第19話 ほんの少し気になる人
***<side 星川明里>***
「イリスちゃん。その、あれは仕方ないよ」
「うん。あれは、誰だってああなるよ! だから、切り替えて前向こう!」
オレンジ色に染まる街の中で、肩を落とすイリちゃんをかのっちと一緒に慰める。
「でも、折角彼からまた近づいてきてくれたのに、あんな反応してしまったら、今度こそ嫌われたかも……」
今日、街で活動しているイヴィルダークの戦闘員たちを倒しているところに、イリちゃんの思い人? と思われるアークという男が姿を現した。
イリちゃんの願いを叶えるためにも、私たちはアークと戦って、アークをイヴィルダークから辞めさせるつもりだった。
でも、アークの放った一言でイリちゃんが動揺してしまい、アークには逃げられてしまった。
「いやいや! それはないって! それに、あの人もイリちゃんのこと好きじゃなくなることはあり得ないって言ってたじゃん! きっと大丈夫だよ!」
珍しく後ろ向きなイリちゃんに声を掛ける。
目を潤ませる姿は同性の私から見ても、とても可愛く、庇護欲を掻き立てられるものだった。
「そ、そうかしら……?」
不安げに、でも、どこか嬉しそうに上目遣いで見つめてくるイリちゃん。
うっ……。私より可愛いかも……。
「うっ……! イリスちゃん、可愛い……」
私の隣にいたかのっちは、鼻を抑えて空を見上げていた。誰にもばれていないが、かのっちはかなりイリちゃんのことが好きだったりする。
かのっちにティッシュを渡して、イリちゃんに笑顔を向ける。
「そうそう! 次だよ、次! ちゃんとイリちゃんの思いも伝えようよ!」
「そ、そうよね。次こそ、絶対に……!」
両手に握り拳を作り、決意を秘めた表情を見せるイリちゃん。微笑ましい光景に、私の頬も緩む。
初恋の娘を応援する母親の気持ちってこんな感じなのかなぁ。
「可愛い……。うぅ……。こんな可愛いイリスちゃんが誰かの女になるなんて……」
本気で泣いているかのっちに少しだけ引く。イリちゃんにはバレないようにしているけど、かのっちも大概イリちゃん大好き人間だから仕方ないか。
「あ! そうだ! ねね! 明日って、二人とも空いてる?」
「私は空いてるわ」
「私も空いてるよ」
良かった。どうやら二人とも予定は無かったみたいだ。
「じゃあさ! 学園祭のステージに向けて練習しない? 私がいつも通ってるダンス教室が使ってるダンスルームがあるんだけど、そこの先生が明日貸してくれるって言うからさ、良かったら行こうよ!」
「うん。いいよ!」
「そうね。折角使わせてもらえるなら、行かせてもらいましょう」
二人とも快く了承してくれて良かった。
あ。それと、彼を読んでもいいか二人に聞いておかないと。
「それと、あっくんも呼んでいいかな?」
「いいよー」
「あー。……彼ね」
かのっちは直ぐに返事をくれた。だが、イリちゃんの方の歯切れが悪い。
「イリちゃん? もしかして、嫌かな?」
「いや、嫌ではないわよ。ただ、彼から送られてきた自己紹介文が少し変だったから、ちょっと不安になっただけ」
「それ、どんなメッセージ? 少し見せて」
かのっちがイリちゃんに詰め寄る。
「え、ええ。こんな感じなんだけど」
イリちゃんのスマホを受け取ったかのっちが画面を見て、顔をしかめる。
そんな反応を見れば、私も気になってくる。
「イリちゃん、私も見ていいかな?」
「ええ。構わないわ」
かのっちからイリちゃんのスマホを受け取り、画面を見る。
『善道悪津です! 名前に悪ってついてるけど、悪い奴じゃありません。本当です。信じてください。白銀さんは名前の通り、銀髪が綺麗ですね。あ、俺は別に白銀さんのことを恋愛対象としては見ていないので、安心してください! とにかく、これからよろしくお願いします!!』
うーん。これは……。
「ありがとう。返すね」
イリちゃんにスマホを返す。
「これは、無いね」
「あり得ないよ」
かのっちと言葉が重なる。
はあ……。あっくんは何やってるんだか……。
念押ししているところが逆に必死過ぎて怖いし、恐らく手を出す気はないということをアピールしたいんだろうけど、本人に対して恋愛対象で見ていないというのは余りにも失礼だ。
「本当にあり得ない。善道君は確実にイリスちゃんに好意を抱いているよ。それも、かなり大きな愛。私は騙されない」
光の無い目でブツブツと呟くかのっち。イリちゃんのことが好きなのは分かるけど、少し怖い。
「二人もこんな感じのメッセージが来てた?」
「私はもっとシンプルだった」
「うーん。私も来てないなぁ。私はどっちかって言うと自分から送ったし」
私たちの言葉を聞いて、イリちゃんが「そう」と呟く。
あーあー。あっくん、これ、完全にイリちゃんのこと意識してるねぇ。
もしかして、あっくんの好きな人ってイリちゃんだったのかな? でも、イリちゃんはアークって人を少なからず思ってるだろうし……。
うわー! あっくん、厳しい恋しちゃったね。
「うーん。イリちゃんが気まずいなら、あっくんを呼ぶのはやめとこうか?」
あっくんには申し訳ないけど、私はイリちゃんの味方だ。イリちゃんもあっくんがイリちゃんを思ってることは分かっただろうし、もしかすると、あっくんとはあまり話したくないかもしれない。
「いえ、呼んでも大丈夫よ。寧ろ、彼は、私が彼を悪人だと思ってると誤解しているみたいだし、その誤解は解いておきたいわ」
イリちゃんは淡々とそう言った。
あ……。そっか。イリちゃんはあんまりこういう経験がないから、あっくんが悪人じゃないアピールしてたのをそのまま受け取っちゃったんだ。
うーん。どうしよう。本当のことをイリちゃんに伝えるべきだろうか?
