第20話 美少女と行く! ウキウキ日曜日!①

 思い出は儚い。

 どれだけ素晴らしく、忘れたくないものであっても、自分の頭の中にあるだけではいつか色褪せ、消えてしまう。

 だからこそ、人々は文字を生み出した。絵を生み出した。

 だが、文字で女神の美しさをどれだけ伝えることが出来るだろうか? 絵で、女神の神々しいオーラを如何ほどに表現出来るというのか?


 足りない。こんなものじゃ満足できねえ。


 故に、我々は写真を生み出し、動画を生み出した。

 これにより、女神の一挙手一投足を、透き通るような美しき声を記録に残すことが出来るようになった。

 生み出したものは使わねば意味がない。


「お買い上げ、ありがとうございましたー!」


「ふふふ……。勝っちまったぜ」


 俺の手の中にあるのは、一台の一眼レフカメラ。動画をネットに上げて活動する多くのYo!tuberの間で、大人気の高級カメラだ。

 二十万が消え去ったが、後悔は一切ない。イリス様の動画一つには、お金には換えられないほどの価値がある。


 昨日、イリス様へのプロポーズが盛大に失敗した俺は落ち込んでいた。それはもう落ち込んでいた。

 そこに、星川からイリス様には好きな人がいるという話をされ、KO寸前だった。イリス様に思い人がいることは分かっていたことだが、落ち込んでいた時にそれを言われたため、ダメージは重い。


 だからこそ、俺はイリス様の姿を映像に残すことにした。起きて欲しくない未来ではあるが、これまでのミスから俺がイリス様と結ばれない未来だって考えられる。

 そうなった時、イリス様の映像が手元に残っていれば俺は強く生きていける。そのために、保険としてカメラを購入したのだ。


 現在の時刻は昼の十一時。今、俺がいるのが駅前の家電量販店だから、集合場所も近い。

 だが、集合時刻は十三時と、もう少しだけ時間がある。折角なので、俺は近場のファストフード店で昼食を食べつつ、高級カメラの取り扱い説明書を熟読しておくことにした。


 万が一にも、動画を撮れなかったなどということが起きてはならない。石橋を核爆弾で木っ端みじんにして、核爆弾の爆発にも耐えうる石橋を研究し、自ら橋を架けてから渡るくらいの慎重さが求められる。


 そして、時計の二本の針が数字の十二を指したところで、俺は駅前の集合場所に移動し始めた。


 やっぱり、俺がイリス様たちを待たせるわけにはいかないからな!


***


 買ったばかりのカメラのレンズを丁寧に拭き、何時でも綺麗な映像が撮れるように準備すること、五十分。

 その時は、来た。


 眩い光が俺の目を突き差す。思わず目を閉じてしまいそうになるが、今日は違う。レンズ越しであれば、直視するより幾分かイリス様の神々しいオーラは弱まる。


 このまま、イリス様たちを連写と行きたいところだが、許可なしでそれをすれば犯罪だ。ここは我慢。レンズ越しにイリス様たちの姿を目に焼き付けるとしよう。


 今日のイリス様の姿はかなりラフだ。下から、動きやすそうなスニーカー。そして、イリス様の脚線美を露わにするタイツに、青色のショートパンツ、青のTシャツの上にはパーカーを羽織っていた。


 今日も可愛い!! 

 カシャ。

 ん? もしかして、変なボタン押しちゃったかな? まあ、いいか。それより、今はイリス様だ!

 ラフな格好でさえ、似合いすぎている。きっとイリス様が何かスポーツをすれば、美しすぎるスポーツ選手と呼ばれ、有名になっていたに違いない。


 トントン。


 不意に誰かから肩を叩かれる。


「こんにちは」


「あ、こんにちは」


 俺の肩を叩いたのは、警官のようだった。ニコニコとした笑みを浮かべ、挨拶してくる警官に挨拶を返す。


「こんなところで、カメラを持って何してるのかな?」


「いや、待ち合わせですけど」


 この警官の顔を俺は知っている。そう。この目は、不審者に対して向ける目だ。


「さっき、カメラを女の子に向けてる怪しい人物がいるって連絡があってね、知らないかな?」


「し、知りませんよ」


 口は笑顔だが、警官の目は雄弁に語っていた。

 『お前だろ』と。


 だが、見ていただけだ。俺は、盗撮はしていないし、不審者なんかじゃない。


「そのカメラ、見せてもらってもいいかな?」


「いいですよ」


 警官にカメラを渡して、俺は勝利を確信した。俺は、このカメラで最初に撮る人をイリス様と決めている、勿論、許可を得てから写真を撮らせていただくつもりだが。

 とにかく、そういう訳で俺のカメラのデータの中にはまだ、何の写真も映像も存在していないのだ。紛らわしい行動をするな、みたいな多少の注意は受けるかもしれないが、問い詰められることはないだろう。


