第6話 好きな人が光堕ちしそう
夢のような「あーん」の時間が終わった後は切ない別れの時間がやってくる。
赤く染まる街並みを二人で歩く。
中々にいいタイミングだ。このロマンチックな場面でプレゼントを渡せば、好感度はうなぎ上り。イリス様ルート突入は間違いなしだ。
よし……! 渡すぞ!
覚悟を決め、イリス様の方を向くと、イリス様はある一方向を見つめていた。
俺もその方向に目を向けると、そこには公園で一人ポツンと声を上げて泣いている少女がいた。
イリス様はしばらくその子を見つめた後、ゆっくりとその子に近づいて行った。
突然近くに現れたイリス様に驚いたのか、少女はビクッと身体を震わせた。
「泣き止みなさい。泣いたところで何も変わらないわよ」
しゃがみこんだイリス様は少女の目を見つめてそう言った。
「これ、良かったら」
さりげなくイリス様にハンカチを差し出す。
「準備がいいのね」
「ジェントルマンですから」
イリス様は俺から受け取ったハンカチを少女に渡した。
「何があったのかお姉さんに教えてもらえる?」
「ま、ママから……貰った髪飾り……。大切なものだったのに……失くしちゃって、見つからなくて……」
なるほど落とし物ということか。
「そう。でも、もう日も暮れるわ。お母さんも心配するだろうし帰った方がいいと思うわよ」
イリス様の言う通り、もう太陽は地平線に沈み始めていた。
「で、でも……」
どうやら少女にとって失くしたものはかけがえのないものらしい。なら、ここで俺のする行動は一つだ。
「じゃあ、探しますか」
「お兄ちゃん?」
「大切なものなら、ちゃんと拾い直さないとな」
「……いいの?」
俺の言葉に少女は不安げな表情を浮かべ、俺とイリス様を見つめた。
「……10分だけよ。それ以上は、辺りが暗くなるから危ないわ。あなたの家族も心配するでしょうし」
イリス様の言葉に少女は笑顔を浮かべて頭を下げた。
「ありがとう!」
さて、そんじゃ探しますかね。こう見えて俺は落とし物を探すのは得意だ。落とし物を探すときに大切なことは一つ。
落とし物と同じ視点になることだ。
「あなた……何してるの?」
「お兄ちゃん……?」
突然、四つん這いになった俺に女性陣からの視線が突き刺さる。
「任せてください。こう見えて、俺は小学生の頃落とし物を探すのが得意だったんです。その落とし物を探すときの移動の仕方と速さから『漆黒の這いよるもの』という異名をつけられるくらいにはね」
ドヤ顔を向けると、俺は素早く両手両足を動かして移動を開始した。
「ヒィ!」
「見てはいけないわ。あれとは関わっちゃいけない。こっちで二人で探しましょう」
どうやら向こうは二人で探すらしい。だが、甘い。二人程度では俺を超えることは出来ないということを教えてやろう。
「フハハ! フハハハハハハ!!」
数年ぶりに解禁した『漆黒の這いよりしもの』モードの俺は、女性陣から汚物を見る目を向けられていたことに気付くことは無かった。
「お姉ちゃん。あれ、怖いよ……」
「世の中にはああいう人が少なからずいるわ。だから、知らない人について行ったり、話しかけたりしてはいけないのよ」
「うん……」
***
「見つかって良かったわね」
「ありがとう! お姉ちゃん!」
ま、負けた……!
油断なんてものは無かった。 俺は全力を尽くした。探した範囲で言えば、俺は女性陣の5倍の範囲は探したと言える。
だが、結果として少女の落とし物を見つけたのはイリス様だった。
「お兄ちゃんもありがとう」
己の弱さに打ちひしがれていると、少女が恐る恐るといった様子で感謝を伝えてきた。
その時、俺の頭の中に小学生の頃の俺の師匠であった落とし物ハンターヒロの言葉が蘇った。
『いいか悪道。落とし物ってのは見つけた奴だけに栄誉が与えられる。だがな、一番大事なことは落としたものを拾おうとすること。それが出来れば、皆ヒーローなのさ』
当時は何言っているんだと思った。栄誉失くしてヒーローにはなれないと思い込んでいた。
だが、今なら師匠の言いたかったことが分かるような気がした。この少女が俺に感謝を伝えたのは、つまりそういうことなのだ。
悪の組織に所属している俺が誰かのヒーローになるときが来るなんてな……。
「俺は君の思いに応えただけさ」
ヒーローらしく格好付けてみた。
「ははは……」
少女は苦笑いだった。恥ずかしい!
「さて、それじゃそろそろ帰りましょうか」
「うん!」
イリス様と供に少女を家まで送り届けるために公園を出る。
すると、一人の少女が声を出しながらこちらに近づいてきた。
「
「お姉ちゃん!」
どうやらこっちに駆け寄ってきた少女は、俺たちの近くにいる少女の姉のようだ。
「帰りが遅くて心配したんだよ? こんな時間まで何してたの?」
「ごめんなさい。お母さんから貰った髪飾り、あっちのお姉さんたちと探してて……」
少女の言葉で姉の方は俺たちに気付いたようだった。
「あの、妹がお世話になったみたいで、ありがとうございました! 良かったらお名前など教えていただけませんか? お礼もしたいですし」
「いえ。お礼はしなくていいわ。今回はたまたま出会っただけだもの」
イリス様はそう言うと、少女たちに背を向けた。
「悪道。帰りましょう」
「あ、はい。それじゃ。ちびっ子! もう大事なもの落としたりすんなよ」
「あ! ちょっと!」
後ろから声がかかるが、無視してイリス様の方に向かう。イリス様がお礼は不要というなら俺はそれに従うだけだ。
ただ、さっきの姉の方どっかで見たことあるような気がするんだよなぁ……。
「ねえ、悪道」
考え事はイリス様の言葉で中断された。
「何ですか?」
「私たちがしていることは、彼女たちから笑顔を奪うことになるのかしら?」
イリス様の言葉に一瞬言葉が詰まる。
どう答えるべきか迷ったが、イリス様のためを思うなら答えは一択だ。
「そうでしょうね」
俺の答えにイリス様は少しだけ顔を歪めた。その顔には少しばかりの後悔が感じられた。
「嫌なら奪わなきゃいいんですよ」
「何言っているの? 私たちの目的達成のためには、それは必要な犠牲でしょ」
「必要な犠牲だと思っていたことが大事だったなんてこと、よくある話ですよ。本当に大事なものが何か考えて、考えて、考え抜いて、それでもよく分からないってのが人生ってもんだと俺は思います。だったら、大事かもしれないものは出来るだけ残しといたほうが良いと思いませんか?」
俺はそう言ってからイリス様にヘアゴムを渡した。
「これ、受け取ってください。俺はあなたの笑顔が好きです。あなたの近くにいたくて悪の組織に入りました。人々の愛だとか幸せを奪う行為には、正直なところ今でも迷います。でも、それ以上にあなたと過ごせてよかったと思っています。好きにやってください。どんな選択肢を選んでも、俺はあなたの味方ですから」
髪留めを受け取ってくれたイリス様の表情は分からなかったが、イリス様なら大丈夫だと、そう思った。
「ありがとう」
小さな声でそう呟いた後、イリス様は暫くの間、何も喋らなかった。
「悪道、今日はありがとう。……さようなら」
「こちらこそありがとうございました。また、会いましょう」
家の近くまでイリス様を送り、別れる。別れ際のイリス様はそこか覚悟を決めた目をしていた。
数日後、俺は兄貴からイリス様が裏切ったという報告を聞いた。
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