第2話 初デート①

 とある晴れた日曜の昼。

 俺は新宿駅の前でイリス様を待っていた。

 今日は普段とは違い、戦闘員用の黒タイツではなくオシャレ用の雑誌に載っているような服を着ている。


 まあ、簡単に言ってしまえばこれから俺はイリス様とデートするのだ。


 全ての始まりは一週間前に遡ることになる。


***


 一週間前。


 結局俺は真剣ゼミに加入することはできなかった。

 驚くべきことに真剣ゼミは違法組織との繋がりが発覚したらしく、会社の社長は海外へ逃亡。そして、会社は潰れたらしい。

 そして、そのことにより俺の心は荒れていた。


「おい。アーク」


 そんな心が荒れた状態で、ガルドスの顔を見た俺がどんな行動に移すかは俺を知っている人なら全員が分かるだろう。


 瞬時に間合いを詰めて、ガルドスの首を絞める。そして、耳元で囁いた。


「体表の皮だけ置いて立ち去れば、命だけは助けてやる」


「……ひ!! お、おい。お前どうしたんだ? ……ぐっ」


 首を絞める力を強くする。


「黙れ。もう、これしかない。これしかないんだ。お前に成りすまして俺はもう一度イリス様の傍に舞い戻る」


「お、落ち着け。俺はお前に、約束通りイリス様がはまっているものを紹介しに来ただけだ……。それに、イリス様のことで困っているならいい計画があるぞ?」


「何だと?」


 そう言えばそんな約束をしていた気がする。それにしても、いい計画か。


 この男は腹立たしいことに俺が知らない時のイリス様を知っている男だ。手を借りるなんてこと、普段は絶対にしないが、真剣ゼミという切り札を失った俺がイリス様の好感度を上げるためには泥水を啜る覚悟も必要だろう。


「話を聞こうか」


 首から腕を離すと、ガルドスは安心したように息をついていた。


「ああ、それじゃ計画を話すぞ」


 ガルドスの計画は驚くほどシンプルだった。


 ガルドスによると、最近イリス様は駅前に出来たスイーツ店と猫カフェが気になっているらしい。しかし、周りの目などを気にしていることと実は少しだけ人見知りなことが重なって一人で行く気はないようだった。


「そこで、これだ」


 そう言ってガルドスが差し出してきたのは、猫カフェのペア割引券だった。


「これを使ってイリス様を誘い出せ。更に、来週の日曜は駅前のスイーツ店でカップル割引というものがされているらしい。後は、分かるな?」


「な、何で俺にこんなことをしてくれるんだ?」


 俺はガルドスに対してかなり冷たい対応を取ってきた。ていうか、めちゃくちゃ一方的に敵対視していた。

 だから、ガルドスも俺のことを嫌いだと思っていたのだが……。


「部下と上司の為なら一肌脱ぐのが中間管理職の仕事だろ?」


「が、ガルドス……!」


「俺もイリス様のことは好きなんだよ。最近のあの人は何かに悩んでいるように見える。それを解消してやりたいとは思うが、今のあの人に中途半端な思いは届かない。だから、お前しかいないのさ。頼めるか?」


 そこにはイリス様のストーカー何て奴はいなかった。いるのは、同じ女を好きになった同士と、その女に幸せになって欲しいと強く願う漢だけだった。


「へっ。どうやら、俺はあんたのことを見誤っていたらしい。ガルドス、いや、兄貴。俺たちは同じ女性を愛する同士だ。兄貴に足りない思いは俺が補う。だから、俺に足りないものは兄貴が手助けしてくれないか?」


 俺が差し出した手をガルドスは笑顔で握りしめた。


「任せろ」


 こうして、俺とガルドスの共同戦線が組まれたのが一週間前のことだった。


 そして、ガルドスと入念な打ち合わせをした後、俺はイリス様にデートの申し込みをしに行った。


「い、い、イリス様!!」


「はあ……。どうしたのかしら」


 無視されるかもしれないと思っていたが、イリス様は足を止めてちゃんと話を聞いてくれるようだった。

 なんと慈悲深い。もしやイリス様は女神ではないのだろうか? いや、そうに違いない!

 これはとんでもない発見をしてしまった。後ですぐに兄貴に報告してイリス教を生み出すべきだ。


「私は忙しいのよ。話があるなら早くしてくれない?」


 意識を現実に戻すと、そこには俺を睨みつけているイリス様がいた。


 ああ……。本当、睨みつけている顔も可愛いです!

 って違う違う! 早く要件を言わないとな。


「実は、こんなものを街で貰いまして……」


 そう言って、猫カフェの割引券を差し出す。


「こ、これ……! そ、そうなのね。それで、その割引券がどうかしたの?」


 イリス様はあくまで平静を装っているようだが、割引券を見た瞬間に明らかに目の色が変わっていた。


「実は行きたいんですけど、一人で行くには勇気が無くて……。良ければ、一緒に行ってくれませんか?」


 これがガルドスが考えた誘い文句だった。


 ガルドス曰く


『いいか。イリス様は基本的に意地を張られてしまうことが多い。お前がイリス様と行きたいとどれだけ言っても、今までお前に素気なくしてきたこともあり、意地を張って絶対に行こうとはしないだろう。だが、お前が困っている。助けて欲しい。という体で誘えば、イリス様には困っている部下を上司として助けるという大義名分が出来上がる。この大義名分を作ることこそがイリス様を誘い出す必須条件だ』


 それは俺にはない発想だった。

 これでダメならもう土下座するしかない!

