第23話 宗教会議

 私立矢場沢学園。

 この学園の地下二階に存在する一部屋。その部屋の中央に円卓が一つ置いてある。

 その円卓に座っているのは、八人の人物たち。そして、その円卓から少し離れたところから、数多くの人が俺たちの様子を静かに見守っていた。


カン!


 現存する三大宗教全てに所属している、WOTEの元会長が木槌を振るう。

 心地よい音が地下二階に広がった。


「ただいまより、第一回三大宗教会議を執り行う」


「「「ウオオオオオ!!!」」」


 私立矢場沢学園に新たな歴史を刻み込む、世紀の会議が幕を開けた。


カン!


 元会長が木槌を振るい、さっきまでの歓声が嘘のように、室内に静寂が広がる。


「先ずは会議をするにあたって、各宗教の代表二名ずつに挨拶をしてもらおうと思う。それでは、星川明里様を女神とするアカリン教から頼む」


 元会長がそう言い終わると同時に、男一人、女一人が立ち上がる。


「アカリンこと、星川明里様を女神と崇拝するアカリン教代表の夜空功よぞら こうだ。今日はよろしく頼む」

「同じく、アカリン教徒にして、副代表の七夕希たなばた のぞみです。皆さんも知っての通り、普段の私は国語の教員ですが、この場では一教徒。特に気にしないでください」


 驚いた。まさか、アカリン教内に教員、それに女性が混ざっているとは……。それだけ、男女問わず星川の人気が高いということだろう。


「次は白銀イリス様を代表とするイリス教の代表二名。挨拶を頼む」


 元会長の言葉に、黒田先輩と三郎が立ち上がる。


「白銀イリス様を女神と崇拝するイリス教代表の黒田彼方かなたです。よろしくお願いします」

「同じく、イリス教徒にして、副代表の田中三郎っしょ。よろしくっしょ」


 二人の挨拶が終わるとともに、後ろが僅かにざわつきだす。


「驚いたな。イリス教の代表は善道ではないのか」


 ざわつく彼らの声を代弁するかのように、夜空さんが呟く。


 まあ、その疑問は尤もだろう。だが、これにはちゃんと理由がある。

 そもそも、俺はまだこの学園に来たばかりの転入生だ。この学園の生徒のことも、学園自体のことも殆ど理解していない。そんな奴に、色々と指示されるよりかは、WOTEで特級審査官として活躍していた黒田先輩に代表を譲る方が指示系統がスムーズにいくと考えたのだ。


 それと、代表になると今までより行動が制限される可能性が高い。そうなると、満足にイリス様のサポートも出来ないかもしれない。だからこそ、代表になることは避けたかった。


「ええ。彼が私を信じて託してくれました。それに、善道君は教祖という立ち位置ですので、代表は私です」


 黒田先輩がそう言うと、周りの人は納得したのか、大人しくなった。


「さて、次はカノッチ教の代表二名。よろしく頼む」


「愛乃花音様を女神とするカノッチ教の代表! 僕の名前は! 金剛寺光こんごうじ ひかるだ! よろしく!」

「……闇上黒やみあがり くろ。……よろしく」


 椅子の上に立ち、人差し指を天に突き差す金剛寺さん。それとは対照的に、背を丸め、俯いた状態でぼそぼそと喋る闇上さん。


 キャラが濃いな……。愛乃さんも割とキャラが濃い人だったし、カノッチ教は癖が強い人が多いんだろうか?


