第7話 好きな人が光堕ちしたので、俺も光堕ちしたい

「どういうことだよ兄貴!!」


 俺が所属している悪の組織の本部。そこで俺は兄貴に詰め寄っていた。


「どうしたもこうしたもない。イリス様が我々を裏切り、ラブリーエンジェルの一員になったというだけだ」


「それは俺も分かってる! 俺が聞きたいのは、何で俺の脱退届が受理されないのかってことだよ!」


 イリス様が俺たちが所属している組織を裏切ったという報告を聞いた五分後、俺は直ぐに脱退届を書いて兄貴に提出した。イリス様無き組織に俺が所属する意味などない。


「一つ問おう。お前はこの組織を脱退した後どうするつもりだ?」


「そんなの、イリス様の下に向かってイチャイチャするに決まってんじゃねえか!」


「今までも無理だったのにか?」


 兄貴の言葉に俺は何も言い返せなかった。そんな俺に兄貴はニヤリと笑った。


「そこでお前に提案がある」


「提案だと?」


「そうだ。お前の脱退は認められないが、お前を特別な任務に付けることは出来る。その任務は、とある高校でイリス様を監視するという任務だ」


 それは悪魔の誘惑であった。


「お、俺にイリス様のストーカーになれというのか!?」


「いや、違う。そういう訳じゃない」


「待てよ……。そもそもイリス様が脱退してから、イリス様が通うであろう高校を特定しているのがおかしい。まさか!! 兄貴たちはイリス様を既にストーキングしていたのか!?」


 何て恐ろしい組織だ。この組織は危険すぎる! イリス様の為にもここで俺が滅ぼしておくべきだ!!


「待て待て待て! 違う! たまたまだ! たまたま知ったんだ!」


「ストーカーは皆そういうんだよ!」


 焦った様子を見せる兄貴。その態度こそが兄貴がストーカーであることの証拠だ!


「兄貴……。見損なったぜ。確かに俺たちは同じイリス様を愛する同士だ。だが、法に触れる行為はしちゃならねえってのが暗黙の了解だろうが!」


 拳を強く握る。目の前の落ちぶれた馬鹿の目を覚まし、イリス様の平穏な生活を守るために俺は拳を振り上げた。


「イリス様と楽しい高校生活を送りたくないのか!?」


 兄貴のその言葉に俺の手が止まる。

 確かに、イリス様との高校生活は送りたい。だが、それでもストーカーを野放しにするわけにはいかない!


「お前がイリス様と同じ高校に行くなら、俺たちはイリス様の行動の監視はやめる! それでどうだ!」


 いくらストーカーだからといって、やり直すチャンスをあげないのは良くないだろう。


「兄貴がそう言うなら……分かった。でも、もし兄貴がもう一度間違った道を進もうとしたら、その時は容赦なくぶっ飛ばすぜ」


 俺の言葉に兄貴は静かに頷いた。


「よし。じゃあ、この組織に残るってことでいいな?」


 いいよ。と言おうとしたところで、俺の頭にある懸念が浮かんだ。


「兄貴。俺がこの組織に残ったらイリス様と敵対することになるんじゃないか?」


「そうだな」


「じゃあ、ダメだ。俺はイリス様の味方でいると決めているんだ。悪いがこの話は――」


「相変わらず浅はかだな」


 無かったことにしてくれ。そう言おうと思ったが、兄貴の言葉で俺は口を閉じた。


「お前は恋愛を子供のおままごとと勘違いしているのか? 好き好き言っていれば相手が自分のことを好きになる。そんな幻想は捨てろ」


 その言葉は俺の胸に突き刺さった。


「押してダメなら引いてみろ。ここらで一回敵対してもいいんじゃないか? 離れてみれば、イリス様もお前の大切さに気付くかもしれないぞ」


 一理ある。ここは兄貴の提案に乗ってもいいんじゃないか?

