。そうみたいですね。それなりに技術が必要なので、誰でもいいわけじゃなかったんですけど、まさか百人近い人がカメラマンとして素晴らしい技能を持っているとは思いませんでした」
黒田先輩がしみじみと呟く。カメラマンというのはかなりの技術が必要だ。特に、ライブなど激しく人が動く場合なら尚更そうだ。
だが、愛に燃える教徒たちは凄まじい集中力を発揮し、一時的とは言えカメラマンとして素晴らしい技能を披露した。
そのため、本来なら技能で選ばれるカメラマンもまたジャンケンで決めることになったのだ。
「まあ、実際のところ一番の当たりといえる役割だよな。合法的に自分の好きな人を写すことが出来るんだから」
「そうですね」
ジャンケンを勝ち抜いたであろう四人の猛者は涙を流し、空に拳を突き上げていた。そして、敗者はただ地に膝をつけ涙を流していた。
その時、スマホに通知が入る。星川からの、今日は早めに終わったという連絡だった。
「すいません。黒田先輩。早めにあがらせてもらいます」
「ええ。分かりました。背後に、お気をつけて」
黒田先輩の微笑みの中にはナニカが含まれていた。だが、俺はイリス様に会えることに喜ぶばかりで、そのナニカに気付くことは出来なかった。
そして、同じようなことが何度かありながら、いよいよ学園祭まで残り一日となった。
今日は金曜日。明日からついに学園祭が始まる。本当なら明日は組織に行かなくてはならない日なのだが、兄貴にお願いして延期してもらうことにした。その甲斐もあり、土日の二日間で行われる学園祭にばっちり参加できる。
「今日の授業はここまでです。何か質問はありませんか? ……ないようですね。では、予定通り昼からは学園祭の準備を各自進めてくださいね。それと、善道君。十四時に職員室に来るように」
午前中の最後の授業を終えた、国語科の七夕先生がニコニコとした不自然な笑みを浮かべながら教室を出る。
「あーっくん! 何かしたの?」
七夕先生が教室を出るや否や星川が俺の机に寄ってくる。
「いや、特に何もしてないけど……。まあ、呼ばれる理由は一応、思い当たるな」
恐らく、「青い鳥」の運営に関する何かではないだろうか。七夕先生はアカリン教の副代表だ。それが一番可能性としては高い気がする。
「ふーん。まあ、それよりさ、お昼ご飯一緒に食べよー!」
興味を無くしたかのような相槌の後に、星川は弁当箱を手に持って俺を昼飯に誘ってきた。
ここ最近というか、転入してからは殆ど、イリス様たちと昼食を食べている。時折、三郎や黒田先輩と食べることもあるが、星川に誘われた時は一緒に食べている。
クラス内にいる教徒たちからは物凄い目で見られているが、誘われているのだ、文句は言わせない。
「いよいよ明日ライブだねー!」
「そうね。不安もあるけど、少し楽しみね」
ごはっ!
頬を僅かに赤く染めて微笑むイリス様まじで可愛すぎる。この写真を永久保存しておきたい……。
「……本当かわいすぎ。マジムリヤバイ」
横を見ると愛乃さんが、額を机につけて小さな声でそう呟いていた。
「花音はどうかしら?」
そんな愛乃さんだったが、イリス様が愛乃さんに顔を向ける直前には顔を上げて、平然とした表情を浮かべていた。
「私もちょっと緊張してる。でも、私たちならきっと上手くできるよ! 頑張ろ!」
愛乃さんの言葉に、星川とイリス様が微笑む。美少女三人の平和な世界がそこに広がっていた。
あれ……? これ俺いる?
***
十四時が近づき、俺は地下一階にある職員室に向かう。既にイリス様たちとは分かれている。イリス様たちはこれから明日のステージに向けて練習するらしい。
「失礼します」
職員室に入り、七夕先生のもとへ向かう。
「うん。時間通りね。それじゃ、行きましょう」
「行く? どこへ行くんですか?」
「いいから、着いてきなさい」
七夕先生に続き、職員室を出てエレベーターに乗り込む。
「善道君。あなた、最近楽しそうね」
どこへ行くのか考えていると、先生がニコニコとした笑みを浮かべて問いかけてくる。
「まあ、そうですね。学園祭も明日ですし、最近は凄く充実してます」
イリス様とも少しではあるが、昼休みや帰り道で喋ることができている。ここ最近は本当に学園生活が楽しい。
「そう。良かったわ。あなたが学園に馴染めたみたいで」
その言葉と供に先生が見せた微笑みは、一生徒である俺を思ってくれていたことが伝わる自然なものだった。
「いや、皆さんのおかげですよ」
その微笑みにつられるように、俺の顔も笑顔になる。
先生の笑顔が不自然だったときは、少し身構えてしまったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
「さ、ついたわよ」
到着したのは、地下二階だった。
何故地下二階? とも思ったが、何か大事な話があるのだろうと思い部屋の中に足を踏み入れる。だが、部屋の中に入った瞬間に背後から、口を布で押さえられた。
「んん!?」
声を出そうとするが、上手く声が出せない。
「良かったわ。あなたが学園に馴染んでくれて、本当に良かった。おかげで、教師として、あなたに配慮する必要が無くなったんですもの」
俺の耳に届いたその声は、紛れもなく七夕先生のものだった。
な、何で……? 何が起きているんだ……?
状況を把握できないまま、俺の意識はゆっくりと闇の中に沈んでいった。
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