「まあ、イリちゃんがいいならいっか。じゃあ、あっくんにも連絡しとくね!」
迷ったが、あっくんを呼ぶことにした。やっぱり、あっくんの手伝いがあった方が楽だし、折角グループに私から誘ったのに、来れないならまだしも最初から呼ばないのは仲間外れみたいで申し訳ない。
「……ふふふ。私が化けの皮を剝がしてみせるよ。善道君」
かのっちから不穏な空気が流れているが、大丈夫だろう。……多分。
その後、集合時間と場所を決めて、二人とは別れた。
***
夜の十時ごろ。
自室のベッドの上で、私はあっくんと通話していた。
「じゃあ、あっくんも明日は来れるんだね?」
『ああ』
「なら良かった! じゃあ、明日の昼に駅前集合ね!」
『任せろ』
「そういえばさ、あっくんってイリちゃんのこと好きだったんだね」
『……は、はあ!?』
スマホから響く大きな声に、思わずスマホを耳から引き離す。
「声でかいよ。でも、その反応やっぱりそうなんだ~」
『い、いや、別に好きなんかじゃないから』
「え~。でも、イリちゃんへのメッセージだけはやけに気合が入ってたみたいじゃん。送信時間も、何故か今日の朝だったみたいだし、もしかしてイリちゃんに送るメッセージ考えて徹夜してたんじゃないの~」
あっくんを揶揄うつもりで私はそう言った。だが、あっくんの反応は私が想定したものとは違った。
『…………そんなわけないだろ』
「え? もしかして、本当に徹夜してたの? ……やばくない?」
『あー……何か、回線悪くなってきたから切るわ』
「わー!! ちょっと待ってちょっと待ってよ! 冗談だって! それだけイリちゃんのことが好きなんだよね? いいことじゃん! 私はそういうの素敵だと思うな!」
『言っておくが、俺は別に白銀さんのことを好きではない。ただ、白銀さんの高貴な雰囲気から失礼な文章は送れないと考えて、丁寧な文章を送ったんだ』
早口であっくんがまくしたてるが、照れ隠しにしか聞こえない。
「あーそうなんだね。でも、イリちゃん狙うのは正直かなりきついと思うよ~。イリちゃん、好きな人いるっぽいし」
『な、何だと!? 誰だそいつは!』
またもや、スマホから大声が聞える。スマホの音量を下げて、通話を続ける。
「誰かは言えないけど……。イリちゃん、今はその人のことしか見えてないっぽいから、狙うなら相当頑張らなきゃだよ。でも、出来たら無理なアプローチはやめてあげて欲しいな。イリちゃんも男の人には慣れてないと思うし」
『アプローチをかけるつもりはないから大丈夫だ。だが、白銀さんに好きな人がいるという話は聞き逃せない。少しでもいいから、その人物の情報をくれないか?』
「ダーメ。イリちゃんとかかのっちに無理矢理聞くのもダメだからね。結構、デリケートな話だから、絶対にしないでよ。それじゃ、明日のお昼にね~」
『あ! おい! 星川――』
通話終了のボタンを押す。
あの調子だと、あっくんは相当イリちゃんのことが好きみたいだったな。ああいう真っすぐなところは好きだし、応援してあげたいんだけどね。
それに、私たちを助けてくれたヒーローだし。
まあ、バカだけど。
あっくんには申し訳ないけど、今はイリちゃんとアークって人の方を応援しちゃうかな。
ベッドに横になり、近くにあった星形のぬいぐるみを抱きしめる。
「それにしても、あっくんは相変わらず自然体だったなぁ」
バカで、真っすぐで面白い男の子。そして、きっと誰よりも愛に溢れてる人。
あっくんといるのは、何故か分からないけど、割と居心地がいい。だから、初めて男の人に自分から連絡先を交換しようと思った。
イリちゃんとかのっちには申し訳ないけど、私があっくんと連絡先を交換する理由に二人を使ってしまった。勿論、手伝いをして欲しいというのも嘘じゃないけど、それでも本音を言えば、もっとあっくんと仲良くなってみたいというのが一番にある。
「イリちゃんばっかり。通話してたのは私だって言うのにさ」
アプローチされた数は星の数ほどある。でも、誰かに恋したことは今までに一度もない。
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