Episode40
外観をはっきりと見るのはたった数回だけど、その姿かたちに嫌悪感を抱くのは軟禁生活のせいだろう。
僕がここを出たときにいた門兵に話しかける。
「やあ、今日もお疲れ様」
すぐに誰か気付いたようで敬礼の後、表情を緩めた。
「お疲れ様です。本日はなにか御用事でも?」
「ああ、リリアさんと話をしたいんだけど、今、いるかな?」
王国秘書である彼女にこんな気軽に会いに来るのもおかしな話だけど、それでも彼女なら出てきてくれるだろうという謎の自信がある。
好かれていると思うんだよね、リリアさんに。まあ、主に楽しいオモチャのような扱いにはなるんだけど。
「つい先程、こちらに帰ってきたばかりですからいらっしゃられるかと」
「ありがとう。じゃあ、失礼するよ」
顔を見せただけで国王の住む宮殿のなかに入れる新米ギルド長か。
怪しさ満点だなぁ。
つい数日前見た玄関からの長い廊下。豪華な装飾品がケースに入れられてところどころに並んでいる。
当然なかには数人の兵士とメイドたちが。そのなかの1人を捕まえ、リリアさんの居場所を問う。
「ありがとう。あそこにいるんだね」
何故なのか、はっきりと理解できない。たしかに僕は好かれていると思っている。だが、僕が軟禁生活から解放された後、あの部屋をリリアさんが使う理由にはならないだろう。
毎日見つめるだけだった扉の前に立つ。なかに気配を感じた。
どうやらなかにいるみたいだね。
「どうもお久しぶりです」
ノックもせずに入ってみた。
「ん? ああ、来てたのルーザーくん」
「いや、どうしてそんな落ち着いてるんですか! 下着姿で!」
どうして部屋に入った瞬間が着替え途中なんだ! 黒で揃えている下着が丸見えなんですけど!
あと相変わらず大きい御胸だ。
「見られて困るような相手ではないでしょう。それとも君が私の身体を見て興奮してしまうの?」
「そ、そんなことはありません」
「それなら一々気にしなくていいじゃない。そもそも君がノックしてこないのが悪いんだから」
うっ、それを言われたら僕はもうなにも言えない。下着姿のままのリリアさんに正論を返されているなんて……。
「すみません」
情けなくて泣けてくる。
「見ての通り気にしてないからいいけれど、私が王国秘書だということは忘れないでね。君じゃなかったらすぐに罰を与えているところだったわよ」
言われてみれば当然の話。あまりの嫌悪感と慣れすぎたやりとりに距離感がおかしくなってしまっているけれど、相手は僕よりもいくつも上の立場の人間だ。現状はね。
「それでここにきたってことは私に用があったんでしょ? ルーザーくんからってことは余程大事なことなんでしょうけど」
「ええ、まあその通りです。ただその前に着替えを済ませてもらってもいいですか?」
さっきから視線をやり場に困る。顔が好みドストレートなのに、スタイルまで良かったら自然と吸われてしまうもの。
男はどうしてこうも単純な思考になってしまう瞬間があるのかと不思議に思う。頭の中に浮かんでいたことすべてがかき消されてそれ一色になるんだから相当だよ。
「それもそうね。じゃあ、そこに置いてあるコップにお酒を入れておいて」
「分かりました」
僕が使っていた時にはなかった恐らくリリアさんの私物であろうそれらが並べられたところから2つ取り出していれる。
さりげなく僕も貰っておくことにした。
それをテーブルに置いた時にはリリアさんの着替えも終わり、ふかふかのソファに並んで座る。
「どうしてこれしかないんですか」
「だって私しか使わない部屋だもの。誰かと話すときは前に使っていた部屋で済ますから」
「そもそもどうしてこの部屋を使っているんですか? 窓は高いし、鏡は……ご自分のものを置いているみたいですけど、ベッドは僕のと同じだし」
「同じも何もそのまま使っているのよ。君の匂いがまだまだ残っていて夢に君が出てくるの」
どういう趣味をしているんだよ。さすがに引いちゃうレベルの話を口にしていることわかっているのかな。
「この部屋を使っているのも大方同じ理由よ。私、ルーザーくんがお気に入りなの。懸命に私のことを救おうとしてくれて、ディード様を本気で噛み殺そうとした。あの時の真っ黒に染まっていた瞳は今でも忘れないわ」
思い出しているようで口角が上がっている。
本当につかめない人だ。
仕える者でありながら、国内最高の地位を持つ主人を殺そうとした少年を好むのか。その無謀さや地位に怯えぬ勇敢さが彼女にとって好ポイントになるのかな。
まあでも、あまり意味のある理由ではないみたいだ。話を本来の目的に切り替えよう。
「それはどうも。理由を聞けたので本来の目的の話をしてもいいですか?」
「せっかちね。もっとゆったりと贅沢にお酒をたしなみながら話してもいいのに。今日はもうディード様のスケジュールは空いているから」
「僕には大事な待ち人がいますから」
ミルが査定の仕事を務めてくれているのに僕が収穫なしで帰るわけにもいかない。
リリアさんはすこし面白くなさそうだけど。
「仲がいいのね。君を地獄に陥れた張本人でもあるのに」
嫌な言い方だね。でも、間違いじゃないし、僕も実際そう思っている部分がまだあるのがなんとも言えない。
「こうなってしまった以上、過去を振り返っている暇はありませんから。それに彼女は貴方と違って謝罪の言葉をくれました。涙も見せてくれました。それで十分です」
「優しいのね。ご両親とお世話になった人たちの心臓に常にナイフが突きつけられているにしては」
はぁ……、この話は続けても無駄みたいだ。もう無視してさっさと本題に入ろう。
「話を進めますけど、今日僕がここに来たのは各施設に僕がどのような経歴の持ち主だと伝えられているのか把握したいからです。先程ギルド管理局を訪問した際、あまりにも大層な対応を受けたものですから今後怪しまれないようにも必要だと感じました」
「そういえば言ってなかったわね。いいわよ、そこの棚、二段目の引き出しのなかに
言われた通りの場所から目的のものを取り出した。
そこには事細かな設定が書かれている。一瞬で理解するのが厳しいことは明らかだ。
これを作った本人からいろいろと説明を受けよう。
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