第24話 学園祭へのカウントダウン①
運営組織についての話し合いが終わった後、俺は教室に戻り、学園祭で必要となる役割について考えていた。
やっぱり、警備員が一番必要か。でも、機材トラブルに備えて、機材の傍には少なくとも二人は置いておきたい。それに、中継用のカメラを誰が回すかも決めないとな。どうせなら、ステージの照明とかも工夫したい……。
そんなことを考えていると、スマホに通知が入る。
星川: 今終わったよ! 帰ろ〜!
善道: 校門で待ってる
素早くメッセージを送り、机の上に出していたペンと紙を鞄の中にしまう。そして、教室を出て校門に向かった。
「お待たせ! それじゃ、帰ろっか!」
「おう」
イリス様と愛乃さんを連れて、星川がやって来る。そして、星川を先頭に帰り道を歩き出した。
「善道君。付き合わせて、ごめんなさい」
歩き始めて少ししてから、イリス様が俺の隣にやって来た。
すぐ前に星川と愛乃さんがいるとは言え、イリス様と隣り合って歩くのはちょっと緊張する。
めちゃくちゃ嬉しいけどな!
「いや、大丈夫ですよ。俺も暇ですしね」
「ねぇ。どうして善道君は私だけ敬語を使うのかしら? 私も、明里と花音と同じでタメ口でいいわよ」
ドキッとした。
お、俺がイリス様にタメ口? そ、そんな、恐れ多い!
いや、確かに付き合えたら、いつかは互いに名前で読んだり、タメ口を使ったりしたいと考えていた。
だが、今の俺にその資格はない。でも、イリス様が望むならタメ口を使ってもいいのか?
「い、いいんですか?」
「いいに決まってるでしょ。同級生だし、友だちじゃない」
と、友だち!!
それは、イリス様の俺への好感度がそれなりに高いことを示している言葉であると共に、イリス様が俺を男として意識していないことを示している言葉だ。
本来なら悲しむべきポイントなのかもしれないが、今はそれでいい。いや、寧ろそれがいい!!
「それじゃ、白銀さん。これからもよろしく……でいいのか?」
「ええ。こちらこそよろしく」
クスッと小さく微笑んでからイリス様が呟く。
可愛い!! やっぱり好き!!
「え、えと……俺と白銀さんは友だちなんだよな?」
「そうよ」
「な、なら! 白銀さんが悩んでることとかあったら、俺に相談して欲しい! 出来ることは少ないかもしれないけど、友だちとして力になりたいからな」
イリス様は、恐らくイリス様の思い人に関することで悩んでいる。それは、これまでのイリス様とのやりとりの中から気づいたことだ。あわよくば、ここでイリス様の思い人に関する情報を集めたい。
「……一つ聞きたいのだけど、あなたはどうしてそこまで人のために行動しようとするの? 私が街で男たちに絡まれているとき、この間の日曜日、そして、今。あなたにメリットなんて何も無いでしょ?」
「それは――」
――あなたのため。
喉まで出かかったその言葉を飲み込む。それだけは、言うわけにはいかなかった。
「こ、困っている人がいたら助けるのは普通じゃないか?」
だから、心に思ってもいない、ありふれた、よく聞く言葉を口に出した。
俺が助けるのは、イリス様だから。イリス様の大切な人だから、イリス様の居場所だからだ。
イリス様が関わっていなければ、きっと困っている人がいても動かなかった、いや、動こうと思えなかったと思う。
「そう。……もし、困ったことがあれば相談するわ」
本心で喋っているか喋っていないか、大抵の場合は分からない。でも、極まれに直感でそれが分かるときがある。イリス様の場合は、今がそうなのだろう。
だから、きっとイリス様は俺に悩みを喋らない。
俺の顔から逸らした視線が、何よりもそれを物語っていた。
「ああ」
だからと言って、俺の本心を喋るわけにはいかない。
喋れば、兄貴と作り上げてきた作戦が無駄になる。
時間はかかるかもしれないけど、信用されるように頑張るしかないよなぁ。
「あ、そうだ。白銀さんたちにお願いしたいことがあったんだ」
「私たちに?」
「ああ。星川と愛乃さんも、聞いてもらっていいか?」
俺が呼びかけると、前を歩いていた二人がこちらを振り向いた。
「学園祭で、三人はライブするんだよな?」
「うん! そうだよ!」
星川が元気よく頷く。
「当日は人も結構多いから、会場が混乱しないように三人のライブのサポートをしたいんだけど、いいか?」
俺の言葉を聞くと、三人は目を点にして驚いていた。いや、一人だけ、愛乃さんは何かを思いだしたかのように納得した表情を浮かべていた。