 いや、だがやはりイリス様と敵対するのはダメだ。


 俺がそう言う前に、兄貴は「それに……」と言ってから言葉を続けた。


「敵対する組織にいるからといってお前がイリス様の敵になるわけではないだろう。お前がイリス様の味方でいることを忘れなければいいだけだ。もっと言えば、恋愛的には障害があるほど恋は燃え上がる! ロミオとジュリエットのようにな」


 兄貴はそう言うとニヤリとした笑みを浮かべた。


「て、天才だ……」


 兄貴の言葉に俺は震えていた。幾重にも張り巡らされた恋愛の罠。俺のような猪突猛進バカには決して不可能な駆け引き。

 兄貴は俺にそれらを授けようとしてくれていた。


「あ、兄貴! 俺、組織に残るぜ! やっぱり兄貴は最高だ! これからも俺に恋愛を教えてくれ!」


「良く決断してくれた。イリス様と敵対するのは心苦しいだろうが、幸せな未来を掴めるよう互いに助け合っていこう」


 俺は兄貴と熱い抱擁を交わした。


「それで、今イリス様はどこの高校に通ってるんだ?」


「その件に関してはこっちで準備をしておく。準備が出来たらまた連絡するから、それまでは副部隊長として下っ端たちを率いて街で適当に暴れてきてくれ」


「俺が副部隊長なのか?」


「ああ。今回の件で俺は昇進することになった。その関係で暫くは忙しいからお前が代わりに下っ端たちをまとめといてくれ」


 兄貴の言葉に「分かった」と返事を返して、俺は部屋を後にした。



 副部隊長になった以上、何かをする必要があると考えた俺は、下っ端を連れて街に出ることにした。


「よーし集合」


「「「アイ―!」」」


 前々から思っていたのだが、この下っ端たちに意志はないのだろうか?


「今から街に行こうと思う。そこで、何かやりたいことがあるやつ」


 俺の言葉に下っ端たちがざわつきだした。まあ、喋る言葉は全てアイだけなのだが。


「アイ!」


 暫くすると、一人の戦闘員が勢いよく手を挙げた。


「よし! そこのお前! 発言を許可する!」


「アイ!」


 俺が指名した下っ端は一つの雑誌を取り出して、そこを指さした。そこには最近話題のスイーツ店でケーキバイキングをしているという記事があった。


「なるほど。ケーキバイキングに行ってみたいということか?」


「アイ!!」


 元気よく返事を返す下っ端。


 なるほど……。


「採用!!!」


「「アイ!?」」


 俺の言葉に周りの下っ端たちが目を見開いた。


「悪の組織としては不合格の回答だ。だが、いつか来る俺とイリス様とのケーキバイキングデートの予習が出来るという点で非常に評価できる!」


 俺の言葉に周りの下っ端たちの視線が冷ややかなものに変わっていく。


「職権乱用上等だ! 言っておくが俺はイリス様のために行動し続けるぞ!」


「「「ハア……」」」


 アイ以外喋れんのかよ!


 部下たちの意外な一面を知ったところで早速俺たちは街に移動した。


 早速街に来た俺たちだったが、大人数ではケーキバイキングの店に入りきらないということでケーキバイキング組とその他組で分かれて行動することにした。


 その結果……。



「「「アイ―!!」」」


「あなたたちの好きにはさせません!」

「何が目的か分かんないけど、どうせ碌なたくらみじゃないだろうし直ぐに倒してあげるよ!」

「そうね。早く終わらせましょう」


 知らぬ間にその他組とラブリーエンジェルたちが街中で戦っていた。

 てか、あの三人目の青色の子ってイリス様じゃね!? イリス様だよね? イリス様だよなあ!!

 フリフリの衣装。髪色は銀髪から深い青色に変わっているが、その色が衣装の水色気味の青と合っていて非常に美しい。


 その姿はまるでサファイア!!


「ア、アイアイ!!」


 部下たちに服を引っ張られる。どうやら俺がイリス様に見惚れている間に部下たちがどんどん吹っ飛ばされているようだ。


「トパーズ! サファイア! あれで決めよう!」


 桃色が後の二人に声を掛けると、ラブリーエンジェルたちが一か所に集まる。

 あ、あれは……! まさか!

 気付いた時には俺は地面を蹴り出していた。


「ア、アアア……!?」


 部下たちも自分たちの未来を悟り、震えていた。


「「「ラブヒーリングレインボー!!!」」」


 ラブリーエンジェルたちの必殺技が部下たちに襲い掛かる。


「うおおおおお!!!」


 その部下たちの前に両腕を広げ、俺は立った。

 イリス様の愛の一撃を食らうのは……俺だあああ!!