「うむ。ありがとう。さて、それでは、私も挨拶させてもらおう。今回、三大宗教会議の進行係を務める甲斐長介かい ちょうすけだ。そして、私の隣にいるのが、今回の議題を持ってきてくれた善道君だ。では、早速議題へ移るとしよう。善道君、頼む」


「はい」


 会長に言われ、俺は事前に用意していた資料を手に立ち上がる。


「それでは皆さん、こちらのスクリーンにご注目ください」


 部屋の天井からスクリーンがゆっくりと降りて来て、室内が薄暗くなる。スクリーンが動きを止めると共に、スクリーンに大きく文字が映し出される。


『女神たちによる学園祭ライブ』


「パワポだ……」

「ほう……。それを使いこなすとは……」

「やっぱりただものじゃねえ……」


 ざわめく室内。掴みは上々といったところだ。


「皆さんも知っての通り、学園祭で白銀イリス様、星川明里様、愛乃花音様の三人がライブを行う予定だ。そこで、こちらを見て欲しい」


 その言葉と供に、スクリーンに新たなスライドが映し出される。

 そこには、『教徒六百人に聞きました。あなたは、ライブに見に行きますか?』という見出しと供に、

『行く:五十%

 死んでも行く:二十%

(ライブという素晴らしきものを見ることができたら)逝く:三十%』

 というアンケート結果が映っていた。


「さて、この結果を見れば分かると思うのだが、教徒だけでも当日は六百人の観客がいる。更に、この学園には教員を含め総勢千人以上もの人がいること、学園祭当日は外部からの来校者がいることを考えると、当日に学園にいる人の数の予想は……」


 そこで、再びスクリーンに映るスライドが変わる。


「一万人!!」


 俺の言葉と共に、スライドにも一万と大きく出る。

 ここ、私立矢場沢学園は都内でもかなり学園祭が有名な高校らしく、毎年来場者数は一万を軽々と超えるらしい。


「さて、ここで問題が一つ。三人の女神がライブをする会場は体育館。そして、この学園の体育館は二階、三階を解放したとしても収容できる人数は精々三千人」


 そこで、一度口を閉じて、円卓に座る七人の様子を伺う。彼らは皆が同様に、深刻な表情になっていた。


「……なるほど。このままではライブが上手くいかない。善道、お前はそう言いたいんだな?」


 夜空さんの呟きに俺は静かに頷く。


「確かに、私たちはライブがあるということへの喜びばかりで、実際の運営には目を向けられていなかったわ。これは、真剣な議論が必要ね」


「僕も! そう思う! 失敗は許されない!」


「……同じく」


 流石は、各宗教の代表に選ばれた精鋭たちだ。現状の問題点を直ぐに理解し、解決に向け動き出そうとしている。


「ライブに来れる人を早い者勝ちのチケット制にするのはどうでしょうか?」


 恐らく、前日から考えてくれていたのだろう。黒田先輩が真っ先に解決策を提案する。


「いや、それだと見れない人が出てくるわ。それによるチケットの奪い合いが必ず起きる。少なくとも、私なら教師という立場を利用して何としてもチケットを入手しに行くわ」


「そこは奪い合いが出来ないような工夫をですね」


「いや、どんな工夫があろうと奪い合いは起きる! 実際、黒田! お前がチケットを入手出来なければどうだ? どんな手でも使うだろう!」


 七人の中で唯一の教員という立場である七夕先生が、直ぐに問題点を指摘する。

 それに、黒田先輩も反論しようと思ったのだろうが、その意見も金剛寺さんの一言で潰されてしまった。


「……会場を変えるのは?」


「確かに、屋外ステージもあるっしょ。でも、屋外ステージは観覧席が狭い。屋外ステージは外にある出店が多いせいで、自然と観覧席は圧迫されるっしょ。それに、屋外でライブなんてすれば、道が塞がれて、それこそ問題が起きるっしょ」


 闇上さんの意見も三郎の意見により、潰されてしまう。

 その後もあーでもない、こーでもないと議論が交わされる。

 このままでは、議論が収束することが訪れない。そう考えた俺は、元会長に視線を送る。すると、元会長は俺の望み通り木槌を一振りした。


カン!


