第22話 美少女と行く! ウキウキ日曜日!③
三人がいなくなったフロアで、俺は後片付けをしていた。後片付けと言っても、三人に渡していたタオルやドリンクの容器を回収するくらいだ。
イリス様たちは、現在着替え中だ。
ちょっと、のどが渇いたな……。
イリス様たちのドリンクはばっちり準備してきていたが、自分の分は準備していない。即ち、何か飲むのであれば、それはイリス様、星川、愛乃さんのうち、誰かの飲みかけのドリンクに手をつけるということになる。
誰か一人を選べと言うなら迷うことはない。イリス様のドリンクだ。だが、俺はイリス様に恋愛感情はないとメッセージを送っている。ここで、イリス様のドリンクを飲めば、それが嘘ではないかという疑惑を持たれるだろう。
故に、ここは一番許してくれそうな星川にするべきだろう。
星川のドリンクに、手を伸ばす。だが、視線はイリス様のドリンクに向いたままだった。
またしても、俺の道を本能が阻もうとしていた。
理性:くっ! 抑えろ! そもそも、ただの飲み物だぞ? 誰のものを飲んでも変わらないだろ!
本能:なら、イリス様のものを飲んでもいいだろう。それに、誰も見ていない。万が一、見つかったとしても適当に選んだと言えば、いくらでも言い訳はできる。
理性:確かに。
本能を抑えてばかりというのも良くないだろう。
星川のドリンクへ伸びた手を引っ込め、イリス様のドリンクを掴む。
念のため、誰も見ていないことを確認してから、残り僅かなイリス様のドリンクに口を付けた。
「……普通の薄めのスポーツドリンクだ」
味は、そうだった。だが、胸の高鳴りは違う。
いけないことをしてしまった時のような背徳感、そして、好きな人と同じ飲み物を共有したという喜びで、俺の心臓は大きく音を立てていた。
「何やってるの?」
背後から聞こえた、その声に心臓が一瞬止まる。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには愛乃さんがいた。
「ねえ。何してるの?」
愛乃さんが指を差す。その先にあるのは、俺の手にあるイリス様のドリンク。
「いや、皆のドリンクを集めてたんだ。ほら、一応この容器は俺のだし」
「ふーん。でも、さっき飲んでたよね?」
「の、のどが渇いたんだ。だから、適当に選んで飲ませてもらったんだ」
普段の柔らかな雰囲気からは考えられないほど、鋭い視線を俺に浴びせる愛乃さん。
緊張のせいか、またのどが渇いてきた。
「本当に? 誰か一人を狙ったんじゃない? 例えば、善道君が気になってる人とかさ」
「ば、バカなこと言うなよ。白銀さんのドリンクを俺がピンポイントで選ぶなんて、そんな難しいこと出来るわけないだろ」
「誰も、イリスちゃんを狙っているなんて、言ってないよ?」
しまった!!
自らボロを出すなんて、なんて愚かなことをしてしまったんだ。くっ! どうする? ここから躱せるか?
「下手な言い訳はしなくていいよ。全部、見てたから」
愛乃さんの目から光が消える。
ば、バカな……。全て見ていたというのか? 俺が、ドリンクを選ぼうとしていた時から、全て!
「ううん。もっと前。善道君が、イリスちゃんの胸をいやらしい目で見つめていた時から」
「な……!」
いや、待て。そう言えば、ストレッチのペアを決める時、俺とイリス様のペアを作るきっかけを生み出したのは誰だった?
そうだ。愛乃さんだ。
つまり、俺は愛乃さんに試されていたのだ。全て、見られていた。見定められていた。俺が、信用に足る人物かどうか。
「試していたのか……?」
「善道君って、分かりやすいね。君の考えてることが手に取るように分かる。そうだよ。私は君を試してた。本当に、イリスちゃんに恋愛感情を持っていないのか? 結果は、まあ、自分が一番分かってるよね」
ゆっくりとこちらに近づいてくる愛乃さん。
「何が狙いだ? 白銀さんに、このことを伝えるつもりか?」
「そんなことしないよ。善道君の思いは、人として普通のことだし、誰かを愛することは素敵なことだもん」
愛乃さんは、笑顔で話す。
「聞いたよ。イリス教だっけ? イリスちゃんの幸せのために尽力する。素敵な組織だね」
イリス教まで知っている。この人は、何者なんだ?
