Episode44
ウォードマンさんとふたりきりになった。
「まあ、まずは一旦休憩しましょう。飲み物を入れますよ」
この国ではどこでもカップが添えられているのではというほどに、それが常備されている。子供のころから淹れ方を自然と学び、身についた。
ローラのようにあまりに環境の整っていない地域に住んでいなければ大方はそうだろう。
「これは気楽に答えて欲しいことなんですが、おふたりの出身はどこなんです?」
ただの興味本位だけど場の空気を冷やさないために会話を続けておく。
「ニューノットです。そこで隣に住んでいたんですよ」
「それは仲良くなるのも必然だね。羨ましいよ、そういう相手がいるのは」
ニューノットはここイラベス近郊の比較的発展した地域だ。
有名どころでいえば、象徴として個展が常設されている画家のカリーナ・ニジェロさんや建築家のランドラ・マルコスクさんがいたかな。
存命中の人で挙がるのはこのおふたりで、過去を見ればやっぱり発展しているだけあって多数いる。
「昔から芸術に富んだ地域ですよね。ニジェロさんの個展にも何度か行ったことがありますよ」
学生のときにそういう趣味の子がいたから、何度か連れて行ってもらったのを覚えている。
初めて見たときの感動は今でも忘れない。もちろん複数回見たからといって飽きるなんてこともなかった。
「私は不器用だったので、すこし居づらかったですけどね」
「だから、仕事とともにこちらの方へ引っ越されたんですか?」
カップに出来上がった紅茶を注ぎ、彼女の前にひとつ置く。
もうひとつは僕の方に。
さて、軽く同居への道筋を作ってみた。
「それは違いますよ。別に才能に恵まれてはいなかったけど、それだけで周囲からの目が厳しくなるなんてことはありませんから」
「じゃあ、どうして?ニューノットからなら、ご自宅の場所にもよりますが、ここに通勤するのに遠いことはないですよね?」
「……ランに誘われたからです。私たちの資料をある程度見ていれば分かっていますよね。同居していること」
まあ、だからこそそこを隠す必要はないという判断か。
「そうだね。実は気になっていた部分はそこにある。といっても、ふたりの関係性とか生活のこととか、そういう話をしたいわけじゃない」
「じゃあ、何なんですか?」
「同居ということですこしアドバイスのようなものを聞きたくて」
アドバイスとは?
そう言いたげな顔で僕のことを見ている。
「僕とミルがここに馬車で来ていることは知っていますよね?」
「ええ、まあ。窓から見えますし、今までそういう人がいなかったから珍しさもあって印象に残ってます」
「ですよね。で、まあ、わざわざふたりで共に通勤しているということは、ウォードマンさんたちと一緒で、僕たちも同居しているんです」
「あっ」
先のアドバイスという言葉に対する納得と同居という事実に対する驚きの表情。
まさかサポート役だから、朝の通勤からお供するとでも思っていたのかな。さすがにそんなことをしている人は貴族ぐらいだろう。
「分かってもらえたみたいだね。もうふたりは5年も同居しているわけで、多少なり合わないところもあったと思います。そういうときの妥協点をどうしているのかなと」
「う、うーん、どうですかね。私たちは女同士だからこれは嫌と思うことが似てて、あんまり喧嘩しないんですよ」
「凄いなぁ。じゃあ仕事の面でも、たとえばここの依頼を管理局から貰う時に意見がぶつかり合うこともないんですか?」
それとなく割っていれてみる。
「担当はエミリさんもいるので、多少はぶつかりますよ。まあ、大体私たち側とエミリさんという形にはなりますけど」
エミリさんっていうのは、エミリ・ララテートさんのことだろう。
今日の3人組とは反対の組のひとりだ。
「そういうときは、どうしているんです?」
「最近はもう分かれて持ってきてます。所属の冒険者さんの人数も増えてきましたから、数があって困ることはないですし」
「なるほど。じゃあ、それぞれで毛色が出ているわけだ」
ウォードマンさんは未だになにか思案する素振りは見せていない。声に緊張感が乗ることもない。
現状を、詰められていると感じていないということだと思う。
「……多少は、傾向があるかもしれません」
と、思っていたら今、たしかに間があった。
それに初めて、話したあとに紅茶に手をつけている。まだ湯気は出たままだ。上司がいれたものだから、冷める前に飲まなければという配慮には見えない。
なにか引っかかった。つまり、ふたりが持ってきている低ランク用の依頼に意図が隠されている疑いに真実味が出てきた。
僕はそれを自らの仕事を楽にするためと仮定している。人間、誰もが職に真面目に向き合うわけじゃない。
いかに楽にお金を稼ぐことが出来るか。もしくは環境を楽にすることが出来るか。そういう考えを持つ者は多い。
内職をしたり見えないところで間食を取っていたり、種類は様々だがたしかにあるんだ。
ここではそれが冒険者の気力を削ぐ一因となってしまっていると見ているわけで、ようやく望んだ展開に持っていける。
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