 そう思っていると、イリス様から返事が返ってきた。


「そ、そう……。仕方ないわね。私の部下が困っていると言うなら助けるのが私の仕事だもの。いいわ。行きましょう」


 ひゃっほーい!!!


 さすがはガルドスの兄貴だ!! 完全勝利!


「あ、ありがとうございます!! じゃあ、来週の日曜はどうですか?」


「そうね。その日は私もあなたも非番だったわね。いいわよ」


「じゃあ、詳しいことはまた後で連絡します!!」


 そう言うと俺はその場を後にした。ひとまず誘うことには成功した! 早くこの結果を兄貴と共有してデートプランを練らなくては!!



 そして、その日からおよそ五日間にわたり俺は兄貴とデートプランを考えた。


 ある日は俺の意見を否定され……


『おい! 何でデートコースにラブホテルが入ってるんだよ!』


『え? 兄貴、だってラブホテルだぜ? 愛のホテルなんてこれから愛し合うであろう俺とイリス様にピッタリだろ?』


『馬鹿が……!! お前は恋愛に関してはガキ! いや、ガキ以下! 何も分かっちゃいない!! 最初のデートでお泊り自体がアウトだと言っているんだ!!』


『な、何だって……!?』


 また、ある日は俺の意見を否定され……


『おい……何だここに書いてあるフラッシュモブからの指輪のプレゼントって』


『お! これは今回のデートの大目玉のイベントなんだ! きっとイリス様も泣いて喜んでくれるだろうなぁ』


『馬鹿が……!! お前の頭の中はどうなっているんだ! そんなことする必要ない! 寧ろ、無駄! 圧倒的無駄!! お前の行動は……ただの迷惑!!』


『そ、そんな馬鹿な!?」


 ある日は、イリス教が本格的に始動した。


『おい。アークと戦闘員たち。何してるんだ?』


『あ、兄貴! 俺は気付いたんだよ。イリス様は女神だってことにな。だから、こいつらと一緒にイリス教を作ることに決めたんだ。今日は第一段階として皆でイリス教のシンボルである女神イリス様の像を作るところなんだ!』


『『『アイ―!!』』』


『……もう何も言わん。好きにしろ』


『おう!! 皆行くぞー!』


『『『アイ―!!』』』


 こうしていくつもの話合いを経て、遂に俺たちは最強のデートプランを作り上げることに成功したのだった。


***


 時計を確認する。約束の時間まではもうあと30分しかない。


 三時間前には来ていたが、まさかこんなにも直ぐに時間が過ぎ去るとは……。イリス様は俺に時間まで忘れさせる力があるのか! 凄いぜ!!


 そんなことを考えながらデートプランを頭の中で再度確認しておく。


 まずイリス様が来たら服装を褒める。その後はさりげなく車道側に立って、隣合いながら歩いて行く。


 猫カフェに付いたら、猫好きをアピールだ。この日のために猫の習性に関してはがっつり勉強した。更に、この五日間毎日猫カフェに通いつめたため、猫たちとのコミュニケーションもばっちり取れている。


 そこで猫と戯れるイリス様を目に焼き付けた後は、お腹が空いたといってスイーツ店に行く。

 スイーツを楽しんだ後はイリス様を家に送る。帰り際に猫のヘアゴムをプレゼント。


 完璧だ。ここにフラッシュモブがあれば文句なしだったが、まあいいだろう。


 ふと時計を見ると、もう約束の時間まで十分をきっていた。


 そろそろ来るかなと思っていると、一方向から強烈な光が目に入ってきた。


 な、何だ……!? 敵襲か!?

 いや、違う……。あれは、女神様だ!!


 強烈な光が放たれている方向から、歩いてきているのは我らが女神イリス様だった。


 か、神が下界に降臨された……。


 イリス様は黒いスカートに黒のニットを着ていた。

 シンプルな服装。故に、映える。イリス様の美貌!!


「ごめんなさい。待たせたかしら?」


 ここまで黒が似合う女性が他にいるだろうか?

 少なくとも俺はイリス様以外には頭に浮かんでこない。

 更に、服の色とイリス様の透き通るような銀色の髪のコントラストが素晴らしい!


「ちょっと? 聞こえてるなら返事を返しなさいよ」


 はっ!! いつの間にか、イリス様の顔が俺の目の前にあった。


 ま、ますい。とりあえず速く何か言わなくては……! え、えっと……そうだ! 服装を褒めるんだった!!


「い、イリス様!! 可愛いいいいい!! 美しいいいい!! ほんっとしゅきいいいいいい!!!

(俺もさっき来たところなんです。さ、早速猫カフェに行きますか。あ、それと……その服最高に似合っていますよ☆(ウインク))」


「ひっ……」


 や、やべえ!?思わず、本音が……!


「こ、これは違うんです! 本音と建前を間違えてしまっただけで、決してそういうことを言うつもりは無かったんです!」


「本音……?」


「はい! そうです! 本音です!!」


「その方がやばいわよ……」


 し、しまった!?

 イリス様のあまりに見事な誘導尋問にやられてしまった! まさか、これが孔明の罠というやつか!?


 歴史上の超有名な軍師と同じレベルの策を使えるなんて……さすがイリス様だぜ!!


「さっき男が美人に詰め寄っていると聞いたのだが、君、話を聞かせてもらってもいいかな?」


 振り向くとそこにはニコニコと笑顔を浮かべた警官がいた。


 おのれ孔明!! 許すまじ!! あ、でもイリス様なら許しちゃう。



*************


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