好きな人のために悪の組織に加入したけど、好きな人が光堕ちした。(本編とは別のルート更新中)
わだち
序章 好きな人が光堕ちするなんて
第1話 好きな人のためなら、悪の組織にだって入れる
好きな人の為ならどこまでのことが出来るのだろう?
よく、「君の為なら死ねる」だとか、「僕の全てを捨ててでも君を守る」だなんてことを聞くが、それは本心からの言葉だろうか?
人間というものは結局のところ自分が一番大事で、自分の命や人生を捨ててまで他人のために行動することなどできない。
それが、俺――
だが、人の考えとは簡単に変わるものである。
嫌いな食べ物が好きになったり、好きではなかった漫画やアニメが好きになったり……そこに大した理由なんてものはなく、本当に唐突に変わってしまうのだ。
そして、俺の考えもたった今変わろうとしていた。
「こんなところに逃げ遅れた人間がいたのね。折角だから、こいつを人質にしましょう」
目の前には黒いブーツに黒のボンテージ、黒のロンググローブで露出多めの格好をしている痴女にしか見えない美女がいた。
その周りでは、全身黒タイツに身を包んだ人間たちが暴れていた。
その時、自分の頭の中に一つの単語が浮かぶ――『イヴィルダーク』。それは日本の首都・東京で活動する悪の組織の名前だった。
噂では知っていた。だが、まさか自分の目の前でこうして悪の組織が暴れている姿を見ることになるなんて思わなかった。
「……あ、ああ!」
「怖いかしら? 安心しなさい。抵抗しなければ痛い思いはしなくて済むわ」
腕と足を組み、妖艶な笑みを浮かべる美女。
その顔に、スタイルに、声に、仕草に――全てに惚れた。
「好きだああああああ!!!」
「……へ?」
好きな人の為なら自分の人生を捨てることが出来るか?
答え――出来る。だって好きだもん! その人の人生が俺の新しい人生だもん!!
こうして普通の高校二年生だった俺は、好きな人のために悪の道にその身を堕とすのであった。
***
『――く!アーク!!返事を返しなさい!』
「はい!!」
無線から聞こえるイリス様の声に返事を返す。今日も透き通るような綺麗な声だ。この声だけでご飯三杯はいける。
『……何を考えていたの?』
「はい! イリス様と俺の運命的な出会いを果たした日を思い返していました!! 後、今日もイリス様の声は素敵だと考えていました!!」
無線の先からはため息が聞こえた。
ああ……。ため息だけで俺の心を昂らせる。イリス様は本当に罪な女だぜ!
『どうせまた馬鹿なことを考えているだろうから何も言うつもりは無いわ。でも、これから重大な作戦を行うところなんだから、真剣にやりなさい』
「はい! 任せてください! 今回の作戦でも必ずや大きな戦果を挙げて見せます! そして、そして……イリス様にあんなことやこんなことを……ぐへへへ」
気付けば無線は切れていた。
やれやれ、俺が作戦前に決意表明をしているといつもこうだ。いくら恥ずかしがり屋だからっていい加減に慣れて欲しいぜ。
『イリス部隊副司令官のガルドスだ。イリス様の要望により、これからお前は俺の指揮下に入る。いいな?』
「死ね」
直ぐに無線を切った。ガルドスはイリス様の隣でイリス様をつけ狙うストーカーだ。何故こいつのような危険人物が副司令官としてイリス様の補佐をしているのか理解できない。
殺したいほど羨ましい。
『おい。勝手に切る――』
ガルドスの声はお呼びでない。
最近は何故かイリス様ではなくガルドスに指示されることが多い。こんなライオンの顔をしたおっさんの渋い声など聞きたくない。
折角、イリス様の声で耳が浄化されたというのに……。
例えるなら、イリス様に耳掃除をされた後に耳に黒いGを突っ込まれた気分だ。
『イリス様が最近はまっているものを知っているか?』
耳から無線機を外して握りつぶそうと思ったところで、手を止めた。
「続けろ」
『それが上官に対する態度か……。はあ。続きは作戦が成功してからだ』
「ちっ! ……作戦の概要を教えろ。5分でカタを付ける」
こいつの言いなりになるのは悔しいが、俺が知らないイリス様の情報を知るためなら仕方がない。
『作戦はシンプルだ。イリス様率いる本隊が街で暴れ、ラブリーエンジェルたちの気を引いているうちに下水路に例のブツをばら撒け』
「了解」
要件が済むと俺は直ぐに通信を切った。
さて、さっさと仕事を終わらせるとするか。
ドゴオン!!
