第3話 初デート②

 警官に事情聴取されたものの、意外なことにイリス様が救いの手を差し伸べてくれた。

 そして、警官からはあまり紛らわしいことをしないようにという注意だけで終わった。


「はあ……。それじゃ行きましょうか」


「はい!」


 ため息を吐くイリス様も超かわいいぜ!! さあ、楽しいデートの始まりだ!!


 二人で目的地である猫カフェに向かって歩く。イリス様は俺の隣でどことなく嬉しそうにしていた。


「イリス様は猫が好きなんですか?」


「……そんなわけないでしょう? 私はあなたがどうしてもって言うから来ただけよ」


 口ではそう言っているが、さっきから歩くペースがどんどん上がっている。

 おそらくだが、今すぐにでも猫に会いたいのだろう。


「ところで、イリス様の今日の服装めちゃくちゃ似合ってますね! 前から思ってはいましたけど、女神かと思いましたよ!!」


「……女神? そういえば最近になって、基地内でイリス教とかいうものが出来たと聞いたのだけど」


「あ! 気付きましたか? あれ、俺が作ったんですよ! イリス様を崇めるイリス教の信者も少しずつ増えていますし、いずれは世界にも布教する予定です!」


 誇らしさに俺は胸を張った。しかし、イリス様の額には青筋が浮かんでいた。

 や、やばい! 怒られるかもしれない……!


「……ふーん。そう」


 しかし、イリス様は俺を咎めることはなかった。


 おお。どうやら遂にイリス様に俺の思いが届いたらしい。もしかすると今日、俺はイリス様と心を通い合わせることが出来るかもしれない!!


 そうこうしているうちに、俺たちは猫カフェに到着した。


 猫カフェに入ると、中はたくさんの猫たちで溢れていた。


「……可愛い」


「じゃあ、イリス様。早速席に座りましょうか」


「え、ええ。そうね」


 猫たちに見とれていたイリス様を連れ、あらかじめ予約しておいた席に着く。

 席に着くやいなや、猫たちが俺の方に近づいてくる。

 足にすり寄ってくるもの、膝の上に乗りに来るもの。お腹を見せてくるものなど、全ての猫が俺に懐いていた。


 これが俺の五日間の努力の成果だ。それぞれの猫が喜ぶことを店員さんに聞き、五日間触れ合い続けた。

 元々、猫たちが人なれしていたこともあり、店内の全ての猫に懐かれることが出来たのだ。


「いやー。猫たちが可愛いですね! イリス様!」


 イリス様の方を向くと、イリス様は俺に熱い視線を向けていた。


「ええ。そうね……!」


「そ、そんな見つめないでくださいよ。照れるじゃないですか」


「殺すわよ」


 物騒な 言葉でさえも 可愛いね


 は!! 一句できてしまった。


 やれやれ。悪口さえも芸術へと昇華させてしまうイリス様は本当にやばいぜ!!