「静粛に。善道君から一つ提案があるそうだ」


 元会長の一言で、俺に注目が集まる。何を言うのか、俺を試すような視線や俺に期待するような視線。様々な視線が俺を突き刺す。


 ここが勝負どころだ。ここで、全員がある程度納得できる答えを出すことが出来れば、今後に提案することがある程度通りやすくなる。


「俺は、ライブ中継を提案する」


「「「ライブ中継?」」」


「はい」


 ここで一旦、周りを確認。否定の言葉は、出ていない。全員が俺の次の言葉を待っている。


「議論した通り、生ライブで来場者全員を楽しませることは不可能に近い。だからこそ、撮影機材を用意して、屋内ステージでのライブを屋外ステージのスクリーンに上映するんだ。更に、通路などにもライブ映像を見ることができる場所を数カ所用意する。これにより、多くの来場者に我々の女神の素晴らしさを伝えることができる。更に、女神たちを見れなくて悲しむ人が大幅に減らすことが出来る」


「……なるほど。だが、俺は生で見たい。生と中継で見る映像では、全然違う。ライブ中継をしたところで、チケットの奪い合いは起きると思うが、それはどうだ?」


 夜空さんの意見は尤もだ。だが、生にも生の良いところがあるように、ライブ中継にはライブ中継の良いところがある。


「最近の、映像機器の発達は凄まじいものがある。それこそ、生と大差がないほどだ。それに加え、中継の場合は、三人の姿を様々な角度、距離感で楽しむことが出来る。これは、常に一定の距離、視点でしか楽しめない生との大きな違いだ。勿論、生が良いという人も多数いると思うが、中継の映像があることで奪い合いが起きる危険性はグッと減ると思う」


 夜空さんは俺の意見を聞き、納得してくれたのか、椅子の背もたれに寄りかかった。


「機材はどこから持ってくるの?」


 次に疑問を投げかけてきたのは、七夕先生だ。それに関しても既に解決済みである。


「理事長から機材の提供を約束してもらっています」


 全員の目が見開かれる。


 実は、イリス教徒の中に理事長の息子がいた。そいつを通じて、理事長と交渉した結果。理事長もイリス様を好きになり、今回の学園祭について全面的に協力してくれることを約束してもらったのだ。

 ちなみに、お礼は今回のライブ映像をDVDにして渡すことである。


「なら、安心ね」


 七夕先生が言い終わり、辺りを見回す。これ以上の反対意見は無いようだった。


「ふむ。では、必要な申請をする必要があるな。先ずは、三女神のライブの時間に屋外と屋内ステージの確保が必要だ」


「それについては僕に任せてくれ! 屋内、屋外ステージが供に空いている時間がある! 来場者数が減り始める十六時から十七時の一時間だ! 生徒会長権限を使って、その時間を抑えよう!」


 金剛寺さんが立ち上がり、確保が出来ることを告げる。


 あ、金剛寺さん生徒会長だったんだ。いや、待て。この宗教会議、この学園の権力者が関わりすぎじゃないか?

 でも、それはつまりそれだけイリス様たちの魅力があるということだ。

 流石は、イリス様とその友達だぜ!!


「なら、今回の会議はこれで終わり……」


 元会長が締めにかかる。だが、俺がそれを手で制した。


「……善道君? まだ何かあるのか?」


 一度、目を閉じてから前を向く。全員の視線が俺に集まっている。これから言うことは、百%反発を受けることになることだろう。それでも、誰かが絶対にやらなくてはならないことだ。


「ここにいる人にお願いしたい。さっきも言った通り、当日は多くの人が来場する。その人たちがイリス様たち三人に魅了されることは、光に虫が集まる様に、何らおかしくない普通のことだ」


 そこで一度、口を紡ぎ、辺りを見回す。全員の視線は引き続き俺に向いている。


「だからこそ、問題が起きる可能性がある。興奮した人が三人のステージに押しかけるかもしれない。ライブ中に事故が起きるかもしれない。そうなった時、俺たちの女神の表情はどうなる?」