街の大通りの方から轟音が聞こえた。
恐らくイリス様とイヴィルダークから街を守るために戦う正義のヒロイン―『ラブリーエンジェル』たちが戦い始めたのだろう。
その隙に俺は、他にも何人かいる全身黒タイツの戦闘員たちと供に、マンホールから用水路に入り込む。
「これ、何の意味があるんだろうな」
ネズミと蝙蝠を足したような生物を用水路に放ちながら、呟く。
「アイー!!」
しかし、俺以外の戦闘員は「アイ」しか喋れないため、まともな返事を返してくれるものはいなかった。
「俺さ、イリス様の為なら何だって出来る気がするんだ。こういう思いのことを何て言うのかな」
「アイ―!!」
「そっか……。これが愛か」
「アイ―!!」
「イリス様はさ、俺にだけ素気ないというか、厳しい気がするんだよ。何でだろうな?」
「アイ―!!」
「なるほど! あれはイリス様なりの愛情表現ってことか! じゃあ、イリス様は俺を何してるってことだと思う?」
「……」
「何でだよ!!」
ちくしょう。こいつらと同じ任務に当たる度に同じやり取りをしてるのに、未だに最後の質問の時は誰もアイ―!! って言わないのは何でなんだ?
「お前ら、本当は知能あるだろ?」
「アイ―!!」
「あるんじゃねえか!!」
近くの戦闘員と楽しく会話していると、持ってきていた全ての生物を解き放ったという連絡が来た。
「終わったみたいだな。じゃ、俺はイリス様に会いに行ってくるから後はよろしく」
「「「アイ―!!!」」」
戦闘員たちに見送られながら俺はイリス様のもとに走っていった。
***
イリス様がいるであろう街の大通りに来ると、丁度イリス様と正義のヒロインたちの戦いはクライマックスを迎えているようだった。
「イリス! 貴方は本当は愛を求めているはずよ! 裏切られることを恐れないで!」
「そうだよ! 子供といるときのイリスっちの笑顔は凄く優しかった!!」
「黙りなさい!! 貴方たちに何が分かるのよ。裏切られる人の気持ちも分らないくせに……!」
そう言うと、イリス様はピンク髪と金髪の少女目掛けて必殺技を放とうとする。
それに対してピンクと黄色もイリス様目掛けて必殺技を放とうとする。
何かに悩み苦しんでいるイリス様も可愛い!! ――じゃなかった。
本来、イリス様の実力があればあの二人を倒すことはそう難しいことではないはずだ。だが、イリス様は何かに苦しんでいて本調子じゃないように見える。
万が一に備えてイリス様を助けに行くぞ!! 寧ろ、万が一が起きてイリス様を助けることが出来れば好感度爆上がり間違いなし!!
ピンクと黄、しっかりやれよ!!
「食らいなさい! ロスト――!?」
一足早くイリス様が必殺技を放とうとした。だが、イリス様は近くに逃げ遅れた子供がいるのを見て、技を放つのを躊躇った。
「「ラブヒーリングシャワー!!」」
その一瞬の躊躇の隙にピンクと黄が放った桃色と黄色の光線がイリス様に襲い掛かる。
よくやったぞピンクと黄!! 後は俺に任せろ!!