「私が言いたいことは一つだけ。今の君に、イリスちゃんは任せられない」
その瞬間、愛乃さんの身体から桃色のオーラが溢れだす。
ば、バカな……。このオーラ。これは……『
強大な愛を持つ者が、その愛を至高の領域まで高めることで纏えるようになるという、伝説の愛情!!
「……言い返してこないってことは、その程度の愛ってことなんだ」
圧倒される俺の姿を見て、愛乃さんが失望したかのような目を向けてくる。
何だと……? その程度? ふざけるな。俺のイリス様への愛は、愛乃さんに負けない。見せてやるよ。俺の、全力の愛を!!
イメージするのは、最強の自分。イリス様に関しては、天下無双、最強無敵。
『よいか。悪道。愛とは決して、目に見えぬもの。だが、確かに存在する。疑うな。己の愛を』
『悪道君。それじゃ、ダメ。相手からの愛を欲しがる気持ちは分かるわ。でも、愛の原点はそんな打算的なものじゃない。相手が愛おしくて、相手に何かしてあげたい。見返りを求めないことこそが、愛の原初』
『Hey! 悪道! 示すんだヨ! お前の愛を! 伝わらなきゃ、意味がネエ! 愛を具現化して、伝えロ!!』
かつての
イリス様への愛を、誰にも負けない思いを……解放する!!
***
それは、どこかの猫カフェ、あるいは、喫茶店の店員。あるいは、学生、教師、主婦。
国を飛び越え、世界中に存在する限られた一握りの人々は、確かに気付いた。
「そう。成ったのね。なら、次は私も正真正銘、本気で相手できそうね」
「うぐぐ……! あの時の、少年ですか。あの時は、敗北しましたが、次は、絶対に負けません……!」
***
「嘘……。この愛の量、私に負けてない……? いや、寧ろ……」
愛乃さんは俺の姿に動揺していた。
身体中に力が漲る。だが、特別身体が軽くなったとか、特殊な能力が宿ったかと言われると、そうではない。
これは、俺の肉体への強化を与えるものではない。
だが、イリス様のためなら何でも出来るような気がする。覚悟が宿った。何が起ころうと、どんな状況になろうと、イリス様のために戦う覚悟が。
「これが、俺の『
俺の身体からあふれ出るオーラを目の当たりにした愛乃さんは、初めこそ動揺していたものの、直ぐに余裕の表情を浮かべる
「ふふふ……。驚いたよ。でも、これは最低ライン。まだ私は君を認めていない。私を、そして、イリスちゃんを認めさせる人物足りうるか、これから楽しみにしてるよ」
「必ず、認めさせてみせる」
愛乃さんは、心底楽しそうに微笑むと、『
愛乃さんは友人として、イリス様に悪い虫が付かないか心配なんだろう。その気持ちはよく分かる。
だからこそ、俺は愛乃さんにも認めてもらえるよう戦い続けなければならない。己の本能と。
「ごめん! お待たせ―!」
俺と愛乃さんの話が終わって、少ししてから星川とイリス様がフロアに戻ってきた。
「ううん。善道君と話して時間潰してたから、大丈夫だよ」
「そっか! じゃあ、帰ろっか!」
星川に続いて、皆でフロアを後にする。
外に出た時の時刻は十七時。日曜日ということもあり、家に帰る人たちで街中はごった返していた。
そのため、いつも通り三人を順番に家に送っていくことにした。
結果、最後には星川と二人きりになる。
「あっくん。今日はありがとね!」
「おう」
「いやー、それにしてもイリちゃんもかのっちも、ダンスも歌も上手だよね~。私も幼いころからそれなりに練習してきたけどさ、もう一瞬で追いつかれちゃいそうだよ!」
星川の言う通り、イリス様も愛乃さんも未経験者とは思えないほど、ダンスも歌も上手かった。
「まあ、でも、まだ星川が一番上手かったと思うぞ」
「ははは。ありがとう。でも、私が三人の中で、一番魅せれてなかった」
ダンスも歌も星川が一番上手かった。この言葉に嘘はない。
だが、上手ければ必ずしも人の目を引くわけじゃない。
特に、今日三人が練習していた曲は、よくある恋愛ソングだったのだが、イリス様の表現力は群を抜いていた。
それを見て、イリス様が恋をしているという事実を改めて突きつけられてしまい、ショックを受けることになったしまったくらいだ。