「これは何だ?」


 だが、警官の声は俺の予想と違い、怒気を帯びた、俺を威圧するようなものだった。


「そ、それは……」


 警官が見せてきたのは、一枚の写真。俺が撮っていないはずの、その一枚にはイリス様の胸元から上が写されていた。


 その時、蘇る記憶。


~~*~~


 今日も可愛い!!

 カシャ。


~~*~~


 あれかああああ!!


「一先ず、話を聞かせてもらおう」


 警官に腕を掴まれる。


「ご、誤解です! これは、わざとじゃなくてですね!」


「目撃者が多数いるんだ。詳しくは署で聞く」


 やばい。このままじゃ捕まってしまう! 誰か、誰か助けてくれ!!


「あっくん!? 何で警察に捕まってるの!?」


 振り向いた先には星川がいた。


「星川! た、助けてくれ!」


「おい! 大人しくしろ!」


「ちょっと、ちょっと! ど、どうしたんですか? あっくんは私の友達です。事情を教えてもらえませんか?」


 星川が警官に詰め寄る。すると、星川の後ろからイリス様と愛乃さんもやって来た。流石に、三人も女子高生に詰め寄られると、警官もたじたじになってしまっていた。


「失礼ですが、あなた方三人とも彼の友達なのですか?」


 警官の言葉に、三人ともが頷く。


「そうですか……」


 少し迷った表情を見せた後に、警官は俺のカメラが捉えたイリス様の写真を三人に見せた。


「彼がカメラを構え、あなた方の方を見ていたので、心配した方々から盗撮の疑いが出たんだ。だが、あなた方が知り合いで、写真を撮りあう仲なのであれば、杞憂に終わる。で、どうなんだ?」


 た、頼む……! イリス様、俺を助けてくれ!!


「「これはちょっと……」」


 星川と愛乃さんが蔑んだような目で俺を見つめてくる。そして、イリス様は若干引いていた。


 終わった……。


「連れて行ってください」


 警官に両手を差し出して、俺はそう呟いた。


 イリス様に引かれ、星川と愛乃さんにあんな目で見られてしまった。最早、言い逃れは不可能。

 きっと、明日から俺のあだ名は変態盗撮カメラ男だ……。


「……若いうちは過ちを犯すこともある。反省する思いがあるならやり直せるはずだ。さあ、行こう」


 警官の方が上着を脱いで、俺の頭に被せる。俯く俺に掛けられた、警官の言葉はどこか温かった。


「はい……」


 溢れ出そうになる涙を必死にこらえ、俺は署に向かって歩き出した。


 さよなら。俺の楽しいイリス様との学園生活。


「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 とぼとぼ歩く俺と警官に星川が待ったをかける。


「その、大丈夫です! 私たちは気にしてないので、だから彼を許してもらえませんか?」

「ええ。その、私が撮られていたことには驚いたけれど、彼は悪い人じゃありませんし、許してもらえませんか?」

「他でもない被害者のイリスちゃん本人がこう言ってるんです。何とかなりませんか?」


 俺のために、警官に嘆願を申し出てくれる三人。その光景に思わず涙が溢れ出る。


 こんな俺なんかのために……。


「……分かった」


 警官はそう呟くと、俺の頭に被せていた上着を取り、俺を解放した。


「勘違いするなよ。俺はお前を許したわけじゃない。だだ、俺の正義が、あの子たちを悲しませることを許さなかっただけだ」


 そう言い残して、警官は去っていった。

 その後ろ姿に俺は敬礼する。


 かっこいい……。俺も、今度あの言葉使おう。


 その後、三人に謝罪と感謝を伝え、漸く俺たちは目的地へと移動し始めた。

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