「くっ……! しまっ――」
焦った様子を見せるイリス様をお姫様抱っこし、その場から離れた。
「あ、え……アーク?」
「はい。イリス様。貴方のナイトが助けに参りました」
自分に出来る最高の笑顔をイリス様に見せる。マスク付けてたから無駄だったけど。
それにしても、驚いた表情のイリス様も可愛いなぁ。普段が凛々しくて美しいだけに、ふとした時に見せる可愛らしい表情がもうたまんないんだわ。
「だ、誰!?」
俺がイリス様とイチャイチャしていると、俺たちに気付いたピンクと黄が声を掛けてきた。
「誰……か。聞かれたならば名乗らないわけにはいかないな」
「は、放しなさい!」
暴れるイリス様を落とさないように強く抱きしめる。
「ひゃあ!?」
何やら可愛らしい声が聞えたがとりあえず放置だ。
「俺の名前はアーク! 愛しき我がイリス姫のナイトだ」
俺の言葉にピンクと黄の二人は動揺しているようだった。
俺たちのイチャイチャっぷりに言葉も出ないと言ったところか。
「いい加減にしなさい!!」
「ほげえ!?」
頬に強烈な衝撃を受け、倒れこむ。当然だが、間違ってもイリス様が傷つかないようにそっと地面に立たせてからだが。
「……っ! ラブリーエンジェル。今日はこれくらいにしといてあげるわ。でも、私は愛なんて知らないし、知ろうとする気もないわ」
そう言うと、イリス様は何処かに消えていった。
じゃ、俺も帰ろっと。
「ちょっと待って!」
俺もイリス様に続いて退場しようとすると、ピンクに呼び止められた。
「何だ?」
「あなたはイリスのことが好きなの?」
「当たり前だよなぁ? 逆にイリス様に出会って好きにならないやつなんているか?」
「な、なら! どうして、皆から愛を奪おうとするような組織に味方しているの!?」
なるほど。どうやら彼女たちは俺が『イヴィルダーク』に所属していることが理解できないらしい。
確かに、『イヴィルダーク』はこの世界から愛を失くすことを目的に活動している。実際、『イヴィルダーク』の構成員たちは殆ど全員が愛情なんてものを毛嫌いしている。
そんな『イヴィルダーク』にイリス様への大きな愛を抱いている俺が何故所属しているのか?
その理由は実にシンプルだ。
「ふっ……。愛の戦士を名乗るっているくせにその程度のことも分からないのか?」
「な……!?」
俺の言葉にピンクは動揺する。
まあ、子供なら分からないのも仕方ないだろう。
「愛ゆえに、だ」
その言葉を残して俺はその場を後にした。
組織の秘密基地に戻ると、入り口にはイリス様がいた。
「俺のために待っていてくれたなんて……。これはもう同棲して毎日行ってきますとただいまのチューとハグをするしかないですね!!」
幸せな未来を想像しながら、俺はイリス様に抱き着こうとした。
「気持ち悪い」
好きな人からの気持ち悪い。それは俺の幸せな未来にヒビを入れるには十分すぎる威力を持っていた。
「ガハッ!!」
心が折れそうになる。でも、ここで止まるわけにはいかない。
「まだだ。まだ、俺の幸せな未来は死んじゃいねえ」
ヒビが入っても粉々に砕け散っていなければ十分修復可能だ。ヒビが入った未来が壊れないように大事に抱え、俺は再び走り出した。
「イリス様!! 一緒に暮らしましょおおおおお!!」
「生理的に無理よ」
「ゴハァ!!」
口から血が噴き出る。頭の中に走馬灯の様に中学時代の思い出が流れる。
『す、好きです!!』
『ごめん。田村君は優しい人だと思うんだけど……生理的に無理』
『ガハッ!!』
『た、田村!! しっかりしろ!』
『ははは……。なんてこった。佐藤さんのためにたくさん頑張ってきた。合唱コンクールだって、一位取りたいって言う佐藤さんのために率先して男子をまとめたって言うのによ……。なあ。善喜。生理的に無理ってことは、俺が生まれ変わればいいのかな?』
『田村ああああああ!!』
あの後、田村は狂ったように二次元の世界にはまっていった。そして、転生ものをよく読むようになった。
あの時は、正直田村の反応は大げさだと思っていた。だが、今なら田村の気持ちが痛いほどよく分かる。
今の自分を全て否定されるような感覚。
目の前に大好きなイリス様がいると言うのに、俺は地面に膝をついてしまった。
今の俺じゃどれだけ頑張ってもイリス様に好かれることは無いのではないか? 生理的に無理ならば死んで生まれ変わるしかないのではないか?
