第26話 魔女裁判
目を覚ました俺の頭上からスポットライトが当たる。
「ん……。なにがあったんだ……?」
周りを見渡せば、いつかの時のように横と前に、見覚えのある人が数人。
俺から少し離れた背後にも大勢の人がいる。
あの時と違うのは、今回は最初から恐ろしく静かであるということだった。
カンッ!!
あの時のように、WOTEの元会長である甲斐さんが振るう木槌の音が鳴り響く。
「ただいまより、異端審問会を行う」
歓声は上がらない。全員が静かにことの成り行きを見守っていた。
「アカリン教副代表七夕より、此度の事件に関する説明を頼む」
「はい」
俺の右横に座っていた七夕先生が立ち上がる。
「事件が起きたのはつい先日のことです。私が河川敷を歩いて帰っていると、女神アカリンの背中が見えました。アカリンに帰り道で出会えたことに興奮して、話しかけようかな? でも、迷惑じゃないかな? と私は考えていました」
「ですが、その考えは一瞬で消え去りました。なぜなら、アカリンが何者かにおんぶされていたからです」
背後の教徒たちがざわつきだす。
「その人物が、こちらです」
バン! と大きく、あらかじめ準備されていたスクリーンに一枚の写真が写る。その写真には、星川をおんぶする俺の姿が写っていた。
「まさか……!」
「いや、だが善道はイリス教徒では……?」
背後からも声が上がったが、俺はイリス教徒だ。それに、星川の件に関しては不可抗力である。
「先ほど、後ろで声が聞こえましたが善道君はイリス教徒です。即ち、これは女神イリスへの裏切り行為ではないかと私は考えます。女神イリスを裏切り、我々アカリン教徒の心を逆撫でする行為。断じて許されるものではなく、大変羨ましいため、彼に何らかの処罰を求めます!!」
七夕先生が、机を強く叩く。そして、俺をギロリと睨みつけた。
だが、俺にも反論がある。
「待て! これには理由がある!」
「ふむ。善道よ、その理由を申してみろ」
「はい。先ず、星川をおんぶした件だが、星川はその日非常に疲れていた! おんぶしなければ、星川は怪我をしていたかもしれない。そうなれば、イリス様も星川の怪我を悲しむことは間違いない。即ち、俺は星川のためではなく、イリス様のために星川をおんぶしたんだ! よって、これはイリス様への裏切りにはならない!!」
俺の発言の直後に、イリス教徒から拍手が起きる。どうやら、イリス教徒は俺の味方らしい。
「ふむ。それに対して、アカリン教徒から他に意見があるか?」
「アカリン教徒ではないけど! 僕からいいかい!?」
手を挙げたのは、カノッチ教代表の金剛寺さんだった。
甲斐さんが金剛寺さんの方を向いて頷く。それを合図に金剛寺さんが喋り出す。
「善道君に一つ聞きたい! 君は最近、早く帰ることが多かった! それは何故だ!?」
「イリス様たちを自宅まで護衛していた」
「なら、何故それを隠していた!? 君一人では守れる数にも限りがある! だが、君はそれを僕らに言わず一人で行動していた! 何故だ!?」
金剛寺さんが問い詰める。周りの教徒たちも俺の次の一言を待っていた。
「……星川に直々にお願いされた。イリス様と愛乃さんからも許可を貰えたから護衛した」
「「「本音を言え」」」
甲斐さん、金剛寺さん、アカリン教代表の夜空さんから同時に睨みつけられる。
ぐっ……。言うしか、ないか……。
「イリス様と二人で話す数少ないチャンスだったので、他の奴らに声をかけたくなかった……!!」
非難されるかと思ったが、意外と全員の反応は静かなものだった。
「分かりますよ。善道君。出来ることなら誰にも邪魔されたくないですよね」
黒田先輩がうんうんと頷きながらそう微笑む。
「アカリンに直々に頼まれたなら、お前がアカリンと仲が良いことも仕方ないしな」
同じく、腕を組み夜空さんも同意する。
「カノッチと一緒に帰るという行為は凄く羨ましい! だが、護衛のためなら仕方ないという部分もある!」
金剛寺さんも、微笑んでいた。
なんだ。今日は平和な会議じゃないか。
だが、その考えが間違いだということを、俺はすぐに思い知ることになる。
「「「だが、それはそれ。これはこれだ」」」
「なっ!?」
三人の顔から笑顔が消える。その目には、強い嫉妬の炎が宿っていた。
「カノッチを護衛したことは褒め称えよう! だが、カノッチと一緒に帰ったという事実は覆らない。その事実が僕らカノッチ教徒の嫉妬心を燃え上がらせたことも、また然り!!」
「アカリンのお願いなら仕方ない。おんぶの一件もイリス様のためであり、結果としてアカリンのためになっているなら目を瞑ってやりたかった。だが! やはりアカリンと仲睦まじく会話し、あまつさえおんぶまでしたという事実を笑って見ていられるほど、俺たちは大人ではない! 殺したいほど、羨ましい!!」
「善道君。私は君をイリス教徒として尊敬しています。ですが、それはそれ! これはこれ! イリス様と一緒に帰り、仲良く談笑! 教えてあげましょう! 嫉妬心は尊敬を軽々と超える!!」
ば、バカな……。
まさか、これは初めから結論は決まっていたのか? 俺が、何と言おうと、こいつらの嫉妬心が治まることはなかっただろう。つまり、俺の敗訴は確定していた……?
