第21話 美少女と行く! ウキウキ日曜日!②

 学校の教室一つ分の広さのフロア。

 その中で、イリス様たちは踊っていた。妖精の様に、軽やかに、天使の様に、柔らかく、女神の様に美しい。

 カメラを持つ手に力が入る。


 生きてて……良かった!!


 イリス様たちが最後の決めポーズを決め、フロアから音が止む。それと同時に、録画停止を押し、すぐ横に置いておいたカバンの中から薄めたスポーツドリンクと、人肌を一切傷つけないふわふわの高級タオルを取り出す。


「お疲れ!!」


「お、あっくん。気が利くね~。ありがと~」

「善道君、ありがとうね」

「感謝するわ」


「これくらい普通だから気にするな」


 タオルとスポーツドリンクを渡した後、直ぐに録画出来ているかを確認する。


 よし。イリス様がばっちり写っている。これを、家に帰ってから編集して、イリス様メインの動画を作るとしよう。


「あっくん! 録画してた、映像って今見れるのかな?」


「おう。ほい」


 星川にカメラを渡す。その間に俺は、フロアをモップで軽く拭くことにした。


 敢えて、自分から積極的に話に行かず、サポートに徹する。これにより、俺への信頼は積み重ねられていくという計画だ。

 現に、今も愛乃さんが俺に信用の目を――向けてない!?


 な、何故だ!? おかしなことは何一つしていない。それにも関わらず、何故そんなに胡散臭い人を見るような目を向けてくるんだ!?


「かのっちもこっち来て、動画見よ~!」


「うん。今行くよ」


 星川に呼ばれ、愛乃さんは星川とイリス様の下に向かっていった。


 気のせいか……? いや、でも確かに見ていた。だが、何故あんな目を向けられたのか、思い当たる節は……あるな。

 忘れてたけど、俺、今日はイリス様への盗撮疑惑があったんだった。大切な友達がまだそこまで仲良くない男に盗撮されかかっているとなったら、ああいう目を向けても仕方ない。


 いや、だからこそだ。今日一日で、俺は愛乃さん、イリス様、星川からある程度の信頼を得なくてはならない。そうしなければ、イリス様の思い人に関する情報を集めることも出来ないのだ。


 より一層、気合を入れ、俺はモップ掛けに取り組んだ。


***


 あの後、何度か三人はダンスの練習だったり、歌の練習をしていた。それを俺は眺めながら、三人に適宜、飲み物やタオル、お菓子などを渡した。

 特に、甘いもの好きのイリス様は満足気な表情を浮かべていた。


 駅地下で若干高めのお菓子を買っておいて良かったぜ。


「じゃあ、最後にストレッチだけして終わろっか! あっくんにも手伝ってもらって、二人一組でやろっか!」


 何だと!?

 いや、落ち着け。ここで、イリス様とやりたいです! なんて言えば、冷ややかな視線を愛乃さんに向けられることは間違いない。

 ここは、動かずに静観するしかない……。くそ! 貴重なイリス様とのスキンシップチャンスに何も出来ない自分が恨めしいぜ。


「じゃあ、かのっちとイリちゃんで組もっか。私があっくんとやるよ~!」


 万が一に期待もしたが、やはり、現状俺と一番仲が良い星川と組むことになりそうだ。


「ちょっと待って」


 だが、俺の下に来ようとする星川に愛乃さんが待ったをかける。


「明里ちゃん。私、明里ちゃんと話したいことがあって、出来たらストレッチの時に話したいから二人でストレッチしない?」


「おー! うん! 勿論いいよ! あ、でも、イリちゃんはあっくんとでもいいのかな?」


「ええ。大丈夫よ。折角だし、私も彼への誤解を解いておきたいしね」


 おお! 何か知らんが、奇跡的にイリス様とストレッチ出来ることになったぞ! 愛乃さんには今後、足を向けて眠れないな!