最悪な未来がいくつも頭に浮かぶ。
そんなことは無いと必死に否定しようとするが、『生理的に無理』という言葉が俺の心に枷をかけていた。
もう、ダメかもしれない。その考えが頭に浮かんだ時、今度は頭の中に高校で再会した田村との一幕が流れる。
『おお! 善喜! 善喜じゃねーか! 俺だよ! 田村だよ』
田村の隣には、田村をこっぴどくフッたはずの佐藤さんがいた。
『た、田村? 本当に田村なのか?』
『当たり前だろ』
俺が聞き返したのも当然だ。何故なら、俺の知る中学時代の田村はデブ、眼鏡、不細工の三つを揃えたイケてない男を体現したような男だったからだ。
しかし、目の前にいる田村を名乗る男は高身長、イケメン、細マッチョだった。
『ははは! まあ、分からないのも無理はないか。生まれ変わったのさ。真剣ゼミを初めてからな』
『し、真剣ゼミ!?』
『ああ。真剣ゼミは凄いんだぜ。毎月、赤ペン先生からマンツーマンの手ほどきを受けられるんだ。赤ペン先生は何と現役のキャバ嬢。そこで、女に対する免疫を付けられるんだ。更に、土曜には一流のトレーナーから魅力的な身体の作り方を教えてもらえるんだ。勿論そのトレーナーも超絶美女。楽しい時間が過ごせるぜ』
『す、すげえ……。で、でもお高いんでしょう?』
待ってましたとばかりにテンションを上げた田村は、テレビショッピングの商品紹介の様に高い声を挙げた。
『それが、なななんと! 今なら週に2回のレッスンで月額200万円! 更に、俺の会員紹介による割引が付いて月額100万円に!! 更に! 今ならアンケートに答えてくれるだけで一流のナンパ師から女の子に気に入られるデートの全てを紹介します!! さあ、今すぐ君も真剣ゼミに登録して皆との差を付けよう!!』
『高すぎるわ。高校生に払えるわけないだろ』
あの時は断った。
だが、今の俺には『イヴィルダーク』で稼いだ金がある。
「くくく……」
「な、何で笑ってるのかしら……?」
「くははははは!!」
「ひぃ!!」
そうだ。まだ終わっちゃいねえ。いや、始まってすらいなかった。これが全ての始まりだ。
「イリス様。待っていてください。必ずやあなたに相応しい男になって戻ってきます。白馬に乗ってね!!」
俺が直ぐに真剣ゼミの申し込みをしに行こうとした時、小さなイリス様の呟きが聞えた。
「……何でそこまで」
イリス様は聞かれていないと思っているのかもしれない。だが、俺がイリス様の言葉を聞き逃すはずがない。
「愛しているからですよ」
きめ顔でそう言った。完璧だ。
「あなたのそう言うところが本当に気に入らないわ。あなたを見ているとイライラする。どうせ、いつかは好きじゃなくなるくせに……!!」
そこまで言ってから、イリス様は冷静さを取り戻したのか「ごめんなさい」と言ってから基地に戻っていく。
イリス様がどんな思いでその言葉を言ったのかはしらない。だが、このまま何も言わずにいるわけにはいかなかった。
「イリス様の言う通り、いつかは好きじゃなくなるでしょうね」
俺の言葉を聞いたイリス様の足が止まった。
「……だって、大好きになるんですから。大好きの次はもっと大好き。その次はこれ以上ないくらい好き。心を受け止めると書いて愛。俺のイリス様への思いは、イリス様の心を一つ知るたびに膨れ上がる。俺の思いがイリス様に伝わるたびに大きくなる。それはきっと死ぬまで続きます」
俺の言葉を最後まで聞くと、イリス様は基地の中に入っていった。
イリス様が基地の中に入ったことを確認してから俺は全力で走り出した。
気に入らないって言われた……!! 俺の好感度はマイナス方向に振り切っている。
これ以上下げられない。早く真剣ゼミに加入しなくては……!!
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