「え!? い、いや、でも学園祭の実行委員の人とかがやってくれると思うから、大丈夫だよ?」
「いや、それだと人手が足りなくなるかもしれない。俺以外にも、何人か三人を応援したいって人がいるんだ。だから、やらせて欲しい」
そう言って、頭を下げる。
これは、俺たちが勝手にやること。だが、せめてこの三人から許可を貰っておくべきだと思った。
「いいんじゃないかな」
最初に口を開いたのは、愛乃さんだった。
「善道君が悪い人じゃないってのは、もう分かっているしさ、折角力になってくれるって言うんだったら、お願いしようよ。それに、それは善道君がやりたいことなんでしょ?」
愛乃さんの言葉に頷きを返す。
「なら、私は賛成だな」
「……そうね。やりたいと言ってくれるなら、断る理由はないわね」
愛乃さんの言葉を聞いたイリス様も承諾してくれた。ただ一人、星川だけが、うんうんと唸って、答えを出してくれなかった。
「星川、お前のライブのためにもなるだろ? ダメか?」
「いや、ダメじゃないんだけどさ……。あっくんはライブ見ないの?」
星川は真剣な表情でそう言った。
「何でそうなるんだよ」
三人のライブの手伝い云々の話で、何で急に俺がライブを見るか見ないのかという話が出るのか、全く理解できなかった。
「む! そうなるでしょ! ライブってのは、見て欲しい人がいるからやるんだよ!」
「つまり、何だ。星川は俺に見て欲しくてライブをするのか?」
「え!? あ、いや……ち、違うよ! お客さんに見て欲しくてやるの! あ、でも、そのお客さんの中にはあっくんも含まれててっていうか……。てか、ここまで手伝ってきて最後を見届けないなんてあり得ないじゃん!」
途中しどろもどろになりながら喋っていた星川だが、最後の最後で開き直った。
理由は分からないが、星川がライブを見て欲しいと思っていることは分かった。
「安心しろよ。当日の手伝いは、基本的に星川たちがライブをする体育館の中だから、ライブは見れる」
基本的には、だ。勿論例外もある。だが、それは言わない。それを言えば星川が納得してくれないと思うから。
「あーなるほど! それなら、そうと早く言ってよ! 余計な心配しちゃったじゃん!」
「なら、俺たちが手伝いをすることについては……」
「勿論、いいよ! こっちこそよろしくね!」
満面の笑みで星川がピースサインを俺に向ける。何故ピースサインか分からないが、星川のテンションが高いということは分かった。
その後、記念として学園祭のライブ映像をDVDにして残していいかと聞いたところ、三人ともOKを出してくれた。
正直、これが一番許可を出して欲しかったところなので、内心小躍りしてしまった。
***
そして、いつも通り愛乃さんとイリス様を自宅まで送り届けてから、俺と星川の二人きりの時間がやって来る。
普段なら河川敷を歩いて真っすぐ帰るところだが、今日は星川にお願いされて、少しだけ橋の下でダンスの練習をすることになった。
『~~~♪』
流れるメロディに合わせてステップを踏む星川。
相変わらず上手い。それに、どことなく表現力のようなものが上がっているような気がする。
曲が終わり、星川が息を吐く。
「どうだった?」
「日曜日の時より、凄かったぞ!」
自分の語彙力の無さが申し訳ないが、それしか言えない。
「へへへ。そっか」
だが、そんな小学生のような俺の感想にも星川は嬉しそうに笑ってくれる。
ああ……。なるほど。これは七夕先生がアカリン教に入るのも納得だ。
「でも、もっともっと上手く出来ると思うからあと一回だけ踊らせて!」
「いやいや。もうだいぶ暗くなってるし、今日はこの辺にしとけよ。星川だって結構疲れてるだろ」
星川の足取りは確実に重くなっている。それは横から見ている俺でも分かった。
「へーきへーき! それに体力だって付けなきゃだしね!」
そう言って、曲を流して踊り始める星川。だが、自分のイメージに身体が付いて行かなかったんだろう。
「あっ……」
バランスを崩した。
ここで星川が転んで骨折でもしたら、ライブは中止。星川が傷つき申し訳なさそうな表情をしているところを見たイリス様が悲しむ可能性は……百%!!
「あぶなああああい!!」
星川と俺の距離は二メートル。俺が飛び込めば間に合う。更に、クッション性能を高めるために、仰向けになれば、星川が傷つく可能性は……ない!!