 その場面を想像したであろう人たちの顔が青ざめる。


「そうだ。悲しむかもしれない、自分たちを責めるかもしれない。少なくとも、笑顔ではないはずだ」


「この中に、学園祭の女神たちのステージが失敗に終わってもいいと、女神たちが笑顔じゃなくてもいいと思う人がいるなら、手を挙げてくれ」


 少しだけ、待つ。手は挙がらなかった。


「ありがとう。そこで、ここにいる同士たちにお願いしたい。当日の来場者数の人数に対して、生徒会を中心とした学園祭実行委員会だけでは、女神たちに魅了された観客たちを抑え込むことは難しい。いや、それどころか実行委員会も魅了されてしまい仕事にならない可能性だって大いにある」


 一度、間を開けて空気を吸い込む。


「だからこそ、俺たちの様な鍛え抜かれた戦士が守らなくてはならない! 学園祭を! 女神たちの笑顔を!!」


 手に、声に力が入る。


「今ここに、俺は宣言する。俺は学園祭の女神たちのステージを成功に導く運営組織を設立する! この運営組織に入れば、女神たちのステージを楽しむことは出来ない。……女神たちから感謝されるかどうかも分からない。これは、俺たちが女神たちのために勝手にすることだ。それでもいいと、彼女たちの為なら、一時間を投げ捨てられるという覚悟のあるものは、ここに残ってくれ」


 言った。言い切った。

 何人が残ってくれるだろうか? 黒田先輩と、三郎は残ってくれるだろう。だが、誰だって自分が大切だ。女神のライブを見たいという欲望には抗えない。


 俯いて、静かに待つ。

 足音が一つ、二つ……たくさんの人の足音が聞こえる。


 やはり、出て行ってしまう人もかなりいるか……。悲しくなるが、仕方がない。強制は出来ないんだから。


 暫くして、足音が鳴りやんだ。何人残ってくれたかは分からない。でも、笑顔で、残った戦士たちと戦い抜こうと思った。


「残ってくれた人たち、ありがとう。少ない人数かもしれ――な……!?」


 顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、俺のすぐそばまで押し寄せてきていた、たくさんの教徒たちの姿だった。


「善道。正直、驚いた。俺と同じことを考えてくれている奴がいるなんてな。ここに、アカリン教代表の夜空が宣言する。全アカリン教徒は善道の主導する運営組織に入る!!」


 夜空さんが高らかに宣言する。


「僕は、生徒会長としてどのみち運営しようと思っていた! 君に言われたからじゃない! ただ、カノッチ教徒も有志で運営の手伝いをしてもいいと言っていたからね! どうせなら、全カノッチ教徒も君の組織に入らせてもらうよ!」


 夜空さんに続いて、金剛寺さんが胸を張って宣言する。


「善道君。君が、あの裁判の日に語った思いは私たちの胸に確かに届いていたんですよ。愛する女神たちのために私たちは最後まで戦い抜きます。全イリス教徒も、善道君の組織に加入することをイリス教徒代表、黒田が宣言します!」


 そして、黒田先輩が最後に宣言した。


「バカばっかりじゃねえか……」


 目頭が熱くなる。

 

 自分の愛する人のために、裏方を率先する奴がこんなにいるなんて……。本当に、バカばっかりだ。

 だが……。


「最高だ」


 三本の指を突き出し、手で三を示す。その手で、自分の左胸を強く叩く。


「女神を愛しているか?」


「「「YES! Sir!!」」」


「女神の幸せのために尽力する覚悟はあるか?」


「「「YES! Sir!!」」」


 俺の問いかけに全員が応える。彼らの手は、俺と同様に三を示し、左胸に添えられていた。


「俺たちは、『青い鳥ブルーバード』。女神に幸せを運ぶ者たちだ。行くぞ。欲しいものは二つ。学園祭の成功。そして、俺たちの女神の笑顔だ」


「「「うおおおおおお!!!」」」


 地鳴りのような歓声が鳴り響く。


 こいつらとなら、どんな壁も乗り越えていける。

 俺たちの戦いが始まった。

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