「フオオオオオ!!」


 イリス様とその他二人の愛の一撃を受けた俺は歓喜の叫びを上げるのであった。

 全身を駆け巡る衝撃。それは、イリス様に初めて出会った時の衝撃に似ていないこともなかった。


「素晴らしい……」


「そ、そんな!」

「いや~。マジか~」

「あ、あなたは!?」


 顔を上げるとそこには驚きの表情を浮かべるイリス様とその他二人がいた。

 いや~。イリス様の信じられないという顔も新鮮だなぁ。


「あなた……そっちに残ったのね」


 イリス様は苦い顔をしていた。


「まあ、そうですね。俺の為にもイリス様の為にもこっちに残る方がいいと思ったんで」


「な、何よそれ……。そう言ってあなたも私を裏切るつもりなの!?」


 イリス様は大声を張り上げると、俺に殴り掛かってきた。


 うお。危ない。ふーむ。イリス様には笑って欲しいんだが、やはり敵対関係になると好感度は下がってしまうか……。


 分かってても辛い!!


「くっ! この!」


 イリス様の攻撃を躱しながら考える。

 ここで誤解だと言ってイリス様好き好き攻撃をするのは簡単だ。だが、兄貴のアドバイスではそれではダメ。一度引くことが大事だと言っていた。

 ここは好きとか可愛いとかいうのは我慢。心を鬼にしてイリス様を突き放すのだ。


 イリス様の腕を掴んでイリス様の仲間であろうラブリーエンジェルの二人のところに投げる。


「きゃあ!!」


 悲鳴可愛すぎかよ!! なるほど敵対することでこんなイベントもあるのか……! 素晴らしい!!


「「サファイア!!」」


 ラブリーエンジェルたちがイリス様の下に駆け寄る。その間に俺は部下たちに先に退避するよう合図を送っておいた。


「サファイア。私たちは三人で一つ。三人でやろう」

「そうだよ! あいつがサファイアと何か因縁があるのは分かるけど一人で突っ走らなくていいって!」

「そうね。ごめんなさい。つい、気持ちが先走ってしまったわ」


 イリス様が女友達と仲良くしている!! この光景は組織にいては見ることは出来なかった光景だ。男だったらその男を血涙流しながらぶん殴っていたが、女であれば寧ろあり。 尊いというやつだ。


「ふっ」


 ニヤつきそうな顔を必死に抑えた結果、小ばかにするような笑みが出てしまった。非常に申し訳ない。


「そうやって調子に乗っていられるのも今だけよ!」


 イリス様を筆頭に三人が連携して攻撃を仕掛けてくる。


 その攻撃を受け流し、躱し、受け止めるを繰り返す中で俺はとんでもないことに気が付いてしまった。


 ひらひらのスカートの中が見えそう!!


 これは大事件だ。イリス様の聖域が見えてしまうかもしれない。いや、待てよ。これは……まさか!!


「「「きゃあ!」」」


 ラブリーエンジェルの桃色の方の足を掴み、イリス様と黄色の方に向けて投げつける。

 その隙に俺は周りを見回した。


 すると、俺の予想通りいた。イリス様の聖域を覗こうとする鼻の下を伸ばした害虫たちが。


 これは、許せるわけがねえよなぁ!?


 溢れ出る怒りをパワーに俺はその害虫たちに当たらないが害虫たちの近くに渾身の蹴りを当てた。


「ひ、ひいいいい!!」


 俺の蹴りによってひび割れた地面を見て、害虫共はその場から立ち去った。


 ふん! 雑魚め! イリス様の聖域を見ていいのはイリス様が愛した奴だけなんだよ!!


「い、一般人を狙うなんて許せない……!」

「そうだよね~。それは流石に見過ごせないよ!」

「ど、どうして……。あなたはそんな人じゃなかったでしょ!?」


 何か怒られている。おかしい。寧ろ、感謝されてもいいと思ったんだが。

 頭をかしげていると、無線から兄貴の声が聞えた。


『アーク。今は街の中か?』


「そうだよ」


『なら、戻ってきてくれ。今後のことである程度の目途が立ったから話しておきたい』


「ほーい」


 無線を切って、イリス様とその他二人に目を向ける。彼女たちは強い目で俺を睨んでいた。


「じゃあ、俺は帰りますね。それじゃ、また」


「待ちなさい!!」


 背を向ける俺にイリス様から声が掛けられる。


「……どうして? あなたは私の味方だって、そう言ってくれたじゃない……」


 その声はイリス様らしからぬ弱気なものだった。


「……」


 突き放す。そう決めたからこそ俺は、何も言わず、振り返りもせずにそこから立ち去った。

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