「ぐはあ!!」
ヘッドスライディングして、倒れる星川の下に飛びこんだ俺の腹に星川の肘が突き刺さる。
飛び散る唾。汚い。血が出てた方がまだかっこよくてマシだった。
「あ、あっくん! ごめんね! 大丈夫?」
直ぐに星川が起き上がる。
倒れてる場合じゃねえ。
「俺の方はいいんだよ。それより、星川!」
「は、はい!」
直ぐに上体を起こし、星川の肩を掴む。頭の先からつま先まで、背中もくまなく確認していく。
倒れたことで土や草が多少服についているが、外傷はないようだ。俺のクッション作戦が成功したらしい。
だが、油断は禁物。外が無事だからといって中が無事な保証はないのだ。
「痛むところはないか? ダルさは? 記憶はあるか?」
「ちょ、ちょっと待って! 私は大丈夫だから! それよりあっくんのお腹の方が……「大丈夫なやつは倒れない!!」
俺の一喝に星川が気まずそうに黙り込む。
「白銀さんたちが予想より表現力が凄くて焦っているんだろ。アイドル目指してる自分が負けるわけにはいかないって思って、自主練とかしてんだろ。気持ちは分かる。でもな、努力と無茶をはき違えるな」
イリス様がまだイヴィルダークにいた頃、俺はイリス様に近づきたかった。だからこそ、戦闘員として努力していた。毎日毎日、鍛えては現場に出る、鍛えては現場に出るの繰り返し。恋の勉強や、戦い方を学ぶために本を読み漁ることもあった。
結果、睡眠時間が削られ、俺の無理がたたってとある作戦中に俺は倒れた。
組織内の医務室で目を覚ましたとき、やらかしたと思った。よりにもよってその作戦はイリス様主導のもの。イリス様の評価が下がることにビクビクしていた。
だが、そんな俺に向かって、イリス様はわざわざ医務室まで来てこう言った。
『努力する人は嫌いじゃないわ。でも、無茶をする人は嫌い。自分のしていることが正しい努力か判断しなさい。……次の作戦もあるの。早く、元気になって、健康でいる努力もしなさい』
これを言い換えると……。
『無茶しないで! ……また、あなたに会いたいの。ずっと元気でいて、私の傍にいなさい』
となる。
まあこれは冗談だが、健康であるということは大事だ。焦りは自分を成長させるものであるとともに、自分を追い込むものでもある。
焦るなとは言わない。だが、万全の状態で行う努力と、それ以外とでは得られるものの大きさが違う。
結果として健康を保ち、毎日万全な状態で地道に努力していくことが一番自分を成長させる。
「うっ……。でも、無茶でもしないと二人には追い付けないし」
「そんなことあるかよ。白銀さんには星川にないものがある。愛乃さんも同じだ。でもな、それは星川にだって言えることだ。星川が三人の中で一番楽しそうにアイドルしてる。心の底から楽しそうに歌って踊る星川を見て、周りのテンションも上がってくんだよ。そもそも比べられるものじゃないんだ。無理に比べようとして、自分の一番良いところを見失うな」
それだけ言い残すと、星川の腕を掴んで、星川をおんぶする。
「え!? ちょ、ちょっとあっくん!?」
「うるせえ。疲れてんだろ。黙っておんぶされてろ。ついでに寝とけ。家の近くまで来たら起こしてやる」
全く、こいつが元気ないところを見せるとイリス様が悲しむというのに、何故こいつにはそれが分からないのだろうか?
俺はイリス様が無茶をする姿を見るのが嫌いと言った時から、直ぐにやめたぞ。
「……ありがと」
小声だったが、確かにその声は聞こえた。
「そう言うなら、もう無茶すんな。元気な星川が一番だからよ」
星川の荷物と俺の荷物を持って歩く。暫くすると、背中から小さな寝息が聞こえてきた。
よくこういう場面で、女の子を軽いという男がいるが、あれは大嘘だろう。だって、背中に少なくとも三十キロはある人を背負って歩くんだぞ? 疲れるし、重いと感じるだろう。
いや、でももし背中にいるのがイリス様だと考えてみろ。恐らく、イリス様を背負っているということに気持ちが高揚した俺は、そんなところまで頭が回らない。
つまり、重いという感情が消え去ることになる。
はっ! なるほど! そう言うことだったのか!
女の子をおんぶして軽いという奴は皆、その子が大好きで仕方なかったのか!
やれやれ、イリス様のことを考えていたらまた一つこの世の真理を暴いてしまった。
やっぱりイリス様は最高だぜ!!
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