「ニャ!」


 私を構えと言うかのように、一匹の猫が俺の腹にパンチを放ってくる。


「いて。しゃーねえな。ほれ、ここがええんか?」


 顎の下のあたりをくすぐると、猫は気持ちよさそうに目を細めた。


 そして、イリス様の俺に向ける視線はより一層強くなった気がした。


「はい。イリス様どうぞ」


 そう言って俺はイリス様に猫耳を渡した。


「は? これは何?」


 冷ややかな視線が俺に向けられる。


「いや。イリス様は知らないかもしれませんが、猫と仲良くなるには猫耳を付けるのが一番いいんですよ。ですよね?」


 近くにいた店員さんに声を掛けると、店員さんも頷いた。


「はい! そうですよ。私たちも初めは猫耳を付けて猫たちと接しています。慣れてきたら、流石に外しますけどね」


「でも、あなたは付けてないじゃない」


 店員さんの言葉を聞いても納得しないのか、イリス様は俺に追及してきた。


 だが、そこで店員が俺に一つの質問を投げかけてきた。


「失礼ですが、お客様は猫と一緒に過ごした経験がありますか?」


「まあ、実家の方では猫を百? いや、百一匹程度飼っていましたね」


「やっぱり! 猫を飼っていたお客様なら、猫耳が無くても猫が懐くのは納得です~」


 店員の言葉を聞き、イリス様は悔しそうに手を握りしめた。


「く……! 羨ましい」


「さて、イリス様。猫たちと戯れたければこの猫耳を付けてもらいましょうか?」


「べ、別に私は猫たちと戯れたいなんて思ってないわ……」


 言葉尻が弱まっていってる時点で嘘であることは明らかだった。


「そうですか。折角の猫カフェなのにもったいないですね。じゃあ、俺は猫たちと遊ぶので、イリス様はのんびりお茶しててください」


「あ……」


 寂しそうな顔をするイリス様を見ると、今すぐにネタバレして猫たちと遊ばせてあげたくなる。

 だが、ダメだ。ここまで来た以上、必ず俺は計画を遂行して見せる。


 俺の計画。


 それは、イリス様に猫耳を付けよう計画である。


 計画の内容はシンプルである。


1.猫に懐かれている俺を見たイリス様が「私も猫と触れ合いたい!」となる。


2.猫に懐かれるには猫耳がいいよ。という嘘を付き、猫耳を渡す。


3.それなら、仕方ない。と言って、イリス様が猫耳を付ける。


4.超可愛い猫耳イリス様を愛でる。


5.結婚する。


 現在は2と3の間だ。あともう少しで猫耳をイリス様に付けることが出来る。ここまで、この店の店員と猫たちにも協力してもらっている。

 その人たちの思いに応えるためにも、俺は諦めるわけにはいかない!!


「あー。猫たち可愛いなぁ! 折角の猫カフェなのに猫と戯れないなんてもったいないなあ!」


 俺の方を先ほどからチラチラと見ているイリス様の手元は震えていた。


 あともう少しかな……?

 そう思っていると、先ほど計画に協力してくれた女性店員がイリス様の下に歩いて行った。


「お客様。ここは猫カフェですので、猫に興味がないのでしたらお帰りいただけませんか?」


 そう言った女性店員は笑顔だったが、めちゃくちゃ怖かった。


(ちょ、ちょっと待ってください!!)


 店員の下に行き、小声で話しかける。


(何ですか?)


(いやいや! アシストして欲しいとは言いましたけど、イリス様を追い詰めて欲しいなんて言ってませんよ!!)


 俺の言葉に対して、店員は呆れたような目でため息をついた。


(あなたは彼女が好きなのでしょう? なら、彼女の新しい可愛さの一面を見たいとは思いませんか?)


(な、何だと……?)


(御覧なさい)


 店員が指さす方向には今にも泣きそうなイリス様がいた。


(本当は猫と戯れたいのに、プライドが邪魔して遊びたいと言えない。でも、猫と戯れるには自分から言うしかない。その葛藤の中で店員から帰れと言われる。……フフフ。あの涙。スポイトで吸い取って保管したいですねぇ)


(ひっ……!!)


 そこには狂気の塊がいた。


(お、お前は危険すぎる。これ以上、イリス様の傍にいさせるわけにはいかない!!)


(あら? 貴方も同じ穴の狢でしょう? 彼女の可愛いところが見たい。だから、私たちに猫耳を付けさせる協力を願い出たのでしょう? これは対価ですよ。協力の対価。ただで悪魔と契約できるわけないでしょう?)


 悔しいが、目の前の女の言うことを俺は否定できなかった。


 でも、それでも――


(――俺とお前は違う)


(何ですって?)


(俺は、イリス様を泣くほど追い詰めてまで可愛い場面を見たいとは思わない!! 俺にとって至高なものはイリス様の笑顔だ!!)


(愚かね……。泣き顔の良さも分からない若造に私を倒せるとでも?)


 目の前の女から放たれるプレッシャーは今までに数多く出会ってきた強敵たちを遥かに上回っていた。


(可愛い女の子の笑顔が一番、怒った顔が一番、蔑むような顔が最高……今までに数多くの人が私に歯向かってきた。でもね、どいつもこいつも最後には私と一緒に女の子を泣くまで追い詰めることに喜びを見出すようになったわ。あなたも、そうなるのよ)


 かつてないほどの強敵を前にして、俺の頭の中にたくさんの強敵ライバルたちの顔が思い浮かぶ。


(俺は負けない……!! 今までに出会ってきた強敵ライバルたちのためにも、必ずお前にイリス様の笑顔の素晴らしさを教えてやる!!)


 それぞれが信じ、高めてきた二つの正義。その正義が対立するとき、戦いは生まれる。

 その先に得られるものは喜びか悲しみか? それは誰にも分からない。少なくとも、その戦いで必ず何かを失うものが出ることは確かだ。


 それでも戦うことをやめることは出来ない。己が正しいと信じなければ、今までの自分を否定することになるから……。


((うおおおおおお!!))


 二人の拳がぶつかりそうになった瞬間、俺たちの耳にイリス様の声が届いた。


「……ね、猫耳付けるわよ」


「「ありがとうございます!!」」


 猫耳の前に泣き顔派も笑顔派も関係ない。だって、猫耳って超可愛いもん!!




 世界に数多くの正義がある以上、この世界から争いは消えない。でも、違うように見える正義の中にも必ず共通している部分があるはずである。


 対立する正義と正義が分かりあうためには、その僅かな共通部分が大事なのだろう。


 は!! まさか、イリス様が猫耳を付けるだけで世界平和に繋がる考えが思いつくなんて……やっぱりイリス様は最高だぜ!!


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