カンッ!!
木槌の音が鳴り響く。再び、静寂が広がる。
「罪人、善道悪津。我々の嫉妬心を著しく煽った罪で、罰を与える。安心しろ。お前の肉体にダメージを与えると女神たちも悲しむ可能性がある。だからこそ、お前を痛めつけつつ、肉体にダメージが行かない方法を考えた」
甲斐さんがそう言うと共に、二人の屈強な男たちが俺の前に現れる。
「お、おい! 何をするつもりだ!」
「やれ」
甲斐さんの無慈悲な宣告と共に、屈強な男たちがそれぞれ、俺の足裏を掴む。
ま、まさか…….股裂!? そ、そんな! 酷すぎる!
屈強な男たちはニヤリと、不気味な笑みを浮かべると、俺の足裏のツボを押した。
「ぐああああ!!」
俺の足を激痛が襲う。屈強な男たちが一押しするたびに、俺は痛みをこらえることが出来ず、悲鳴を上げた。
ば、バカな!? これは、マッサージ!?
「ぐぎぎぎ! いてえええ!!」
「くくく。どうですか? 最近、夜更かしして、家でも準備を頑張っていたみたいですので、ダメージを与えつつ、善道君の身体に良いことをする。完璧な拷問でしょう?」
黒田先輩がニヤニヤとした笑みを浮かべて俺を見つめる。よく見れば、周りの教徒たちも皆ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「くっ! お前ら……!!」
何て卑怯なことをしやがるんだ……! 俺の身体に良い影響を与えるマッサージが拷問のせいで、恨み口を叩くことも出来ない!
「次だ。やれ」
「「「はっ!!!」」」
甲斐さんの声に合わせて、何枚もの絵が俺の前に用意された。
「くっくっく! おい、善道。これを見ろ」
夜空さんが出したのは相合傘の絵が描かれた一枚の紙だった。その相合傘の二人の名前が描かれる場所の片側には白銀イリスの名前があった。
「な、何をするつもりだ!」
まさか、そこに適当な男の名前を書いて、これで俺とイリス様が結ばれることはないとでも言うつもりか!?
そ、そんなことされたら心が折れてしまう!
「こうするんだよぉ!!」
その言葉と共に夜空さんが名前を書き出す。そこに書かれた名前は、愛乃花音だった。
「「「ぐああああ!!」」」
俺を含めた何人かのイリス教徒とカノッチ教徒が悲鳴を上げ、手と膝を床についた。
「はっはっはっ! 女性と女性。百合の波動の前に屈するがいい!!」
ま、まさか夜空さんが女性同士の絡み好きだったとは……。予想外過ぎたぜ。だが、甘いな。
「はあ……はあ……。まだだ。日本では、同性愛の結婚はまだ認められていない。俺がイリス様と結ばれる可能性はある……!」
あと少しで心が折れるところだった。だが、この程度の責め苦では、俺は堕ちない!!
「なら! これはどうだ!?」
金剛寺さんがそう言うとともに、俺の耳にヘッドホンが付けられる。
『善道君』
ヘッドホンから聞こえて来る声は、イリス様の声によく似ている声だった。
「さあ! ショータイムだ!」
何をするつもりか知らないが、所詮は似ている声! その声で俺は負けたりなんて……。
『お父さんの洗濯物と私の一緒にしないでって言ったじゃん!!』
「ゲボラァアア!!」
ハンマーで腹をぶん殴られたかのような衝撃が俺を襲う。
こ、これは……。まさか!?
「気付いたか! 白銀さんに似ている声! お父さん呼び! これは、お前と白銀さんに娘が出来た場合の、娘の声を想像して作られた音声だ!」
や、やられた! イリス様と俺の娘の声を俺は聞いたことがない!
イリス様によく似ている声なら、これはイリス様の声じゃないと否定できる! だが、今ヘッドホンに流れている声が俺とイリス様の娘の声じゃないと、俺は否定できない!
否定できない以上、その言葉は全て本物と同じ威力を持つ!!
『お父さんウザイ。キモいし、私が誰と付き合おうがお父さんには関係ないじゃん』
「ゴハァ!!」
『私、この人と結婚するよ』
「ンヌベッ!」
浮かび上がる。愛する娘が男を連れて来るところが。
『ねえ。お父さん。私ね、本当はお父さんのこと大好き。私は、今日結婚するよ。今まで守ってくれてありがとう。今度は、私がお父さんとお母さんみたいに温かい家庭を作れるように頑張る。だから、笑顔で見送って欲しいな』
純白のウエディングドレスを着た娘が、笑顔で俺の前から消えていく。
その美しさに、俺は涙を流し……灰になった。
「これにて、善道悪津への罰を終了する! 明日の準備に向けて、各自動くように!」
「「「はい!!」」」
教徒たちがゾロゾロと部屋を出て行く。
「うう……。幸せになってくれ……。幸せに、幸せに……うわあああ!!」
誰もいなくなった部屋で一人、俺は消えていくイリス様との間に出来た娘の幻影に手を伸ばし、涙を流した。
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