だが、星川は歌も踊りも上手かったが、イリス様ほど感情は揺さぶられなかった。
いや、そう見える一番の原因は俺がイリス様を好き過ぎるせいなのだが、それを差し引いても、星川の歌や踊りには気持ちが入りきっていない気がした。
「昔から、恋愛ってよく分かんないんだー。恋愛とか関係ない明るい曲を歌ったり、踊ったりするのは得意で、よく褒められるんだけどね」
「じゃあ、そっちの曲に変えればいいんじゃないか?」
星川に提案する。
恋愛ソングを辞めることで、恋しているイリス様の姿を見せつけられずに済む。その上、星川は得意な曲で歌って踊れる。正に、一石二鳥だ。
だが、星川は首を横に振った。
「ダメだよ。だって、アイドルは恋愛ソングもたくさん歌うんだから」
それを言われると、俺には何も出来ない。尊重すべきは星川の思いだ。
「あ! そうだ! あっくん、デートしようよ! デートすれば、私でも恋とか少しは分かるかもしれないしさ! どうかな?」
「いやだ」
「ええええ!! な、何でよ~」
星川が俺に問い詰めてくる。
「俺、好きな人いるっていっただろ。そう言う状況で、仮とはいえデートに行くのは、俺が嫌だし、星川に申し訳ない」
見られなければ問題ないのかもしれない。だが、これは俺の心の問題だ。今の俺は善道とは言え、イリス様への思いを裏切るようなことはしたくない。
「あっくんが嫌っていうのは分かるけど、私に申し訳ないってどういうこと?」
「いや、普通にデートで相手が自分以外の女の子のこと考えてたら嫌だろ。デートするんだったら、ちゃんと星川と向き合って、星川と楽しめるようにしないといけないだろ。でも、今の俺にはそれが出来ないからよ」
話し終わって、星川の方を向くと、星川は目を点にして、ポカンとした表情を浮かべていた。
「何か、あっくんって思ったより真面目っていうか、真っすぐだよね。まあ、私はあっくんのそういうところ好きだけどね」
クスリと小さく笑いながら、星川が呟く。
またこいつは……。直ぐにそうやって男を勘違いさせることを言う。
「はいはい。冗談はその程度にしとけ。ほら、早く帰ろうぜ」
星川の一歩前に進んで歩き出す。
「あ、もー待ってよ!」
直ぐに星川が俺の横まで駆け寄ってきて、二人で並んで歩く。
「ん? ねえねえ、あっくん」
「何だ?」
「今のこれはいいの? こうやって、夕陽が沈みゆく中二人で並んで歩くって、デートっぽくない?」
何言ってんだこいつ?
「これはデートじゃねえよ。星川をちゃんと家まで送るミッションみたいなもんだ。星川に万が一のことがあったら、悲しむ人が出るだろ」
「ふーん。そうなんだ」
「おう」
そこで会話は途切れた。
普段なら、星川がもっといろいろと話しかけてきたりするのだが、今日に限っては何故か何も話しかけてこずに何かを真剣に考え込んでいるように見えた。
考え事の邪魔をするのも申し訳ないと考えた俺は、星川と一緒に、黙って帰り道を歩くことにした。
***
「星川。この辺じゃないのか」
以前、星川を家の近くまで送った時と同じ場所に着いた。
「え? あ、本当だ。ありがとね、あっくん」
星川は顔を上げて、お礼を告げると、家がある方に向かって歩き出した。だが、数メートル離れたところで急に引き返してきた。
「ねえ、あっくん。私さ、明日からイリちゃんとかのっちと学園祭に向けて練習するつもりなんだ。だから、また帰り道送っていってくれないかな? 勿論、イリちゃんとかのっちも一緒に」
願ったり叶ったりだ。街中には危険がいっぱいだ。朝はまだしも、帰り道でイリス様が襲われないか心配だったからな。断らない理由がない。
「おう。任せてくれ。どんな奴が襲ってきても守り抜いて見せるぜ」
「頼りにしてるよ! じゃあ、また明日ね!」
それだけ言い残すと、星川は手を振って家があるであろう方向に走っていった。
さて、それじゃ俺も早く帰るとしよう。帰って、早く今日撮った録画の編集と、明日も学園祭に向けて練習するというイリス様たちのためにドリンクとタオルの準備をせねば!!
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