「それじゃ、善道君。よろしくお願いするわ」


「は、はい!」


 イリス様はそう言うと、床に座り、開脚した。ドキドキと高鳴る胸を押さえ、深呼吸をする。


「それじゃ、失礼します」


「え、ええ。そんなに緊張しなくていいと思うのだけど」


 緊張のせいで、イリス様の言葉が耳に入ってこない。だが、これは合法。合法なのだ。

 意を決して、俺はイリス様の背中に触れた。


「……んっ」


 イリス様の口から色っぽい声が漏れる。それと同時に、俺の心臓も飛び跳ねる。


 や、やべえ……。何か、いやらしいことしてる気分になってきた。

 いや、待て。落ち着くんだ。これは、罠だ。ここで理性を失えば、俺の人生は本当の意味で終わる。

 これはストレッチ、これはストレッチ。


 自分に言い聞かせて、ゆっくりとイリス様の背中を前へ前へと押していく。


「……ぅんっ!」


 手に力を込め、イリス様の背中を押す度に、イリス様の悩ましげな声が俺の耳と心臓を刺激する。


 本当にこれはストレッチなのだろうか? 今、俺とイリス様は触れ合っている。そして、俺はイリス様の身体をほぐし、イリス様が少しでも気持ちよくなれるように努力しているわけだ。

 一方で、イリス様はその声で俺の心を昂らせ、楽しませ――「次、いきましょう」


「は、はい!」


 イリス様の一声で正気を取り戻した。


 危ねえ。今、俺は何を考えていた? こんな弱い理性では信頼を勝ち取るなど不可能。もっと強く理性を保つんだ。

 鋼、いや、ダイヤモンドのメンタルを持て!!


 仰向けになったイリス様が片足を僅かに上げる。その片足を、膝を伸ばした状態で足裏が天井を向くように、持ち上げる。この時、意識するのは太ももの裏を伸ばすこと。それと、イリス様の美脚に触れさせていただけることに感謝することだ。


 イリス様の美脚に触れさせていただけるなんて、なんて有難い――じゃなくて! もっと、ストレッチに集中しろ!


 イリス様の美脚に気を取られてはいけないと考え、目線を足よりも前、イリス様の上半身に向ける。

 だが、それが罠であったと気付いた時には、既に俺は罠の中から出られなくなっていた。


 し、しまった……。


 俺の視線の先にあるのは、山とは言えないまでも、この目で確かに確認できるほどの膨らみを持った二つの丘だった。

 その二つの丘はただそこに存在しているだけだ。それ以外は、何もしていない。だが、目が離せない。

 万有引力によって、全ての物質が地に落ちるが如く、その二つの丘に俺の視線は引き寄せられる。

 幸いなことに、イリス様は真上を向いていて、俺の視線に気づいていない。だが、いつこっちに目を向けるか分からない以上、そこから視線は逸らすべきだ。


 動け! 動けよ……! 何で、動かないんだよ!!


 頭で分かっていても、身体が付いてくるとは限らない。俺の本能が見たいと言う、俺の身体が見せろと叫ぶ。

 そして、恐れていた時は確実に近づいてきていた。


「……うん」


 何かを喋ろうとするイリス様が首を僅かに動かす。その視線が俺の状況を捉えるまで、一秒も無い。


 動けええええええ!!


 全身全霊、俺の全ての力を首に集結させる。そして、イリス様の視線が俺を捉えた。


「次は反対の足を――何故、上を向いているの?」


「つ、常に、頂上てっぺんを目指しているので……」


「そ、そう……。とりあえず、反対の足もお願いしていいかしら?」


「はい! 任せてください!!」


 手に持っていた、足を降ろし、反対の足をさっきと同じように持ち上げる。


 あ、危なかった。ギリギリ間に合ったから良かったものの、あともう少しでイリス様の俺への信用が地の底に落ちるところだった。


 信用を失わないために、その後のストレッチはイリス様の顔を見てすることにした。やはり、会話するときは相手の目を見て話すと良いと言うのだから、ストレッチする時も相手の目を見た方が良いに違いない。


「……あまりジロジロと見ないで欲しいんだけど」


 そんなことを考えていたが、イリス様の一言から、それが間違いであったことを俺は悟った。


「あ、すいません! 白銀さんが綺麗だったのでつい見惚れてました!」


 謝罪して、直ぐに顔を逸らす。


「……ありがとう。でも、そういう言葉は本当に好きな人だけにしてあげて」


 予想外だった。

 言葉自体も、どこか寂しさを感じさせる声色も、予想外で、衝撃的だった。


 きっと、今、イリス様は誰か、俺が知らない人を頭に浮かべている。俺の言葉が、イリス様にその人を思い出させてしまったのだろう。

 そして、その人はイリス様が好きな人だ。何となく、そんな気がした。


「ストレッチ手伝ってくれてありがとう。それと、私は善道君のこと、悪い人だと思っていないから安心して。でも、軽々しく女性にさっきみたいなことは言わない方がいいわよ」


 そう言い残して、イリス様は星川と愛乃さんの下へ歩いて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る